. 今回記事では、近年急増している「自転車対歩行者事故」に関して、その最大要因と推測される「社会的変革」について検証を行います。
 なお今回記事はランキング日記「自転車は本当に車道のほうが安全なのか? 」を大きく参考にさせていただきましたが、出典の明確化等により独自構成をしています。



1.「自転車対歩行者事故」の激増

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(引用)図2-3: 対歩行者及び全自転車関連交通事故の件数の推移 (※H1:100%)
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(引用)表2-3: 年次データ(クリックで拡大)
※以下の過去記事より

 日本における「自転車対歩行者の交通事故」については、「日本の自転車関連事故について:件数・死傷者数・対歩行者事故の推移」で整理した通り、全交通事故や全自転車事故に対し「伸び率」が圧倒的に高いことが分かりました。
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図1-1: 「全事故件数」および「自転車対歩行者事故件数」の推移(H7-H17)
出典: 第1回 新たな自転車利用環境のあり方を考える懇談会 平成19年5月18日
資料3 自転車利用環境をとりまく話題 P4(htmlpdf)

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(引用)図2-1: 自転車事故と交通事故全体の「死者数」の推移
※同過去記事より

 そして国土交通省を始めとした多数の行政の検討会等において、この伸び率を引き合いに出し、「加害者としての自転車への対策は大きく遅れている」、そして「その原因は自転車の歩道走行にある。まず第一に自転車を車道に出さなければならない」という主張に頻繁に用いられます。

 しかし自転車対歩行者事故は歩道上での衝突だけではなく、歩道の無い生活道路の交差点等でも発生し、歩道走行だけが発生の原因ではない。
 加えて1970年道路交通法改正以降、日本の自転車の大多数が歩道走行を行っていることから、この急増の直接の理由になっていない。

 平成20年をピークに発生事故数は減りつつあるものの、図1-1のように急増当初のインパクトは凄まじい。にも関わらず、行政資料でこの問題の一端でも検証したものは皆無。

 まともな原因の推測すらもせず、対策など打てるわけがない。
 そしてこれだけの激増をもたらした「社会的変革」は、「携帯電話」の普及だと考えられます。



2.「携帯電話普及率」との比較


 ※携帯電話の経緯等はウィキペディア:携帯電話等から。

 日本の携帯電話使用は、1979年に東京23区でサービスが開始された自動車電話に端を発し、1985年にNTTが重量3kgの「ショルダーホン」を発売。「携帯電話」と称した初の商品は1987年に発売開始。
 1990年にはディスプレイや着信メロディを搭載した機種が人気を集め始め、次章説明の「サービス」により爆発的に普及していくことになる。

 また1995年にサービスが本格開始されたPHSも、利用者から見れば「携帯電話・PHS」と一括りのものになります。

 この「携帯電話・PHS」の「普及率」と、「自転車歩行者事故件数の年次推移」を比較してみます。
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図2-1: 自転車対歩行者事故件数及び携帯電話普及率の年次推移
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表2-1: 年次推移データ
※以下出典から管理人作成
・出典は以下の通り:
H15-H25: 警察庁: 平成25年中の交通事故の発生状況 P29(htmlpdf)
H8-H14: 第2回新たな自転車利用環境のあり方を考える懇談会 参考資料1-1(htmlpdf)
H1-H7: イタルダ・インフォメーション 1999 No.23 特集・自転車事故 表1,図1(html)※H10と図から読み取り
総務省通信統計データベース 携帯・PHSの加入契約数の推移(htmlxls)

 「携帯電話普及率」とは、H23に100%を超えていることから分かるように、単純に「携帯電話・PHS契約数」を人口で割った数値です。
 携帯電話は平成3年のmova開始、平成5年のデジタルmova開始等により、平成4年に加入者数のピークを迎えたポケットベルからの乗換えによる普及が進んでいきます。

 携帯電話はデジタルmova開始ごろから普及率が高まり、H6→H7、H7→H8と普及率が2倍になる伸びを見せるものの、自転車対歩行者事故が激増するH11→H12にかけての伸びは既に巡航状態にあり、大きく上昇したわけではない。

 携帯電話の普及は事故の増加傾向に影響を与えたとは推測されますが、爆発的増加の原因は更にあるようです。
 では事故激増のH11年、日本に一体何が起こったのか?



