第15話 疑問
「ふう、疲れたっと……」
用意された客間で、柔らかな椅子に腰かけ一息つくセラン。
そこはこの城に相応しい応接室で、カイル達の他にイルメラとグルードそしてユーリガがおり、クラウスは積み荷の確認がある為席をはずしていた。
「しかし好戦派の三人が揃って来るとはな」
先ほどのことを思い出し、苦々しい口調のユーリガ。
「でもあの好戦派の三人……と言っていいかわからないけど、あの人達なんか仲悪そうだったね?」
リーゼは衝突しあっていた三人を思い出す。
「好戦派と言っても、別に仲が良い訳ではない。単に人族との戦いを望んでいる目的が一緒なだけで、理由はそれぞれだし性格も心情も相容れない連中だ」
不快そうにユーリガは言う。
「雷息はひたすら人族を憎み、炎眼は己の栄達の為に活躍の場を求めて戦いたいだけで、ルイーザ様の大義を理解しようとしない碌でもない連中だ」
「それじゃあ、あの三腕って人は? 名前からして三本目の腕があると思っていたんだけど?」
三腕の名が出た時、何やら考え込み黙っていたカイルがピクリと反応する。
ユーリガも三腕については怒りの顔とは違い、困惑しているような複雑な表情になる。
「三腕様……いや三腕はあの尾をまるで腕のようにして戦い、三つ目の腕があるように見えるところから名づけられた……そう言われている」
確証がない感じのユーリガだった。
「言われているって……見たこと無いの?」
「戦ったところを見たことがある者など魔族にもほとんどいない。仲間を率いず常に一人で戦い、戦った相手は……全員死ぬからだ」
ユーリガの重い言葉に皆が静かになる。
「あの方は先代魔王様の側近でその御代ではずっと戦い続け、全て勝ち続けてきた闘将で、魔族全員が一目置いている方で自分も同じだ。だが戦いが全てで、人族との友好を望んでおられるルイーザ様とは相容れるはずがない。逆らっている以上警戒しなければならない」
敬意はあるがそれとこれは別、そうユーリガは言う。
「なるほどねえ、お前はどうおも……おいカイル?」
セランが話しかけようとするが、カイルはさっきから難しい顔で考え込んでいる。
「どうした? お前あの三腕を見てから何か変だぞ? 気が立ってるというか……グルードにも突っかかていたし」
「……そうか?」
一応返事をするカイルだが明らかに心ここにあらずだった。
「あいつがただ者じゃないのは解るが、別に戦うと決まった訳じゃないし、無理に戦う必要は無いんだ。気にすることはないだろ」
「…………」
セランの言葉にカイルは黙ってしまう。
三腕と再会したことで、心がかき乱されているのはカイル自身も解っていた。
かつて戦い敗北した相手、もしこれが完膚なきまでの敗北だけなら、まだ落ち着けていただろう。
正確にはあの時、カイルは三腕に見逃されたのだ。
カイルが全てを振り絞り、三十人からの仲間の命を失ってまで得たものは――かすり傷。
ほんの僅か、剣先が三腕の肩付近に触れ、一筋の傷を作った、それが当時のカイルの限界だった。
だが三腕はそれを喜び、自分にかすり傷をつけた褒美とばかりに見逃したのだ。
『腑抜けた人族ばかりで飽きていたところだ。次に会う時までにもっと強くなれ』
そう笑いながら、三腕は立ち去り九死に一生を得たのだ。
楽しみの為に魔族に、倒したかった仇に見逃され、命を長らえたことはカイルにとって重くのしかかっている。
(確かに無理に戦う必要は無いし、必要のない戦いをするのはただの愚か者だ……)
そう自分に言い聞かせる。言い聞かせるが、心の奥底の疼きが止まらないでいた。
苦悩しているカイルをよそにユーリガは話を続ける。
「炎眼も自ら戦うことは少なく、私が戦っているのを見たことがあるのは雷息だけだ。個の尊称の由来となった雷撃の吐息攻撃は、広範囲に渡り無差別で攻撃してくる。人族相手なら千の兵でも相手取り、殺すことが出来るだろうな」
「そりゃ厄介だな、魔法や遠距離武器がないときつい」
ユーリガの説明に聞いていたセランが嫌な相手だな、と感想を漏らす。
雷息の攻撃の主体は雷撃の吐息による遠距離範囲攻撃だろう。
接近戦を主とするカイル達にとっては相性が悪く、回避や剣で受けることが出来ない攻撃には耐えるしかないのだ。
「そうなると殺るとしたら速攻で行くしかないな、理想は奇襲だが当然向こうも警戒しているだろうから難しいが……どうにか間合いに入って初撃が勝負だな」
「……あんたも人のこと言えないじゃない。何も戦うと決まった訳じゃないのに」
自然と戦術を考えていたセランにリーゼが呆れた様に言う。
「いや、あいつだけは戦うことを想定しておいた方がいい。俺達……というか人族に対する憎しみは半端なかった。命令無視して攻撃してくるかもしれない」
真面目な顔でセランが言うと、ユーリガも同意する。
「その可能性はあるが……それはそれでありがたい、粛清する大義名分が出来る」
「おい、襲われるのは俺達だぞ」
「お前達がそう簡単に死ぬはずもないだろ」
セランの文句にユーリガは平然と答えた。
一方その隣ではシルドニアがイルメラ達と情報交換を行っていた。
ただグルードは仏頂面でそっぽを向き、会話に加わる気はなさそうだが。
「なるほど、魔王はそんな用事でお前達を呼び出したのか……」
イルメラはルイーザの申し出を聞き、何やら納得した様になっていた。
「お前達に目を付けたと言うのは解る気がする、何かをやらかしそうだからな」
イルメラは軽く笑う。彼女の中でカイル達の評価は思いのほか高いようだ。
「で、お前達の方はゼウルスの命でジュバースに会いに来たか」
