開運!なんでも鑑定団【トイレにあった品に仰天鑑定!?】 2015.02.10


こんばんはさぁ「鑑定団」始まりました。
寒かったでしょう皆さん。
今日はきついな思いながら。
倒れたりとかねまずいですね。
テレビ東京さんが甘酒を配るくらいでしたから…。
元宝塚歌劇団雪組トップスター
小さい頃から歌が好きでアイドル歌手になることを夢見ていました。
しかし高校生のときテレビで『ベルサイユのばら』の舞台を観て感激しこれぞ自分の天職と思い宝塚音楽学校受験を決意。
試験までわずか3か月しかなかったものの歌とバレエを即席で特訓し挑んだところ…
しかしいざ入学してみると上下関係のあまりの厳しさにカルチャーショックを受けたった3日で5キロも痩せてしまいました
めきめきと頭角を現し…
これは当時としては史上最年少のスピード出世でした
身長は165センチで男役としては小柄ながらそれをまったく感じさせないスケールの大きい演技でファンを魅了し続けました
1992年旧宝塚大劇場最後の公演「忠臣蔵」の演技が高く評価され…
現在は舞台を中心に活躍する一方今年1月に発売された宝塚歌劇団OG10名によるJ−POPカバーアルバム「麗人」では中西保志さんの『最後の雨』を熱唱しています
依頼人の登場です。
東京都からお越しのどうぞこちらのほうへ。
やっぱり華やか。
大好きな番組だったのでちょっと緊張してますよ。
ほんとですか?観るのと出るのは大違いですね。
じゃあ早速…あらっ。
古い硯。
他界した父の思い出の品なんですけど書が好きだった人でどんなときでも…。
書いてたんですか?書くんですよ温泉とか行っても何月何日なんとか温泉っていうのを書いてもって行って現地へつくと私たちに持たせて写真を撮るみたいな。
今思えば残るのですごく感謝してるんです。
ペットのお誕生日もお名前書いて第何回誕生日祝いみたいな。
外に食事とか行ってもですか?うまいこのハンバーグっていったらもう早速ハンバーグとか…。
たまに。
たまに!?よっぽど好きなんですね。
大好きなんですよ。
それでそんな話を聞いた知人が父にプレゼントしてくださったものなんですけど。
そんなに好きならと。
もともとお知り合いのおじいさまが日本の統治下時代に台湾の骨董屋さんで購入したものらしいんですよ。
だから100年は絶対経っているであろうと。
今日は硯とおそろいの格好で。
硯をイメージしてたんですね。
はい願をかけてまいりました。
すれそうな感じで来たんですけれども。
確かにすれそうですね。
かなり今日は気合い入ってますね。
さぁご本人の評価額ですけども。
宝塚が100周年なので100万円でお願いします。
いきましょう100周年。
それではいきますオープンザプライス!あら…あっ60万!すごいいいもの。
びっくりしました。
百数十年前の清朝の後期のものと思われます。
端渓硯に間違いございません。
梅の花が刻まれてますねその枝にとまるのは白頭鳥と申しまして幸いを招く鳥といわれております。
背面見ますと自然のままに雲を彫刻して作ったわけですね。
春の世界をここに示しております。
春宣硯というふうに呼ばれております。
濡らしますと青空の一片を切り取って地上のその硯の上に被せたような青紫色のたいへん美麗な色彩が出てくると思います。
天青色と申します。
そんなすてきなことが起こるんですね。
キメが細かいんです。
これで墨をすりますと墨が硯に吸い付くようになります。
すばらしい心持ちになるんです。
これは極楽の境地に至るという。
すごい。
ですからぜひこれはお使いになるとよろしいですね。
父に生き返ってもらいたい。
背面裏側のほうが使いやすいんですけどやっぱりこれは表で使う方向ですね。
我が家族杜さんの大ファンだった。
え〜!?すばらしい舞台を演じてこれは宝塚史上に残る名舞台だったと私のまだこの眼に残ってますよ。
すごい縁ですね。
ありがとうございます。
これもしかして10万円くらい乗ってますか?すごく幸せな気持になりました。
今日から早速帰って60万ってまず書いたらどうですか?半紙にでこうやって写真撮って。
ためていきましょう。
わかりましたやってみます。
