これまでの放送
うっそうとした森に覆われた富士山。
最新の技術を使うと、詳細な地形が現れました。
この3D地図が今、新たな価値を生み出し社会を変えようとしています。
従来の地図と比べて、地表の凹凸を詳細に描き出す3D地図。
その可能性を引き出すカギが地形を読み解き使いこなす地図力です。
アメリカでは、3D地図を無料で公開。
誰もが利用できるオープンデータとすることで、さまざまなビジネスが生まれています。
ITベンチャー企業 社長
「驚くほど画期的です。
全くできなかったことが、できるようになるんです。」
日本では、3D地図を活用した防災教育が始まりました。
高校生
「山の土砂崩れが起きそうなところが判断できるから役にたつと思いました。」
自治体や企業も膨大なデータの活用に乗り出していますが、その用途はまだ一部に限定され、広く普及していないのが実態です。
地図力の向上と活気的な3D地図の活用がもたらすものは何か、その最前線です。
山梨県北杜市。
年間5,000万ケースのミネラルウォーターを製造している大手飲料メーカーです。
この工場で使用するミネラルウォーターの水源は、南アルプスの山々の豊富な地下水です。
水質基準を満たした地下水を安定的に確保できなければ、商品を製造することができません。
そのため、メーカーは水の供給源である森林の整備を欠かさずに行っていますが、森は広く、異変を逐一把握することは難しいのが現状です。
大手飲料メーカー 森林管理担当 山田健さん
「外から見ると木に覆われていて見えにくいけど、とても急しゅんな谷がいっぱい入っています。
実は深いところをどういうふうに水が流れて、あの工場までたどり着いているのか、きちっと把握することがとても重要です。」
山に降った雨は地面にしみこみ、谷筋からじっくり地下を移動することでミネラルを豊富に含んでいきます。
しかし、森が荒廃し斜面が崩れたりすると、雨水は表面を流れ下ってしまうため地下までしみこみません。
広大な森の状態を正確に把握し、どこから優先して手を入れ効率的に管理するか。
メーカーが3年前から活用を始めたのが3D地図です。
空からレーザーを照射すると生い茂る葉っぱの隙間をくぐり抜け、地表に当たって観測機に戻っていきます。
その跳ね返りの時間の差を計算することで、数センチ単位の精度で地表の凹凸を描き出し3D地図を作るのです。
航空レーザー測量と呼ばれる技術です。
この技術を使うことで、木々に覆われた山の地形が初めて明らかになりました。
斜面に刻み込まれた複数の谷。
雨はこうした谷からしみこみ地下水となります。
今回、立ち入りが難しかった尾根の上にも谷が走り、地下水の重要な供給源であることが分かりました。
3D地図で、谷周辺の森の異変をいち早く捉え植林などの整備を行うことで、地下水の安定供給につなげたいとメーカーは考えています。
大手飲料メーカー 森林管理担当 山田健さん
「水がもっとしみやすい健全な山にしていこうよ、というのが我々の1つの目的になります。
レーザー航測はかなりいろいろなことを教えてくれるので、非常に調査自体が効率的になります。」
人手が限られた林業の現場でも、3D地図が力を発揮し始めています。
人工林の割合が日本一高い佐賀県は、4年前、県全域の森林の3D地図を作製しました。
「森林の部分は、ほぼ全域カバーしております。」
県内では過疎化や高齢化が進み、手入れが行き届かず、荒廃している森林が増えています。
適切な間伐を行い、価値の高い木材を育てるには、木がどれくらいの密度で何本生えているのか的確に把握する必要があります。
しかし、今まで行ってきた現地調査では、手間がかかり正確な本数を把握することは困難です。
そこで、3D地図に特殊な解析を行い、地形の凹凸だけでなく、その上に生えているスギやヒノキが、どこにどれだけ生えているのか調べることにしました。
すると、一本一本の正確な位置が黄色の点によって示されました。
しかも指定した区域ごとの情報を瞬時に計算することも可能です。
ここでは、高さ平均20メートルのスギの木が、1ヘクタール当たり1,325本生えていることが分かりました。
これは間伐が必要とされる値です。
3D地図による解析の結果、間伐が必要な森が県内に約1,000ヘクタールあると把握。
順次、間伐を進めています。
佐賀県森林整備課 夏井雄一朗さん
「資源の利用という目的、観点からも森林整備は進めていけると期待しております。」
画期的な3D地図。
その活用で世界をリードしているのが、アメリカです。
去年(2014年)9月、NASAは宇宙から地球全体の3D地図を作るという壮大なプロジェクトを発表しました。
特殊なレーザーを使って、地形をくまなく観測します。
「これが宇宙で使うレーザー測量機器です。」
2018年には国際宇宙ステーションに設置し観測を開始。
誤差数センチの精度で地表の凹凸を計測し3D地図として世界に公開する予定です。
メリーランド大学 ラルフ・ドゥバヤ教授
「この3D地図は人類にとって画期的な役割を担うと思っています。
より良い社会をつくるために役立ってほしいと願っています。」
さらに、こうして蓄積された膨大なデータの多くは、オープンデータとして保管され社会で広く使われています。
国や自治体などによって測量された3D地図は、インターネットで一般に公開され、教育現場や企業家庭から自由にアクセスし活用することができるのです。
オープンデータ管理者 クリストファー・クロスビーさん
「3D地図を作成するには、巨額の費用がかかりますが、オープンデータとして公開すれば誰でも自由に活用することができます。
その経済効果は計り知れません。」
●NASAが全球的な3D地図を作成・公開 地理学にとって大変なこと?