「ああ……ゼウルス様がこれからは、魔族と人族両方との交流をすべきだと判断されたのだ。その一環としてジュバース様にも使者をということで我らが来た」
「ゼウルスめ、重い腰をあげたか」
シルドニアが旧友とも言っていいドラゴンのしかめっ面を思い出し苦笑する。
これから起こる魔族と人族の大戦争を前に、ゼウルスもただ中立でいるという訳にはいかないと気付いたのだろう。
「そう言えばお前達も人間の姿になる事が出来たのだな」
「あれから三月だ、人化の術はそう簡単ではないが、必要だろうと言う事で学んだ。ゼウルス様が言うにはこれから人族、そして魔族と接する機会が多くなる。対話をするなら同じ姿になった方が円滑に進むだろうとのことでな」
「俺はこんなの御免だったがな。くそ! あの爺め、何が罰だ……こんな恰好にさせやがって」
不貞腐れたようなグルードの声。
イルメラは自ら学んだようだが、グルードは無理矢理だと言うのが見て取れた。
「何だ、やっぱり罰として連れてこられておったか」
「ああ、本来なら謹慎せねばならないが、それでは反省がないとして労役という訳ではないが使いの役目を仰せつかったと言うのに……」
手綱取りに苦労しているようで、ため息をつくイルメラ。
「だが、まさかジュバース様が行方知れずになっているとは思わなかった……」
「う~む……妾もジュバースには一度だけ会ったことがあるが、何故いなくなったのかは解らんな」
シルドニアも腕を組んで考え込む。
「何事も無ければいいのだが……万が一だが、この前のグルードのようになったら……」
メーラ教徒に操られ利用されていたグルードを思い出し、イルメラが顔色を悪くする。
「流石に古竜をどうこうできる者がいるとは思えんが……」
「あの……少しよろしいですか?」
ここで、それまで黙って話を聞いていたアンジェラが口を挟む。
「是非ともこちらの方々、ドラゴンとのことですが御紹介いただけませんか? どうも以前からのお知り合いのようですが……」
「ふむ……」
ここでシルドニアは考え込む。このままイルメラ達の事を話せばカイルの『竜殺し』が半分自作自演だったことがばれてしまうからだ。
「……まあ、今更じゃな」
すでに魔王との密会を知られ同行までされているのだ、ここで下手に誤魔化しても意味がないし、肝心のカイルもちらりと見たが何やら苦悩しているようなので、簡単にメーラ教徒に操られていたグルードを殺したのではなく気絶させて助けたことを説明する。
「まあそんなことが……でも魔族だけでなくドラゴンともこうして誼を通じるなんて、お見事としか言いようがありません」
『竜殺し』の真相を知ったアンジェラだが、少なくとも高評価を崩そうとはしなかった。
実際には殺していないとはいえ、倒したのは間違いないので実力の方は疑いようもないからだ。
「しかしメーラ教徒が関わっていたのですか。現在帝国ではメーラ教は積極的に取り締まっていますが、まさかエッドスでそんな暗躍をしていたなんて……」
アンジェラが難しい顔になる。
ここで室外から入ってきたメイドがユーリガに何やら伝えると、すぐ戻るとだけ言い部屋を出ていった。
ユーリガがいなくなると、気を取り直したカイルは少し声をひそめて皆に聞いてみた。
「皆……魔王の印象だがどう見た?」
これはユーリガの前では訊けないことだった。
「うむ、とりあえず口を挟まず観察しておったが魔王と言われるだけあるな、迫力と威厳、そして相応しいカリスマも持っておったな」
シルドニアの意見は概ね皆も同意した。
「ただな、どうもあの魔王、妙なんだよな。何て言うか……矛盾してる?」
セランが感じていた違和感を口にする。
「ああ、それは俺も思ったな……人族を認める方針を本気でやっているのも事実だろう。だが肝心の本人がどうも人族を軽視している節がある。あいつはクラウスの名前さえ憶えていなかったようだし、大事にしているのではなく、どうでもいいと思っている気がしてならない」
カイルも同意する。
「でも人族との友好は本気で取り組んでいるのは間違いないと思うけど……それも穏便に、出来る限り人族を傷つけないように」
リーゼが言うとカイルはそれも合っていると頷く。
「だからこそ矛盾してるんだ……まるで別の目的の為にやる気の無い仕事をしている感じだ」
「確かにちぐはぐの印象を受けますね。人族との友好に本気で取り組んでいるようですが、その場合私のような存在は不確定要素になります。なので私のことは利用するか排除するかどちらかかと思ったのですが……」
アンジェラもルイーザに違和感を覚えたようだ。
人族最大の国家であるガルガン帝国の皇女に知られてしまっては、影響があるに決まっている。なのに手をうとうともしないのだ。
「それに気づかないはずもありません。なのにどうでもいいことのように捨て置いているのは、これは明らかにおかしいです」
アンジェラが
「いろいろと突っ込んで聞いてみたいところではあるな……そもそも何故人族との友好を考えているかを」
ルイーザの考えが魔族のなかで異端なのは間違いない。だからこそ何故そんな考えに至ったのかを聞いてみたいのだ。
「とは言えこうなると真正面から問いただすのもな……」
素直に答えれくれるかどうかもあるが、裏があるのではと推測した後では、どんな反応があるか解らないので躊躇われる。
「今夜の食事の場で、聞けばいいんじゃね?」
そんなカイルの悩みに構わず、セランが気楽に言う。
「雰囲気次第で切り出してみるか……」
元より気が重かったが、胃の痛い食事になりそうだった。
第五章十五話です。
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