3.「iモード」の爆発的普及

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(引用)図2-4: 「自転車対歩行者事故」の爆発的激増の「元凶」
※冒頭過去記事より

 平成11年2月にサービスを開始したNTTドコモの「iモード」。これが事故激増の最大要因と言い切っても過言ではありません。
 「iモード」といっても、その最大の機能はiモードブラウザによるウェブサイトアクセスではなく、「iモードメール」。これにより顔文字を使用したメールなど多様な使用が可能となり、瞬く間に携帯電話の標準機能となっていった。

 このiモードの普及度合がどの程度のものか。自転車対歩行者事故の件数推移と比べると、その実態が見えてきます。
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図3-1: 自転車対歩行者事故及びiモード等契約者数(1,000人)の年次推移
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表3-1: 年次推移データ
※出典:NTTドコモ 年次事業データ(html)・有価証券報告書(html)から管理人作成

 このように、サービス開始直後から爆発的な契約数の伸び。開始2年程度の平成12年度で2000万件超え、平成13年度で3000万件超え。
 この時点で携帯電話普及率は既に50%を超えていたものの、それに一気に追い付こうとする爆発ぶり。

 自転車対歩行者の事故件数はH11からH12にかけ2.3倍もの増加を見せ、その後も止まらない増加の勢いは、iモードの普及と足並みを合わせるもの。

 もちろんAとBが同じ傾向を示しているだけで、「AだからB」「BだからA」と短絡的に言えるものではありませんが、ここまで増加具合が同等であれば一因を担っていることは間違いない。


 このことから事故急増の原因が「iモード」によるものだと強く推測されますが、しかしそれ以上の想像は難しい。

 「自転車」で「携帯電話」と書けば、「自転車に乗りながらの携帯いじり」を思い浮かべますが、実際は携帯いじりの歩行者に起因する部分も少なからずあると思われる。
 もちろん繰り返しですが、自転車対歩行者事故は歩道上だけでなく、歩道の無い道路の交差点でも起こるもの。厳密な原因や影響の特定には詳細な検証が必要になります。




4.自転車利用は増えているのか


 ここまで「iモード」契約数と「自転車対歩行者事故」の激増の関係を確認したところですが、ひとつ忘れてはいけないことがあります。

 それは本ブログ世界各国の「自転車死亡事故リスク」と「自転車走行距離」の比較でも説明したとおり、自転車利用環境の危険性は常に「事故リスク」で考えなければならないということです。

 「事故リスク」とは「事故件数/自転車走行距離」で算出されるもの。つまり自転車事故が増えたと言っても、自転車走行距離の変動が分からなければ、iモードの普及によって自転車の走行環境が真に危険になったかは分かりません。

 今回の自転車対歩行者事故のH11→H12、そしてそれ以降の激増は、多少の走行距離の増加では説明できない明らかなレベルではありますが、原則的には事故リスクの検証は必須です。


 しかし「総事故件数」に対する「総自転車走行距離」、つまり1年間に日本人が合計何km自転車に乗ったかの年次推移データは残念ながら存在しないため、間接的な他データを引くことにします。


1.自転車トリップ数の推移

 「走行距離」は「トリップ数」に「1トリップあたり走行距離」で概ね求められるものであるため、トリップ数だけで論じることはできませんが、参考としてデータを確認します。
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図4-1: 東京都市圏の「交通手段分担率」の年次推移(H10→H20)
※出典: 東京都市圏交通計画協議会 パーソントリップ調査結果(html)

 これは東京都市圏で行われた「パーソントリップ調査」における「交通手段分担率」の年次推移。右下に「都市圏全体」があり、H10→H20で自転車の分担率が15%から14%に落ちており、自転車利用は減ったように見えます。

 しかしこの分担率は、「代表交通手段自転車トリップ」数を全体トリップ数で割った値であり、トリップ数の増減が分かるものではありません。今回は余談ながら、交通手段分担率で利用状況は測れないということです。
※詳細は過去記事「世界各都市における「自転車の交通分担率」の比較」で説明

 一方この調査では全トリップ数も以下の通り公表されているため、自転車のトリップ数は算出可能です。
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図4-1: 東京都市圏の「交通手段分担率」の年次推移(H10→H20)
※出典: 東京都市圏交通計画協議会 パーソントリップ調査結果(html)

 全トリップ数はH10で7874、H20で8433(万トリップ)と上昇している。
 これに自転車分担率の15%・14%をかけると、H10・H20とも1181万トリップとなりまったく同じ。

