ハートネットTV シリーズ認知症 わたしから始まる1 私たちが声をあげた理由 2015.02.10


先月末政府は認知症についてこれまでの常識を打ち破る新たな戦略を発表。
認知症に対する社会の在り方に大きな変化を迫る内容でした。
発表当日首相に招かれたのは認知症と診断された人たち。
政策作りに積極的に関わってほしいと求められました。
こんばんは。
NHKでは放送90年にあたる今年認知症についてさまざまな角度からお伝えするキャンペーンを展開していきます。
「ハートネットTV」でも今日から3回のシリーズで認知症の本人の視点からこのテーマについて考えていきます。
先月政府が発表した認知症戦略によりますと10年後2025年の認知症の人の数は全国で推計700万人。
実に高齢者の5人に1人が認知症という時代を迎えるとしています。
こうした予測を踏まえて国が打ち出したのがこの7つの柱です。
中でも画期的とされているのが一番下本人の視点の重視です。
認知症の人たちの声に耳を傾けて施策の立案や評価にも参画できるようにする方針です。
「シリーズ認知症“わたし”から始まる」第1回の今日は認知症になってからも希望を持って生きられる社会の実現を目指し声を上げ始めた本人たちの動きをご紹介します。
去年10月全国各地で活動していた認知症の人々が結集し日本で初めて本人たちによるグループを設立しました。
私たちは認知症の当事者で今月日本認知症ワーキンググループという本人たちだけの団体を設立致しました。
私たちは当事者本人としての経験であったり知恵であったりいろんな事を発信しながら皆さんと一緒になって協力し合いながら認知症の問題に取り組んでいきたいと考えております。
すいません。
朝日新聞の中山といいます。
診断後すぐにカウンセリングが受けれてこれから認知症と共にどう生きていったらいいのかを本人とそれと家族も混乱しますので家族も一緒に考えていきましょうと言ってもらえるようなまず一番スタート一歩目の支援が欲しいと思います。
これまで隠すのが当然とされていた認知症。
本人たちが声を上げたのには理由がありました。
ワーキンググループの代表の一人藤田和子さん。
8年前45歳の時に認知症の初期と診断されました。
当時看護師として働きながら3人の娘を育てていましたが仕事は辞めざるをえませんでした。
藤田さんは今も料理や買い物などを担っています。
できない事が少しずつ増えていますが工夫しながら暮らしています。
調味料が無くなりかけた時は…。
ないと思った時にすぐ書いとかないとまた忘れるので。
「後から」とか思っても今度使う時に気が付くんですよ。
だからそれじゃ遅いので。
じゃあ頂きま〜す。
8年前認知症を疑ったきっかけは娘たちとの会話でした。
その日自分が食べた事をすっかり忘れていると指摘されたのです。
普通の物忘れではないと感じ病院に行きました。
検査の結果医師から告げられたのはアルツハイマー型認知症初期の疑い。
しかしこれからどうなるのかこの先どう生きていけばいいのか最も知りたい事についての説明は全くありませんでした。
私はどうしたらいいんだろうとかどうなっていくんだろうっていう不安感絶望感みたいな感じが…。
何か自分がこの世に存在している事は家族にとってもすごく負担でしかないような。
何か自分はここで…死んでしまった方がみんなのためじゃないかみたいな…。
何かふっとそういう気持ちが起きる。
本などで得られる情報は家族向けのものばかり。
本人が生きるために役立つ情報はありませんでした。
悩みを相談できるところも見当たりません。
藤田さんの不安と絶望は深まる一方でした。
1年後藤田さんは認知症の専門医を訪ねました。
前の医師が認知症の人に話してもしかたがないという態度だったのに対し納得いくまで説明してくれました。
こんにちは。
いかがでしたか?ご様子は。
そうですね。
何か忙しくて。
忙しい?それで…血圧は上がるし不整脈は出てしんどくって横になったりしながらなんとかこういろんな事を生活なり活動なりをしてるっていう感じで。
医師との対話を通して認知症になってもすぐに何もできなくなる訳ではない事今ある機能を生かして人生を楽しんでいる人がいる事などを知りました。
