産経新聞が掲載した作家・曽野綾子氏のコラムに対し、南アフリカ共和国のモハウ・ペコ駐日大使が「アパルトヘイトを容認し、賛美している」と抗議し、波紋を呼んでいる。曽野氏は「アパルトヘイト政策を日本で行うよう提唱していない」などと反論しているが、日本アフリカ学会やからも産経新聞社に撤回などを求める声明が出ている。
産経新聞2015年2月11日付朝刊7面
問題となっているのは、2月11日朝刊に掲載された曽野氏のコラム「透明な歳月の光」(毎週1回掲載)。「労働力不足と移民」というテーマで「『適度な距離』保ち受け入れを」という見出しがついている。
曽野氏は、コラムの前半で、高齢者介護の人手を補充する労働移民を受け入れる必要性を指摘すると同時に、不法滞在を防止するため移民としての法的身分を厳重に守るような制度設計も訴えている。コラムの後半では、「ここまで書いてきたことと矛盾するようだが」と断りを入れ、「外国人を理解するために、居住を共にするということは至難の業だ」と指摘した上で、「もう20~30年も前に南アフリカ共和国の実情を知って以来、私は、居住区だけは、白人、アジア人、黒人というふうに分けて住む方がいいと思うようになった」と述べている。続けて、南アフリカのヨハネスブルグにある白人だけが住んでいたマンションで、人種差別廃止後に黒人も住むようになったが、この共同生活が間もなく破綻したという事例を挙げて、「爾来、私は言っている。『人間は事業も研究も運動も何もかも一緒にやれる。しかし居住だけは別にした方がいい」と結んでいる。
南アフリカ駐日大使の産経新聞社に対する抗議文(南アフリカ共和国大使館フェイスブックより)
南ア大使館が抗議文の全文を公開
このコラムについて、産経新聞は15日付朝刊で、ペコ駐日南ア大使から抗議文を送付されたことを明らかにし、ごく一部分を引用した。16日付主要各紙も産経を引用する形で報じたが、南アフリカ大使館は16日夕方、フェイスブックで抗議文の全文を公開した。
ペコ大使は抗議文で、コラムを読んでショックを受けた南アフリカ市民などからの問い合わせを受けたことを明らかにした上で、「著者は、20~30年前の南アフリカが人種に基づく住宅隔離政策を施行したことを回想し、他のアジア諸国からの介護労働者の労働関連移民について、日本も同様の政策を実施することを奨励している。白人、黒人、アジア人が別々に生活するという考えを支持するとも述べている。要するに、これはアパルトヘイトを容認し、賛美している。極めて忌まわしい提案である」と批判。
そのうえで、南アフリカのアパルトヘイト政策を振り返り、国連で人道に対する罪と宣言されていることを踏まえ、21世紀において世界中のいかなる場所においても皮膚色などの分類によって差別することは絶対に正当化できないと指摘していた。
産経新聞2015年2月15日付朝刊2面
曽野氏は「アパルトヘイト政策称揚」を否定
15日付産経新聞は、ペコ大使から抗議があったことを明らかにするとともに、「私は文章の中でアパルトヘイト政策を日本で行うよう提唱してなどいません。生活習慣の違う人間が一緒に住むことは難しい、という個人の経験を書いているだけです」とする曽野氏のコメントを載せた。17日付朝日新聞によると、同紙の取材に曽野氏が文書で回答したコメントには「私はアパルトヘイトを称揚したことなどありませんが、『チャイナ・タウン』や『リトル・東京』の存在はいいものでしょう」などと書かれていたという。
たしかに、曽野氏はコラムの中でアパルトヘイト政策そのものには言及していない。「もう20~30年も前に南アフリカ共和国の実情を知って以来」と書いているが、ここでいう「実情」とはその後に取り上げた「人種差別廃止後」における白人と黒人の共同生活の失敗例を指していると考えられ、ペコ大使の抗議文が指摘するように「20~30年前の南アフリカが人種に基づく住宅隔離政策を施行したことを回想」した記述はなかった。
しかし、曽野氏はコラムで「居住区だけは、白人、アジア人、黒人というふうに分けて住む方がいい」「居住だけは別にした方がいい」との見解を披露。これが3種類の人種別居住区を設けた南アフリカのアパルトヘイトと相通ずる考え方を表明した記述とみなされ、ペコ大使の「アパルトヘイトを容認し、賛美している。極めて忌まわしい提案」という抗議を招いたと考えられる。
曽野氏は産経の紙上で「アパルトヘイト政策を日本で行うよう提唱していない」とコメントしているが、コラム前半で今後日本がとるべき移民政策について具体的に提言した流れの中で人種別居住区を設けることを提案するかのような記述があり、この部分に関しては政策的提言ではないとの断り書きはなかった。
産経は「産経新聞は、一貫して、アパルトヘイトはもとより、人種差別などあらゆる差別は許されるものではないとの考えです」などとする小林毅東京編集局長のコメントも載せている。
関係団体から撤回要請が相次ぐ
コラムをめぐっては複数の関係団体からの抗議の動きが広がっている。13日、NPO法人アフリカ日本協議会(津山直子代表)がコラム撤回と謝罪を求める抗議文を産経新聞社に送付。その後、日本アフリカ学会の島田周平会長(京都大学教授)ら会員有志のグループ、国際人権NGO・反差別国際運動日本委員会(武者小路公秀理事長)もコラム撤回を求める要請文を出している。
- 南アフリカ大使館フェイスブック
- 曽野綾子さん執筆の2015年2月11日付産経新聞コラム「透明な歳月の光」に抗議文を送りました (アフリカ日本協議会 2015/2/13)
- プレスリリース:日本アフリカ学会が要望書を提出 アパルトヘイト擁護コラム撤回と謝罪を求める (産経新聞コラムに抗議する日本アフリカ学会有志Facebookページ 2015/2/17)
- アパルトヘイトの日本導入を奨励するコラムについて、曽野綾子さんと産経新聞に撤回を求める要請書を送りました (反差別国際運動日本委員会 2015/2/17)
- アパルトヘイト (国際連合広報センター)
- アパルトヘイト (コトバンク)
- (初稿:2015年2月18日 07:02)