アスリートの魂「走り続けるために ラグビー 小野澤宏時」 2015.02.12


鍛え抜かれた肉体。
バーベルの重さは最大140キロ。
ちょっとよかったと思う。
ラガーマン小野澤宏時選手。
人並み外れた筋力が爆発的な走りを生み出します。
日本を代表するトライゲッター小野澤選手。
トップリーグであげたトライは前人未到の108。
武器は相手をスルスルとかわす走り。
その名も…決して倒れない走りで数々のタイトルを手にしてきました。
しかし昨シーズン14年間在籍したチームから契約打ち切り。
初めて経験する大きなけがで走り続ける事ができなくなったのです。
あ〜…。
あ〜いたたた…。
36歳。
現役にこだわりひたすら復活を目指してきました。
新たなチームに移籍し再びグラウンドに立った小野澤選手。
鋭いステップを取り戻しトライを決めるために。
「あ〜もう駄目」っていうのじゃなく…決して倒れずに走り続ける小野澤選手。
その飽くなき挑戦を見つめました。
ラグビーチーム…トップリーグに昇格して3年目の新興チームです。
小野澤選手は昨シーズン終了後このチームに移籍しました。
16チームで戦うトップリーグで11位7位と順位を上げてきたキヤノン。
今シーズンはプレーオフに出場できるベスト4をねらいます。
小野澤選手はグラウンドを離れ一人筋力トレーニングをしていました。
昨シーズン痛めた左膝は走れるようになるまであと一歩。
目標は3か月後の開幕戦出場です。
膝に負担をかけず筋力と心肺機能を鍛えるバイクトレーニング。
毎日40分。
再び走る日を目指します。
(荒い息遣い)楽しくないよね。
あ〜つらい。
つれぇ。
マジでつらい。
あぁマジか〜。
日本代表に12年間選ばれ続けた小野澤選手。
国際試合であげたトライは世界歴代4位の55に上ります。
ラグビーは最前線でボールを奪い合うフォワードと後方からパスとランでゴールラインを目指すバックスに分かれます。
小野澤選手のポジションは一番外側のウイング。
最後にパスを受けトライを決める事が求められるポジションです。
そのための武器がうなぎステップ。
何人もの相手をかいくぐりひたすら前進。
大きな真横へのステップ。
ディフェンスの網を抜け出して狙うのはただ一つ。
トライです。
走って抜くっていうのがやっぱり一番好きですね。
試合決めるトライだけは絶対に自分のランで決めたいって結構いつも思ってます。
相手を翻弄するうなぎステップ。
ポイントは間合いにあります。
あなたが僕のタックラーですよっていう所まで近づいていってあげればタックルしようとするじゃないですか。
後出しジャンケンしたいんで。
はい。
ギリギリでパッみたいな。
小野澤選手はトライ王を3回獲得。
サントリーを5回の日本一に導きました。
ところが昨シーズン長年チームを引っ張ってきた小野澤選手に契約打ち切りが告げられました。
その原因は…。
(実況)小野澤にボールが渡ったんですが…。
初めて経験した大きなけが。
左膝は長年の酷使で軟骨がすり減りうなぎステップを踏む事ができなくなりました。
公式戦出場は僅か2試合。
若返りを図るチームはエースに見切りをつけたのです。
自分で引退という区切りをつけるまで一つのチームでいれる幸せはあると思うのでそこへの憧れもありましたしそうありたいなと思ってましたが…。
もうこの年で誰も必要としていないんじゃないかっていう事も考えましたし…。
現役への思いが断ち切れない小野澤選手に声をかけてくれたのがキヤノンの永友洋司監督でした。
リハビリの態勢を整えた上でチームに受け入れてくれたのです。
永友監督は現役時代サントリーで活躍。
チームメートとして小野澤選手の力を肌で知っています。
こいつにボールを回せばなんとかしてくれる必ず前に出てくれるというような存在ですよね。
試合に出た時にやはり小野澤を使ってよかったとそういうふうに思わせてくれるプレーヤーだと僕は思ってますので。
必ず必要な時が絶対出てくるというふうに思いますので。
それでちょっとプログラム組ますわ。
はい分かりました。
一応ここねターゲット。
いけそう?いけそうです。
あんま無理すんなよ。
