書きたい場面場面あっちこっち飛んで書いていっている。一人称いつも何にしようかと迷う。仕上げのときは統一しようと思いつつ、同じだと書くとき味気なく感じる。ここは「あなた」にする。
⚫︎僕はあなたと出会うまでずっと自分が一人だと思っていた。誰かが僕の声や姿を見たくてやってきた。僕の人生であなたと出会えたことは予定外のことだった。6月24日、この日も僕とあなたは会っていた。新千歳空港にいて帰るところ。エスカレーターに乗っている僕の前、一段上にはあなたが乗っている。それでもまだ少し身長は僕に届かない。もうすぐ上ににつく。あなたが振り返って、僕にキスをしてきたとき、僕は最初、まわりを気にしていて、避けるようだった。もう一度、あなたは小鳥になり、つつくように僕にキスをした。この日僕たちは口数が少なかった。札幌駅から新千歳空港までの電車に乗る前、僕がコンビニでウイスキーを買って飲もうとしたことで喧嘩していた。「他の人探せばいい」とあなたは怒っていた。僕は、朝ホテルであなたに言われた言葉を気にしていた。何かはここでは言えないことだ。あなたは覚えていないかもしれない。札幌駅前のベンチに座って広い空間を眺めながら、昼食として食べた定食が妙にお腹にいい感じだったっていう話をあなたがして、僕も同じことを感じていたから、少し仲直りした。空港までの電車の中で、ラインで僕はあなたに謝って、僕の中では完全に仲直りした。それでもまだ口数は少なかったけど、あなたがキスをしてきたとき、同じ気持ちだと僕は思った。僕はもう一人じゃなかった。
僕の左隣にあなたが座っていた。「で?どうするの?別れるの?」あなたは言った。もう仲直りしたということが、あたりまえのように感じていたから、不意をつかれた。咄嗟に「別れないよ」と僕は前を向いたまま、あなたの顔を見ないで答えた。うー、かわいい、ずるい、あなたは笑った。やっぱりね、やっぱりね、僕を叩くように触れているあなたの手がそう言っていた。エスカレーターでキスをしてきたとき避けたことで彼女を不安にさせたのだ、と僕は思っていた。彼女は、僕たちが治ったことを確かめるために、かさぶたを剥がしたかった。飛行機の搭乗時間まではまだ少し時間があった。あなたはその飛行機で東京に帰る。たち上がろう。あそこいってみようか。空港のいちばん端の窓際に座った。ここには前にもきたことがある。あなたかはじめて北海道にきて、今回とおなじようにあなたが東京に帰る飛行機を待つ間、僕たちはここに座った。そのときもキスをしたし、今回もキスをした。今回の方が僕にためらいはなかった。秘密の隠れがだったから、恥ずかしくなかった。((((((前ここで、僕はもう死んだおばあちゃんが使っていた小さな携帯電話をあなたに渡して、これからはこの電話でも話そうって言ったのを思い出していた。LINEの無料通話を使って話していると通信状態がよくなくて、この電話を使えば途切れないで僕たちは話せる。その電話にはおばあちゃんの声が入っていた。「そういえばおばあちゃんの声はここにしかない」あのとき僕はあなたに言った。「もしもし、もしもし」とその声は誰かに呼びかけている。僕に電話をかけようとしたときに間違って録音ボタンを押してしまったのだと思う。僕はあなたにそれを聞かせた。僕も、もうそれが聞けなくなるかもしれないと思って、聞いた。)))))時間がきた。
手荷物検査をするために並ぶあなたを見ていた。広い通路の真ん中、立ち位置が中途半端で、決まりが悪いと思っていた。真っ白な画面にいる黒い邪魔者のようで、ここにいてはいけない感じがした。僕は後ろのベンチに座ったら決まった位置になった。もっと遠くからあなたを見送っていた。「なんか生意気なガキみたい」あなたは写真を撮って、後でそれを送ってくれたときあなたは言った。あなたが買ってくれたTシャツと黒い短パン。Tシャツはその日買ったもので、買ったあとトイレに入って着替えた。あなたは白地にイギリスの赤と黒の軍服を着た小さな兵隊がたくさんのシャツと赤いスカート、あなたの順番がきて、天国へいくのか地獄へいくのか検査されて、出発ロビーに吸い込まれていった。空港には人がいたのに味気ない空っぽの空間になっていた。僕はJRで家に帰った。19時01分「飛行機に乗ります、愛しています」とあなたからLINEのメッセージかきた。19時52分「俺はいま家に着いた」53分「気をつけて家に帰るんだよ。俺は寝ちゃう」。21時01分「うん」あなたから。愛しています。
