しあわせの大地 富良野・美瑛に移住した15人のストーリー 2015.02.08


(生野文治ナレーター)
北海道の中でも最も北海道らしい美しい風景が続くこの富良野・美瑛という場所で新しい暮らしを始めた人達がいる
それは主に都会から
あえて今便利さを捨て田舎暮らしを選ぶ移住者達
そこは日本屈指の「移住したい場所」
(ベッキー)いいですねぇもう何か…はぁ〜っ。
もうあまりにも空気がおいしくて爽やかな気分でございます。
湯船が全部桜の花びらでその中に子どもが入っているのを見たらボクは「スゴイなぁ」って思って。
移り住んだ過疎のマチで見つかったもの…
それを教えてくれたのは子ども達
いただきます。
(一同)いただきま〜す。
う〜ん!たぶんあの子達にとってみればふつうの通学路なんでしょうけどこういう環境で自分の子どもを育てたいなぁとも思うし。
移住者のために
朽ちていくだけの廃屋をもう一度再生させる職人
彼もまた移住者
こちらがズッキーニの花です。
畑で育てた鮮やかな花は店の名物料理
肥料を使わない畑で育てたトマトに注文が舞い込む
移住者が抱いた情熱そして現実
「憧れだけじゃ絶対やっていけないよ!」。
こんにちは〜!どうぞ〜。
いいですか?開けちゃって。
ここから上がってくださいはい大丈夫です。
あっここからいいんですか?ベッキーちゃん私のねはい。
おばちゃんの大好きなね景色なんですよ〜!はい。
はい!うわぁ〜!!いや日本じゅう探してもホントに北海道にしかない景色ですね!そうですね!
なぜこの地が移住者の心を引きつけるのだろうか?
(地吹雪の音)
(ベッキーナレーター)
2月生命をも拒むいてつく雪と氷の世界
(川の音)
しかし「厳冬期のこの風景が富良野・美瑛を最も美しく感じる時だ」と地元の人は言う
マイナス25度まで冷え込むと空気中のわずかな水分も凍る
それは幻想的な風景となって地上に舞い降りる
暖房がない作業場は室内でも氷点下の寒さ
その中で黙々と大工仕事に取り組む1人の女性
彼女の名前は木脇由希子さん
プロが使う電動工具を慣れた手つきで使いこなします
木脇さんはかつての住人が手放した築50年という古民家をよみがえらせてここで「ある夢」を実現させたいと考えていました
しかし想像以上の困難が慣れない作業の前に立ちふさがります
床板をはがすと支えていたはずの木材が崩れ落ちていました
古民家の再生はまず建物を解体してその土台を建て直すところから始まりました
木脇さんが自分の手で作り上げることにこだわったのはここを訪れた人達がぬくもりを感じられるような空間と気持ちが休まるおいしい食事を提供できる場を作りたかったから
それは木脇さん自身が求めている場所でもありました
かつては流行や文化の発信地東京・青山で時代のニーズを捉え一時は小さなエステサロンを3店舗経営する実業家だった木脇さん
14年間の東京暮らしで彼女が得たものは…
築50年住む人を失った家
ここを木脇さんが求める「その場所」だと確信して巡り合わせたのは「大工の又さん」こと柿本又一さん
廃屋をよみがえらせる古民家再生のプロです
あっそうなんですか。
それ見て…。
農業を諦めここを去っていった人達がかつて暮らした家
富良野ではたびたび目にする風景
朽ち果てていく家をバラバラに解体してまだ使える材料を古民家の再生に生かします
残った廃材はストーブで燃やす薪に
又さん何ひとつムダにしません
又さんは使われなくなった古民家を移住者と協力して再び息を吹き込みこれまでに20軒以上を再生させました
そこにも家族がいたわけですもんね。
そうですね…。
「大工の又さん」自身も宮崎県の出身
又さんは古民家を再生させたいという移住者の大きな力になる存在です
木脇さんの思いを聞いた又さんはこの築50年の古民家再生の作業をずっと支えてきました
こんにちはベッキーです初めまして!ここがお店ですか〜!これきょうの焼きたてパンですね。
うわぁパンも!うわぁいっぱいありますね!でも種類が。
スッゴ〜イ!あっそうですか機械使わず?