ありがたいです。
もうここ人がいるんで。
(永友)まあな。
あと楽しい。
(永友)ここターゲットね。
頼むよ。
大丈夫です。
(永友)じゃあそれで。
はい。
開幕まで2か月と迫った6月。
ようやくチームの練習に合流しました。
緊張してます。
大丈夫かなって思って。
どの程度グラウンドでやるかも分かりませんし。
孤独なトレーニングに耐えてきた小野澤選手。
ボールを持って走るのは半年ぶりです。
膝は大丈夫なのか。
膝に痛みはなく1時間半の練習を無事こなしました。
すげえやった!疲れた!しんどっ。
バカみたいでしょだってボール1個追いかけて。
いい大人がキャッキャやって。
楽しくなかったらやめてますよ本当に。
でもやりゃやったでキャッキャしちゃうんで。
ハハハハ。
いいですよおっさんはしゃいでさ。
いいでしょ。
変わりますね。
一人入ると変わりますね。
いや〜うれしい。
必要とされてたい。
必要とされてたい。
頑張ろう。
頑張りましょう。
よし。
再び走り始めた小野澤選手。
ところが1か月後…。
新たなけが。
今度は右膝でした。
左足をかばい右足に負担がかかる走り方になっていたためでした。
炎症を抑えるため超音波を毎日30分当て続けます。
あ〜いたたた…。
開幕まであと1か月。
なぜ膝を故障したのか。
その要因の一つがうなぎステップです。
スポーツの動作解析が専門の…うなぎステップが膝に大きな負担をかけているといいます。
要するに…非常に斜めになった足のキックでですね急激に方向を変えると。
加わる力が大きくなっているという事が言えると思います。
人並み外れた力が生み出す独特の武器が逆に小野澤選手を追い詰めていたのです。
けがから2週間後北海道で合宿が行われました。
開幕に向けてチーム作りは最終段階。
レギュラーはここでほぼ固まります。
小野澤選手は孤独なトレーニングに逆戻りです。
現役を続けさせてくれたチームにプレーで貢献したい。
その思いとはかけ離れた現実が重くのしかかります。
そうっすね時間が倍あればなって思いながら。
試合公式戦が始まるのに逆算していくといい準備できるかなっていう不安感が。
「あ〜」と思って。
焦っちゃってます。
追い打ちをかけたのが若いライバルの存在でした。
早稲田大学出身の23歳…練習試合で4トライをあげる活躍を見せました。
合宿の打ち上げ。
本当にお疲れさまでした!ありがとうございました。
いい合宿だったと思います。
ではMVPを発表します。
(拍手と歓声)合宿のMVPにはライバル原田選手が選ばれました。
頂きます。
これからすごく大事になるんでしっかり安定してフィニッシャーになれるように頑張りたいと思います。
ありがとうございます。
(拍手)じゃあ次は新人…新人賞で。
8月トップリーグが開幕。
小野澤選手は間に合いませんでした。
リーグ前半戦赤と黒のジャージーのキヤノンは4勝3敗で勝ち越し。
ライバルの原田選手は全試合に出場し着実に存在感を増していました。
なんとか後れを取り戻せないか。
小野澤選手は練習が終わったあとのトレーニングルームを訪れました。
どれですか?これですか?作ってもらった。
一回りも若い控え選手たちの練習に参加します。
これまでと同じ練習では試合に出られない。
スタープレーヤーとしての意識はそこにはありませんでした。
321。
やばい…。
321スタート!ありがとうございます。
ありがとうございます。
ありがとうございます。
もう終わろう今日…。
ありがとうございます。
ありがとうございます。
終わろうもう。
ひいて終わろうもう。
しんどい。
僕らちっちゃい頃ワールドカップ見て小野澤さん見てましたからね。
いやそういうの言わないでもう。
つらくなるから。
ハハハハ…!サントリーが何々でみたいなあのころ僕小学生でしたみたいなって結構つらくなるっす。
36歳。
それでも一から上を目指します。
もう上がらないよって言われたらしんどくないっすか。
もうここから落ちてくだけだよって言われたらもう…生きていけないっす。
生きてて一番いい状態になりたいですけどね。
「今までで一番いいな」って言って。
