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 ◆ 県山岳連盟登山部長 井上邦彦さん(63)

 全国で、登山や山スキー(バックカントリー)による遭難が相次いでいる。県内でも今年に入り、蔵王で50代男性が一時遭難し、天元台高原では県外の30代男性が行方不明のままだ。救助現場では何が起こっているのか。県山岳連盟登山部長で、県警や消防にも救助方法を指導している井上邦彦さん(63)に聞いた。

 ◆ ネット介し初対面 地図なしも

 ――県内の登山者数は増えていますか。

 富士山や高尾山ほどの混雑はありません。ですが、登山方法が二極化しています。お年寄りと若い人とのグループでは、登り方が全く違うのです。特に鳥海山や月山、蔵王のように観光と登山の線引きがあいまいな所では、若い人の新しい動きが目立ちます。

 ◆ スマホだけで

 ――新しい動きとは。

 ネットで知り合った初対面の人とパーティーを組む人や、山岳会に所属しない「未組織登山者」が増えています。より良く軽い装備が簡単に手に入り、初心者も挑戦しやすくなったためです。しかし、装備の使い方を教わらずに独自の方法で登山するため、遭難のリスクが高まります。また、地図を持たずにスマホだけで登る人も増えています。山は気温が低いため、フル充電でも切れてしまう可能性があり危険です。

 ――登山届もあまり提出されていないと聞きます。

 私が飯豊連峰の山小屋を管理していた時に調べたところ、登山届の提出率は50%ほどでした。最近、日本山岳ガイド協会が運営している「コンパス」というサイトで、ネットでの登山届を受け付けていますが、それを行政が見られるのは全国で4県のみ。山形県警は協定を結んでいないので見られませんが、登山者はそれを知らず、出したつもりになっている人もいるかもしれません。

 ――遭難しても助けてもらえる、という考えがあるのでしょうか。

 1~2年ほど前、鳥海山の遭難者から「助けて欲しいが、有料の救助隊はいらない」という要請がありました。救助隊は警察や消防などの行政と、地元の民間人による山岳隊で組織します。確かに、山岳隊員が救助に向かうと、日当と保険代で1人あたり2万円以上かかります。ですが、県内の警察や消防だけでは遭難場所までたどり着けないこともある。ヘリなどの航空隊のレベルは向上していますが、地上隊のレベルは非常に落ちているという問題もあります。山岳隊も高齢化が進み、壊滅状態に近いところもあります。

 ――3年前、北海道の積丹岳で遭難し死亡した男性の両親が、道警が救助方法を誤ったために死亡したと道を相手に裁判をおこし、地裁が約1200万円の支払いを命じました(道は控訴中)。

 登山者は山の怖さや自らの失敗を分かっていても、ご家族は山をよく知らないこともある。私たち救助者は、常に新しい知識と技術、態勢を身につけて、捜索の段階からご家族と信頼関係を築くことが大切だと考えています。

 ◆ 下山の技術を

 ――遭難しないためにはどうしたらいいですか。

 最近はバックカントリーも人気です。多くは善良な人たちですが、登山の技術をふまえていない人もいます。何かあったときに自力で下山できるか。私も何度も滑落しましたが、遭難したことはありません。下山できなくなったときが「遭難」です。危険を予知し、アクシデントを最小限にすることが重要な技術です。

 ――もし、雪崩に巻き込まれてしまったら。

 鼻と口の前に両手で空間を作るようにしてください。ボクシングのファイティングポーズのような形です。呼吸できるスペースを作ることで窒息しにくくできます。

 ――2016年から8月11日が祝日「山の日」になります。

 「山の日」は「山に親しむ機会を得て、山の恩恵に感謝する」祝日です。同時に、みんなが楽しく、安全に登ることができる山をどう維持していくのかが問われているのだと思います。

 ◎  いのうえ・くにひこ 1951年、小国町生まれ。駒沢大で山岳部と自然保護研究会に所属。卒業後は「山と人との関わり合いを学びたい」と小国町役場に。2007年、NPO法人飯豊朝日を愛する会を設立。飯豊朝日山岳遭難対策委員会救助隊長など兼務。