まさに画期的な出来事だと思うんですけれども、その世界中の地形のデータというのは、実は従来にもいくつか存在しています。
ただ、今回のは精度がものすごく高いというのが重要です。
なぜ、アメリカがこれだけ精度の高いものを作ろうとしているかというと、やはりそれは、いろんな応用に使えるということがあると思います。
1つは、災害のような問題ですね。
洪水であるとか、そういうものもありますし、あるいは、先ほど山梨の例で出てましたけども、地形によって水の流れ方が決まってくる。
水資源の問題、あるいは人の生活の場でもありますから、そういうのと関連した、いろいろなビジネスの問題。
あるいは、軍事とか、そういうことにも絡みますので、できるだけ精度の高いデータを作りたいという、そういう目的があるんだと思います。
●自然災害の多い日本の場合は、どういうことが期待されるか?
日本にはいろんな災害がありますけれども、1つ大きなものは地震があります。
地震を起こす1つの原因が活断層ですけれども、その活断層が、特に主要なものは、線上の地形として現れます。
これを従来も、いろんな人が探してきたんですけども、森林に覆われていたりすると、分からなかったわけです。
ただ今回のような航空レーザー測量で、森林の下の形も分かるということになると、新たな地震の震源が分かるかもしれないということがあります。
先ほど津波とか洪水って、ちょっと申しましたけども、これが微妙な高さの差によって、発生のしかたが変わるので、やはり防災上、きちんとした3D地図を作るということが重要です。
さらに土砂災害ですね。
山崩れとか、土石流とか、地滑り、これは斜面がどれだけ傾いているかとか、あるいは水がどれだけ集まるかということに左右されますので、やはりその3D地図をきちんと作るということが、すごく日本の防災にとって重要になります。
●災害後の二次災害などにも役に立つ?
例えば、山が崩れて、それがもう一回崩れるかどうかというのは、かなり重要な問題なんですけれども、崩れたあとに、すぐ飛行機を飛ばして、レーザー測量をすることによって、短期間のうちに新しい地形のデータが取れます。
それを使って、再度評価することによって、そういう二次災害の防止にも役立ちます。
●精緻な地形の地図が作れるようになったわけは?
レーザーを測量に使ったアイデアはかなり前からあったんですけれども、1つの大きな問題は、レーザーを当てて、跳ね返ってきたものを、受信する必要があるんですけども、地表の条件によって、非常に左右されて、あまりうまく跳ね返ってこない場合が多かったんです。
初期のころは、そういう問題があったので、測る場所にプリズムを置いて、しっかり反射させるようにして、そこだけ測ったということです。
ただこれはプリズムを動かさなければいけないので、大変なことだったんですけども、そのへんの送信と受信の技術が上がってきて、広い範囲を一気に測れるようになった、そういうこともあります。
3D地図を活用した新たなビジネスが次々に誕生しているアメリカ。
このITベンチャー企業が目をつけたのは、州政府が公開していた都市の3D地図です。
この地図を独自に開発したソフトで解析しソーラーパネルの設置に必要な屋根の傾きや方角、面積などの情報を入手しました。
ITベンチャー企業 エドワルド・バーリン社長
「発電所を予測できます。」
屋根に表示された黄色の点は、1年を通して太陽光が最も当たる場所を示しています。
さらに初期費用と発電量のバランスから、この建物では10年で元が取れると一瞬で表示されました。
無料で公開されていた3D地図をビジネスに結び付ける。
今では全米7都市で事業を展開しています。
ITベンチャー企業 エドワルド・バーリン社長
「私たちのサービスを使えば、1つの建物だけでなく、町全体の発電量も計算できます。
例えばボストンの町でソーラーパネルに適した屋根に取り付けた場合、2.2ギガワットの電力、つまり原子力発電所と同じ電力を得ることができるのです。」
この会社のサービスを使って去年、ソーラーパネルを設置した家庭です。
発電量が十分あり、電気代も大幅に削減できることから導入に踏み切りました。
トム・ラインハートさん
「すごいと思いますね。
インターネットで屋根の角度と高さを見て、ソーラーパネルを購入するかどうか決めることができるのですから、とても役に立つと思います。」
この会社は今後、世界各国でビジネスを展開。
2年後には、設立時の35倍、約17億円の売り上げを見込んでいます。
ITベンチャー企業 エドワルド・バーリン社長
「3D地図が公開されたとき、多くの人々や企業は、それが使えるとは思いませんでした。
しかし、新しい技術があれば、3D地図は新たな価値を生み出すのです。」
3D地図のデータをどう生かすのか。
そのカギとなるのが、地図力です。
アーカンソー州の公立小学校では、2年前から3D地図を使った授業が全学年で行われています。
まず3D地図のデータを3Dプリンターで印刷します。
ソノラ小学校 教師 ジョッシュ・ワーシーさん
「この山はアラスカからメキシコの西海岸まで続いている。