●6月25日。「おはよう。きてくれてありがとう」4時55分あなたにメッセージを送った。まだはやい、二度寝。3時間ぐらい寝て、シャワーを浴びてヒゲを剃った。この日は約束があった。5月に何日か農家で働いたときの給料をそのとき一緒に働いていたHさんとMくんと一緒にもらいにいくことになっていた。Hさんが運転する軽自動車がMくんを拾って10時予定の時刻通り僕が住んでいるアパートの前に止まった。「おはようございます」と言って後部座席に滑り込んで、僕がドアを閉めほんの一瞬前、せっかちに車は動き出した。「だらしのないやつ」の家までは1時間ぐらいかかる。Mくんは僕たちを農家に派遣したおじいちゃんのことを「あいつ」とか「だらしのないやつ」とか呼んでいる。Mくんも僕もMくんの友達も、前にあいつには、給料の金額を間違って渡されたことがある。Hさんは今回、はじめてあいつのところにいく。MくんとHさんは以前一緒のに仕事をしていたらしい。何をしていたかはわからない。Hさんはガッチリとした身体つきで、すこしお腹が出っぱている50代前半の男性、とてもよく喋る。聞いていると、嘘なのか本当なのかよくわからなくなってくる。給料をくれるおじいちゃんのところへいく間、小樽でロシアのマフィアと仕事をときの話をしていた。
Mくんは僕よりひとつ歳下、痩せているけど力持ち、煙草とスロットが好きな青年。きっちりしているところはきっちりしている。彼は僕にはない厳しい線を持っている。僕とMくんは先月もこの日と同じ場所に給料を取りにいった。4月に僕は2日だけ農家で働いた。Mくんは10日ぐらいだったと思う。そのとき、あのおじいちゃんは僕の給料袋に1万円ぐらい多くお金を入れて僕に渡した。Mくんと2人きりになったとき、僕は彼にそれを話した。Mくんは「面倒なことになるかもしれないから返した方がいい」と僕に言った。正直言って、このまま何も言わなければ逃げ切れるかもしれないと思ってしまっていたから、ぶん殴られたような気持ちになった。何しようとしていたんだ俺、卑怯者、Mくんが正しい。そしてMくんは「あのだらしのないやつはずるいやつだから、それは罠かもしれない。返したほうがいいよ」と付け加えた。僕はあいつにきっちり返して、自分が働いた分のものだけを受け取った。あいつはガンにかかっているらしい。Mくんから聞いた。煙草を吹かしていた。
僕とMくんとHさんはおじいちゃんの家の玄関で封筒の中身を確認していた。「大丈夫か」給料をくれたおじいちゃんが言った。「はい、大丈夫です」Hさんはおじいちゃんの前でペコペコしていた。僕は綺麗好きなおばさんがいる友達の家の玄関みたいだなと思っていた。うるさい人は出て行けってそれとなしに言われる。車の中に戻ったとき「あいつ今日は間違えなかったな」とMくんは言った。みんな大丈夫だった。だけど、僕たちは、もうあのおじいちゃんと関わらないと決めていた。「だからじゃないか。もう関わらないとわかってるからきっちりしてきたんだよ。あいつずるいからな」Mくんは言った。Mくんとおじいちゃんはもめていた。雨の日、行くはずだった派遣先の農家の人から「今日は中止にする」という電話があった。おじいちゃんはそのときの交通費を農家に請求した。農家の人と話しているときにMくんは偶然それを知った。おじいちゃんが農家の休憩室に様子見にやってきたとき「僕たちは行っていないから雨の日僕たちが行かなかったときの交通費を農家に請求するのやめてくれませんか」とMくんは言った。「そういうわけにはいかない」とおじいちゃん。「じゃあ俺たちやめますわ」とMくん。ちょうどみんな辞めようと思っていたから僕たちはそれにのって辞めた。Mくんは勝負師だ。仕事人だ。
いま雨は降っていない。さようなら、おじいちゃんが住んでいる閑静すぎる住宅街。僕の友達だった人かもしれない人はとうの昔にあの家から出て行った。僕は人が歩いてるのを見たことがない。Hさんは車を運転しながら、あのおじいちゃんがガンだってことを気の毒がっていた。そして「あれ結構高いんだよ」と言って、住宅街の周りの刈り込まれた草の上に幾つも転がっている薄い茶色の干し草のロールの値段を僕たちに教えてくれた。嘘だか本当だか僕にはわからなかったし、いくらだと言ったか、僕はよく覚えていない。それを僕は子供の頃から、転がって止まって捨てられた趣味みたいなものでしかないと思っていた。
