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いぬにほん印刷製版部第1巻(芳文社)

 カバーが色校の見本みたいになっている、という遊び心が楽しい瀬野反人氏の四コマ『いぬにほん印刷製版部』(芳文社)。ヒロインの紙谷なほ子は紙の本が好きで、本の全行程に関われるという理由で印刷会社に就職を決めたという、なんだか妙な趣味の女の子だ。

 そんな彼女だが、入社した途端に厳しい社会の洗礼を受ける。DTP部に配属されるはずだったのに、急きょ製版部に変更。しかも、「OJT」という名目で研修もなしにその日から仕事が始まる。

 というわけで、この作品は数々の“印刷業界あるある”に笑いつつも、印刷所の労苦を知ることができる。

 何しろこの作品に登場する営業部の元本さんは、度を超えて無茶な仕事を取ってくる。上乗せ料金なしでテープ起こし込みの案件を受けてしまったり、納期一週間の大部数案件を受けては他部署も含めて全員で徹夜、ついには経理部や引退した会長までもが手伝うこととなる超修羅場を生み出したり……。

 製版部は機械を冷やすために常に冷房がガンガンで、仕事の環境としては最悪だ。しかし、なほ子は話を追うごとにそんな職場に染まっていく。紙が湿気を帯びて機械に噛むことで梅雨という季節を知り、クリスマスの予定もすべて仕事。そんなクリスマスに刷っているのは、正月以降のもので「クリスマスなんかなかったように見えますね」と言ってしまうなほ子の姿には、悲しさを超越した笑いが見える。おまけに、「年鑑700ページ明日までに白焼」【註:“白焼”とは、印刷の一歩手前の製版した状態のモノ。昔は青焼とも】というクリスマスプレゼントをもらうというオチまで……。

 このように、四コマならではの、ほのぼのとした笑いと共に、“超絶ブラック”が日常ともいえる印刷業界の実態を描き出していく。

 ……思えば、各種の電子化が進んでから、印刷業界とその周辺は大きく変わった。かつては、印刷される文字ひとつをとっても、熟練した職人と写植機が欠かせなかった。フィルム製版も卓越した技術職。写真の拡大、縮小なんかも、スキャナがない時代には巨大な紙焼き機が必須だった。夏と冬では温度が異なるため、現像液にどのくらいの時間漬けるかは、長年の経験と勘が左右する作業だ。

 それが今では、ほぼすべてが電子化されてしまった。職人としてのプライドが捨てきれなかった人々はほぼ駆逐されたわけだが、それでも印刷業界が常に修羅場を余儀なくされているのは変わらない。いや、むしろDTPの普及によって、出版社は入稿ギリギリまで粘れるようになり、事態はさらに悪化しているのかもしれない。筆者も、編集部に呼ばれ「『InDesign』【註:Adobe社のDTPソフト】に直接原稿を打ち込んでくれ!」と言われたことがある。

 いつも印刷会社に迷惑をかけて申し訳ありません……。筆者などは、このマンガのページをめくるたびにそんな贖罪の意識を感じてしまう。
(文/是枝了以)

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