 つまりトリップ数だけで見れば、自転車対歩行者事故の伸びに繋がっていないということです。



2.自転車保有台数の推移

 もう一つ今回用いる指標が「自転車保有台数」。これも「1台あたり走行距離」が分からなければ厳密な検証は出来ませんが、参考までに確認してみます。
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図4-3: 自転車保有台数の推移(H1:100%)
出典: 自転車工業の概観 社団法人自転車協会 平成23年10月
P22(参考)自転車保有台数の年別推移試算表(pdf) より管理人作成

 H17で調査が終了した以降は不明ですが、H1からH17にかけ3割程度は増加しています。ただし出典データも(参考)と断っており、推算や調査手法の異なるデータを結合させたものでもあるため、あくまで参考値です。

 しかし保有台数で見ても、H10→H17では1割程度しか増えておらず、そもそもこの間に自転車トリップ数は増加していない。
 トリップ数には駅までの端末利用が含まれないため、新たに増えた自転車の多くは駅までの通勤用に用いられているのかもしれませんが、やはりいずれにせよ、自転車対歩行者事故の爆増に大きく影響を与えるものではない。


 このことから、日本の道路環境において「自転車対歩行者事故」が生じる「事故リスク」は高まっており、それは「iモード」サービス開始に端を発する携帯電話利用の増加によるものと考えられます。



5.携帯電話に起因する交通事故激増を防げた可能性


 前述の通り、事故急増がすべて「携帯いじりの自転車」に引き起こされたものとは言えませんが、その一端を担っていることは間違いない。
 では、その危険行動を規制するための「道路交通法」が機能し、警察の取締りが行われていれば、ここまでの増加は防げたのではないか?という疑問が湧いてきます。

 そこで「道路交通法」における関連箇所を以下の通り引いてみます。
【道路交通法】
(安全運転の義務)
第七十条 車両等の運転者は、当該車両等のハンドル、ブレーキその他の装置を確実に操作し、かつ、道路、交通及び当該車両等の状況に応じ、他人に危害を及ぼさないような速度と方法で運転しなければならない。
(罰則 第百十九条第一項第九号、同条第二項)

第百十九条 次の各号のいずれかに該当する者は、三月以下の懲役又は五万円以下の罰金に処する。
(中略)
九 第七十条(安全運転の義務)の規定に違反した者
2 過失により前項第一号の二、第二号(第四十三条後段に係る部分を除く。)、第五号、第九号又は第十二号の三の罪を犯した者は、十万円以下の罰金に処する。
※過失:危険等を予期できる状態で回避しなかったこと(wikipedia)

 「道路交通法」の関係箇所は「安全運転義務」。携帯電話使用による自転車の片手運転等が該当します。

 しかしこの規定があるにも関わらず、自転車対歩行者事故の激増を許したのは、「道路交通法」が規定する取締りを十分に行わなかった警察職員、ひいては取締り徹底を指導しなかった警察庁・各都道府県警の不十分な姿勢によるものではないか。

 もう一つの規定を見てみます。

【道路交通法】
(運転者の遵守事項)
第七十一条 車両等の運転者は、次に掲げる事項を守らなければならない。
(中略)
五の五 自動車又は原動機付自転車(中略)を運転する場合においては、当該自動車等が停止しているときを除き、携帯電話用装 置、自動車電話用装置その他の無線通話装置(中略)を 通話(中略)のために使用し、又は当該自動車等に取り付けられ若しくは持ち込まれた画像表示用装置(中略)に表示された画像を注視しないこと。
六 前各号に掲げるもののほか、道路又は交通の状況により、公安委員会が道路における危険を防止し、その他交通の安全を図るため必要と認めて定めた事項
(罰則(抜粋) 第五号の五については第百十九条第一項第九号の三、第百二十条第一項第十一号)

第百十九条 次の各号のいずれかに該当する者は、三月以下の懲役又は五万円以下の罰金に処する。
(中略)
九の三 第七十一条(運転者の遵守事項)第五号の五の規定に違反し、よつて道路における交通の危険を生じさせた者
2 (省略)

第百二十条 次の各号のいずれかに該当する者は、五万円以下の罰金に処する。
十一 第七十一条(運転者の遵守事項)第五号の五の規定に違反して無線通話装置を通話のために使用し、又は自動車若しくは原動機付自転車に持ち込まれた画像表示用装置を手で保持してこれに表示された画像を注視した者(中略)
2 (省略)
 これは運転中の携帯電話使用を直接的に禁止する規定ですが、対象が「自動車又は原動機付自転車」。つまり自転車は対象外です。

