Listening:医療少年院 全国5カ所、ケアと更生の日々
2015年02月17日
疾患や障害がある非行少年が社会復帰に向けて治療や矯正教育を受ける「医療少年院」が、さまざまな課題に直面している。抱える問題が多様化し、一人一人にあった処遇がこれまで以上に求められるようになった。重大事件を起こした少年が入所することもあるが、プライバシー保護の必要性が高く、内部の医療や教育内容はあまり知られていない。毎日新聞は昨秋以降、法務省の協力を得て全国5カ所の医療少年院を取材した。情報公開請求で開示された文書の内容も踏まえながら、現状を紹介する。【和田武士、伊藤一郎】
◇重大事件加害者も治療
少年院教育は、収容期間が半年程度の「短期処遇」と1年程度の「長期処遇」に大別され、それぞれの非行少年が抱える問題性に合わせて処遇課程は細分化される。長期処遇のうち、医療上の手当てや障害に対する支援が必要な非行少年を主な対象としているのが「医療措置課程」と「特殊教育課程」だ。昨年11月末現在、全少年院の入所者計2749人のうち、五つの医療少年院を中心に352人がこの二つの課程にいる。
このうち、医療措置課程は関東医療少年院(東京都府中市)と京都医療少年院(京都府宇治市)の2施設に設けられており、身体や精神に疾患や障害がある少年たちの治療・教育を行っている。
同月末時点の両施設の在院者は計60人。他の少年院とは異なり、男女が収容されている。少年審判の手続きで家裁が「医療少年院送致」という保護処分を決定した場合、両施設のどちらかに送られる。1997年に神戸市須磨区で起きた小学生連続殺傷事件や、2000年の西鉄高速バス乗っ取り事件などの重大事件でも、加害少年が両施設で社会復帰に向けて治療や教育を受けた。
両施設は医療法上の「病院」だ。関東医療少年院では、精神科や内科などの医師が7人常勤し、日常的に少年を診察しているが、定員には2人足りないという。眼科や皮膚科は非常勤の医師が対応している。他に看護師が8人、薬剤師が1人。少年が暮らす建物は「病棟」(男女別)と呼ばれ、82床のベッドを備えている。
一方、特殊教育課程の対象は、知的障害や発達障害などがある少年たちだ。相模原市の神奈川医療少年院、三重県伊勢市の宮川医療少年院、大分県中津市の中津少年学院に置かれている。いずれも男子施設で、女子は全国8カ所の一般の女子少年院に特殊教育課程が設置されている。
知的障害や発達障害が増えていることもあり、12年度以降、帯広少年院(北海道帯広市)、愛知少年院(愛知県豊田市)、岡山少年院(岡山市)にも特殊教育課程が設けられた。「地元に近い施設の方が社会復帰に向けた準備を整えやすい」(法務省矯正局)事情もあるという。
◇作業療法で表現豊かに
非行から立ち直るための「教育」が主眼となる少年院では、懲役刑で刑務作業を科せられる成人の刑務所と異なり、法務教官による「指導」が日常生活に占める割合が大きい。特に医療少年院の場合、指導や医師の診察・投薬に加えて病気や障害を克服するための「作業療法」「心理療法」「運動療法」も行われている。
それぞれの療法には狙いがある。例えば、作業療法は、陶芸や版画(板画)、園芸などを通じて、少年たちが自己表現を豊かにしたり、達成感を得たりすることを目的としている。
指導面にも特徴がある。薬物や性非行、家族や友人とのトラブルなど、非行の種別や背景に応じた「問題群別指導」。この中で、架空の相手を作り1人2役(自分と相手)で往復書簡を書くことで、他人の気持ちを理解するロールレタリング(役割交換書簡法)が積極活用されている。
医療少年院では病状や問題行動の一因となるストレスの緩和が意識され、一般少年院より「緩やかで受容的な処遇」「精神的な安定を図る処遇」が進められている。家庭環境や障害で基本的な生活習慣や社会性が身についていない少年も多く、そのための指導も重要視されている。
春の観桜会、秋の運動会など、年間を通じて一般社会の学校と同じような行事も行われている。本来通っていた学校を卒業する時期になると、地元の学校長などが院を訪問して卒業式が行われる。成人を迎えた少年のためには成人式も開かれる。
◇性格の特徴ごと、きめ細かく指導
大分県中津市の中津少年学院では、少年たちを資質や性格に応じて五つの班に分けて、問題の具体的解決に向けた指導が行われている。
1班は「非社会的タイプ」。自分に自信が持てず、気持ちをはっきり言えない少年たちを対象に、友人などの悪い誘いをきっぱり断れるよう、場面を設定した劇のような形で指導している。
2班は「付和雷同タイプ」。善悪の判断をしにくく、他人の言いなりになりやすい少年に、自己を見つめ直しよく考えて行動する座禅指導を行うものだ。
3班は「不安葛藤タイプ」。不満やイライラから暴力に訴えやすい少年が、ギターの指導などを受けて気持ちを落ち着けたり、集団指導の中で寛容さを培ったりしている。
4班は「自閉傾向タイプ」。無口で他人との付き合いを好まない少年のために生け花や折り紙の指導を実施。自分の世界を広げるための工夫をしている。
5班は「粗暴攻撃タイプ」。すぐに腹を立てて他人に暴力を振るう少年には、言葉遣いや自制心を養う指導をしている。
中津少年学院の幹部職員は「医療少年院の少年たちには、座学で教えても言葉で伝えても身につきにくい子が多い傾向がある。身体感覚で身につけてもらえば社会で生かすこともできるのではないか」と話す。
◇寮で学ぶ社会生活
ダイニングテーブルやテレビが置かれた共有スペースに、机やベッドを配置した複数の個室が隣接する。床はフローリングで、ユニットバスやトイレも完備している。マンションの一室のようなこの部屋は、相模原市の神奈川医療少年院の中にある施設「あすなろ寮」だ。施設を出る時期が近付いた少年のための「出院準備寮」を改装し、昨年4月に開設された。
知的障害や発達障害のある少年たちは、さまざまな状況や環境に柔軟に対応することが苦手なことが多く、指導・管理が徹底された生活に慣れると、社会生活に柔軟に適応できない恐れもある。このため、定員8人のあすなろ寮では、2週間の入寮期間中に「自主自律」に向けた訓練が行われる。
ただ、訓練を経てもそのまま出院にはならず、少年たちは入寮期間を終えると再び元の集団寮に戻る。あすなろ寮の開放的な環境で過ごすことで、それまで見えなかった問題点が顕在化することもあるため、改めて元の寮で指導する狙いがあるという。
あすなろ寮では時間を自己管理させるため、腕時計を貸与する。時間の使い方が分からず戸惑う少年もいるが、次第に意識は変化するようだ。ある少年は「社会に戻ったら時間を無駄にしないよう、日々計画的に過ごしたい」と話した。
同院で教育部門の責任者を務める工藤弘人・首席専門官(48)は「少人数なので目が届きやすく、問題性や長所を発見しやすいのもメリットだ」と意義を強調した。