2015-02-17
ICT時代の日本史文献管理考
ちょっとした危機感
現在刊行中の『岩波講座日本歴史』は、一応毎回購入して一冊一冊読みながらノートをつけているのだが、つい先日、近現代のとくに新しい時代に入ってきた巻を読んでいたところ、結構強いショックを受けた。ちょっと専門の時代や主題がずれたところになると、依拠している新しい説のフォローが全くできていないことに気がついたのだ。あわてて脚注を見ると2000年代後半から2010年代に出た新しい文献が並んでいるが、目を通していないものが多い。これではいけない、という危機感が募った。
そこで今回も、もう少し進んだ解決策をお持ちの方にご教示いただきたく、恥を忍んで自分のやり方を提示してみることにする。
日本史関係の研究文献の整理ならば、色々な図書館が気合の入ったパスファインダ(調べ方案内)を作っているし*1、よく使われる文献として、弘文堂の『日本史研究文献事典』や東京堂出版の各時代の研究事典類が整備されている。それらとNDL-OPACやCiniiなどの文献データベースとを組み合わせて用いることによって、少なくとも2000年までの研究動向のフォローはかなり容易になったと言ってよいと思う。
- 作者: 鳥海靖,小風秀雅,松尾正人
- 出版社/メーカー: 東京堂出版
- 発売日: 1999/08
- メディア: 単行本
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全時代揃っているわけではいないが、ICT技術を使った文献収集法も記載した論文の書き方、研究入門書も刊行され始めている。
- 作者: 秋山哲雄,田中大喜,野口華世
- 出版社/メーカー: 勉誠出版
- 発売日: 2014/05/16
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問題はそれ以後、つまり2000年代から2010年代にかけて刊行された研究書のフォローなのだった。もちろん、2000年以降の『史学雑誌』の回顧と展望を読んでいけばよいだろうという話なのだが、思想や文学などの隣接分野までを含めたとき、どうすれば日々更新される研究文献に関する情報をアップデートしつつ、まっとうな状態にしておけるかということはかなり気になるところである。
存在するのに、知らないで先行研究がないと主張してしまうことほど恐ろしいことはない。論文でいえば、前提が崩壊しかねないからである。研究誌であれば通常「査読」という体制があるが、それも万全とは言えないことを示す事例や懸念が、近年相次いで示されている*2。
これだけICT技術が発達した今日にあっては、文献が、検索手段も含めて紙だけの時代なら(ちょっとくらいなら)許されたかもしれない見落としは、今日では通用しないと考えて、一層意を注ぐべきだろう。私だって紙の方が好きだが、こればかりは致し方ないと思う。文献の数は、量的には増殖し続けているわけだし、ちょっと前まで職人芸的な管理方法で維持できていたものが、今後も同じ方法で大丈夫かどうかは、予断を許さない。
紙に印刷されたものを紙のノートに引き写すことにはそれほど抵抗がない場合でも、電子媒体のものを閲覧しながらせっせとノートを取ることはどうだろうか。数年前に、国文学系では、メジャー雑誌が休刊となって騒然としたことは記憶に新しいが、この先10年の間で、史学界隈でそういう話がないとも限らないし、紙での発行を断念して電子版限定のジャーナルが絶対出ないと断言するのは躊躇われるものがどうしてもある。というか、西洋史とかだと既にあるのかもしれない。日本史だからといって海外の日本研究論文を調べないで済むほど甘くはなかろう。
新刊を探すには
年間8万点も発行されている新刊の書籍は、追いかけるだけも大変だが、日々出てくる文献を可能な限り漏らさず把握するためにはどうすればよいだろうか。私の場合、新刊チェックにいくつかのツールを同時に併用している。
一時期NDLサーチの新着図書情報のRSSも使っていたが、膨大すぎて挫折した*3。その上それでも、出版情報でチェックが行きとどかない場合がある*4。そんなときにはTwitterを使って歴史書懇話会に参加している出版社の公式アカウントなどをチェックする*5。歴史学関係雑誌論文新着情報は、国立国会図書館の雑誌記事索引で新規登録された歴史学関係論文の情報を投稿してくれるアカウント。購読していない雑誌や、大学を母体とする学会の機関誌、紀要類のチェックに大変役立つ。そのほか各社PR誌(岩波書店『図書』とか)の広告欄、定期購読している学会誌の広告欄、それから複数書店の店頭でも棚を眺めることにしている。
既刊はどうするか
新刊の情報をチェックするのは、ネット上で比較的簡単に行なうことができる。問題は既刊本、とくに絶版になっている本や、かつて見落としてしまった本などの取りこぼしをどう拾い集めるかが問題となる。既にある先行研究に対しては、読んだ文献の脚注、資料探索過程でとったメモ、研究会で聴いた報告レジュメに書いてあった未読の参考文献、その他人に教えてもらった情報などを、Web上で動作する読書管理ツールの「気になった本」に登録することで対応している。