(木脇さん)そうですね。
古民家の再生で真っ先に完成させたのはこのキッチン
2人の新しい仲間とともに地元の小麦粉と自家製の天然酵母を使ってそこでおいしいパンを作ろうと木脇さんは考えました
3人の女性が手間を惜しまず作る手作りパンの評判はすぐに小さなマチで広まりました
どうもありがとうございます。
ありがとうございます。
札幌に近い千歳市の実家で農業の手伝いをしていた鈴木さやかさん
知人の木脇さんが古民家と格闘していることをブログで知り手伝いにやって来ました
そしてもう1人
埼玉県からやって来た岸野伶美さん
木脇さんと知り合いだった伶美さんの母親が将来に何の目標も見い出せずにいたわが子を案じ木脇さんの姿から何かを感じとってほしいと富良野行きを勧めました
東京では満たされなかった「何か」を
そしてこれまでにつかみきれなかった「人生の目標」をそれぞれに見つけたいと考えていた3人
パンを焼きながら女性3人で続けられた古民家の再生
築50年の家がもう一度息を吹き返しました
こちらが?
(木脇さん)はい…。
カフェ〜!うわぁステキ〜!窓の形大きさも独特というか。
(木脇さん)そうですねあの…。
ねぇ!このテーブルも味があっていいですね!そうですね。
これも…。
あっそうですか。
木が全然統一されてないじゃないですか?
(木脇さん)はい。
それがいいんですね!
(木脇さん)そうかもしれないですね。
こういう色々な木がねっ色々な年代の木があるからまたいいんでしょうね。
そうですね。
朽ち果てようとしていた廃屋から拾われてきた木材がここで新しい役割を与えられました
古さが新しさに
これが「大工の又さん」が考える古民家再生の良さであり美しさです
失礼しますお待たせしました。
はいうわぁ〜!こちらが「ランチプレート」になります。
いただきま〜す!人気の「マルパン」からあぁやわらかい〜!おいしい。
おいしいですか?良かったです。
何か…優しいですね。
(木脇さん)優しいですか?何かもう何かかめばかむほど甘みが出てくるような。
あっそうですね皆さんそうやって言ってくれますね。
あっやっぱりそうですか?甘くておいしいパン!
そして地元でとれた野菜をごくシンプルに調理した「ランチプレート」
わぁこれがニンジンの?はいジュレになります。
いただきます!うん!おいしい!何かフランス料理みたいな。
あぁそうですか。
これもニンジンの甘みですよね?そうですねお砂糖は使ってなくて。
えぇ!?スゴ〜イ!北海道のニンジンと。
うんやみつき!うん!ちょっとこんなコラボもあってもいいですか?あっいいですねはい。
うん!いいですか?フフフフっ!お客さんに提案してもいいと思いますよアハハハっ!わかりましたありがとうございます。
いいですね。
もう理想形。
木脇さんが東京で暮らした14年で感じたこと
木脇さんにとって「豊かさ」とはどんな時に感じますか?はい「豊かさ」?そうですね何か…。
都会のけん騒を離れ自然に囲まれた小さなマチで木脇さん探していた場所をやっと見つけました
(生野ナレーター)
富良野から美瑛にかけて広がる丘のある美しい風景
しかしわずか130年前までここはうっそうとした巨木の茂る森でした
その原始の森を美しい実りの畑に変えたのは本州から移住してきた開拓者達
畑の真ん中にポツンと立つ1本の木
富良野や美瑛ではこんな風景とよく出会います
まるで丘のシンボルのようにそびえる1本の木は富良野・美瑛を象徴する風景のひとつ
その1本の木をある農家はこう言います
「あれは墓標なんだ」と
トラクターなどなかった時代頼りになったのは馬でした
厳しい開拓生活で家族の一員のように大切にした馬が老いて死んだ時畑にその亡きがらを埋め馬への感謝の気持ちをいつまでも忘れないようにと1本の木を植えたといいます
そんな美瑛の丘は今や北海道を代表する観光地
「美しい風景の中で自分も農業をしたい」とはるばる京都から移住した人がいます
安くておいしい野菜を求めて開店と同時に多くの人でにぎわう
ここは畑でとれたばかりの新鮮野菜が並ぶ名物市場
地元の農家が自ら運営しています
おはようございま〜す!
