社説:雇用ルール変更 働く人のためになるか
毎日新聞 2015年02月19日 02時40分
労働時間ではなく成果に応じて賃金を支払う「高度プロフェッショナル制度」の導入などを柱とする労働基準法改正案の骨格がまとまった。深夜まで会社で残業するよりも、効率よく働き、充実した余暇を過ごせるようにするのは大事だ。だが、この雇用ルールの変更は働く人のためになるのか。企業の経営もよくなるのだろうか。安倍政権の労働規制緩和には懸念される点も多い。
「高度プロフェッショナル制度」の対象は、全労働者の平均年収の3倍(現在は1070万円)を超え、高度で専門的な業務に従事する人という。一般社員への適用に強く反対する労組側に配慮して、為替ディーラーや研究開発部門の技師など一部の専門職に限定する。
安倍政権は成長戦略として労働規制緩和を位置づけており、成果を求められて長時間働く社員の人件費削減が目的であるのは明らかだ。高度な専門職は今でも成果主義に近い賃金で働いている人も多く、成長戦略としては一般社員に広げなければ意味が薄い。実際、経営側は適用を広げることを求めている。
では、一般社員に成果主義賃金を適用すると会社の生産性は上がるのだろうか。欧州連合(EU)諸国では法令で同一職務の時間あたりの賃金が決まっており、企業規模や雇用形態を問わず産業横断的に統一されている。仕事の難易度や量という客観的な基準で賃金が決まるので、働く人は成果に応じた賃金が保障され、不満なら転職することも容易だ。
一方、日本では経営者の裁量で勤務場所・時間、業務内容の変更が認められており、賃金は年齢や勤続年数などで決められる。「成果」をはかる基準があいまいで、転職などの流動性も乏しい。そのため、1990年代に各企業で成果主義賃金の導入が図られたが、従業員の不満や意欲低下が多く見られ、思われていたほど広まらなかった。
日本社会に深く染み込んだ雇用慣行を改め、従業員の専門知識や技能を高める教育体制を構築するなど抜本的な改革がなければ成果主義賃金の良い面は発揮されず、弊害ばかりが出てくるだろう。
今回の雇用ルール変更には、有給休暇の年5日消化の義務付け、月60時間を超える残業代の割増率を25%から50%以上にする規定の中小企業への適用なども盛り込まれる。目先の成長を求めるよりも、政府はまずこうした労働者の生命や健康を守ることを重視すべきではないか。
長時間労働による過労死や労災認定は過去最高水準にある。労基法は「労働者が人たるに値する生活を営むため」(第1条)にあることを忘れてはならない。