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3月10日東京大空襲60年にあたって、9年前の同じ日東京都の「平和の日」のために書いた一文を、公開いたします。
9. “ 鳥の歌 ”――― カザルスへの手紙
(1996年3月10日第6回「平和の日」における“平和への手紙”優秀賞受賞)
この手紙は、この世ではもうお手もとにはとどきません。でも、この4月、私は又仕事の打合せのためにマドリードにまいります。その折、バルセロナにも立ち寄って、ベンドレルにあるマエストロのお墓にお参りし、このお手紙をさし上げたいと思って書き始めました。
生前、マエストロは「大戦の前までは、日本が世界中で一番好きだった」とおっしゃったとのこと、戦後は大分たっての61年に日本にいらして、日本人の愛弟子のデビュウ公演の指揮をなさったことなどを思い合わせれば、戦後の日本を再び好きでいられたことを信じます。
その日本の、生前お会いすることもなかった一人の歌い手が、どれほど心に深くマエストロの音楽と人間の偉大さに打たれ、心の師とさせて頂いているかを、そしてあの1971年の“鳥の歌”との出会いを、どれほど深く感謝しているかお伝えしたくてペンを取りました。いや、あなたの魂は、もしかしたら、もうずっと前から、私の歌う“鳥の歌”をきいていて下さっているかもわかりませんけれど……。
あの時、1971年には、私はすでにスペインから帰っていたのですが、育児のために演奏活動を中断しておりました。体の弱かった子供のために、好きなスペインの歌も全く歌えないでいたある日、テレビで、ニューヨークの「国連デー・記念コンサート」の様子がうつしだされていました。映像の中ではじめてお目にかかるマエストロのおっしゃった言葉「私の故郷カタルー二ャでは、鳥達はピース(平和)、ピース、ピースと鳴きながら空をとんでいるのです」そして響いてきたチェロのゆったりとした、こよなく美しいメロディーに私は打ちのめされ、ただただ涙を流しました。
“この美しいメロディーにはきっと言葉があるに違いない。今は歌えないけど、きっといつかこの歌を歌おう”私はそれから3年の後に再びステージに立ち、更にその4年後にはじめて“鳥の歌”を歌い、今日まで歌い続けています。
歌詞のどこにも平和を祈る言葉はなく、キリストの誕生を祝うクリスマス民謡ではありますが、マエストロのふるさとカタルーニャ地方にあるモンセラート修道院を訪れた時、一日中さえずっていた沢山の鳥達の声が、本当にピース、ピースときこえたことを今も鮮明に思い出します。
思えば、昭和20年の3月10日と言えば、私が住んでいた荻窪の家のすぐそばまで空襲の炎が迫って、真っ赤に染まった空を防空壕の中からこわごわ見上げていた末っ子の私がいました。その日から間もなく、病気の兄と、つきそう母と私の3人で、遠く父のふるさとに疎開し、終戦を迎えた次の年、病気が悪化した大好きだった兄は、遂に永久に東京に帰ってくることが出来ませんでした。私達一家は、あの3月10日を境に、もとの一家6人ではなくなったのです。
この3月10日を東京都は「平和の日」といたしました。あの東京大空襲の日から敗戦へとまっしぐらに突っ走った日本でしたが、どれだけ多くの人達があの戦争の犠牲になったことか。その惨めさ、悲しさ、愚かさを忘れないために、辛いあの日の思い出を忘れないで、二度と戦争をくり返さないために「平和を祈る日」になったのでしょう。
今、日本はもう戦争はありません。しかし世界のあちこちで今もなお、民族の争いが絶えることのないこの悲しい現実をどの様に受けとめたらよいのでしょう。単一民族である日本では考えにくい民族の争いですが、愛する親や子供を殺されたら、やっぱりその殺した相手を殺したいと思うのではないかと思うと、やり切れない気持になります。
音楽を通して平和と自由の大切さをうったえ続け、あれほど愛した故郷カタルーニャに本当の自由がもどるまで、何と40年の間スペインに帰らなかったマエストロの強靭な精神力は、どこから出ているのでしょう。それは深い人間への愛、音楽への愛である、としか言い様がありません。
マエストロ、どうぞ教えて下さい。今のこの世界の平和のあやうさを、私達はどの様にしたら守っていけるのかを。マエストロ、あなたの身をもって示して下さった平和へのメッセージが、これからの私の人間として、又音楽家としての強烈な確固とした指針となり得ます様に。何故か、日本人でありながらスペインを愛し、スペイン音楽にかかわった私が出会った最高のものが、もしかしたら“鳥の歌”かもわかりません。
今の日本の平和を感謝して、平和のために私は何を為し得るかをいつも心に問い続けながら、これからもずっと“鳥の歌”を歌い続けるでしょう。
明け染めて 陽は輝き、
虹色の空に 鳥は歌う
平和の歌、 愛に満ち溢れ、
(カタルーニャ・クリスマス民謡 “鳥の歌” 柳
貞子 訳詞)
音楽の心の師であるマエストロ・カザルスへ
1996年3月10日 柳 貞子
●第10回 ロルカ鎮魂 ――― 13のスペイン古謡 →
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