この市場に毎朝とれたての野菜を並べにやって来る角和浩幸さん
16年勤めた京都での仕事を辞め美瑛で農業を始めました
お日さまへ伸びるように実をつけるのはオクラ
角和さんは農薬や化学肥料を一切使わない有機農業に取り組んでいます
葉っぱは虫に食われ放題
除草剤も使わないので雑草も伸び放題
なので思ったような収穫量は得られません
それでも角和さんは有機農業を続けます
角和さんの前の職業実は新聞記者
なぜ新聞記者を辞めたのか?
「オートバイで20回以上も訪れた憧れの美瑛で農業を始めよう!」
その情熱だけで移住を決めやって来た角和さん
待っていたのは2年間の農業研修
そこでの出来事をつづって本にしました
時には新聞記者の冷静な目で農業を見つめます
こちらがズッキーニの花です。
朝開いているうちにとりましてティッシュなどを詰めてひとつずつくるんで出荷します。
えぇレストランさんですと揚げたりするそういう料理に使われています。
ズッキーニの花が一体どんな料理になるのか?
実は角和さんにもうひとつの顔がありました
野菜を収穫する穏やかな表情とは違ったまなざしで食材を厳しく見つめるそのもうひとつの顔!
「ズッキーニの花ごはん」でございます。
ご飯とツナ・チーズを混ぜましてその混ぜたご飯をズッキーニの花の中に詰めてあります
角和さん実はレストランの料理人でもあります
畑の中のレストラン『ファーム・雨読舎』を8年前にオープンさせました
「ズッキーニの花ごはん」の出来上がり
茎の部分からはしっかりとしたズッキーニのうま味
モチモチっと仕上がったご飯には花の甘みがしみ込んでいます
「雨の膳」
甘い豚肉を巻いてサッと炒めた角和さん自慢のオクラはカリッとした歯応え
いずれも調理の直前に収穫された農薬や化学肥料を使わずに土が本来持っている力で育て上げられた野菜たちです
角和さんが愛してやまない美瑛の丘のある風景
その存在を日本じゅうに知らしめたのはたった1枚の写真でした
『拓真館』
写真家・前田真三のギャラリー
東京・八王子市に生まれ商社に勤めたものの33歳で脱サラ
カメラを手に日本縦断の旅に出かけた前田真三が旅の最後に出会ったのが美瑛の丘のある風景でした
丘を彩るのは満開のジャガイモの花
麦畑の向こうには噴煙を上げる『十勝岳』
整然とカラマツ林が並ぶ丘
それらは前田さんにとってこれまでの日本の風景とは全く違ったものに見えました
美瑛の丘を撮り続けて14年がたったある夏の夕暮れ
前田さんこれまでにない光景と出会います
分厚い雲の隙間から夕日が差し込み実りを迎えた麦畑を鮮やかな赤に照らしだしました
テレビのコマーシャルにも使われたこの1枚の写真で日本じゅうが美瑛の丘を知ることになったのです
山形県出身
東京で写真や音楽の仕事をしていた菊地晴夫さん
前田さんが撮った1枚で人生は大きく変わりました
東京から美瑛にやって来ては写真を撮る生活を続けていましたが来るほどに美瑛への思いは膨らむばかり
菊地さん40歳で移住を決意
20年がたった今も毎日丘を巡ります
(シャッター音)…もう雨が降ろうが雪が降ろうがその美しさっていうのはホントに他にはない魅力になりましたね。
前田真三さんの背中を追うように丘の風景を撮影する菊地さんにうれしい知らせが舞い込みました
60歳になる節目の今年前田真三さんと同じ東京の最高峰のフォトサロンで写真展の開催が決まったのです
(シャッター音)…っていう風には私自身は思いましたけれども。
まぁそれがいちばんうれしかったですね。
菊地晴夫さん
美瑛の丘の美しさを語り継ぐためにカメラを持って移り行く季節を追いかけます
『ふらのやまもと農園』がミニトマトの最盛期を迎えました
収穫作業は日の出から夕方まで
それが3か月以上も続くまさに「猫の手も借りたい」忙しさ
通常野菜が小売店に並ぶまで4〜5日かかります
その時にちょうど熟す物だけを収穫するのですがその見極めが何とも難しい
お手伝いの女性に示すのは収穫するミニトマトの色見本
(山本さん)これでいうとこれとか。
(山本さん)うんうん…。
置いて行っていいですか?