認知症と共に生きていく希望が見えてきました。
私はとにかく頑張り続けてちょっとでもいい状況を保つ。
いろんな事を試してみたり挑戦していって病気であっても一人の人としては生き抜くっていうかそういう姿勢を見せたいって。
診断から3年後藤田さんは地元鳥取で認知症問題と取り組む会クローバーを立ち上げました。
診断されても支援がない空白の期間。
途方に暮れる人は自分だけではないはずだと考え講演などを通じて問題提起してきました。
しかし医療機関や行政の反応は鈍いと感じてきました。
本人の声を聞いてくれと本人の意思を尊重してくれというクローバーはずっと取り組みをやってきたんですが。
どうも本人の声を聞いてくれって一生懸命言えば言うほどいやいや家族の大変さを理解してくれっていう声がこう同時に沸き起こってくるという場面が数多くあってここがなかなか現状として難しいとこだなと思ってるんですけども。
去年藤田さんたちの活動に転機が訪れました。
東京で開かれている認知症の勉強会に誘われたのです。
参加したのは医師介護職行政の担当者などさまざま。
そこで認知症の人たちが口々に語ったのは空白の期間の経験でした。
初期の段階で診断されても支援する体制がなく早期診断・早期絶望というべき厳しい現実があるというのです。
私も自分が病気になる前は認知症の人っていったらやっぱり分からなくなる何もできなくなるっていうそういうような…そういう人たちの事を認知症の人っていうふうな捉え方をしていたんですけれどもやっぱり自分がなってみるとそうではないんだなっていう事がよく分かり介護ではない支援サポートが欲しいんだっていう事を言ってるんですけれどもなかなかそれが理解されなくって自分が患者になった時にもう私は病気なんだからとか認知症なんだから何か意見を言ってもいいのだろうかとかそういうふうにああもう自分は駄目なんだって思わないでやっぱり自信を持って私たちが一人一人が意見を出す事によって世の中が変わっていくという事を同じ仲間には伝えたいです。
自分たちが声を上げなければ社会は変わらない。
去年10月藤田さんたちは認知症ワーキンググループを設立しました。
私たちは認知症の当事者なんですけども。
ワーキンググループのメンバーは厚生労働大臣を訪ね自分たちも政策作りに関わらせてほしいと訴えました。
藤田さんたちがお手本にしている地域があります。
イギリス北部のスコットランドです。
世界に先駆け認知症の人たちが政策作りに参画する仕組みを作り上げました。
その中心が…13年前に結成され自治政府に対しさまざまな提言を行ってきました。
WegotaguestfromJapanheretoday….合言葉は「私たち抜きに私たちのことを決めないで」。
この日の取材についても認知症の人たち自身で話し合い応じる事を決めました。
政策作りに参画して真っ先に求めたのが空白の期間の解消でした。
スコットランドでも認知症と診断されたものの支援がなく早期診断・早期絶望に陥る人が大勢いたからです。
こうした声を受けて作られた…ワーキンググループが求めた「診断されたその日から始まる支援」が盛り込まれ研究事業が直ちに始められました。
この支援で救われた元警察官の…5年前認知症と診断された時半年後に死ぬと誤解してしまうほど混乱しました。
Hello!Comein.間もなく自宅にやって来たのはリンクワーカーと呼ばれる専門スタッフでした。
診断されたその日から始まる支援の核となる役割です。
認知症と診断された人に対しリンクワーカーがマンツーマンで対応。
本人と家族のあらゆる相談に乗り1年かけてその後の人生の基盤を整えていくのです。
私はあなたに「自分はあと半年しか生きられない」と話したのを覚えています。
明らかに私の理解が間違っていたのですがあなたが「半年で死ぬ事はない」と言ってくれてほっとしました。
私も覚えています。
ヘンリーさんが最初に相談したのは薬の管理。
糖尿病のため毎日決まった時間にインスリンを注射しなければ命に関わります。
ところがうち忘れたり2度うったりする事がありました。
リンクワーカーはヘンリーさんや家族と一緒に確実に注射できる方法を考えました。
そのほか必要に応じて弁護士などの専門家も紹介。