ただ、多くをAmazonの書誌情報に依存している読書支援サービスの弱点は、古本だろうと思う*6。読書支援サービスだと、独自の書誌登録は有料版のみと断っているサービスも多く、古本趣味の人だとなかなかこの辺が厳しそうに思える。
加えて、結局、キーワード検索で出たものが本の全てであり得ないという問題が依然として付きまとう。とりわけ戦前は図書館が全ての本をもっているわけでなく、明治時代には全国書誌も存在しない。国立国会図書館がどの程度カバーしているのかについては諸説あるが、その数は多くて7割、低いと半分程度に見積もられている研究がある*7。図書館がもってないのだから、検索で出ない本があるのが当たり前ということになってしまう。
ただし、残っていないのかといえばそうではない。個人が持っていることもあれば、その個人が手放した結果、古本屋に流れることもある。それを見るための努力は歴史学の研究ならすべきだろうと思う。
古本に頼る
そのためのツールとして古本屋の発行する目録があるが、目録も、古本屋さんの個性によるもので、日本の古本屋などで購入が可能といっても、在庫すべてをネットに出しているかどうかはお店の裁量によるところが大きいようだ。
- 作者: 澄田喜広
- 出版社/メーカー: 青弓社
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もちろん、その個性まで含めて古本屋さんの良いところだといえるし、先日千代田図書館で行われた「目録読書のたのしみ」というイベントでも、日本の古本屋があるといっても、目録を読みながらの発見は得難いものがあり、そもそも、書名のキーワードが思いつかないこともあろうという話が出ていた。これは納得の指摘である。先日、職場のある古本通の先輩から、君は新刊買いすぎだと苦笑されたのだが、新刊を読み続けていると史料へのカンが鈍るし、古本だけ読んでいるいと研究のカンを失っていく危険と絶えず隣り合わせの実感がある。本当にみんなどうしてるのだろうと思うが、こうしてとにかく両方のバランスを図ろうとすると、お金がなくなる上に小説などは全然読めなくなってしまう。
どうすれば見落としが少なくなるか。それにはもちろん自分がかつて読んだものを忘れないことも含まれる。文献管理ツールが発達する所以である。Amazonの書誌情報に依拠した読書管理サービスでは、古本のチェックに加えてもう一つ難しいのが、論文の記事レベルでの文献管理である*8。新刊の読書記録では全ての本について感想をつけるわけでないし、学術書ばかり読むわけでもないから、読書管理ツールで行なっているようなこととは別に文献管理方法を模索する必要が出てくる。以前、いくつかの文献管理ソフトを試してみたもののうまく使いこなせなかった。図書と同じ次元で目録を取りにくい断片的な史料も一元管理できないか、と余計なことを考えてしまうからだ。
この件を解消する方法として、Evernoteで一元管理するというやり方を思いついた。
Evernoteで日本史研究文献を管理する法
- 作者: 佐々木正悟
- 出版社/メーカー: 東洋経済新報社
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Evernote以前の話
Evernoteは、数年前にアカウントを作ってから、これまであまりうまく使いこなせてこなかったのだが、ふと、今までB6の京大式カードに書いてファイリングしていたことの大半がEvernote上で出来る上に、検索が楽になるなあ、と気づいて色々いじっているうちに、上記の文献管理の問題が解決できそうな感触を得、勢いでプレミアム版にアップグレードしてしまった。
日本史でこの方法が有効だった理由としては、文献記述方式がジャーナルによって一定しておらず、引用文献の書式の統一はどうせ人力でやらざるをえないので、文献管理ソフトが備えている出力機能はそもそもほとんど不要であるとか、史料情報の記録には、むしろ多種多様な形態の史料に即して、関連情報や文書番号や冊子体目録や整理年代等の入力欄がある方がより重要だという、特殊事情も絡んでいると思われる。
B6の京大式カードは、1枚を「論文で引用する註1個分」とみなして、以下の単位で記入していた。感覚的に区別していたので名前はないが、便宜的にわけると以下のようになっていた。
これを「知的生産の技術」における梅棹式に適当に並べ替えて、一本の論文を書くときには一冊のファイルに綴じていた。
- 作者: 梅棹忠夫
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――梅棹忠夫がいま生きていたら、おそらく夢中でEvernoteを使い倒していたに違いない(濱野智史)。*9
知的生産の技術
実際の使用例
Evernoteには、「ノート」(タイトルと自由記入欄がある)の外に、複数のノートをまとめた「ノートブック」、さらに複数のノートブックをまとめた「スタック」という単位がある。このことを踏まえて上記のカード区分をEvernoteに適用することが出来る。私のものは、概略次のような構造になっている。
000_inbox
100_研究文献
└101_日本近代史
└110_思想史
└ …
└130_図書館情報学
└131_図書館史
└ …
└199_その他