…で次の週はまた「今までで一番。
先週よりいいな」って言われたいですけどね。
はい。
その次の週もまたそう言われてたいですけどね。
開幕から1か月。
小野澤選手にまたとない機会が巡ってきました。
練習試合の出場が決まったのです。
この試合でトライを決めれば公式戦出場への大きなアピールとなります。
久しぶりだな。
はい。
体張ろう。
はい。
楽しんで。
はい。
よっしゃいこう!はい!スリーツーワン…。
(一同)ゴー!前半30分。
小野澤選手にボールが渡ります。
すぐに囲まれてしまいました。
後半5分小野澤選手にチャンス。
再び倒されました。
相手を抜く事だけを考えてきた小野澤選手。
この時は両腕を上げて当たりに行く体勢をとりステップを踏みませんでした。
とにかく思い切り踏んでみて限界値を伸ばすというか。
再びけがをする事を恐れ踏めなかったステップ。
納得できるプレーはできませんでした。
小野澤選手は妻と2人の息子との4人暮らし。
え〜今駄目。
(取材者)そうなの?うん。
お父さんの方撮って!いつも応援してくれる家族に今シーズンはまだ活躍する姿を見せる事はできていません。
ゆ?お湯の湯?ねえお父さん。
分かった分かった。
妻の里枝さんは複雑な心境で見守っています。
彼にとっては考えなきゃいけない時期に来たのかなというのだけを今思っていて。
家族としてはまだ走ってる姿を見たいなというのが本音です。
でもやり続ける事は多分つらい時もたくさんあるのでそれに関しては何か本人しか分からないつらさっていうのはあるから大変だろうなとは思うんですけど。
36歳になっても走り続ける。
その生き方の原点は高校時代にありました。
小野澤選手が通っていたのは全国大会とは無縁の進学校。
トライゲッターとしては決して飛び抜けた俊足ではありませんでした。
そんな小野澤選手を支えたのは「倒れるな」という言葉。
ラグビー部の監督で元日本代表葛西祥文さんの教えでした。
相手にもちろん捕まったとしても暴れてもがいていけば倒れないとかなんとか工夫っていくらでもできる訳なんですね。
ちょっとした事。
そういう事を細かく言ってたような気がします。
「倒れるな。
諦めずに走り続けろ」。
小野澤選手は練習のない日も一人ジムに通い徹底的に足腰を鍛えました。
決して諦めずに努力を重ねる姿勢が小野澤選手を日本を代表するウイングへと成長させたのです。
けがを恐れてステップを踏めなかった練習試合から1週間。
小野澤選手が食い入るように何かを見つめていました。
22歳の頃の自分のプレーです。
(実況)スイッチして左へ。
2人上がってる!中に帰ってくる。
小野澤です。
止まらない止まらない!うんパンチはある。
ボール持ったらこんぐらいやりてえっすよやっぱり。
うん。
そうっすね。
倒れずに走る事だけを求めていたあのころ。
きっと取り戻してみせる。
12月キヤノンは後半戦で連敗を喫して7位苦境に立っていました。
この重要な局面で小野澤選手に出場の機会が与えられました。
控え選手としてメンバーに選ばれたのです。
(コーチ)おはようございます!明日サントリーとの第4節です。
状況はもうスタッフも選手もみんな分かってるところなんで言葉はいらないと思います。
ここを目指してベストを尽くしましょう。
出場すれば1年ぶりの公式戦復帰。
しかも相手は契約を打ち切られたサントリー。
因縁の対決となりました。
入って1人入って。
はいそうです。
赤が入ったという…。
この試合のためにスパイクを新調しました。
しかも目立つように。
いいでしょ?キヤノンのジャージーと同じ赤と黒。
古巣を相手に復活を誓います。
楽しみですやっとゲームに出れるんで。
ゲーム出るチャンスがあるっていうのは何よりうれしいです。
(取材者)またあれですねサントリー戦ちょっと違いますか?いやどうなんすかね。
立ってみないと分からないんで。
(取材者)どんなプレーしたい?トライ取りたいでしょう。
ハハハハッ…。
トライ。
サントリー戦当日。
ベスト4に食い込むためには負けられません。
しかしいきなりサントリーの猛攻を受けます。
前半3トライを決められ苦しい展開。