Mくんはスロットがしたくて同棲していた人とは別れた。それぐらいスロットが好きで、給料もらったからすぐ勝負にいきたいみたいだった。でもこれから免許更新にいかなければならないらしい。面倒見のよいところがあるHさんは、Mくんを札幌の手稲区にある免許更新センターまでMくんを乗せていってあげるみたいで「いいかい?このまま付き合ってくれるかい?」と僕に聞いた。「いいですよ」と僕は答えた。Hさんはほとんど1人で偉い人を知っていてその人と関わりがあるということをずっと喋り続けた。あるいは、自分は弱い人の味方で、そういう人を虐げる権力者は許さない、という話。それから、今度誰々を訴えるだとか、やっぱり嘘だか本当だかよくわからない話をしていた。
手稲免許センターまでは1時間半ぐらいがかかった。Mくんが講習を受けている間、僕とHさんはファミリーレストランで食事をして時間を潰した。二人ともハンバーグを注文した。Hさんは昔高校生の頃、札幌駅の近くのファミリーレストランに友達と行ったときにコーヒー1杯で朝から晩までいて時間を潰したことがあるという話をした。それからまた、嘘だか本当だかわからない話を続けた。何を話していたのかよく思い出せないが、彼は一生懸命自分たちが住んでいる場所の裏の仕組みを話そうとしていて、自分はそこと関わりがあって、その話が途切れない。僕は彼の世界観と僕が世界観はあわないとか感じていた。Hさんはいい人だったけど、聞いていると飽きてきて疲れた。世界の可能性が閉じていった。昨日まで一緒にいた愛する人としていた食事の時間と比較してしまっていたから、そう感じてしまったのかもしれない。恋人と食事しているときと全然違っている現実がここにあることが、虚しかった。窓から外を見ると、道路と車、標識、信号、全部が場当たり的で、統一感がなく、薄汚れれているように見えた。あなたと一緒のときはどんなに険悪な状態でも希望に包まれていた。僕はここで、ここに落とされたことに気づくべきだったんだ。僕はこんなようにものが見える場所にいたくない。勘定は僕が払った。「農家で仕事したときいつもHさんは缶コーヒーを奢ってくれたので、給料が出たし、今回は僕が払います」僕は言った。親しくなってはいけない人間だと思ったから、甘えるわけにはいかなかった。
時間になったのでMくんを迎えにいった。「札幌駅の近くのパチンコ屋で勝負するけど、Mくんを一緒にいかない?」と言ってHさんはMくんを誘っていた。「こっちで負けたらなんか損した気分になるからなあ。うーん。自分の家の近くで打つから遠慮しておきます」ってMくんは断った。Hさんは僕とMくんを平和駅まで送ってくれた。千歳線、札幌駅から千歳へ向かう方向に3駅進んだところにある無人駅。「中学生の頃、暇だから意味もなくよくここで降りたんだ。無人だから、切符を誤魔化せる」Mくんは言った。僕たちは自動券売機で同じ料金の切符を買った。僕たちは同じ駅で降りる。Mくんの家は僕の家から20分ぐらいのところで、わりと近い。今日付き合ってくれたってことでMくんが500ml入りのペットボトルを奢ってくれた。烏龍茶好きだよねえ。うん。Mくんは缶コーヒーを買って一気に飲み干してゴミ箱に「バコン」って音と一緒に捨てた。プラットホームに立っていると風が気持ちよかった。Hさんから聞いた話が全部軽い噂話にになって流れていくみたいだった。向こうの向こうの向こうのぐらいにHさんがいて、それはもうは周り取り囲むその他の点と区別できない点になっている。すべての陰影が、線路に敷き詰められている石の裏までも、はっきりしていた。いまがいちばんいい時期なんじゃないかな北海道。「次なにする?仕事」Mくんは僕に聞いた。「決めてない」僕は答えた。「なんかさ、Hさん、大きいこと言ってるけど、あいつの前で、ペコペコしてるのとか見ると悲しくなるよね」Mくんは言った。電車がやってきた。