はいありがとうございます番組のほうも最後まで楽しんでいってください。
早速ご自宅にお伺いすると料理の真っ最中でした
じゃがいもを切っているところからすると…
聞けばこのじゃがいも品種は男爵なのですがこの地方特有の白い粘土質の土壌で栽培するため…
断面もこのとおり真っ白で知る人ぞ知る高級ブランドいもだそうです。
料理をするようになったのは定年退職後農業を始めてからで
自分が作った野菜ですからどうやって食べればうまいかなって考えるのが楽しいですね。
今日は自家製の揚げもちと一緒にいただきます
うんうまい。
しー食べる?はいよ。
しーちゃんも腹ペコだったようです
祖父が遺してくれたものです。
株の売買で莫大な財を成しそれをすべて骨董につぎ込んだ方だそうで
ですからおじいさんがとても僕をかわいがってくれました。
今回のお宝はその祖父が他界する直前…
と手渡してくれたもの。
以来50年あまりその言いつけを守り続けてきたのですが
僕の子供たちはまったく興味がなくて私が亡くなったあとたいへん心配しております。
家宝として伝えていくためには「鑑定団」にお墨付きをもらわなくてはなりません。
鑑定のほどよろしくお願いします。
いったいどんなものなのか?スタジオで拝見しましょう
依頼人の登場です。
長野県からお越しのお願いします。
お願いします。
どうぞ。
しーちゃんは?家で留守番してます。
ほんとですか来てるんじゃないですか?しーちゃん。
違いますか?はい大丈夫です。
わかりましたさあお宝拝見しましょうこちらです。
きれいすげえなこれ。
これ誰の作品なんですか?清水芳仙っていう方の作品なんですね。
象牙で彫った彫刻なんです。
ほんまやその方有名な方なんですか?埋もれた人でほとんど無名というか。
おじいさんはどうやって手に入れられたんですか?清水芳仙と祖父はいとこなもんで仲よかったそうです。
それで祖父が象牙を提供しまして作ってもらったと。
どう思いました?初めて見たとき。
昭和32年くらいの話です。
僕が高等学校2年くらいのときでしたからおじいさんこれってどのくらいの価値あるの?って聞いてみた。
一発目からですか?どれくらい価値あるのって。
聞いてみた。
何て言ってました?おじいさん。
30万くらいはあるのかな。
そのときの30万?ラーメンが30円でした。
でもほんとにすごいなこれ。
見れば見るほど感心するわ。
生きてるみたいですもんこれ。
1回だけ顔見せてもらってもいいですか?はいなんか誰か亡くなったみたい。
お葬式で聞いたことあるフレーズやったんで。
日本における象牙彫刻は明治初期までは小さな根付がわずかに作られるのみの細々とした工芸分野であった。
その理由は材料の象牙が極めて貴重だったこと。
またそのほとんどが…
しかし1877年の第一回内国勧業博覧会で…
これを機に様相が一変。
牙彫界がにわかに活況を呈し根付だけでなくさまざまな置物も作られるようになった。
すると当時日本に滞在していた外国人がこれを目にし驚嘆。
土産物としてこぞって買い込んだため廃仏毀釈運動の影響で仕事が激減していた仏師の多くが牙彫に転向したのであった。
事実1881年の第二回内国勧業博覧会では牙彫の出品作が激増しそれを目にした高村光雲は…
嘆いたほどであった
しかし外国人の好みを更に反映させるべく西洋の彫刻を模した大きな作品が作られるようになるとエキゾチズムが失われて類型に陥り急激に人気を失ってしまう。
こうした状況に危機感を感じたのが石川光明や旭玉山で彼らは彫刻競技会を発足させ日本美術古来の物語性宗教性を改めて追求。
これにより外国人の愛玩物に甘んじていた牙彫を芸術にまで昇華させたのであった
長野県北佐久郡の生まれ。
しかし残念ながら少年時代を偲ばせる資料はまったく残されていない
彫刻家吉田芳明に師事したが…
その後は農業をしながら一人黙々と制作に励んだ
芳仙の代表作で暖かい春の昼下がり臼に腰掛けた老人とその孫が鳥の雛を見つめている。
牙彫であるにもかかわらず老人も孫もその表情は実に生き生きとしており芳仙の技量がいかに優れていたかがうかがえよう。