後半キヤノンが必死に食らいつきます。
押し込んでトライ。
その後も攻め続け5点差。
1トライすれば同点です。
残り13分。
小野澤選手に声がかかりました。
1年に及ぶ孤独な闘いを乗り越えた小野澤選手。
ついに公式戦のグラウンドに立ちました。
キヤノンの攻撃。
しかし小野澤選手にパスが回る前に阻まれます。
なかなかチャンスが訪れません。
時間だけが過ぎていきます。
ノーサイド直前。
その時でした。
小野澤選手は左の定位置からボールの方へ大きく移動しました。
ボールを出すスクラムハーフ。
走り込んでくる小野澤選手を見ていました。
パスが小野澤選手へ。
ついにボールを持ちました。
目の前にサントリーの分厚い壁。
2人をかわします。
思い切りステップ。
しかし…。
(ホイッスル)ノーサイドの笛。
出場は13分間。
ノートライでした。
(拍手)長年いたチームっていう事もあったですし。
でも試合始まってみたらやっぱ負けたくないなっていうか。
もっとプレータイム欲しいなって思っただけです。
まあそこはしっかり1週間チャレンジしてまたそういう機会をもらえればうれしいだけで…はい。
1週間後。
次は強豪東芝戦。
この重要な一戦で小野澤選手は再び出番を与えられました。
ついに先発です。
勝利のために必要なのはトライ。
しかし試合形式の練習での事でした。
小野澤選手味方が持ち込んだボールを確保するために相手を押しのけます。
その直後肩を押さえてうずくまりました。
左肩の脱臼。
関節が外れてしまいました。
初めての先発が消えました。
やっと復活への足掛かりをつかんだやさきのけが。
医師からは手術をすれば完治すると診断されました。
しかしその場合残りの試合は絶望。
チャンスを自ら手放す事になります。
うまくいかないっすね。
なかなか…。
はあ…。
どうしたらいいんだろう。
炎症が治まるのを待ち無理にでも試合に出るのか。
それともシーズンを捨てて手術をするのか。
小野澤選手は悩み続けました。
2週間後。
グラウンドに小野澤選手の姿はありませんでした。
選んだのは手術でした。
また一から闘いを始めます。
手術は無事成功。
春の練習での合流を目指します。
来シーズン試合に出られる保証はありません。
それでも戦い抜く覚悟です。
やっと何も気にせず…。
あとは準備する時間だけはあるんで…。
やっと前向けたなっていう気持ちはありますけどね。
でもこれで左腕が伸ばせるんで。
届くんです。
トライにきっと。
何トライすればいい?子どもに聞いてみます。
今度…。
1分40!…43!44!45!走り続ける36歳。
小野澤宏時選手。
どんなに苦しくても決して倒れない。
もう一度トライを目指して。
2015/02/12(木) 01:40〜02:25
NHK総合1・神戸
アスリートの魂「走り続けるために ラグビー 小野澤宏時」[字]

“うなぎステップ”で数々の栄冠をつかんだ日本を代表するラガーマン、小野澤宏時選手。年齢やケガの試練を乗り越え、チームを勝利に導くため不屈の闘いを挑む姿を追った。

詳細情報
番組内容
小野澤宏時選手は36歳。国際テストマッチ55トライ、トップリーグ史上最速100トライ達成など数々の実績をあげてきた。しかし、ウイングとして致命的な股関節や膝、足首のケガに襲われ、所属チームから契約を打ち切られた。一時は引退も覚悟したが、キヤノンに移籍し現役続行を決断。今、若手とポジションを争いながら、以前のプレーを取り戻そうと格闘している。復活を目指す小野澤選手の不屈の闘いを追う。【語り】時任三郎
出演者
【語り】時任三郎

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – スポーツ
スポーツ – その他の球技
ニュース/報道 – 特集・ドキュメント

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
サンプリングレート : 48kHz

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