『万葉集』をよむ（78） 枯野の船と伊豆手船 ―古代の造船をめぐって�ァ�
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『万葉集』をよむ（78）
枯野の船と伊豆手船 ―古代の造船をめぐって⑤― 《題詞》 造(ざう)筑紫(つくし)観世音寺別当(くわんぜおんじのべつたう)、沙弥(さみ)満誓(まんぜい)が歌一首
《訓読》 鳥総立て 足柄山に 船木伐り 木に伐り行きつ あたら船木を （巻３／３９１）
《通解》 鳥総を立てて 足柄山で 船材の木を伐って ただの木のように簡単に伐って行ってしまった もったいないほどのいい船材の木だったのに 《原文》 鳥総立 足柄山尓 船木伐 樹尓伐歸都 安多良船材乎 【語句解説】
▼観世音寺(くわんぜおんじ) 福岡県太宰府市にある天台宗の寺院。山号を清水山と称する（ただし、古代の寺院には山号はなく、後世に名付けたもの）。本尊は阿弥陀如来（金堂本尊）と聖観音（本堂本尊）、開基は天智天皇である。奈良時代に創建された、九州を代表する古寺で、平安時代以降は徐々に衰退したが、仏像をはじめとする文化財を豊富に有する。 ▼別当(べつたう) ・僧官の一つ。東大寺や興福寺などの大寺に置かれた長官で、一山の寺務を統轄した。 ▼沙弥(さみ)満誓(まんぜい) ・沙弥は、仏門に入り十戒を受け、正式の僧となるための具足戒を受けるために修行している７歳以上、２０歳未満の男の僧とされる。剃髪して僧形にありながら、妻帯して世俗の生活をしている者をも含む。中には有髪の沙弥もいたようで、あるいは満誓もそうであったかも知れない。 ・満誓は笠氏(かさうじ)の出身だが、系譜は未詳である。俗名を「笠麻呂(かさのまろ)」という。 ・笠氏は吉備地方の豪族で、笠国（岡山県笠岡市およびその周辺地域かという）の国造を務めた地方豪族。初め臣姓、天武天皇１３年（６８４）、朝臣賜姓。８世紀を中心に中央の中下級官人として活躍がみられる。 ・笠麻呂は大宝４年（７０４）正月、正六位下より従五位下に越階昇叙される。慶雲３年（７０６）７月、美濃守に任ぜられると、有能な国司として活躍し、和銅２年（７０９）には業績を賞され、和銅４年（７１１七）に正五位上、同６年に従四位下と急速に昇進した。和銅７年（７１４）閏２月には木曽路を開通させた功により封戸・功田を賜わっている。霊亀２年（７１６）６月、美濃守に加え、尾張守を兼任した。養老元年（７１７）１２月、元正天皇が美濃国に行幸した際には従四位上に昇叙された。養老３年（７１９）７月、尾張・参河・信濃の三国を管する按察使（あぜち）を兼ねた。 養老４年（７２０）１０月、右大弁として中央に復帰したが、翌年５月、元明太上天皇の病を理由に出家入道を請い、勅許された。以後、「満誓」と号した。 養老７年（７２３）２月、造筑紫観世音寺別当となり、大宰府に下向。翌年大伴旅人が大宰帥として府に赴任すると、いわゆる筑紫歌壇の一員となり、『万葉集』に７首の短歌を残した。 ・この歌のように軽妙な歌もみられるが
「世の中を 何にたとへむ 朝びらき 漕ぎいにし船の 跡なきごとし」（巻３／３５１） は、仏教的無常観を詠んだ名作として知られ、後世に多大な影響をおよぼした。天平２年（７３０）１月の梅花宴でも「笠沙弥」の名で歌を残している。 ・面白いエピソードを一つ。『日本三代実録』貞観７年（８６５）３月条に、観世音寺の寺家人、清貞ら３人が、自らを笠麻呂が造筑紫観世音寺別当であった時、寺家の女、赤須に生ませた子の子孫であると訴え、良民として認められた記録がある。 ▼鳥総(とぶさ)立て
・「鳥総(とぶさ)を立てて」の意。
・「鳥総(とぶさ)」は木の梢(こずえ)や、枝葉の茂った先の部分のこと。 ・「鳥総立て」は「株祭り」とも呼ばれる。昔から杣(そま)（木こり）が木を切り倒した後の株に、その木の鳥総（先端部分の梢）を挿して山の神に感謝し、木の再生、森の再生を願った。そうすることで、山に感謝し、これからも山の神の賜物である樹木を大切にするという想いが込めたのである。いまでも能登半島を中心にこの風習が残っている。 《鳥総松》 ※画像の出所
・また、正月の門松を取り去ったあと、その穴に松の枝先を挿しておくのは「鳥総松（とぶさまつ）」と呼ばれ、各地にその風習が残っている。
・なお、水原秋桜子に次の句がある。
鳥総松 枯野の犬が 来てねむる （枯野―冬） ・足柄山は駿河国（静岡県）と相模国（神奈川県）の境にある足柄峠を中心とする山地で、現在は「足柄山」という名の山は存在しない。金時山を含めた山々の総称で、坂田金時（金太郎）の伝説の地として知られる。 ・この歌にあるように、やはり造船が行われていた。歌枕の地でもある。 《神山（左）と金時山（右）》 ※画像は「ウィキペディア」提供