認知症とのつきあい方を知るための勉強会にも誘いました。
リンクワーカーが何よりも大切にしているのは生きる希望を取り戻す事です。
ヘンリーさんに趣味のボウリングを再開するように勧めるとともに仲間に認知症を打ち明けるのなら手助けしたいと申し出ました。
更にこれからの人生でどんな事を実現したいか家族同席のもとヘンリーさんから聞き取り書き出していきました。
3か月後妻と2人でアラスカに旅行したい。
娘の結婚式にも出席したい。
夢を一つ一つかなえる事で生きる希望を取り戻していきました。
私は自分の病気を理解しました。
どうつきあえばいいかが分かったのです。
つまり症状に合わせて工夫するのです。
私はどんな事でもやってみようと思います。
それには自信が必要です。
自信さえあればなんとかできるのです。
日本でも認知症の人たちの声を支援体制の整備に生かそうという挑戦が始まっています。
京都府宇治市の精神科病院が始めた認知症の人のためのテニス教室。
きっかけは診察の時認知症初期の男性がつぶやいたスポーツを楽しみたいという言葉でした。
そんなごく普通の願いをかなえられない社会である事に医師は気付かされました。
テニス教室を提案した医師の森俊夫さんです。
この経験をきっかけに従来の医療や介護の在り方を見直してみると決定的に欠けているものが見えてきたといいます。
医療やケアの利用者であるご本人や家族の意見を聞く思いを聞く。
そこでそれに基づいて医療やケアを作っていくあるいは社会を構築していく。
それは当たり前の事のはずでその当たり前の事がこと認知症に関して今まであまりにもされてこなかったという事ですね。
そうするとそれをする文化とかそれをする準備とかそれをする技術というのが皆無に近いというそういう状況だったという事ですよね。
森さんは認知症の人を対象にした新たな調査を京都府に提案しました。
「周りのすべての人が認知症を正しく理解してくれている」など22の質問を作り現在の医療やケア社会に対し本人が何を求めているかを探ろうとしたのです。
この日調査に協力したのは去年認知症と診断された中西美幸さんと夫の俊夫さんです。
病気になった時に本人が死にたいとか言いだしたからそんな事考えなくていいって。
あんたは今まで頑張ってきたんやからもう引退やと。
これからゆっくりしたらいいんやと。
何度も何度も言い聞かせた。
調査は認知症の人の意見と家族の意見とを厳密に区別するため分かれて行われました。
じゃあ今は生きがいを感じてます?そう。
そんな感じですか。
という事は人生今楽しいですか?はい分かりました。
え〜とそしたら昨年ですね診断される前と同じように今も活動的に過ごす事ができてはりますか?う〜ん…。
認知症の人たちの思いをくみ取るための新たな試み。
しかし調査を通じて見えてきたのはその難しさでした。
やってみてやっぱり気が付いた事というのがあって一つは実際にやってみると認知症の人というのは一つにはくくれないですよね。
ステージが違いますしそれから病気によっても違います。
質問項目全部で22あるんですけれど答えやすい質問項目とちょっと困惑してしまうような質問項目とそれはやっぱり分かれるという。
それがはっきりと分かったという事ですね。
そのこちらの不備をついて頂くというか。
その時にやっぱり欠けてたのは認知症のご本人とご家族も入れてもう少し答えやすい質問ですね認知症の人たちにとって本当に答えやすいのだというそういう表現であったりそれから質問のしかたであったりというそういうのを作る必要があったなというふうに改めてそう思ったという意味で衝撃的でしたよね。
去年12月藤田さんたちは厚生労働省から意見を求められました。
国が新たに打ち出す認知症戦略についてです。
「認知症の本人の視点に立った評価を自治体が行う事を推進する」だから私たちがいなくてもできる表現なので結局本人は参加しないで第三者の人たちが本人ではない人たちが「できてるよねできてないよね本人さんたちはこう言っておられます」みたいな形でずっと作られてきていると思うのでその場に本人がいるっていう事が分かるような何か文章にしないと。
聞きっ放し言いっ放しやなしにあとのフィードバックを求めてもらいたいんですがね。