先頭車両の運転席を背にして僕は立っている。すぐ向かいにMくん。喋ることは特にないと思っていたので、僕はドアの窮屈な窓から景色が動いているのを見ていた。Mくんと知り合ったのは、わりと最近、5ヶ月ぐらい前、雪がまだ積もっていたとき、弟に何か仕事ないかと聞いたときMくんを紹介してくれた。そのときは何日か、一緒に除雪の仕事をした。春になって「久しぶり。いま暇?」とMくんから連絡がきた。Mくんの友達がパチンコしたいからこなくなったから人手が足りない、ということでので僕に電話がきた。それで僕とMくんは何日か、一緒に農業の仕事をすることになった。一緒に遊んだことはない。まだお互いを探っている。僕は烏龍茶のペットボトルを飲み干して、銀色のゴミ箱に捨てた。「なんかやりたいことないの?」Mくんが聞いてきた。「うーん。特にない。Mくんは?」「まー、とりありスロットいく」「スロットでは食べていけないの?」「俺は遊んじゃうからダメだな。辞めどきにちゃんと辞められたら食っていけるかもしれない。でもさあ、楽しいから金あったら一日中やっちゃうんだよね。俺は楽しくうちたい」「まあ、仕方ないね」「ねえ、何かしたいことないの?」「俺はないよ」「俺、何日かしたら負けて金なくなるから、何かしなきゃと思っている」「うん」「一緒に何かしようよ。どんなのがいいのか教えてくれたら知り合いのつてとか使って、探すから」「ありがとう。でも、いまはいいや。何にもしたくないわ」「親なんか言ってこない?」「言ってくる」「俺のところもそうだよ」。
僕は昔からこんなふうに人と接してしまう。僕にやりたいことがあったとして、あるのだろうが、話しても無駄だろうって思うから話さない。親や勤め人、社会人?一体誰だそれは?あるいは、日本国憲法第27条に脅されている人に僕は、同意を求めようとは思わない。僕も普通の人間なのだと思う。でも、わざわざ普通になるための努力をして普通になってしまうのが怖い。僕は君たちに絶対心を開かない。自分の孤独は自分で守る。僕は抵抗するのを諦めただけかもしれない。「普通に働かなければ食えない」と言われて、元も子もないことを言われている気がしながら、普通になることが普通にいいことだってふりをしてしまうこともある。「第27条すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負ふ。何それ知らねえよ」っていうMくんみたいなタイプの人間には、僕はそれならそれでいいって感じで放っておいてくれそうなので、僕は何にもしたくない人間だというふりをする。その方が楽で自然体に近いマスクなのだろうけど、やっぱり防衛反応という感じはあって、本当のことじゃない。自然死と植物人間になってチューブをつけらたまま死を待つこととの違いはあるが、どちらともやっぱり死んでいく。未来が目線の延長線上にいつも見えない星みたいにチラつく。黒い希望は絶望なのかもしれない。僕は彼らを尊重するし僕も彼らを尊重する。僕の目は彼の目に立ち入らない形で。僕は景色の向こうのおもちゃ箱みたいな東京を探していた。憲法違反を霞が関と一緒に文学で切り抜けたい。あるいは他の仲間たち。僕はずっと北海道から出れないままだったから、終わっていない場所はそこだって気がしていた。彼女は今日なにしているのだろう。あっちには彼女がいるからそう錯覚しているだけかもしれない。しかし、元も子もない言い方をされているとは全然感じない。元金も利息も失って何もない、というわけではないということだ。失敗してもいいんだ、というやり方で、何も失っていない。
N駅についた。下校する時間に重なったみたいで、電車の中には高校生がたくさんいた。何人かの女子高生が空いたドアの前を塞いでいる。その間を縫うようにして僕たちは降りた。女子高生とすれ違うときMくんは「邪魔くさいなあ」と彼女らに聞こえるように言っていた。階段を上りながら「あいつら邪魔くさいんだよ」って、不機嫌を装っていたけど、少しウキウキしているようだった。本当にスロットが好きなんだなあ。邪魔する人には容赦しない。Mくんはこれから駅前のパチンコ屋で勝負しにいく。「俺はやらないけど、1円パチンコならお金あまり減らさないで、長く遊べるよ。一緒に行かない?」って誘われた。僕は「やめとく」って言って改札を出たところで「さよなら」した。パチンコは高校のときやっていたことがある。そのうち、金がすぐなくなって、虚しくなるだけだと思ってやめた。それ以来1度もやったことがない。パチンコのテレビゲームならやったかもしれない。僕が持っていたゲームの中でゲームの中で最も時間の無駄だって思えるゲームだった。金を賭けなきゃ面白くない。テレビゲーム自体も、なんか無益だな虚しいなと、もうやっていない。小学生のときは熱中できていた。終わったし、そんなことしていたら終わっちゃう気がした。それでいて、僕の中にまだ存在する子供は汚れちゃいけないものだった。