(山本さん)うん。
山本和弘さん
石川県・金沢市から富良野に移住しました
きっかけは収穫時期の人手不足解消にと『ふらの農協』が新しく始めた農業の体験制度
その第一期生に応募したことでした
富良野で農業体験制度が始まってから今年で20年目になります
体験者のための宿泊施設
そのスケールの大きさは日本でもここ富良野だけ!
まるでホテルのような大浴場にシャワールームがズラリと!
最大収容人数何と120人!
部屋はすべてご覧のシングルルーム
日本全国から毎年100人を超える若者がやって来ます
「夏休みの間だけ農業を体験したい」と応募した人もいれば中には「将来北海道で農業をやるぞ!」と固い決意を抱いてやって来る人も
農業体験の仕事のほとんどが次から次へと実りを迎える野菜の収穫
1日8時間働くと6,800円のお給料が
とる野菜の種類は変わってもひたすら収穫作業が続くことに変わりはありません
山本さんの妻・利恵さんもまた20年前に一期生として農業体験に応募した1人でした
「農業という仕事をとにかく体験してみたい」という共通の思いを胸に2人は富良野で出会いました
それから20年
今山本さんが育てるトマトに全国から注文が舞い込みます
山本さんが作るのは農薬や除草剤を使わない有機栽培のミニトマト
そして山本さん今有機栽培からさらに一歩踏み込んだ方法でミニトマトの栽培に取り組み始めました
有機肥料も一切与えません
自然に近い環境にこだわる訳は栄養分にありました
酸味が少なく甘いトマトが好まれる時代実はこんなことが起きていたのです
トマトに含まれるビタミンCは1950年には40mg
しかし甘さを追求するあまりその50年後にはわずか15mgに
ビタミンCの6割以上が失われました
…すいません。
山本さんが自然栽培で育てたミニトマトを受け取りに来た若き料理人
隣の中富良野町にオープンした『オーベルジュ』
佐藤さんは10年近く修業した東京を離れ今は1日限定3組のお客さまを夫婦2人でもてなします
農業体験に応募し富良野で初めて農業に触れた2人
和弘さん20年前をこう振り返ります
大阪から来た2人の女性が『やまもと農園』で農業体験をしています
農業を志す若い人達を今度は山本さんが育てる立場になりました
初めて畑の土に触れたこの富良野で山本さん今確かな将来を農業に見い出しました
♪〜下金山小学校。
(ピストルの音)
(ベッキーナレーター)
かつては300人を超える子ども達の歓声で沸いた南富良野町『下金山小学校』の運動会
前の年より2人少ない全校児童9人の運動会になりました
それでも運動会は昔からずっと変わることなくこの下金山の一大イベント
お父さんやお母さんそして地域のお年寄りも参加してわずか9人の運動会を盛り上げます
たった1人の1年生川邉陽くん
徒競走の相手は教頭先生
陽くんのお兄ちゃん
3年生の川邉朗くん
そして2人の兄弟のお姉ちゃん
6年生の川邉れんちゃん
全校児童9人のうち3人が川邉兄弟
自分の子も孫も皆この地域を離れてしまい今は都会で暮らしている
そんなお年寄り達が子ども達のがんばりに大きな声援を送ります
川邉さん夫婦は長女のれんちゃんが小学校に入学するのをきっかけにあえてこの過疎が進む地域に移り住みました
愛媛県出身の由美さんは南富良野町の老人ホームの看護師として就職が決まっていました
その仕事が始まる直前に出かけた旅先のネパールで出会ったのが熊本県出身の聖一さん
この出会いから2人の交際が始まりました
周りを田んぼに囲まれた川邉さんの家
ここで農業をしていた人が手放した900坪の土地と築40年の家
都会では考えられない何と100万円を切る破格の値段です
聖一さんは家や家具などを作る職人
取り壊された家の廃材を燃やして沸かす「五右衛門風呂」はお父さんの手作り
お風呂ってただお風呂に入るだけでもしあわせでしょ?