そのひとつき後国は新たな認知症戦略をまとめ発表しました。
そこには藤田さんたちが求めた認知症の本人が計画の立案や評価に加わるという方針が書き込まれていました。
じゃあ本当にご本人とご家族の声を聞くというのがどういう事なのか。
これはまだ方法論として世界の中でも確立していないしあるいは先進的な自治体ではいくつか取り組んで頂いて現に悩んで頂いているところがあると思います。
そういったところの取り組みの事例を収集したりあるいは方法論を研究したりそういったところから進めていって本当に認知症の方ご本人の声そういったものを認知症施策の企画立案評価に反映させるためにはどうすればいいかという事を考えていきたいと思っています。
認知症の人たちの声に耳を傾けようと試行錯誤してきた京都府宇治市。
ホットですよね。
ようこそ。
ようこそいらっしゃいました。
この日開いたのは「れもんカフェ」という集まりです。
認知症を隠さず気軽に話せる場所が欲しいという本人や家族の声に応え3年前に始めました。
国の動きが今急速ですよね。
認知症の国家戦略というのがその内容が明らかになりましたね。
国がそして京都が宇治がいろんな動きが出ていますので。
今日はれもんちゃんも来てくれたという事ですよね。
日常の中で出会ったちょっといい話を披露したり認知症と生きていくための工夫を伝えたり。
今では地元の人たちも参加するようになりました。
カフェを通じて生まれた人と人とのつながりは認知症と共に人生を歩む人たちにとって大きな力になっています。
え〜と…どんな事でもできると思っててもできない事にぶつかるというかこの病気になるとこうではなかったはずだというのでいらだってくる事が多分にあるんですね。
でそういう時にどう気分転換をするか。
よく遊びで顔の前に指を出して「あっち向いてほい」とやった時に反対に向かないと負けになるんですよ。
だからそれに引っ張られないように目を逆にずらす。
それで勝ち負け。
それを利用したもので殊に拘泥している気持ちをピョッとこっちへ向けるとその自分の心のいらだちから逃れられる。
「あっち向いてほい」をやるのは自分だけじゃなくて周りの人がやる訳ね。
つまり認知症とつきあう時の一つの技術ですよね。
これがすごいところかなと。
技術っていうのは人に伝える事だって…。
認知症になっても人生は終わらない。
認知症の人たちの声から新しい社会が始まろうとしています。
病気にならなかったら何て言いますかね我が道を行くっていうのおかしいですけども自分だけの世界を生きてたような気がします。
それから知り合う事のできた人の数っていうのは増えてると思います。
まあそういう事でプラスに喜んでいます。
こういう皆さんとお知り合いになれたっていう事だけでも私は本当にとっても幸せな事だと。
これは2人で話してますね。
そんな事を話しながら暮らしてます。
2015/02/10(火) 13:05〜13:35
NHKEテレ1大阪
ハートネットTV シリーズ認知症 わたしから始まる1 私たちが声をあげた理由[字][再]

認知症になっても最期まで自分らしく生きられる社会をどうしたら実現できるか?について考える3回のシリーズ。第1回は、日本初の当事者グループの活動を中心に紹介する。

詳細情報
番組内容
誰もが認知症になり得る時代を迎える中、“認知症になっても、最期まで自分らしく生きられる社会”の実現が喫緊の課題になっている。求められる支援について考える3回のシリーズ。第1回は、去年10月に発足した日本初の当事者グループの活動について、背景にある“早期診断・早期絶望”の問題も交えながらお伝えする。更に、当事者の声を積極的に国家戦略に取り入れ、成果をあげてきたスコットランドの取り組みにヒントを探る。
出演者
【司会】山田賢治

ジャンル :
福祉 – その他
福祉 – 高齢者
福祉 – 障害者

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
サンプリングレート : 48kHz

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