Nanpa is Suicide

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演劇コンプレックス

僕には演劇コンプレックスがある。僕は演劇サークルにいた。だいたい、いい役をもらえるのは、イケメンだけ。なぜなら舞台が映えるから。部員はサブカル系女子ばっかりで、ブスのくせに変に面食いが多かった。何より演劇は実は超体育会系の世界。僕はずっと主役になれない人生。

演劇こそイケメンリア充が最強である、暴力の世界。ホストの世界のほうがまだ平等なのではないかと思う。同業者の足の引っ張り合いも多い。

だから、僕はお芝居を観に行くことは怖い。あれ作るのにどんだけの暴力的な行為が行われたんだろう…と思ってしまう。それで行けばお芝居の感想を言わないといけない。僕は暴力に目がいってしまって、作品のことは覚えてられない。だから何も言えなくなる。

特に、あの役者さんは○○だったとか言われると1番困る。僕は、いや、大変だったよね…としか思えなかったりする。

僕にとっては演劇の世界は、暴力の世界でトラウマの世界である。夜の世界は男ばかりだから、まあ居心地いいけど、演劇には常に女の子がいる。女の子と演劇の稽古するなんてとても苦しい。僕にはまったくできないことしかなかった世界であった。

それに、演劇には、人間のトラウマを表現した作品がたくさんある。トラウマの少なそうなイケメンリア充たちが非リアに向けて暴力的に表現するトラウマの世界。リア充の作り出すトラウマの世界に濡れるサブカル女子たち。まさに究極の暴力行為。心のレイプ。

ここからわかることは、リア充のトラウマには興味がみんなある。それは一般性がある。大衆に理解される。コミュ障のトラウマはみんな興味がない。理解されない。そんな図式が舞台で反復される。俺たちは人間を知っているとドヤ顔する俳優たち。自分と向き合ってますという顔してやがる。

自分と向き合っているフリをしながら、舞台でやってることは世間のよくあるトラウマの反映でしかなかったりする。でも、それは女の子にウケる。それが現実である。刺す。いつもそう思った。

まあ、本当にすごい役者さんとかはそんなことないのかもしれない。でも、すごい役者さんなんて言葉自体が僕にとっては恐怖である。結論を言うと、結構ヤクザな世界でしたという感じ。

 

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