 携帯電話使用禁止に関する第七十一条第五の五号は、携帯電話の普及とそれ伴う交通事故の増加を受け、平成11年11月1日に規定されたもの。
 ただし当初は道路交通に危険を生じさせた場合、つまり実質的に事故を起こした場合しか罰則が無く、平成16年にようやく運転中の通話やメール自体が禁止となった。
※出典:JAF「クルマ何でも質問箱」運転中に携帯電話を使用していると違反になるのですか?(html)

 しかし自転車に関しては、平成11年→12年の自転車対歩行者事故の激増がありながら、この平成16年の改正でも使用禁止対象に追加されなかった。

 本来、車両運転中の携帯電話使用は第七十条(安全運転義務)だけで取締り可能なもの。にも関わらず自動車に対し第七十一条で直接禁止の規定を創設したのは、第七十条の規定、及び取締り根拠とする不十分さを警察庁が認識したがゆえ。
 つまり自転車に対する直接禁止の規定が存在しないのは、第七十条(安全運転義務)があるから十分、等という言い訳は通用しない。自転車対策を疎かにした警察庁の失策です。

 そして警察庁の失態をより明確にしているのが、全国の都道府県警にその尻拭いをさせているということ。
【東京都道路交通規則】(html)
(運転者の遵守事項)
第8条 法第71条第6号の規定により、車両又は路面電車(以下「車両等」という。)の運転者が遵守しなければならない事項は、次に掲げるとおりとする。
(中略)
(4) 自転車を運転するときは、携帯電話用装置を手で保持して通話し、又は画像表示用装置に表示された画像を注視しないこと。
【大阪府道路交通規則】(html)
第13条 法第71条第6号に規定する車両等の運転者が遵守しなければならない事項は、次に掲げるとおりとする。
(中略)
(3) 携帯電話用装置を手で保持して通話し、又は画像表示用装置を手で保持してこれに表示された画像を注視しながら自転車を運転しないこと。
 これらは各都道府県公安委員会(実質都道府県警)が定める「道路交通規則」「道路交通法施行細則」等と呼ばれるもので、その役割は「道路交通法」において各公安委員会に委任された規定を定めること。

 上記規定は(運転手の順守義務)として第七十一条第六号において公安委員会の追加規定を許されたもので、この規定自体に罰則はありませんが、違反時は確実に同時適用される第七十条(安全運転義務)違反による「三月以下の懲役又は五万円以下の罰金」という罰則が適用されます。


 上記の東京都(警視庁)規則は平成21年7月1日に施行されており、他の多くの都道府県警による規則も、同様の「自転車運転中の携帯電話使用禁止」を明記している。

 しかしこれは、全国の都道府県警が動く前から、警察庁がさっさと「道路交通法」に直接盛り込むべき規定ではなかったのか?
 少なくとも実態上、これらは全国の県警が道路交通法の不備、或いは道路交通法による取締りが徹底されないことへの不十分さを認め各地で制定した規定。結果的に全国標準となった規定をあらかじめ道路交通法に規定していなかったのは、警察庁の問題意識の低さを示すもの。

 前述の通り、第七十条(安全運転義務)があるから不要などという言い訳は通じないし、結果的に自転車対歩行者事故の激増という「警察行政の敗北」につながっています。
 平成16年改正のすぐ後の再改正はプライドが許さなかったか?いや、本来は事故が激増した平成12年、遅くとも自動車の罰則強化の平成16年に盛り込むべきものだった。


 最後は完全に憶測であると断ったうえで書きます。
 なぜ全国の行政の検討会で、自転車対歩行者事故の年次推移の実態や、携帯電話やiモード普及との関連について一切触れられていないのか。

 それはこの実態の露呈により、自転車事故の増加は「道路交通法の不備」「道路交通法に基づく警察の取締りの不足」が原因だと批判されることを嫌った警察庁・各都道府県警が隠蔽を図ったからではないのか?

 何にせよ自転車対歩行者事故は激増し、その解決策が「”道路交通法に基づき”自転車の車道走行を徹底すること」という的外れな主張に利用されてきた。


 自転車対歩行者事故の急増の要因は、日本の警察行政の失策に少なからず起因するもの。
 そしてその原因追及は疎かにされ、「交通安全対策」の名を借りた的外れな主張や政策が行われ続けている。日本の自転車行政の歪みはこのような所にも表れていると考えられます。

 最後は少し逸れましたが、今回記事は以上です。