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なぜ憲法は「取材の自由」を強く保護するのか? 首都大学東京准教授・木村草太

THE PAGE 2月19日(木)17時0分配信

2 報道の自由はなぜ大切なのか

 さて、そういう判断基準で見たとき、報道の自由は、第一級に「恣意的な理由で制約されやすい」権利である。

 というのも、政府には、「自分に対する批判を封じたい」、「汚職や不正行為の事実を隠したい」という動機がある。こうした動機で、単なる趣味の観光旅行や、スーパーマーケットの営業を禁じようとすることはあまりないが(禁じても、余計な反感を買うだけで、あまり意味がないだろう)、テレビや新聞の報道を禁じようとすることは、しばしばある。

 歴史を振り返っても、イギリス国王、アメリカ合衆国政府、徳川政権、明治政府など、権力者が自分たちを批判する報道に重罰を科したケースは、いくらでもある。当然のことながら、現在の自民党政権にだって、できれば隠したい事実はいろいろあるだろう。「頼むから黙っていてほしい」と苦手意識を持っている評論家や有識者も多いだろう。もちろん、その前の民主党政権だって、その前の自民党政権だって、あるいは、野党各党だって、そういうことはあるはずだ。

 しかし、「政府にとって不都合だ」というのは、表現の自由に対する規制を正当化する理由には、およそなりえない。国民が政府をきちんと評価するためには、政府が不都合だと感じる情報も、しっかり国民に伝えねばならない。報道の自由がなければ、健全な民主主義などありえないのだ。

 こういうわけで、報道の自由は、他の権利と比べても特に強く保護されなければならない、ということになる。

 また、報道をするためには、その前提として取材が不可欠である。「何を報道してもいいです。ただし、〇×大臣の政治資金についての取材をしたら死刑にします」という状況では、まともな報道はできない。取材の自由は、報道の自由と同様に、憲法で強く保護しなければいけない権利だということになろう。このため、憲法21条は、報道の自由とともに、取材の自由をも保護される。

3 取材のための海外渡航

 こうした憲法の理解を前提とすると、観光のための海外渡航と取材のための海外渡航とでは、同じ海外渡航でも、保護のレベルが変わる可能性が出てくる。観光も取材も、国民の生きがいであり、重要な行為だという点に変わりはない。違うのは、「政府が、それを恣意的な理由で規制する傾向があるかどうか」という点だ。政府が権利を濫用する危険が高いがゆえに、取材の自由が制約される場合には、「政府にとって不都合な事実を隠したい」という動機があるかどうかを慎重に検討するよう、憲法は求めている。

 もちろん、取材の自由が憲法の強い保護を受けるからといって、今回の旅券返納命令が絶対違憲だということにはならない。しかし、落ち着いた検証をしてみるに越したことはないだろう。政府の側も、疑念を晴らすために、杉本さんの渡航計画の危険性を具体的に証明して行くべきだ。

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木村草太(きむら・そうた)
1980年生まれ。東京大学法学部卒。同助手を経て、現在、首都大学東京准教授。助手論文を基に『平等なき平等条項論』(東京大学出版会)を上梓。法科大学院での講義をまとめた『憲法の急所』(羽鳥書店)は「東大生協で最も売れている本」と話題に。著書に『キヨミズ准教授の法学入門』(星海社新書)、『憲法の創造力』(NHK出版新書)、『憲法学再入門』(西村裕一先生との共著・有斐閣)、『未完の憲法』(奥平康弘先生との共著・潮出版社)、『テレビが伝えない憲法の話』(PHP新書)、『憲法の条件――戦後70年から考える』(大澤真幸先生との共著・NHK出版新書)などがある。

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最終更新:2月19日(木)17時0分

THE PAGE

 

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