店舗のバリアフリーはコストか?

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屋外の施設で車椅子に乗ってタバコを吸うEva数年前、Evaが足の指を骨折して数週間車椅子生活になりました。仕事は自宅でやらせてもらうことになり、できるだけ動かない生活をしていましたが、前々から知り合いと計画していた旅行をどうしようかと……。

迷った挙句、参加してみようということになりました。というのも、旅先は観光地。移動は飛行機とバス。それぞれの場所で車椅子を借りることができるだろうと踏んでの決断でした。

予想は大当たり。ほとんどすべての場所で快く車椅子を借りることができました。でも、そのほとんどの場所で、車椅子では行けないようなエリアがたくさんありました。

芝生、ぬかるんだ土、砂利道、大きな段差…行けるところだけ行って、あとは平坦なところで他の仲間を待つ。旅行は楽しかったけれど、そもそもの設備や施設の構造が車椅子を想定していないんだなぁと思い知らされました。

■「こんなもんでしょ、普通」という感覚でものを作ってきた社会

茨城県保健福祉部厚生総務課のホームページに、「バリアフリーとユニバーサルデザインの違い」という表があります。

これによると、バリアフリーの考え方は
「ハードや制度などの既存の社会的な障壁を取り除いて改善」というもの。

一方ユニバーサルデザインの考え方は
「ものづくり等を始める時から全ての人が使いやすいように考慮」というものだそうです。

これってつまり、「普通歩けるでしょ」とか「普通階段登れるでしょ」とか「普通目が見えるでしょ」とか「普通トイレは一人で入れるでしょ」とかの、『人とは普通こういうことができる』という(無意識の?)前提が、世の中のこれまでの「ものづくり」の基盤に存在していたってことなんですよね。私たちの社会は、そういう前提でものを作ってきた、だから既存のものにはバリアフリーな改善を、新しいものは最初からユニバーサルデザインで作ろう、ということみたいです。

あべ・やすしさんという研究者がブログで紹介している石川准さんの「本を読む権利はみんなにある」という論文には、次のようにあります。

 多くの人は「健常者は配慮を必要としない人、障害者は特別な配慮を必要とする人」と考えている。しかし、「健常者は配慮されている人、障害者は配慮されていない人」というようには言えないだろうか。
たとえば、駅の階段とエレベータを比較してみる。階段は当然あるべきものであるのに対して、一般にはエレベータは車椅子の人や足の悪い人のための特別な配慮と思われている。だが階段がなければ誰も上の階には上がれない。とすれば、エレベータを配慮と呼ぶなら階段も配慮と呼ばなければならないし、階段を当然あるべきものとするならばエレベータも当然あるべきものとしなければフェアではない。実際、高層ビルではエレベータはだれにとっても必須であり、あるのが当たり前のものである。それを特別な配慮と思う人はだれひとりいない。と同時に、停電かなにかでエレベータの止まった高層ビルの上層階に取り残された人はだれしも一瞬にして移動障害者となる。(中略)
要するに、障害は環境依存的なものだということである。人の多様性への配慮が理想的に行き届いたところには障害者はおらず、だれにも容赦しない過酷な環境には健常者はいない。(以下略)

確かに、たとえば階段があっても1段が1メートルもあったら登れる人は少ないですよね。一般的な1段の高さというのは、私たち人間のうち一部の「ものづくりに関わったり、ものを人に作らせるお金があったりする」人の感覚によって標準を決めてきたんだと思います。こんなもんでしょ、普通。登れるでしょ、普通。って。

■自分にはコストをかける健常者

日本語を知らずに日本に働きに来た人や、障害がある人などの就労に関わってきた Eva も、そういえば言っていました。「たとえば耳が聞こえないなら、耳が聞こえなくてもできる環境を作る。日本語がわからないなら、母語がわかる人が指導する仕組みを作る。そうすれば、その人にはそこの仕事ができるようになる。」と。

人間が空を飛べれば、世の中の『職場』と言われるところの構造はガラっと変わると思います。でも、空を飛べなくても仕事ができるような工場やオフィスを私たちの社会は作ってきました。だって、そうしないと空を飛べない私たちには仕事ができないから。だから空が飛べない私たちに配慮した構造の職場を、私たちはコストをかけて作っている、ということですよね。

