今回の事件で明らかなように、テロリストとの交渉には大きなコストがかかります。それにもかかわらず国家に一方的に責任を押しつければ、政府は国民が人質にとられるリスクを抑えるため、危険地域への渡航の自由を制限しようとするでしょう。
外務省は「海外安全ホームページ」において、旅行者や海外在住者に世界各国の危険情報を提供しています。もっとも危険なのは「退避を勧告します。渡航は延期してください」とされた地域で、シリア全土とイラクの大部分が含まれます。「自己責任」のない日本人の行動で政府の負担が増せば、まっさきにこうした地域への渡航が禁止されるでしょう。
日本人がほとんど問題なく旅行できるアジア地域でも、フィリピン、インドネシア、カンボジア、ラオスは全土が「十分注意してください」以上の危険度で、中国やタイも一部地域で危険情報が出ています。いったん規制が始まれば、これらの国・地域への渡航も許可制になるかもしれません。
私たちが自由な旅を楽しめるのは、「自分のことは自分で責任をとる」という当たり前の原則が国家とのあいだで共有されているからです。それを否定してしまえば、国家は私生活にまで無制限に介入し、旧ソ連や文化大革命下の中国のような専制的超管理社会で生きるしかなくなるでしょう。
「自己責任」は、自由の原理なのです。
『週刊プレイボーイ』2015年2月9日発売号に掲載
PS その後、シリアへの渡航を計画していたフリーカメラマンに対し外務省がパスポートの返納命令を出す事態になりました。すべてが「政府の責任」ならこうなるに決まっています。
<執筆・ 橘 玲(たちばな あきら)>
作家。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。「新世紀の資本論」と評された『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ベストセラーに。著書に『日本の国家破産に備える資産防衛マニュアル』(以上ダイヤモンド社)などがある。
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