忘れないうちに書いておきたい。NHKの番組「クローズアップ現代」のことだ。テーマは「ヘイトスピーチを問う」だった。
冒頭、東京・新大久保のコリアンタウンを日の丸を掲げて歩くデモの一団が映し出される。男の声がマイクを通して響く。「朝鮮人は全員死にさらせ!」「首を吊れぇ!」「焼身自殺しろっ!」
やがて場面は切り替わり、大阪のコリアンタウン・鶴橋。短いスカートをはいた女性がトランジスタメガホンで叫んでいる。「いつまでも調子に乗っとったら、鶴橋大虐殺を実行しますよーっ!」
この映像にショックを受けた方もおられるだろう。デモの参加者はどこにでもいる人々だ。たぶん彼らは職場では真面目な会社員だろう。私が知る範囲でもふだんの彼らは暴力性のかけらもない。
それが凶暴なレイシスト(人種差別主義者)に豹変して残忍非道な言葉を投げつける。なぜ彼らは在日コリアンをそこまで憎むのか。戦前の植民地支配に根差した差別意識からだろうか。テレビの画面を見ながら私は考えあぐねた。
そうだ。番組に出演していたフリーライターの加藤直樹さんに訊ねたらヒントが見つかるかもしれない。加藤さんは前に紹介した『九月、東京の路上で―1923年関東大震災 ジェノサイドの残響』(ころから刊)の著者である。
電話をかけると意外な答えが戻ってきた。
「日本社会の差別だけの問題じゃなく、日本人の世界観の歪みがひどくなっている。アジアに冠たる日本という自意識を捨てない限り、ヘイトスピーチを生む土壌はなくならないでしょう」
世界観の歪み? どういうことだろう。彼の話を理解するには「クローズアップ現代」に戻ったほうがよさそうだ。6年前、「在日特権を許さない市民の会」(在特会)などが京都朝鮮学校に押しかけ、罵詈雑言を浴びせる事件が起きた。事件後、学校は移転し、生徒らは今も大きな音に怯えるという。
その事件で有罪になった元団体幹部が登場する。彼は事件前、職を転々としながら、本やネットの情報で「在日」が得をしていると考えるようになったという。
テレビカメラの前で彼は〈不公平な取り扱いがなされている。不条理というか、何とも言えない感覚ですね。こういうのはちょっと許せないという気持ちです。率直に〉と述べた後、息を吸って〈不公平!〉と吐き捨てた。
薄ら寒いシーンだった。彼は今も「在日特権」の幻に取り憑かれている。格差社会で鬱積した不満が憎悪となり、まともな判断力を失ったのだろうか。が、ネトウヨは私たちの隣に普通にいる。彼らは特段不遇というわけではない。
ヘイト・デモの参加者30人以上から聞き取り調査した徳島大の樋口直人准教授によると、参加者の大半は一般企業のサラリーマンで、主婦や学生もいたという。
樋口准教授は番組の中で〈近隣諸国との関係で何かイライラした人、怒った人たちが調べていくうちに『あっ』と言って在日という敵を発見していく過程がある。ありえないような論理を使って排斥していくというのが、新たな特徴だと思います〉と語っていた。
これは二重の意味で重要な指摘だと思う。まず第一にレイシスト=経済弱者という図式がもはや成り立ちにくい。第二に韓国や中国との関係悪化という情報空間での出来事(個人の日常生活には直結しない)が新たな在特会系勢力を生み出しているということだ。
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