■FAT CATS ではどうしているか

FAT CATS では、最初に店舗改装の計画を立てた時から「段差をなくす」ことを重要な課題と考えてきました。入り口からカウンター、トイレなどを障害の有無にかかわらず使いやすいものにすることに加え、メニューを点字と英語で用意することも決定しました。

点字メニューの近影。ボツボツが影を作っている。

さらに、視覚障害者が読み上げ機能を使ってネットするときに画像に「alt情報」が設定されていると、その情報の内容を読み上げてくれる、という機能があります。FAT CATS のブログに載せる画像では出来る限り写真の内容の説明を「alt情報」に書き込んで、音声で写真の内容を聞くことができるようにしています。
(たとえば上の画像だと「点字メニューの近影。ボツボツが影を作っている。」、下の画像だと「店舗全体を入り口付近から撮影した写真。薄いピンクでバリアフリーのエリアを示している。入り口からトイレを通ってカウンター沿いを通って奥のステージ手前までがピンク。トイレのドアは閉じているがトイレ内もバリアフリー。」と、音声で読み上げてくれるようになっています。)

また、車椅子でそのままついても高すぎないカウンターの高さにしました。その結果、ステージとキッチンを除くすべてのエリアがバリアフリーになっています。

店舗全体を入り口付近から撮影した写真。薄いピンクでバリアフリーのエリアを示している。入り口からトイレを通ってカウンター沿いを通って奥のステージ手前までがピンク。トイレのドアは閉じているがトイレ内もバリアフリー。

下の写真は、工事中に店舗を見に行った時にトイレの間口が狭いように見えたので、長さを測って施工業者さんに送った画像です。

店舗改装工事中にトイレのドア接地部分に大きな定規を当ててEVAが長さを測っている様子。780ミリメートルしかないことがわかる。有効間口が700ミリメートル弱だと思われるため、車椅子で通るのは難しいのがわかる。

トイレの中は一般的なトイレの2倍近い広さで、便器の横にはL字型の手すりもついています。予算の都合上オストメイトにはまだ対応していませんが、将来的な対応ができるようにオストメイト設備設置用のスペースを空けてあります。また、多くの店舗にある男女別のトイレも、トランスジェンダーの人たちにとっては使用に大きな苦痛が伴うものです。大きな個室型の男女兼用トイレにして、中を清潔に保つことで皆さんが快適に使えるように心がけています。

■メニューは印刷するもの? そもそもイスは必要?

これらには、確かに手間とお金がかかりました。
でも、ほかのことにもお金はかけました。

目が見える人のためには印刷したメニューを作りましたし、メニューの文字を見るのに十分な照明をつけました。
耳が聞こえる人がより当店を楽しめるようにスピーカーを買いました。
フォークやナイフのほか、手の指が思ったように動かせる人のためにお箸も用意しました。
車椅子ではなく歩いてご来店するお客様のために、カウンターやテーブルで快適に過ごせるようイスを用意しました。

……きっと、健常者のお客様への配慮のほうが、障害を持つお客様への配慮よりも、お金がかかったと思います。でもそれは、世の中的には「コスト」とは呼ばれない、少なくとも「余計なコスト」とは思われないものなんじゃないかと思います。それはきっと、健常者のお客様が快適に過ごせる店づくりは商売として当然だけれど、障害を持つお客様の快適さは重要ではない、という世の中の価値観が反映しているんだと思います。

そりゃあ私たちだって、メニューは印刷するものだし、立ち飲み屋じゃないんだからイスは買うだろうと思っていました。でも、それと同じくらい、段差は減らしたほうがいいし、点字メニューも作るものだ、と思うようにしました。もともとそう考えていたわけではありません。私たちもこの不平等な社会で生まれ育った健常者なので、強く意識し、かつ意識し続けなければ、簡単にバリアフリーのことを忘れてしまいそうになりました。意識したところで、不十分なところもあるかもしれません。

■障害者だけじゃない、「普通の人」からはみ出す私たち

でも、広いトイレにしたことで、これまでたくさんのお客様にお褒めの言葉を頂きました。また、お客様同士の話題になったり、常連さんが初めてお連れになったご友人に「トイレ行ってみてよトイレ!すごいから!」と仰ったりもしました。イベントのときに着替えや化粧をしたいというお客様にとっても、広くて鏡の大きい、照明の明るいトイレは好評です。それに、トイレのドアの間口を大きくしたことで、体の横幅が大きい私にとってもより入りやすいトイレになりましたw