お父さんが子ども達の夏休みを前に家からちょっと離れた所に小さな建物を作り始めました
材料は全て取り壊された建物に使われていた木材
作っているのは兄弟3人のための子ども部屋
1年生の陽くんお父さんの仕事に興味津々!
さぁ朝でございます。
5時半過ぎですかね。
もうあまりにも空気がおいしくて爽やかな気分でございます。
いいですねぇもう何か…はぁ〜っ。
あっあそこかな?
迎えてくれたのは3人兄弟のお姉ちゃんのれんちゃん
お父さんが3か月かけて作った子ども部屋が完成していました!
弟2人はまだ中で寝てるんだって
おはよう!朝だよ!私のこと知ってる?そうだよ!フフフっ!起きなよぉ〜!!ハハハハっ!!起きなさいよぉ〜!!ほらこのイモムシ2人!イモムシ坊主っ!起きなさい!アハハハっ!ここが子ども部屋なのね?はい。
何かスゴく手作り感があるんだけど。
はい。
そうだね!めちゃめちゃ木で作ってるよね。
ハハハハっ!何かさオシャレなカフェみたいじゃない?この机と椅子とか。
ハハハハっ!アハハハっ!!こうやってアハハハっ!!
お父さんが仕事の合間を縫って建ててくれた子ども部屋
そこにはお父さんのアイデアがいっぱい詰まっています
たとえばこの薪ストーブ
暖まるだけじゃなくってここで料理も作れます
休みの日には家族そろって子ども部屋で食事をすることもあるんだそう
お〜っ!カレーですか?
(由美さん)カレーです。
いい香り〜!
(聖一さん)はいお願いします。
あっトウモロコシも入ってる!いいですねぇ〜!やっぱり北海道の野菜ですか?
(由美さん)はいもう…。
使っている野菜はぜ〜んぶご近所の農家さんからのいただき物
収穫の時期は野菜には全く困らないんだそうです
いただきます。
(一同)いただきま〜す。
(由美さん)うんおいしいね。
(聖一さん)うん。
う〜ん!おいし〜い!!野菜の甘みがスゴイですね!そうもうたっぷり入れました。
トマトもたっぷり。
あぁ〜何かスゴイ!ちょっと思ってたより野菜のうま味が出ているのでビックリしました!あぁ〜うれしいです。
う〜ん!おいしい?あれどっちが答えた?陽が答えたのかな?朗どう?うわっジャガイモおいしい!やっぱり北海道!アルミホイルをほどいてもらって。
おぉ!丸焼きの。
ワイルドなんですけどもう手でいいですね!ガバッとはい。
うわぁ!!写るかな?見て〜!スゴ〜イ!CMみたい。
(由美さん)アハハハっ!
(由美さん)これ塩。
いただきます。
う〜ん!う〜ん!!おいしいよね?何かお家の中なのにキャンプみたいだアハハハっ!