僕たちは、この低くて平らなところに住んでいる。
何が起こると思う?」
小学生
「竜巻。」
ソノラ小学校 教師 ジョッシュ・ワーシーさん
「そうだ、竜巻だね。」
生徒たちが使っているのは、3D地図を閲覧するための最新のソフト。
大手のソフト会社が無償で全米の学校に提供したものです。
小学生
「操作の仕方を覚えないといけないけれど、一度覚えれば簡単。」
小学生
「普通の地図だと見えないけど、3D地図だと細かいところまで見えるからとても楽しいです。」
生徒たちは、何が自分たちの生活に役立つのか、アイデアを出しながら地図を作っていきます。
地図力を高めることで、3D地図から新たな価値を生み出そうとしているのです。
ソノラ小学校 教師 ジョッシュ・ワーシーさん
「3D地図の制作は、教育にとても効果的です。
子どもたちはソフトを使いこなし、地図がさまざまな問題で解決することに気づきはじめています。」
一方の日本。
3D地図の導入はおろか地図教育自体あまり行われていないのが現状です。
高校では現在、世界史が必修で、日本史と地理は選択科目です。
そのため約半数の学生は、地理を学ぶことなく卒業していくとされています。
去年、日本学術会議は、オープンデータを活用した教育を行い地図力を高める必要があると提言しました。
静岡県のこの高校は、3D地図を使った新たな授業を試みています。
教室いっぱいに広げたのは、巨大な布に印刷された富士山周辺の3D地図。
NPO法人 津田和英さん
「ぼこぼこしているのは、実は富士山はいつも頭のてっぺんから噴火するわけではなく、おなかの辺りからも噴火してるんですよね。
実は富士山の側火山といって、おなかから噴いた火口です。」
自分たちの住む地域がどのように作られ、どんなリスクがあるのか、地形の凹凸からその特徴を読み取る地図力を養っているのです。
高校生
「津波が来るかどうかギリギリの場所なので。」
高校生
「ギリギリ来ないよ。」
高校生
「お前の家には来ないよ。」
高校生
「山と海がこういうところは、避難しづらいだろうなと思いました。」
NPO法人 津田和英さん
「今まで自分たちが暮らしている風景には、どんな過程、プロセスがあってできているのか。
自分たちはその地形や風景の恩恵もあるし、一方ではリスクもあるというところを意識するために地図を見てほしい。」
●ビジネス活用への期待も どんなアイデアがあるか?
そうですね、今、出ていなかったものの中では、例えば農業がありますけれども、農業は土地の上でいろんなもの作りますので、土地の傾きによって、日射量ですとか、あるいは土壌の水分が変わったりします。
そういうのがすごく重要な分野があって、例えば、ワイン用のぶどうの生産です。
ワインのぶどうって、ご存じのように、いろんな種類がたくさんあって、しかもぶどうの作り方も、たくさんの種類があるんですけれども、それが今、データとしてこういう所に植わってるというのと、この3D地図の地形を組み合わせる、再評価することができると思います。
例えば、本当はこの種よりも、この種を、日射量から見て、変えたほうがよい、そのようにして最適化していくことによって、よいぶどうを作って、さらによいワインを造るというような動きが今、アメリカとかで出てきています。
●ビジネスにつながるポイントは、地形データプラスほかのデータ?
そうですね。
もう1つの例としては、地形のデータと道路とのデータを組み合わせる。
これによって、交通との関係が出てきます。
例えば、そのエネルギーの問題を考えるときに、傾斜の、要するに急な道を回ったりとか、これ普通の2次元の地図だと、距離しか分からないんですけども、高低差が実はガソリンを使うのに関係してるとか、そのような詳しい評価ができるようになって、ビジネスの効率化とかにもつながっていきます。
●日本でも3D地図と建物情報で、期待できる太陽光パネルの発電量がわかる?
ただ、日本の場合には、国土地理院とかが、伝統的に建物を除いたデータだけを公開してます。
だから現在は、その応用が難しいんですけども、そういう建物のデータも含めて、これから出していけば、そういうビジネスが展開できていくと思います。
●アメリカでは3D地図を使った勉強も どんなことを教えようとしている?
これはやっぱり、その地理学というものが持つ価値というのを、アメリカではすごく高く評価してると思います。
社会科の中で、地理が空間を扱って、歴史が時間を扱う。
これが縦糸と横糸の関係になって、これを両方しっかりやっていかないと、社会を理解できないという認識があるんだと思います。
そういう点で、日本もこういう3次元地図、3D地図が発展していくという中で、大きな宝の山があると思うんですけども、それを活用するためには、やはり地理の力を持った人を今後、どんどん育てていかないといけないんだと思います。
●公開されているデータを容易に使える制度は整っている?
そのへんも今、ずいぶん、よくなってきてますけども、やはりアメリカとは歴史が違うので、今後、よりよくしていく必要はあると思います。