しかし現在この作品の所在は不明で残されているのは白黒の写真のみである。
その後芳仙は…
晩年は彫刻界から身を引き佐久鉄道敷設運動に従事したと伝えられる
改めて依頼品を見てみよう。
清水芳仙作『鵜飼』である。
これもやはり祖父と孫だろうか?2人の表情はもちろんのこと腕の血管足の爪鵜の羽いずれも実に細密で更にはかごや網など素材の質感の違いまでも見事に彫り分けている。
詳しく調べたところこの作品は1916年彫刻競技会が主催する展覧会で銀賞を受賞していたことが判明した
ご本人の評価額おいくらくらいでしょう?300万です。
よろしいですね300万で。
まいりましょうオープンザプライス!あら350万!すご〜い!やっぱり!私にとっては非常に感動でしてついに清水芳仙の本物を見ることができたと。
いやほんとに誰もたぶん今まで見たことないんです実物。
活躍した期間が非常に短いんですよ。
『鵜飼』っていうのは実は活字では知ってたんですけども。
え?この写真ですらなかった?なかったんです。
ちょうど牙彫から木彫に日本の彫刻の流れが全部変わっていく端境の様子をよく見せてまして非常に細かいディテールの表現というのは明治だいたい10年代半ばから30年代にかけての牙彫の特徴をよく示してるんです。
ところがそのおじいさん腰掛けてる木でしょうかね石でしょうかねそこはわりとざっくりと彫ってあって事細かに石の襞なんか彫ってないんですね。
これはどちらかと言いますとロダンの影響を受けて木彫が変わっていってそれがその牙彫にもやっぱりそのまま投影されているんですね。
そうしますと2つの要素を兼ね合わせてなんとか牙彫の最後の輝きを見せようとした時期の作品で極めて日本の彫刻史のなかで貴重な例なんですね。
まさに古い流れと新しい流れの交錯地点にこれがあると。
それがやっぱり現物出てきたっていうのはやっぱりこれは私感動ですね。
ありがとうございますどうも。
それだけすごいもんやったんですね。
いや〜貴重なものありがとうございました。
大事になさってください。
ありがとうございました。
2005年中部国際空港セントレアが開港し今後ますますの発展が期待されている。
その空港内には飛行機の離着陸を眺めながら入浴できる展望風呂や古い宿場町をイメージした店舗街などさまざまな施設が充実しており連日多くの人々が訪れる。
市の伝統産業である常滑焼は日本六古窯の1つで1,000年あまりの歴史を誇る。
独特の深い赤みを帯びており主に日用雑器が作られてきた
そんな常滑焼の歴史をつぶさに学ぶことができる施設で窯跡から出土した壺や古い道具などおよそ300点が展示されている。
これらは貴重な資料として現在国の重要有形民俗文化財に指定されている。
いかにも焼物の町らしく市内には至るところさまざまな常滑焼が飾られており例えばこちらは招き猫がずらりと並ぶ…
常滑を象徴する風景で左右の壁面を埋め尽くすのは昔の土管や焼酎瓶である。
本番前のひとときその坂道をのんびりと散策するのは…
早速いってみよう!
(2人)出張!なんでも鑑定団IN常滑!
まずは神社に参拝するのが大好きな…
きっかけはあったんですかでも?娘が生まれたこともありまして誰もいない…。
お宝は…。
3年前結婚10周年の記念に妻に何か贈ろうと思いネットオークションを見ていた際発見したもの
最初どこからスタートしたんですか?
そのため当初は軽い気持で参加したが入札額が競り上がっていくうちついつい夢中になってしまい結局…
20万円で落札?そうです。
気がつくと予算を大幅に超えていたそこで…
結婚してからコツコツ500円玉貯金をしてまして。
はいはいはい僕もしてましたよあれ。
やっぱり?やっぱりっていうのもあれですけど…。
なんですかやっぱりっていうのは?
その貯金をすべてこれにあてた。
とても高かったので妻に言えずその後はずっと隠したまま。
しかし去年引っ越しをした際とうとう見つかってしまい…
これどうしたの?って言うもんで…。
それでも納得せずしつこく値段を聞くので…
本人評価額は期待を込めて…
もしも高かったら今度こそ堂々と胸を張り感謝の言葉とともに妻に手渡したい。
果たして結果は!?
はい!
よかった〜!