▼木に伐（き）り行きつ
・この場合の「木に」は「ただの木として」という意味だ。つまり、船材として使えるほど立派な木であったのにただの材木として切っていってしまったということ。
▼あたら船木を ・「あたら」はその真価相当に扱われないことを惜しむ副詞で、「惜しくも」「もったいないことに」の意。 ・美しい女性を船の材に譬えて詠んだ歌と考えられている。 ◆再び『日本書紀』に載る伊豆国の造船記事
☆『日本書紀』応神天皇３１年８月条 「官(みやけ)の船、枯野(からの)と名づくるは、伊豆国(いずのくに)より貢(たてまつ)れる船なり。これ朽(く)ちて用ゐるに堪(た)へず。しかれども、久しく官用(おほやけもの)となりて、功(いさをし)忘るべからず。何(いか)でか、その船の名を絶(た)たずして、後葉(のちのよ)に伝ふること得(え)ん」とのたまふ。郡卿(まへつきみたち)、便(すなは)ち詔(みことのり)を被(かがふ)りて、有司(つかさ)に令(のりごと)して、その船の材(き)を取り、薪(たきぎ)として塩(しほ)を焼かしむ。是(ここ)に、五百籠(いほこ)の塩を得たり。すなはち、施(ほどこ)して周(あまね)く諸国(もろもろのくに)に賜(たま)ひ、因(よ)りて船を造らしむ。是を以(も)ちて、諸国、一時(もろとも)に五百船(いほぶね)を貢上(たてまつ)り、悉(ことごと)に武庫水門(むこのみなと)に集(つど)ふ。 この時にあたり、新羅(しらぎ)の調使(みつきのつかひ)共に武庫(むこ)に宿る。ここに新羅の停(やどり)に、忽(たちま)ちに失火(ひつ)き、すなわち引(の)びて聚(つど)へる船に及(いた)り、多(さわ)に船焚(や)かれぬ。これに由(よ)りて、新羅人(しらぎひと)を責(せ)む。新羅王(しらぎのこにきし)、聞きて、韃然(お)ぢ大(おほ)きに驚きて、すなはち能(よ)き匠者(たくみ)を貢(たてまつ)る。是(これ)猪名部等(いなべら）始祖(はじめのおや)なり。 初め枯野船(からののふね)を塩の薪にして焼きし日に、余燼(あまりのもえくひ)あり。すなはち、その燃えぬことを奇(あやし)びて献る。天皇異(あや)しびたまひて、琴(こと)に作らしめたまふ。その音(ね)、鏗鏘(ゆら)に遠(とほ)く聆(きこ)ゆ。この時に天皇歌(みうた)詠(よ)みして曰(のたま)はく 「枯野(からの)を 塩(しほ)に焼き 其(し)が余り 琴に作り 掻(か)き弾くや 由良(ゆら)の門(と)の 門中(となか)の 海石(いくり)に 振れ立つ なづの木 さやさや」 （応神天皇は）「官船の枯野は、伊豆の国から奉ったものであるが、いまは朽ちてきて用に堪えない。しかし、長らく官用を勤め、功は忘れられない。その船の名を絶やさず、後に伝えるのに何かよい方法はないか」と仰せられた。群卿は詔を受け、役人に命じて、その船の材を取り、薪として塩を焼かせた。そして五百寵の塩を得た。それをあまねく諸国に施されて、それによって船を造らせた。そういうわけで諸国は一時に五百の船を献上し、その船がすべて武庫の港に集まった。 この時、たまたま新羅の朝貢の使者の船が同じく武庫に停泊していた、ここに新羅の船に突然失火があってたちまち延焼し、集った船に燃え移って多くの船が焼失した。そのため、新羅人を責めた。新羅王はこれを聞いて気も失わんばかりに恐れ、大いに驚き、すぐさま良い工匠を献じた。これが猪名部らの始祖である。 初めに枯野を塩の薪にして焼いた日に、焼け残った燃え残りがあった。そこで、その燃えないのを不恩議に思って献上した。天皇は奇異にお思いになって琴を作らされた。その音色はさやかで遠くまで鳴り響いた。このとき天皇が歌を詠んでいわれるのに、 「枯野を 塩焼きの材として焼き それが余って 琴に作り かき鳴らすと 由良の瀬戸の 海底の 岩の上に 揺れて生えている 海藻が さやさや（さわやかだ）」 ▼武庫水門(むこのみなと) 『日本書紀』神功皇后摂政元年２月条に次のようにある。 皇后（おほきさき）の船(みふね)は、直(ただ)に難波(なには)を指したまふ。時に、皇后の船、海中(わたなか)に廻(めぐ)りて進むこと能(あた)はず。更(また)、務古(むこ)水門(みなと)に還(かへ)りまして卜(うら)へたまふ。ここに天照大神、誨(おし)へて曰(のたま)はく、「我が荒魂(あらみたま)、皇后(おほみもと)に近(ちかつ)くべからず。当(まさ)に御心(みこころ)の広田(ひろたの)国に居(ま)しますべし」とのたまふ。すなはち山城根子(やましろねこ)が女(むすめ)、葉山媛(はやまひめ)をもちて祭らしめたまふ。 