オープン・ソースを巡る話題: 第 1 回 オープン・ソースの問題点と意義

“オープン・ソースの流れ”に対して言いたいこと/サイエンスとビジネスの転換点/サイエンスの砦を守ること/苫米地英人氏 略歴

“オープン・ソースの流れ”に対して言いたいこと

苫米地英人氏の写真オープン・ソースというのは、実は、アカデミアの人たちが言い始めたことです。Richard Stallman など、特に MIT あたりの中での、あまりコマーシャルではない部分で言われて来ました。しかしもともと学者にとっては、オープン・ソースは「当たり前」なんです。論文は読んでもらうために書くものであって、図書館に並べておくために書くものではない。これと同じように、学者にとってはソース・コードも見てもらうために書くものであって、ただ単に走らせるために書くものではないんです。特に人工知能の研究では「こんなことができるものができました」という時に、動いているマシンを見せても誰も信用しません。当初の人工知能プログラムでは、リターンすると中で何かが動いて、2-30 分待って、最後に例えば「T」という文字が戻って来ます。ところが、30 分後の「T」を見せても誰も喜ばないでしょう。その「T」が出るまでに、中でありとあらゆる推論がなされていることを示すには、基本的にソース・プログラムを見てもらう必要があります。つまり価値はソースそのものにあり、それを見せるのが研究開発であり、仕事なんです。

ですから、もともとのカルチャーは「ソース・コードはみんなに見せる」ことにあるわけです。さらに、できればダウンロードして走らせてもらって、論文の最後に「T」を自分がテープで貼り付けたのではなくて、あなたのマシンでも出るでしょう?と再確認してもらう。そしてこれは人工知能の分野だけではなく、ごく普通の OS でもコンパイラでも、コンピューター・サイエンスという意味ではまったく同じです。今はコンピューター・サイエンスがひとつのエンジニアリング「部門」のように思われていますが、飽くまでもサイエンスという枠組みで我々が仕事をしている時には、当然ソースは見てもらうために書く。コンピューター・サイエンティストであるからには、オープン・ソースは当たり前、なんでそんなことが問題になるの?という話なんです。


サイエンスとビジネスの転換点

ただしビジネスが絡むと、そこに知的財産権という全然違う概念が入って来ます。これは科学者ではなく、弁護士が作ったものです。いいか悪いかは別として、それは本来のサイエンスとは関係ない世界で、そこで初めてソースを見せない、という概念が生まれて来たわけです。その結果、今やオープン・ソースの方が不思議なことに見えるけれども、コンピューター・サイエンティストという発想の中で見ると、ソースが隠されている方が不思議です。

私が皮肉だなぁと思うのは、敢えて言えば、例えば MIT などは、この意味で少し中途半端な形でビジネスを入れてしまい、オープン・ソースを逆に貴重なものにしてしまった。それは、自ら自分の首を絞めているんです。なぜそれがいけないかというと、人に見られるコードこそいいコードだから、ということです。人に見られることを前提にしないと、いいコードは絶対に書けません。私自身も、本当に何年かに一度ですが、世界中の誰に見せても恥ずかしくない、と言うより額に入れて見せびらかしたくなるようなコードがあります。それは例えば計算量の複雑性を考えてみたり、たまたまカッコの数がよかったりいろいろですが、これはきっと、例えば遺伝子工学の最先端で、おお、おれは世界で初めて生命の神秘を最初に知ってしまった、ということが何年かに一度あるようなことではないでしょうか。そういう意味で、額に入れられるコードを 5年に一度くらいは書けないようでは、コンピューター・サイエンティストとは言えないわけです。ここでも、見せるのは当たり前。むしろ、見せて検証してもらわないと、その人の仕事の評価が測れないということにもなるでしょう。


サイエンスの砦を守ること

計算機を扱う限りは、コンピューター・サイエンスのサイエンスの部分をやらないと、足元がくずれていくでしょう。だって、未来がないわけですから。だから IBM もワトソンの研究所でサイエンスの枠組みをしっかりと守っている。逆に、ビッグ・ビジネスが、コンピューター業界そのものが、守ってくれなければいけないわけです。

そういう砦は、日本にはありません。アメリカにはあったんですが、だんだん消えて来ています。それもコンピューター・サイエンスがコンピューター・ビジネスになってからのこと。オープン・ソースって、オープン・アーキテクチャーの代名詞でしたよね昔はね、という時代になってきた。このままでは、業界自ら首を締めることになると思います。

私自身も、小さな会社ですが、そこに純粋に、コンピューター・サイエンスができる環境を作って行こうとしています。そしてそこでは、やっぱりオープン・ソースが当たり前なんです。盗まれて他人が商売に使ったって全然構いませんよ、どうぞ使ってください、だってそれがサイエンスですから。勝手に人に見られ、勝手に持って行かれ、自由自在に切り刻んで、変えられ、使われ、金儲けのネタにされ、それでもいいと思うんです。そういう部分を堂々とやる。それがオープン・ソースの発想なんですから。


苫米地英人氏 略歴

生年月日
1959年 9月 7日
学歴
1981~1982年 マサチューセッツ大学コミュニケーション学部
1983年 上智大学外国語学部英語学科卒業(言語学専攻)
1993年度 カーネギーメロン大学博士(Ph.D.) 研究論文: 41 編
職歴
1985~1987年 Yale 大学大学院計算機科学科助手、Yale 大学人工知能研究所フルブライト研究員
1988~1992年 Carnegie Mellon 大学(CMU)計算機科学科研究員
1990~1991年 ATR 自動翻訳電話研究所滞在研究員
超並列処理アーキテクチャーと超並列自然言語処理を研究
1992年10月 徳島大学講師(工学部知能情報工学科) 担当科目: 情報システム工学、データベース
1993年8月 徳島大学助教授(工学部知能情報工学科) 知能情報工学輪講、並列分散処理システム等
1995年1月 株式会社ジャストシステム 本社開発本部ディレクタ、東京研・基礎研所長兼務
1996年1月 通商産業省情報処理振興審議会専門委員
 4月 ジャストシステム ピッツバーグ研究所(JPRC)取締役兼務
1998年2月 コグニティブ・リサーチ・ラボラトリィズ株式会社取締役
 3月 高度情報化支援育成事業「ネットモバイル強化型の汎用動的計算機構の設計と構築」(9 情技応第 837 号)プロジェクト代表
 11月 コグニティブ・リサーチ・ラボラトリィズ株式会社代表取締役社長
 12月 先導的コンテンツ市場整備事業「使用による課金を実現する流通・供給・再利用の高度化環境の開発」(MMCA-2005)プロジェクト代表
1999年2月 先進的情報システム開発実証事業「次世代統合型ネットモバイル オンライン スーパーの実証事業」(11 情報開・実第 128 号、2-2-103)プロジェクト代表
 4月 マルチメディアコンテンツ振興協会法務委員会委員、国際交流委員会委員兼任
 12月 家庭等の情報推進化事業「次世代動的分散共有 VM 型ホームサーバシステムの開発」(11 情技応 1373 号)プロジェクト代表
2000年4月 文部省領域研究ゲノム情報科学高度化委員会委員

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