19世紀末から1,900年頃に作られた『ローレライ』というタイトルのマイセンのフィギュア。
ドイツのライン川の非常に川幅が狭くて急流の難所のところローレライの岩山の上にきれいな女性が座っていて歌を歌っている。
船乗りがその歌声に魅せられて舵を誤って遭難してしまうそれをモデルにしたものですね。
女の人の足先これ修理があるんですよ。
色がちょっと変色しちゃってますよね。
無傷であれば60万非常に珍しくていいものなので大事になさってください。
続いては常滑焼のコレクター…
最初はお酒が好きだったのでぐい呑みから始まってる。
ぐい呑みから始まって徐々に今度は花器だとかお茶碗とか。
お宝はこちら
あれ?備前?備前の壺ですか?すみません。
常滑ってすごいおっしゃってたのに。
10年ほど前終了間際の骨董市に行くと顔なじみの骨董商に声をかけられ…
事情を聞くとこの壺が売れ残ってしまったが重くて持ち帰るのが面倒なので安くするとのこと。
そこで…
そのときの言い値はおいくらだったんですか?小遣いで買える範囲ね。
はいはい。
いくらだったんですか?伴内さんもくどいね。
2万円。
しかしその後家で汚れを落とすと500年ほど前の元号が刻まれていたのでびっくり。
名品に違いないと思い大急ぎで箱を作った
これいくらかかってるんですかこの箱は?
本人評価額はこのくらいはするはずと…
備前焼についてはあまり詳しくないが4万円もかけて箱を作ったからにはどうかいいものであってほしい。
果たして結果は!?
ジャカジャン!
あちゃ〜
えっ…。
偽物になりますねはい。
「享禄元年」というふうに銘が入っていますけれども1528年ですね。
ちょうど室町時代の後期になります。
その頃は備前焼のブームが起こっていましてたくさん備前が作られてそして銘がずいぶん入れられるようになってきてる時代ではあるんですよ。
銘を入れるということは注文品であったりお寺や神社に奉納するものであったり作者の作品への自信の表れ。
ですから非常にもっといい作品であるはずです。
この壺を拝見しますと文字ですねあんまり上手ではないかなと。
備前のスタイルはしているんですが土を積み上げて作っていった透き間が空いていたりボコボコ出っ張りがあちこちにあるんですけれどもそれっていうのは要はちゃんと土を調整していない。
ただ焼き締めの焼物っていうのは水がすごく長もちしてお花が長く生きるんですよね。
ですのでぜひ使って楽しんでいただくというのがやはりいいのではないかと思います。
続いては木曽義仲の末裔…
すごいじゃないですか!そうですね。
お宝は…
もともとは実家の襖絵だったと聞いている
実家というかすごい家がでっかいんですかやっぱり?大きいですねだいたい…。
1坪抜かして…。
大間違いですよ皆さん。
実は四幅あったのだが一幅は傷みが激しくダメになってしまった。
そこで5年前残りの三幅の表装を直し改めてじっくり眺めたところ実に見事で作者の画力の高さに惚れ込んでしまった
萩の葉っぱ1枚ずつでもね…。
はいはい。
スズメの羽1枚にしてもね…。
お父さんこれだけさんざんしゃべって最後はなんだろなって!
本人評価額は一幅100万円として…
齢92とはいえ痩せても枯れても木曽義仲の末裔。
ここで赤っ恥をかくわけにはいかないが…。
果たして結果は!?
ジャカジャン!
う〜ん残念
作品自体は非常にいいものだと思います。
ただ状態が悪い。
全体が非常に焼けています。
恐らくおっしゃってたとおりこれ四幅あっていちばん手前が寒牡丹で冬ですね。
真ん中が松で恐らく夏ということでいちばん向こうが萩で秋ということですから春のものが抜けてると。
渡辺省亭は非常にモダンで洒脱な絵を描く花鳥画家で日本のみならず海外でも非常に人気があります。
ただ今はどちらかというと省亭のように非常にうまい人よりも味わい深い絵のような人が非常に評価される時代ですね。
ですから技巧というものを評価する時代がやってくれば渡辺省亭という人は再評価されるべき作家だというふうに思います。
ぜひ大切に伝えていただきたいというふうに思います。
続いては防衛省にお勤めの…
ですので主にシャーペンとかですね。
これ笑っちゃいけないんですけど大事な部署なんですよこういうのもね。
そうですね職員のために貢献してますので。
お宝は…
5年前骨董好きの父が結婚祝いとして手渡してくれたもの。
価値がまったくわからないのでほったらかしにしていたがあるときこの番組を観ていると寛次郎の作品が出てきて中島誠之助が…
そこで大急ぎで自分のものを確認するとくっきりと銘が刻まれていた
それで父にちょっと言ったんですね。
すると父はまったく動ずることなく…
そこでいったいどちらが正しいのか知りたくて応募した次第。
本人評価額はとりあえず本物と信じ…
まさかいくらなんでも中島誠之助が間違えるはずがないと思うので半ば諦めかけているが…
5年前骨董好きの父が結婚祝いとして手渡してくれたもの。
この番組で中島誠之助が寛次郎の作は銘があったら偽物と言っていたので大急ぎで確認したところ自分のものにはくっきりと銘が刻まれていた。
それでも父は本物と言い張るが…。
果たして結果は!?
