曽野綾子氏「移民を受け入れ、人種で分けて居住させるべき」の真逆の民族融合国、シンガポール
曽野綾子氏が産経新聞で下記のような記事を掲載したことで、大炎上となっています。
もう20〜30年も前に南アフリカ共和国の実情を知って以来、私は、居住区だけは、白人、アジア人、黒人というふうに分けて住む方がいい、と思うようになった。
(産経新聞 2015/02/11付 7面)
ハフィントンポスト: 曽野綾子さん「移民を受け入れ、人種で分けて居住させるべき」産経新聞で主張
曽野綾子さん「移民を受け入れ、人種で分けて居住させるべき」産経新聞で主張
人権では西欧型の考えと一線を引いている国のシンガポールは、批判にさらされることがありますが、民族融合については世界的にうまくいっている珍しい例です。
シンガポールの民族融合政策:居住規制
シンガポールには民族ごとでの居住区規制があります。しかしこれは、曽野綾子氏が書いている「人種で分けて居住すべき」というものでなく、「異なる民族が同じ場所に共に住むべき」という真逆のものです。
シンガポールにおいて国民の81.9%はHDBという役所が供給する公団に住んでいます。大半は公団から購入した持ち家です。
Statistics Singapore: Household Income from Work
このHDBの居住に民族ごとの割り当て枠があるのです。シンガポールは主要民族として、中華系・マレー系・インド系があり、国民と永住者の比率が中華系74%、マレー系13%、インド系9%、その他3%になっています。HDBを分譲販売する際に、この民族割当比率に沿って販売されます(Ethnic Integration Policy)。これにより、孤立した民族居住区(エスニック・コミュニティ)ができることを阻止し、各民族が融合することを狙いにしています。
HDB: Ethnic Integration Policy & SPR Quota
そもそも国や行政が介入せずともほっておくと、多民族社会ではチャイナタウンのようなエスニック・コミュニティーが自然と形成されます。好みの食事や日用品を買いたいという需要にこたえるために店ができ、同一民族の人が集まり、更に地区がその民族向けに発展するという循環構造でもあります。また、同一の背景を持つので、民族で経済事情が似てきやすく、同一地域に住めるということもあります。例えばアメリカでも、郵便番号で収入・文化傾向・居住者年齢・民族などに偏りがあり、下記のようなサイトで簡単に地域性を検索できます。
ZIP Lookup
The New York Times: Mapping America: Every City, Every Block
これらの居住は国の強制ではなく、各個人の自由な選択の結果ではありますが、偏ることで安定化するのが現実です。
民族と国籍:カレー事件
異なる文化背景を持つ民族が共に暮らすと、大なり小なり文化摩擦が起きます。
2011年8月21日、シンガポールでカレーを作ることがフェイスブックで呼びかけられました。引っ越してきた中国人移民が、隣に住むインド系シンガポール人のカレーの臭いに苦情を地域調停に申し立て、中国人が不在時のみインド系住民はカレーを作って良いということで調停が成立しました。この話を新聞が取り上げ、インド系のみでなく中華系を含め、シンガポール国民が激怒することに。「外国人は、居住国の文化を尊重すべきなのに、変わることを強いられたのは国民で自国文化がないがしろにされた」という理由です。その抗議として、カレーを作るカレーの日が呼びかけられました。
asiaone: Curry - our new national icon
この件では、民族より国民性が、感情判断に優先されたことが分かります。同じ中華系であっても、中国人移民を支持せず、インド系シンガポール人を支持しました。これは急増した中国人移民との摩擦が高まっていたこともあっての結果です。シンガポールでは中華系が国民の3/4を占めることから、「シンガポールは中国支持」と日本人はとらえがちですが、実際は異なります。経済的には日本が敵視するアジアインフラ投資銀行(AIIB)への参加表明をするなど中国の尻馬にのるつもり満々ですが、軍事的にはアメリカと結びつきが強く、米軍影響力低下を見据えて安倍首相の積極的平和主義を支持するなど、経済以外では中国とは一線を画しています。中国出身だった祖先から三世代以上が離れ、異なるアイデンティティになっています。
参考: 尖閣諸島とシンガポールの立ち位置: 一枚岩でない中華系国家
参考: 中国が影を落とす中、日本の積極的平和主義を歓迎した小国シンガポール
シンガポールでの選択の自由として分離居住:外国人
その一方、移民国家シンガポールでは住民の1/3が外国籍です。日本人のようなホワイトカラー(Employment Pass)もいますが、半数はWork Permitという単純労働向けビザで就労する単純労働者です。。
シンガポールの単純労働者ビザ Work Permit(建築業界)取得者には、雇用主は住居を提供することが求められています。専用の寮(ドミトリー)が一般的ですが、HDBなどそれ以外の選択肢も可能です。しかし、ドミトリー以外では住居規制をクリアするとコスト高になることから、建築現場への仮設住居等が実際にとられる選択肢です。結果として、経済事情のために、単純労働移民は国民と分離して暮らすことになります。西アジア出身者などであれば言葉が通じないこともあり、シンガポール人にWork Permitで働く知人がいる人はまれです。
また、富裕層シンガポール人やホワイトカラーの外国人が、多く住むプライベートのコンドミニアムには民族規制はありません。逆にHDB公団は外国人は賃貸はできますが、購入できません。日本人であれば、日本人学校周辺や日本人向けスーパーの明治屋近所など、日本人が多く住むコンドにゆるい日本人村(エスニック・コミュニティー)を形成して住む人が多いです。
MOM: Housing requirements for foreign worker
エスニック・コミュニティーの功罪:理解と寛容
「末永く付き合う国民間では強制的に民族融合」「一時的な滞在の外国人は結果としてエスニック・コミュニティの中へ」という図式があるのがシンガポールです。
エスニック・コミュニティーは中にとどまると言語や文化摩擦が少なく快適です。しかし、中しか知らない人が、外にでるともろい。異文化への理解不足が不寛容の原因であることが多いです。一方、エスニック・コミュニティーの外を中心に活動するのは、多大な努力と疲労が伴い、一時的な滞在と捉えていれば外に出ることを望まない外国人も少なく無いです。例えば、一時的な海外在住であれば、日本人は日本人同士で固まり、現地人友人がいない人もいます。
シンガポールでは異なるエスニック・コミュニティーを束ねるキーとして、建国わずか50年にもかかわらずシンガポール人というナショナリズムを使い、主要民族の母国語でない英語を共通語とすることで、国民間では絶妙なバランスを保つことに成功しています。ナショナリズムでカバーできない移民に対しても、これまでで身につけた民族を超えた寛容性で受け入れてきています。移民へのアレルギーが一部で高まっていますが、1/3も外国人がいることを考えると、それでもかなり寛容に見えます。
日本に移民が本格的に流入するようになると、日本文化・日本語への同化を迫るのか、理解と寛容に基づく多民族共生社会に向かうのか、日本人との接触を抑えるのか、そもそも移民を認めないのか、決断に迫られる時期が遠くなく訪れます。
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