ドラックストアでT字カミソリの替えの刃とシェービングクリームを買った。大きな倉庫のような、大概の酒は置いてある酒屋でポケットウイスキーを買って、飲みながら家に戻った。本を積むための台としてしか機能していない僕の部屋の机の本の上に、中身ぐらい残っているウイスキーの瓶を置いた。カテーンの隙間から光が差し込んでいる。ちょうど涼しい明るさ、部屋の薄暗さ。窓がアパートの2階の外廊下に面していて開けると中が見えてしまうので、いつもカーテンは閉めたままだ。1階も2階も3階はないこのアパートの通りに面している窓は、どの家も、全部いつも、会話を拒否しているみたいに、カーテンは閉まったまま。2日前にあなたが近くの公園でシロツメクサの草冠をつくって待ってくれたことを思い出して、近くにいる気がした。僕は飼い猫のハナを公園へ連れていった。ハナはあなたの近くでうずくまるようにして草を食べていた。「何か、私みたい。そっくり」ってあなたは言って、僕は笑った。草冠のあたまにのせたあなたの写真を撮った。爽やかな空気、緑の濃い、たぶんハーモニカの音が後からつけられて似合う、幸せな時間を思い出している。1人で泣きながら、何度でも繰り返すよ。あのときあなたは僕が住んでいる場所を見たいと言ったけれど、僕はボロボロで散らかっている自分の家の中を思い浮かべていて、見られるのが恥ずかしいと思った。汚いから誰も連れてこないように、という家族のルールーみたいのがある。この家には、昔から誰も誰も呼べない。
そういえば昔、6、7年前、このアパートに母親の弟が訪ねてきたことがある。彼の背は僕より高いかもしれない、ガッチリしたしているけど、脚が悪いので片足を引きずって歩く。そのことでたしか障害者として認定されていたと思う。薄い色のジーパンとジージャンを着てきて、いい人というイメージしかない。彼が突然やってきて、僕がドアを開けた。「結婚することになって、仕事の都合で北海道をでることになるから姉さんに会っておきたい」ということだった。奥に引っ込んで寝ていた母親にそのことを伝えると、頭を振って「会いたくない会いたくない」となって会おうとしない。母の弟にそれを伝えると「もう会えなくなるかもしれないから、ちょっと会いたいんだ。だめかなあ」というので僕は「家に入って会いにいったらどうですか」と言った。「そすると、姉さん入るよ」と言って彼は入ってきた。すると奥のほうから「いい。いい。会いたくない」という母親の声がする。「姉さん、姉さん、だめかい?」と彼が話しかけるがいつまでも「帰って」という感じだっだ。だから彼は諦めて、自分の姉と会えずに帰っていった。僕は会ってあげればいいのにと思ったが、母の気持ちがわかった。この頃母は少しおかしい頃で、病院に入る直前だったと思う。彼女はボロボロだった。家の中も汚くてボロボロ、自分なりにここにいる前よりも大分老けた自分の姿を弟に晒したくない、恥ずかしいというのがあったと思う。僕はわかったし、彼女の弟もそれがわかったみたいだった。冬なのに母のいる場所の窓は開けっ放しだった。僕が閉めてもまた開ける。空気がわるいらしい。この家が問題なのだと僕にはわかっていて、彼女のやり方は間違っていたのは知っていたが、そのとき僕にはどうすることもできなかった。
今日は少し疲れた、僕はベットに寝転がり、冷たくて新鮮なシーツ、毛布をかけて、iPadをやろうとした。充電がなくなっていた。昨日のまま手付かずの彼自身のスタイルで膨らんだリッュクサック「もう僕たちの旅の相棒だね」に手を突っ込んで、充電ケーブルを探そうとするが、ない。リュックサックをひっくり返して探したが、ない、どこかに忘れてきた。酒を飲んでいたのでこのまま、横になったら眠ってしまう、と思い、ポケットウイスキーをジーンズのポケットに入れて、また外に出た。どこにでも売ってそうだけど、なかったら嫌だから、ここからいちばん近い家電量販店に行くことにした。歩いて50分ぐらいかかった。自動販売機で身体によさそうなジュースを買って一気に飲み干して、ウイスキーの空き瓶と一緒のは電気屋のトイレのゴミ箱に捨てた。ケーブルを買ってまた50分かけて家まで戻ると、19時半ぐらいになっていた。充電しながらipadでLINEを見るとあなたからメッセージかきていた。「すき。おはよう。緊張しています。2次受かったの。あひょーー!受かったの」