また、広いトイレなのでハンドクリームや綿棒、爪楊枝、生理用ナプキンを常備しておく場所も確保できました。

ハンドクリームや綿棒、生理用ナプキンなどのアップ

障害のあるお客様にとって使いやすいものは、健常者にとってもさらに快適なものになるものが多い気がします。

先ほど、「普通トイレは一人で入れるでしょ」という前提に触れました。これは、障害者や高齢者、乳幼児など介助者を必要とする人だけではなく、たとえば、赤ん坊を抱いたままトイレに入る女性にとっても、不便な前提です。このほかにも、一般的な標準体型の1人の大人を想定した大きさのトイレは、妊娠中の女性、閉所恐怖症の人、肥満体型の人、介助者は必要じゃないけど脳性麻痺などで体の構造上スペースに余裕が無いと体の方向転換などが困難な人など、多くの人にとって使いづらいトイレです。

これまでの「普通の大人」のイメージってきっと、健常者で、標準体型で、日本語が読めて、子どもの面倒を見ないことが許されてきた男性、なんだろうなって思えてきます。そういうのが、駅やレストランや学校や観光スポットの現在のバリアだらけの状況に現れているような気がします。これまで声をあげてきた女性や障害者の運動があって、ようやく少しずつ改善されてきたところだと思います。

■改築は無理でもちょっとした工夫でバリアフリー

FAT CATS はいずれにしても改装する予定だったので思い切ってトイレや入り口の作り替えをしましたが、既にある店舗を今からバリアフリーにするには莫大なお金がかかる……というお店はたくさんあると思います。でも、ちょっとした工夫で少しだけバリアフリーを実現する方法って意外とたくさんあるんです。

私の大学時代に社会学の授業で「自由なテーマでフォトレポートを書け」という課題がありました。そこで私は、大学キャンパス内に無数にあったトイレのうち車椅子対応のトイレだけを選び、それぞれの入り口の写真を撮りました。そこで分かったことは、ドア付近に大きなゴミ箱やバケツなどの清掃道具があり、実質車椅子利用者が自力で入るのが難しいのではないかという車椅子対応トイレが8割くらいあったことです。学生や職員が、そこに新たな障壁を作っていたんです。

そこから学んだのは、物の置き場所次第でバリアフリーなものも使えなくなってしまうということでした。逆に、物の置き方を変えれば意外とバリアフリーになったりする、という場合もあるように思います。

物をどかすほかにも、ちょっとした段差を埋める道具がホームセンターなどに売っています。無料でメニューを点字化してくれる市民団体があります。メニューの写真を増やすと日本語がわからなくても指差しで注文ができます。館林市にはありませんでしたが、自宅向けだけではなく店舗のバリアフリー改築のための助成金を出してくれる行政もあるかもしれません。

また、ココロのバリアフリー計画というサイトがあり、構造的にバリアフリーにすることはできないけど「ココロのバリアフリーでもてなしてくれるお店・場所」というのが多数紹介されています。店員さんがちょっとした手助けをすることで「バリアがあるから行けない場所」から「バリアはあるけど行ける場所」に生まれ変わることができる、という運動です。「ありがとう」「すみません」は言いくたびれたよ……という障害者にとって、ココロのバリアフリーはあまり意味がないかもしれませんが、行きたいと思っていた店が「ココロのバリアフリー」加盟店だったら「よし行くか」と思う人もいると思います。

きっと一番大切なのは、(お店に迷惑をかけるような人は除き)すべてのお客様に平等に楽しんで頂こうと意識することだと思います。その意識があれば、お金がなくてもできることに気づけるようになると思います。というか、そう信じて私たちも意識するようにしています。

逆にその意識がなければ、どんなにお金があってもバリアフリーなお店は作れません。私たちもボーっとしていたら、わざわざお金をかけて改装して、段差だらけの店を開店していたと思います。

■今後もがんばりまーす!( ´ ▽ ` )ノ

「人って普通こうだよね」という前提に苦しめられている人は、障害を持つ人以外にもたくさんいると思います。LGBTしかり、女性しかり、外国人しかり、高齢者しかり。ぱっと見「普通」と思われている男性だって、苦しめられているかもしれません。

そういう人にとって FAT CATS が少しだけ過ごしやすい場所であれば嬉しいなと思っています。そして、他のいろんなお店や施設もどんどん過ごしやすい場所になっていって欲しいと思っています。

たまには真面目なブログもね、書いてみようかと思いまして。うふ。バイバーイ。

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