「ムコ」という地名は、難波の海から見て、「向こう」を指して呼んだと考えられ、その場所は、武庫川河口に近い西宮市津門町付近から神戸市中央区の生田川川口付近までと考えられている。 廣田神社に祀ったのが、天照大神の荒魂（撞賢木厳之御魂天疎向津媛命(つきさかきいつのみたまあまさかるむかいつひめのみこと)）で、広田神社の宝物は「剣珠」である。そして上記のように、廣田神社の初代神主は葉山媛（山背根子の娘）である。 また、武庫水門から上陸したとされる「漢織(あやはとり)」にちなんで、津門綾羽町(つとあやはちょう)という町名がある。武庫水門が夙川(しゅくがわ)・御手洗川(みたらいがわ)の運ぶ土砂で埋まり、南に新しい港として「今津」ができた。今津水波町(いまづみずなみちょう)、今津巽町(いまづたつみちょう)という町名がある。そのさらに南に朝凪町(あさなぎちょう)がある。 ▼猪名部(いなべ) ・「為奈部」「韋那部」とも表記する。 ・新羅から渡来した木工らは、恐らく猪名川（いながわ、兵庫県と大阪府境付近を流れる淀川水系の支流で、一級河川）の下流域に居住させられたため、猪名部と名づけられたと考えられている。 ・かつての猪名県（のちの摂津国河辺郡為奈郷、いまの兵庫県尼崎市北東部）が本拠地。姓は造(みやつこ)・首(おびと)、無姓の猪奈部氏もいた。 ・『新撰姓氏録』の摂津国諸蕃に、百済国の人、中津波手(なかつはて)の子孫の為奈部首(いなべのおびと)の記載がみられ、猪名部を管理する伴造(とものみやつこ)と思われる。しかし、「左京神別上」に猪奈部造は「伊香(いか)我色男命(がしこおのみこと)之後」とあり、また、為奈部首は「伊香我色乎命六世孫金連之後」（未定雑姓・摂津国）とあり、百済系と物部氏系の猪名部氏が伝わっている。 【この歌の理解と評価】 世間でも評判の美女、自分もかねて目をつけていた美女を、ある男がいとも簡単に妻にしてしまったことを譬えた歌らしい。「船木」が眼目で、妙齢の美女を寓している。「鳥総立て」には、或男とその女との婚儀を暗示しているかもしれない。全体の主語は山の木を伐る人。 （『萬葉集釈注』伊藤博） |
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2013/3/15(金) 午後 11:53
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2013/3/14(木) 午後 11:39
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2013/3/13(水) 午後 11:48
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2013/3/11(月) 午後 10:56
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2013/3/10(日) 午後 10:43
磐座亭様、こんにちは。
満誓の歌、
「世の中を 何にたとへむ 朝びらき 漕ぎいにし船の 跡なきごとし」
これは、船の航跡が消えて行く様に無常を見た有名な歌ですね。
観世音寺の寺家人の話は、出家前の煩悩多き満誓の姿を垣間見た気がしました。
「鳥総立て」は全く馴染みのない言葉でした。
「武庫」についても、私は東人時代に「ぶこ」と呼んでいた位ですから、「むこう」が語源という説は初めて聞きました。「今津」についても然り。
３９１の比喩の歌は愉快な歌です。「鳥総立て」は、今でいう披露宴のようなお披露目を仰々しく開催したのでしょうか。得意満面の男性。持っていかれて惜しいことをしたと残念がる満誓。失って初めてその女性の価値の分かる男の愚かさよ。
2012/12/25(火) 午後 4:03 [ sofashiroihana ] <<コメントに返信する
「枯野(からの)を 塩(しほ)に焼き 其(し)が余り 琴に作り 掻(か)き弾くや 由良(ゆら)の門(と)の 門中(となか)の 海石(いくり)に 振れ立つ なづの木 さやさや」
もう、この歌は、私は好きで好きで仕方ない位で、以前自分のブログでも取り上げました。その時、磐座亭様からコメントも頂いたと思います。ですので、今、ここで詳細にこの歌について記すことは止めておきます。
「さやさや」という音がいつまでも余韻として、脳裏に残ります。
2012/12/25(火) 午後 4:08 [ sofashiroihana ] <<コメントに返信する
ナイス、ぽっちん、と書くのをまた忘れました。昨日も。
2012/12/25(火) 午後 4:09 [ sofashiroihana ] <<コメントに返信する