あなたはディズニーランドで働こうとしていた。職場へ通うのにちょうどいい場所に部屋を借りて一緒に暮らすんだ。僕たちは2人でいるときは大方、夢の国にいて、その中でもあなたは夢見ていた。札幌で僕にいつか甚平を着せたいと言いながら「次の面接で使うかもしれないから」って、ゆっくり時間をかけて履歴書を選んで買っていた。覚えている、横浜の迷路のような地下街の100円ショップで買い物をしているときもそんな感じだった。可愛いキャラクターの手帳に予定がぎっしり書いてあったことも知っている。実際のあなたはマイペース見えた。あなたは、ひとつひとつ、進んでいける人ように見えた。いまの人に見えた。その歩みの中で、早まる気持ちの速度に追いつこうとして、焦っているようだった。でも、やればできるんだって、自信があって、頑張っていた。僕は、あなたと一緒に歩こうとしている可能性の道が一斉に開かれて、宙に浮いた風船のようだった。あるいは少し及び腰だった。僕には収入がなかった。僕はあなたにLINEを送った。
「すごい、二次審査受かったんだ。やるね。今日給料日でよかった。ipadの充電ケーブルなくしたけど、金あったから買えた。いまつながった。ネット。そういえばそっち雨大丈夫?あと今日はMくんの免許更新付き合った。Hさんの車で」
一時間後ぐらいに返事が返ってきた。「え、ケーブルなくしたの?Mくん免許持ってたの?あれ?電話の電源つかないや。Zにもらった電話だめになったぽい」
「ケーブルいつの間にかなくしてた」
「Yと会う前、家出るとき、リュックにいれた記憶だけはある」
「え?わたしのとこかな」
「ある?」
「これ?」と言ってYは画像を添付して送ってくれた。
「違う。ならYのとこにはないんだ」
「ホテルに置いてきた可能性」
「ある」
「ん」
「買ったから大丈夫」
「ん」
「電話は?Yの」
「充電がなかっただけみたい」
「ん」
「 ふん(((o(*゚▽゚*)o)))あれ、やっぱだめだ。電源つかない。なんでかな。あれぇ」
「だめ?つながらない」
「つらい」
この後僕たちはFaceTimeの無料通話を使って話した。昨日と一昨日にしたデートのときの写真を送りあって、たぶん、そのときの話とか、毎晩いつも電話で話していたときと同じようにとりとめのない話、3日後ぐらいには何を話していたか忘れてしまう話をしながら、おやすみをした。もちろんこれは僕たちが付き合いはじめてから何度も繰り返された、幸せのひとつの形だった。
●6月25日。この日は何をしてたの?」って誰かに聞かれたら「特に何もしていない」と答えるような日だった。何の予定もない暇の中で「無い」と言ってすまして、その見えない内容を少しだけ積み重ねる日。僕はテストのとき「勉強してきたの?」って聞かれたら「そもそもそういうことを聞かれることはなかった」と言うことを想像している1人きりの人間だった。誰かが「勉強してきたの?」って言われているのを聞いていた。問いがので僕は答えを持つことがない。死んだおばあちゃんからはいつも「友達つくりなさい、いいものだよ」と言われていた。今日も虚無主義の内容を育む日。今日は、散歩して、途中図書館によって、本を読んで、ネットを眺めて、それをもとに小説にしようと思っているから忘れないうちに、あなたとのデートのことを少しメモして、そのほかにも思いついたことをメモする、特に何もない日。何ヶ月もかかって、これが何百枚も積み重なった書類になれば何かがあることになるのかもしれない。正直言えば、怠けてはいた。この日は、真剣に創作に意識を傾けていたというわけではない、という意味で。そういう日もあるって、言い訳しているだけのつまらない本の中の1ページのような。そういう日の朝に限って心地よい。やがて真剣さが嘘になる前だと思うんだ。
午前中、散歩に出る前、9時ちょっとすぎあなたにLINEを送った。「