(一同)アハハハっ!みんなはさ…。
「ふつう」か〜!アハハ!ホントに自慢の子ども部屋だね!へぇ〜!えっ0円で建てたんですか?はいそうです。
じゃあホントくぎ代とかそれぐらいで?スゴ〜イ!!なぜあの子ども部屋を作ろうと思われたんですか?あぁ〜うんうんうん。
…ちょっと難しいけどそういう風に。
だから…。
あっそうなんですか!最高ですね!!聖一さんは実際に住んでみてどうですか?お2人にとって「豊かさ」とは?あぁ〜「心の豊かさ」。
いいですね〜。
行ってまいりま〜す!アハハ「行ってまいりま〜す」。
じゃあ行ってらっしゃ〜いバイバ〜イ!行ってまいりま〜す!うわぁ〜最高の景色…。
たぶんあの子達にとってみればふつうの通学路なんでしょうけど私からするといいですねうらやましいというかステキです。
何かいつか私も自分の子どもをこういう風に送り出すのかな〜なんて思いましたし。
こういう環境で自分の子どもを育てたいなぁとも思うし。
(生野ナレーター)
南富良野町・幾寅
去年たくさんのファンに惜しまれつつ亡くなった高倉健さん主演の映画『鉄道員
(ぽっぽや)』のロケが行われたのはここ
撮影に使われた駅舎は今もそのままです
このマチに静岡県から移住した鳥羽光生さん
作っているのは完熟したミニトマトだけを使ったジュース
甘いだけじゃない!その豊かな味わいを「まるでカクテルのようだ」という人も
鳥羽さんはジュースを専門に作る職人…ではなくホントの仕事はミニトマトを育てる農家なのです
広〜いビニールハウスにびっしりと実をつけるのはジュースの原料に使うために格別な思いで育てたミニトマト
こんな真っ赤に熟すまで1日たりとも気は抜けません
そうですね…。
トマトを育てる「農業」は「1次産業」
トマトからジュースを作る「加工業」が「2次産業」
そのトマトジュースを「販売」するのが「3次産業」
このそれぞれを足して「1」と「2」と「3」で「6」
これを「6次産業」と呼び日本政府も奨励する「6次産業化」通称「ロクジカ」に今大きな期待が寄せられています
しかし「ロクジカ」の現実はたやすいものではありません
ジュース作りが始まるのは本業のミニトマトの収穫が終わってから
鳥羽さんの「ロクジカ」は日が暮れてから始まり深夜にまで及びます
そもそも鳥羽さんが静岡から北海道に来たのはアウトドアスポーツを思いっきり楽しみたかったから
カヌーさえできれば気分は絶好調!
それがまさか好きなカヌーもついつい忘れ夜遅くまでジュース作りに励むとは!
妻の美和さんもこれには驚きでした
1本に120個のミニトマトだけ
他には一切何も加えないこのジュース
鳥羽さんの「ロクジカ」への情熱的作業を支えるのは自分が育てたミニトマトに対する愛情そのものでした
栽培した作物を農家自らが加工し販売する「ロクジカ」
ここにもその「ロクジカ」にたどり着いた農家がありました
この地がまだ原生林に覆われていた100年ほど前兵庫県から移住し開拓のくわを下ろした1軒の農家
地元では古い歴史を持つこの農家もまた「ロクジカ」に乗り出していました
きっかけは毎年収穫の秋に目にしなければならないこの風景
出荷できるのは形が整った物だけ
割れても曲がっても小さなイボがあってもダメ
収穫したその4〜5割が捨てられるニンジン畑の現実
捨てられるニンジンたちを救いたかった!
しかしニンジンをしぼったままのジュースだとアルカリ成分が強いため常温ではすぐに傷んでしまうことがわかりました
そこで考えたのは…
冷凍することでしぼったニンジンが傷むことはなくなりましたがそのままだと独特の苦みが残りました
多田さん化学肥料に頼っていたニンジン栽培を根本から見直し10年かけて理想とするニンジンを作り上げました
メロンにも近い甘さを持つニンジンジュース
甘さは『ベータカロテン』が豊富に含まれる証し
ひとパックに捨てられるはずだったニンジン3本が入っています
『多田農園』が独自のニンジンジュースを始めたのは今から15年前
まだ「ロクジカ」という言葉すらなかった時代
農家自らが商品開発に乗り出すのにはこんな思いが込められていました
捨てられるはずだったニンジンがジュースとして生き返った!
「ロクジカ」は富良野で今さらなる広がりを見せています
牛舎として使われていた建物がこんなオシャレなカフェに!
今北海道で人気の「ある小麦」を使ったパンケーキを看板メニューにする店がオープンしました
ふちはややカリッとしながら真ん中はモッチリとした食感
小麦の甘さが何ともたまりません
♪〜
こちらのお2人が店のオーナー夫婦
♪〜
実に30年以上♪〜『東京交響楽団』のメンバーとして活躍
♪〜
オーケストラを退団後この富良野に移住して♪〜「第二の人生」を去年春スタートさせました
実は直樹さん生まれたのはこの富良野
しかし父親の転勤で暮らしていたのは4歳まで
生まれも育ちも東京という妻の睦さんを説得して実に53年ぶりのUターン移住を決意したのには訳がありました
移住の理由はもうひとつそれはこの小麦
北海道でもごくわずかしか作られていない貴重な小麦の存在を知った宮本さん
その小麦の味にほれました!