ジャカジャン!
やった〜!
河井寛次郎の作品間違いございませんはい。
河井寛次郎という人はほとんど銘を施すということは確かにしていません。
ただまったくないわけではない。
銘どころか実は箱書きもあまりされていなくって共箱というのがもともと少なくてそちらの箱も奥様とお嬢様がそれぞれ箱書きをされた。
昭和10年代の頃の作品ですね。
青い呉須赤い辰砂茶色い鉄絵ですね。
その3色を使って非常に伸びやかに草花文それを描いている。
すばらしいものかと思います。
続いては毎日骨董を抱いて寝ている…
主に何を抱いて寝るんですかね?あら〜でも眺めて毎日毎日。
はい。
もの言っとるようなね聞こえるようなね。
もののいいやつによってはね。
もののいいやつによっては何か声が聞こえる?はい。
そんな気がするっちゅうもんで楽しんでる。
何て聞こえてくるんですか?いやいや…。
お宝は…
戦時中名古屋から父の家に疎開してきた方がとても世話になったお礼にと置いていったもの
きれいな絵じゃないですかだってお父さんこれ。
このお花は何だろう?この種類は…。
本人評価額はこのくらいしてくれれば十分と…
父からはこの皿は名のある方が絵付けした珍品だと聞いているが…。
果たして結果は!?
ジャカジャン!
ちょっぴりアップ!
本物に間違いございませんね。
描かれているのは薔薇ですかね。
薔薇ですか?ええ。
作られたのは昭和10年頃。
裏に日本陶器會社というマークが入っておりますけれども輸出用のものが多いんですけれどもこれは国内向けのものだけについていた窯印なんですね。
中島音次郎さんという方が絵を描いています。
中島音次郎さんという方は第1回の日展からずっと出品して昭和39年特選を獲っているというような画家としてもすばらしい技量を持った人ですよね。
絵付け師のサインが入っているものというのが大正時代から昭和の30年代くらいまで作られています。
サインを入れられる腕を持った絵付け師って10人くらいですかねせいぜいね。
そういう意味では非常に珍しい。
大事になさってほしいと思います。
最後は写真が趣味の…
お写真が趣味で…。
もう何年くらいやってるんですか?結構写真展とか何かそういうものに…。
コンクールとか?
お宝は…
お父さまかおじいちゃま。
入手経緯はまったくわからないがどこからどう見ても本物に思えてならない
松の葉っぱといいね人の表情といい。
文字とかも入ってますもんねちょっとね。
向こうに座ってますか。
本人評価額は堂々の…
少々写真をかじっているので見る目はあるつもり。
この絵からは何ともいえないオーラを感じるが…。
果たして結果は!?
ジャカジャン!
これはすごい!
お父さん300万円!真筆間違いありません。
顔に皺を遠慮なく描きこんでいく。
それから点描のようなもので背景が描かれています。
有名な屏風で『野馬図』という屏風がありますけれどもその背景と同じ描き方。
珍しいのはこれは絖というものに描かれてます。
これは光沢のある絹です。
実は『野馬図』の屏風は絖に描かれているんですね。
その当時蕪村は非常にこの絖というものに描きたかったんですけども高価で買えることができなかったんですね。
そこで弟子たちが少しずつお金を出しあってですねこの絖を買ってそしてその屏風が描かれたというふうな逸話があるんです。
これもまさしくその絖に描かれていますので残りといったらおかしいですけどもそれに蕪村が描いたのではないかなということが想像できます。
左側に李白が詠んだ句が書いてあるよというようなことが書かれてありますね。
これは蕪村が字を書いていません。
秋月それがこの詩を書いた人の名前です。
朝鮮通信使の書記官で日本に来て文人と非常に交わりがあったのでこういった讃を書くということは非常にしぜんです。
貴重な作品ですからぜひ大切にしてください。
出張鑑定IN常滑はこれにて無事閉幕
早速ご自宅にお伺いしました。
ごめんくださ〜い
は〜い。
いらっしゃいお待ちしてました。
どうぞお入りください。
と言われ中に入ると今ではすっかり見かけなくなった広い土間が広がり板の間には囲炉裏が…
実はこの家は…。
17年前大好きだった会津地方の古民家を買い取りここに移築。
その後ご自身でリフォームした際至るところに棚を作ったそうです。
なぜかというと…
こちらです。
うわ〜焼物だらけ!