200_史料
└201_日本近代史関係
└210_図書館史関係
└299_その他
300_人物情報
400_事項
500_画像
900_ネタ
└アイデアメモ
└名言・名句集
Hatenabookmark
スタックやノートブック頭の3ケタ数字はソート用のもの。フォルダやメールボックスの整理でよく使う人も多いと思われるが、同じ意図である。2ケタでもよかったのだが、研究文献が増えてくると展開できた方が良いかもしれないと思って3ケタにしている。000_inbox(到着(未決)書類入れ)は、とくに指定しないで作ったノートの仮置き場で、一通りの情報を書き込んだら各ノートブックに移行する。100番台が研究文献で、10の位でざっくりした主題わけをしているのだが、今後増えたら少し変えるかもしれない。人物だけの研究文献ノートブックも作ることがある。200番台の史料も同様である。600番台〜800番台は空欄にしてあるが、何かあったら作るかもしれない*10。
ノートを作るときの注意点など
ノートブックの下層に置かれるノートのタイトル欄には、論文の書誌事項を入力する。このとき面倒なので、NDL-OPACで署名を検索して書誌情報を表示させた後、「引用形式」で表示しなおしたものをコピー&ペーストで貼ることが多い。さらに研究文献の場合は、発行年月を6ケタの数字で書いている。
こうしておけばノートブック内を表示させたときに発行年順に論文が自動ソートされる。本文には、目次や、気になった箇所、重要な指摘などをページ数と共に書き込む。本に書いてある事と、私見・感想・批判などを区別するために〔〕などの括弧も使う。書評しているものがあればその情報が参考になることもあるので書き込んだりする。ちゃんと作れば、ノートブックそのものが研究史になるわけで、単行本も論文も区別しないで単純に発行順に並べられるというところが非常に良い。
史料はタイトルよりも本文に引用箇所とともに史料名を記し、タイトルにはむしろ何が書いてあるのかの後でわかるような見出しをつけている。ノート一つが註1個分というのがゆるやかな原則なので、同じ史料群から複数のノートを作成することもある。タグやノートブックを使った整理法は、まだ検討の余地がありそうだ。
人物情報や事項のノートは、自分用のレファレンスとしての意味合いが強い。人物情報のタイトルは「生年+名前(生没年)」のフォーマットで書く。まだやっていないが、あるいは後ろに出身地とかを入れても良いのかもしれない。本文に辞典からの概要抜き書きや、その人物の史料情報、研究文献などを書き込んでおく。タイトルの付け方が重要なのは、生年順でソートがかけられるからだ。意外な同い年などの世代も見えてくるという「おまけ」がついてくる。事項には例えば定義が多様な概念とその研究史の文献などを入れておく。
画像の保存が出来るのもよい。とくに歴史写真など、スキャナで取り込んでjpeg等で貼り付けた上で出典を書いておけば、発表資料で使いたいときに便利である。はてなブックマークとの連携も使っている。Cinii Articlesで検索した論文をブックマークするときにEvernoteにも連携させて情報を送っておけば、連携先のノートブックにブックマークした論文が蓄積されて、勝手に「あとで読む」リストが出来る。
ネタ帳にはちょっと使いたい、論文には関係ないのだが、「うまいこと言うなあ」と感心した文章を。使い方事例のサイトを見てみたら、案外ほかの人も同じノートブックを作っているのでおかしくなってしまった。Evernoteは拡張性があるし、もっと上手な使い方をしている方もきっとおられると思うので、この記事をきっかけにして、こうした方がもっと便利じゃないのというアイデアがどんどん出てきたら、嬉しい。
*1:例えば学習院女子大学「日本近世史に関する文献の探し方」(pdf閲覧注意)、福岡県立図書館「日本史文献の探し方」、国立国会図書館調べ方案内「日本史に関する文献を探すには(主題書誌)」など。
*2:「査読」をめぐる図書館情報学の立場からの論点整理として、以下の文献を参照。佐藤翔. 査読をめぐる新たな問題. カレントアウェアネス. 2014, (321), CA1829, p. 9-13.
*3:ただし店頭に並ばない灰色文献情報は捨てがたいものがいまだにある。
*4:ちゃんと調べていないが、近刊検索βでは岩波書店など特定の版元の情報が入っていない気がする。
*5:参加している出版社は明石書店-校倉書房-思文閣出版-東京堂出版-刀水書房-同成社-塙書房-法藏館-ミネルヴァ書房-山川出版社-吉川弘文館の13社。歴史書懇話会HPによる
*6:Amazonの書誌情報がはらんでいる問題点については、以下のブログ記事が重要な指摘を行なっている。【悲報】amazonの書誌情報管理がマジクソな件について - 図書館学徒未満
*7:例えば、牧野正久「年報『大日本帝国内務省統計報告』中の出版統計の解析」(上)(下)(『日本出版史料』1-2号(1995-96)所収など。
*8:業界用語で構成書誌単位というらしい。固有のタイトルを持つが携帯的に独立していない資料の構成部分を指す。
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