宮本さんが出会ったのは北海道にしかない小麦の品種『ハルユタカ』
特徴はモッチリとした粘りと強い甘み
実はこの『ハルユタカ』なかなか手に入らないため「幻の小麦」ともいわれているのです
富良野広しといえども栽培する農家はわずか1軒
地元で100年以上続く農家の四代目春名正義さんも『ハルユタカ』で焼いたパンを口にしてその魅力を確信しました
しかしそのおいしさを誰もが認めるものの栽培しようという農家は増えません
致命的な欠点が「幻の小麦『ハルユタカ』」にはあったのです
この草のように伸びるのは収穫を目前にした『ハルユタカ』から出た新芽
こうなるともう商品にはならないので『ハルユタカ』の収穫量は少なく他の品種の7割にも満たない
『ハルユタカ』を作ろうという農家が増えない理由です
それでも『ハルユタカ』を求める声は増える一方
北海道民なら誰もが認めるその味!
『ハルユタカ』でパンを焼いても…
うどんを打っても…
口に広がる感動的な甘み
そこに『ハルユタカ』の魅力がありました
春名さんこの小麦を使った商品開発に乗り出しました
日本でただひとつ『ハルユタカ』専用の加工ラインを持つ製粉会社に依頼
春名さんが製品化させたのは『ハルユタカ』100パーセントの麺
出来上がったこれらの商品
小麦農家が生産・加工・販売までを手がけるこれが春名さんが挑む「ロクジカ」のカタチ
この生パスタにほれ込んだ宮本さん
『ハルユタカ』の存在はここ富良野に来た理由のひとつでもあったのです
地元の農家が心を込めて作った食材の持ち味を生かした料理を提供したい
ふるさとの富良野が育んだおいしさをたくさんの人に知っていただきたい
それが宮本さん夫婦の「第二の人生」
突然虹が出ました!スゴ〜イ!!こんなにハッキリと虹を最初から最後まで見たの初めてかもしれません!きれ〜い!!
(ベッキーナレーター)
元給食のおばちゃんが始めた小さな宿が美瑛にありました!
あぁ〜ここか〜!『給食室』…いい名前〜!スゴくかわいいステキ〜!あっこんにちは〜!
(女性)あらっ!ようこそ〜。
どうもこんにちはベッキーです〜!あっどうぞ〜。
いいですか?開けちゃって。
ここから上がってください。
あっここからいいんですか?はい大丈夫ですよ〜。
ベッキーですよろしくお願いいたします。
あっよろしく〜!ようこそどうぞ。
お邪魔しま〜す。
おん年66歳山下さんは定年退職後毎年5月からの半年間をこの美瑛で過ごしています
自宅のある三重県から期間限定でやって来て営む小さな宿は山下さんの人柄と料理が評判を呼びあっという間に人気の宿に!
こんな移住のカタチもあるんです
使う食材は地元でとれた物であることはもちろんその中でも食べて「おいしい」と思った物しか使いません!
山下さんは小学校の給食センターに25年以上勤めた給食のおばちゃん
『給食室』という名前もそこから頂きました
長いことね給食の調理員やっていたものですからね。
あぁ〜。
やっぱり誰かのためにお料理を作るっていうのがお好きなんですかね?う〜ん。
そうですね!今ねジャガイモがおいしいからねはい。
ジャガイモのハンバーグなんですよ。
えっ?ジャガイモが入っているんですか?えぇでホタテがおいしいでしょう?ホタテのお出汁が出るから。
へぇ〜!!
山下さん料理の手をいったん止めました
「もぎたてがいちばんおいしい」と向かったのは農家さん
あっこんにちは〜!
(白木さん)こんにちは〜。
あいよ!きれいです!ツヤツヤ〜!
(山下さん)おいしいのよ!大きい!いつもトマトはこうやってとりに来るんですか?
(白木さん)うんそう…。
へぇ〜!!あっいい!もうそれがステキです!楽しみ〜!
帰り道…「どうしても見せたい景色がある」ととっておきの場所へ連れていってくれました!