骨董収集が趣味で自慢の品を訪ねてきた友人に見せたくてこういうふうに作ったんですよ。
知らない人が見たらまるで美術館のよう。
いやはや恐れ入りました
4年前同じく骨董収集家の兄高四郎さんの家を訪ねたときのこと
それからは兄の家で…。
ついには寝ても覚めてもその焼物のことが頭から離れなくなり…
どうしても欲しくなって兄のところに訪ねていったんです。
すると兄は留守だったものの手ぶらで帰る気になれず…
しかし義姉は「私には決められない」と繰り返すばかり。
そこでおもむろに100万円を机の上に置き改めて頭を下げるとちらっとそれに目をやった義姉が急に黙り込んだので…
いいですね?って言ってお金を置いて持って帰りました。
以来このお宝だけは家でも飾らず大事に保管してきたそうです
私のコレクションの中でいちばんの名品だと思います。
鑑定よろしくお願いします。
兄の家のトイレで見つけた名品の登場です!
依頼人の登場です。
栃木県からお越しのお願いします。
すごい口説き方ですね。
ねぇお金を。
いちばん効きますからね現ナマは。
効きました。
ドーンと効きました。
はい。
急に黙った?黙った。
これはいけると。
あの手がいちばんいいですね。
拝見しましょう。
あら。
500年くらい前の朝鮮半島で作られた粉青沙器の瓶です。
トイレにですかこれ?これはいいなとこれはものにしなきゃいかんと思っておしっこの行き先がちょっと変わりましたね。
びっくりで。
え?ってなったんですか?そうです。
え?っと思ってねそれでね…。
あっ正確には右側にあったえ?って…。
そうです。
ほう。
どこが特に気に入ってるとか?この象嵌とですねスーッとこの立ち上がったスタイルがですねこれだけのものは見たこと写真でもありません。
お兄さんなんでこれをトイレに飾ったんですか。
結構兄のところはお客さんがですねいろいろ遊びに来るんでいちばん目立つところだと。
トイレは絶対借りると。
でここに飾ればみんな注目するということで兄は大をするときもこれを抱えてなでてたらしいです。
あぁこう抱えて…。
はい。
お兄さんに言うたんですか?「鑑定団」に出るっていうのは?まだ言ってないです。
今言ったら火がついて「これはダメだ手放さない」っていうことになりますから。
やぶへびになんないようにそっと今はそっと…。
今はそっとしてるんですね?そっとしといてはい。
それがもし高い高価なもんやったらどうするんですか?お金を置いてきてありますし1年半近く経っていまだに返してとかなんか言ってきてませんのでね。
今の段階ではもう私のもんである。
絶対観てはるでしょお兄さんもこれ?観てますね。
でしょ?観てますね。
今しゃべってる作戦も全部今丸聞こえですからね。
はい兄にはいろいろ貸し借りが長い積もり積もったものがありますから。
弱みを握ってますな。
高麗王朝が滅亡し…
それまで盛んに作られていた青磁は衰退しやがてまったく新たな焼物白磁が登場する。
しかし白磁が広く普及するには16世紀半ばまで待たねばならずその過渡期に作られたのが粉青沙器である
粉青沙器は当然高麗青磁の流れを汲んでおり灰色の胎土に白土を化粧掛けし透明釉を掛けて焼き上げる。
しかしあくまで庶民の日用雑器だったためその作風は伸びやかで気取りがなくしかも大胆な装飾が施されている。
これらの装飾は元はと言えば土の質が悪くまた緻密な絵柄を描く技術がないことをごまかすためであったがそれがかえって高麗青磁にはない魅力を生み出したのであった。
例えば印花は生地に細かな模様を押しそこに白土を埋めたもので初期の代表的装飾である
また掻落は器全体に塗った白土を削り取り模様を表すがその絵柄は実に奔放でまるで子供の落書きのごとくである。
更に15世紀後半になると刷毛で塗った白土の跡を素朴な味わいとして楽しむ刷毛目や水で溶いた白土に器を浸す粉引などが主流になっていく。
これは当時特権階級の間で珍重されていた白磁に一歩でも近づきたいとの思いから生まれたものであった。
そのため16世紀半ばになり白磁が庶民の間にも広く普及すると粉青沙器は瞬く間に姿を消してしまった。
