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【論壇時評】3月号 論説委員・井伊重之 「イスラム国」とどう対峙するか

【論壇時評】3月号 論説委員・井伊重之 「イスラム国」とどう対峙するか

 イスラム教スンニ派の過激組織「イスラム国」の人質となった2人の日本人が殺害された事件は、日本に大きな衝撃を与えた。イスラム国は「日本の悪夢が始まる」と脅しをかけており、わが国もテロの標的となりうる世界の厳しい現実を突き付けた。

 イスラム国は国や宗派、民族が複雑にからみあう中東の土壌が生み出した存在だ。内戦に揺れるシリアと米軍撤退で統治機能が低下したイラクの政治的な空白を背景に、その勢力を拡大させた。

 シリアとイラクの国境線は、第一次世界大戦中にオスマン帝国を英仏などが分割統治することを決めた協定にもとづく。これを無視して活動するイスラム国の統治には、西欧の一方的な分割の否定という狙いもあるとされ、そこでは数百万人が暮らしている。

 もとはイラクのアルカーイダを母体とするが、アルカーイダが米国などを敵としてテロ活動するのに対し、イスラム国はシーア派も仮想敵と位置づける。そしてシーア派を優遇してきたイラクのマリキ前政権と対立し、海外から支援も受けてきたという。

 ジャーナリストの池上彰と作家で元外務省主任分析官の佐藤優による対談「イスラム国との『新・戦争論』」(文芸春秋)は、イスラム国の成り立ちやその背景、中東諸国や欧米との関係などにも言及して読み応えがあった。

 この中で両氏は、シーア派のイランがイスラム国への攻撃に乗り出した場合、中東の軍事バランスが崩れる事態を憂慮する。イスラム国を空爆する米国中心の有志連合にイランは入っていないが、最近、そのイランがイスラム国を空爆したとの情報があるという。

 佐藤は「イランと米英の利害がイスラム国と戦うことで一致すると、イランの核開発を止める圧力がかけにくくなり、既成事実化されかねない」と語る。池上は「米国がイランの核開発を止めなければ、イランと関係が悪いサウジアラビアが新たに核開発を始めるかもしれない」と憂慮する。

 そのうえで佐藤は、イスラム国が核を持つ最悪の可能性も示し、「だからこそイスラム国に中途半端な形で対話や統治を認めるべきではない。完全に解体しなければならない」と強調する。

 ジャーナリストの丸谷元人は「『イスラム過激派』の闇」(Voice)で、イラン弱体化に向けてサウジの王族などがイスラム国を支援しているのでは、との見方を紹介している。

 イスラム国の資金源は誘拐による身代金や石油の闇取引によるものとされているが、「万単位の武装兵に高性能な武器弾薬を与え、毎月の給与と家族手当まで手配している。それを身代金と闇取引で賄うことは可能なのか」と疑問を投げかける。

 今回の人質事件では「安倍晋三首相が中東訪問で人道援助を表明したことが凶行を招いた」との批判がある。中東調査会上席研究員の高岡豊は「西側メディアが増幅させた『イスラム国』の脅威」(中央公論)で、「そうした議論そのものがイスラム過激派のプロパガンダに悪用される危険がある」と反論する。

 高岡は「イスラム国は海外からの支援で組織が成り立っている。だからこそ『戦果』を大々的に宣伝しなければならない」と分析する。「イスラム過激派が作り上げようとするイメージや主張に関心を示さないことが重要だ」と論考する。

 初代内閣安全保障室長の佐々淳行は「安倍総理は『第三の戦争』に備えよ」(文芸春秋)で、アラブ世界や中国など、かつて第三勢力と呼ばれた地域との対立構造を「第三の戦争」と位置づけ、情報戦略の重要性を訴える。今回の事件では日本がイスラム圏の情報をいかに知らないかが浮き彫りになった。そうした情報収集には海外の情報機関と連携できる独自の組織が必要としている。=敬称略

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