しかし室町時代の末粉青沙器が日本に伝来すると折しも侘茶が流行していたためその素朴な味わいは茶人たちをおおいに魅了した。
なかでも特に珍重されたのが印花で日本ではこれを三島手という。
その名は器に施された文様が静岡三嶋大社で頒布していた暦いわゆる三嶋暦の流れ文字に似ていたことに由来する
そのひとつ三島桶の銘を持つこの茶碗は千利休が所持したのち徳川家康の手に渡りその後尾州徳川家に伝来した名品で共に添えられた書状には茶人大名として名高い細川忠興がこう記している
改めて依頼品を見てみよう。
粉青沙器の瓶である。
高さはおよそ一尺その姿は実に端正で胴には白土で牡丹が象嵌されている
ご本人のまずは評価額はおいくらくらいでしょうか?500万でお願いします。
500万。
はい。
それくらいはするやろと見越して100万で交渉したわけですもんね。
はい。
それではまいりましょう。
オープンザプライス!え〜3,000円。
新しく工芸品として作られたコピー製品ですね。
コピーか…。
黒の象嵌が不自然なんです。
白い象嵌の上に重なってるところもあるし擦れて消えてしまったものもある。
あるいは黒い釉薬が流れておりますね。
完璧な象嵌じゃなくて絵の具を使っているような感じがする。
こういうような器というものは庶民の生活用品ですからね大量に生産していく。
そのために高台の作りというものは割と雑でよく言えばたいへんに力強い。
これを見ますといかにも小綺麗にまとめておりますね。
それは工芸品の特徴なんですよ。
これがもし15世紀の象嵌三島でしたらね500万円以上していいと思いますね。
ただ言えることはまじめな製作態度で写し物として作ってるんです。
ですから嫌らしさがない。
これはかえって飾り物として楽しまれたらいいと思う。
言葉がありませんね。
お兄さん喜んでますね。
そうですね今奥さんとハイタッチしてますね。
ヨー!しようがないですね。
どうもありがとうございました。
ありがとうございました。
「鑑定団」また来週。
2015/02/10(火) 20:54〜21:54
テレビ大阪1
開運!なんでも鑑定団【トイレにあった品に仰天鑑定!?】[字]

兄の家のトイレに飾られていたお宝に一目惚れ。そこで後日譲ってもらおうと訪問したが留守だったため兄嫁の目の前に100万円を積み拝み倒して持ち帰った。果して正解か?

詳細情報
番組内容1
【兄の家のトイレに飾られていたお宝!?】
依頼人の趣味は骨董収集。古民家を買い取りリフォームした際、コレクション専用の棚を作って美術館のように飾っている。お宝は同じく骨董収集家の兄の家のトイレに飾られていたもの。一目惚れし、寝ても覚めてもそのお宝のことが頭から離れなくなってしまった。
番組内容2
そこで後日、譲ってもらおうと思いきって訪ねたものの本人は留守だったため、兄嫁の目の前に100万円を積み、拝み倒して持ち帰った。果して正解か?
出演者
【司会】石坂浩二、今田耕司
【進行アシスタント】吉田真由子
【ゲスト】杜けあき
【出張リポーター】松尾伴内
【ナレーター】銀河万丈、冨永みーな

【鑑定士軍団】
中島誠之助(古美術鑑定家)
北原照久(「ブリキのおもちゃ博物館」館長)
安河内眞美(「ギャラリーやすこうち」店主)
阿藤芳樹(「阿藤ギャラリー」代表取締役)永井龍之介(「永井画廊」代表取締役)
大熊敏之(国立大学法人富山大学大学院芸術文化学研究科教授)
楠文夫(「硯の資料室」室長)
ホームページ

http://www.tv-tokyo.co.jp/kantei/

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化
バラエティ – その他
趣味/教育 – 音楽・美術・工芸

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音声 : 2/0モード(ステレオ)
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