ベッキーちゃん私のねはい。
おばちゃんの大好きなね景色なんですよ〜!はい。
見ていいですか?もうちょっと!この辺の方がよく見えるかな?ホントに?はい。
この辺だときれいかな〜!緑がきれ〜い。
じゃあ見ます!3・2・1…うわぁ〜!!はい!美瑛のマチがね一望できるでしょ?うわっスゴ〜イ!!もう全部山が見えるのよここね。
ホントにきれい!ホントにきれい!!これはステキ〜!!うん。
大好きな場所なんですよ。
スッゴクステキです!!スッゴクステキ!!私も大好きですここ!!スッゴクステキ!あぁ良かった良かった!そうですね。
登山が趣味だった山下さん
とりわけ北海道の山は大きな憧れでした
三重県から何度もやって来るうちに美瑛の魅力にすっかりハマっちゃいました
退職を機にここに移り住んだのもこんな風景を毎日のように眺めながら「第二の人生」を過ごしたい…そんな気持ちからでした
(鳥たちのさえずり)
もうすぐ『給食室』の晩ご飯!
えっ?カレー味の肉じゃが!?あっそうですか!あれ?肉じゃが砂糖としょうゆとお酒だけ?お酒だけ。
へぇ〜。
そっか〜入れる必要がないんだ。
はいどうぞ〜召し上がってくださ〜い!は〜い。
わぁ〜おいしそ〜う!!どうぞ〜!いただきま〜す!!豪華な!豪華な夜ご飯。
いやいや…フフフ。
生まれて初めて食べるカレー味の肉じゃが!
おぉほほほ…。
新ジャガだからね。
ほほほ…。
フフフ…タマネギもね時期だからね。
おいし〜い!!うん。
おいしいです〜!!野菜の甘みがスゴイですね!ぜいたく!ハンバーグ!はいどうぞ〜。
こんなホタテが入っているなんて。
ホタテが入ってジャガイモも入っているんです。
えぇ〜。
こっちのジャガイモはね『キタアカリ』っていう。
んっ!!う〜ん!んっ!!ジャガイモも入ってた!!そう!フフフ。
やわらか〜い!!おいし〜い!!えぇ。
農家の白木さんから分けてもらった完熟とれたてのトマトは丸ごとのサラダに!
白木さんの所のトマト。
あっそうか!うん!!爽やかでおいしいです!
一度食べたら誰もがその味と人柄に優しく包み込まれてゆく
これが旅人を温かくもてなす山下さんの「給食」です
初めて会う方々もここで何かそう。
仲良くなったりとかして…。
いただきます!
(一同)いただきます!!
作った料理を食べて喜んでくれるのを見るのが小学校の給食室で働いていたころからの山下さんの生きがい
もうね宿をやって6年たちますけど随分お手紙頂きました。
えぇ〜たくさん!!「「お帰り」と言ってもらうのを楽しみに暮らしています」って。
うわぁ〜うれしい!!うれし〜い。
そうですかぁ〜。
「宝物」ですねぇ〜!はい。
(生野ナレーター)
段ボール箱を抱えて富良野市内のホテルに入っていく1人の男性
宿泊客を迎えるロビーの壁に描かれたイラストも彼の手によるもの
イラストレーターの川崎ごうさん
大阪から移住して5年がたちました
川崎さんは今ホテルのリニューアルに関わっています
79ある客室に飾る色紙に富良野で暮らして初めて感じることができた気持ちをつづりました
(女性)あっスゴ〜イ!ごうさん…スゴ〜イ!!「しあわせ」とか「豊かさ」を決めるのは自分なんですよね。
都会には都会の素晴らしさがあると思うんです。
ただここ富良野には富良野ならではの良さがあったりだとか都会にはない良さがあったりすると思うので「こういう人生もいいな」ってホントに思いました。
まぁ「豊かさ」っていうのはホントにお金をかけなくてもすぐそばにあったりするんだな〜ということをスゴく皆さんの日常を見ていて感じました。
そこの時間に私は憧れを抱きました。
富良野・美瑛に移り住んだ15人のストーリー
ここは彼らにとっての「しあわせの大地」
(ベッキーナレーター)
廃屋をよみがえらせる古民家再生のプロ
宮崎県から移住した「大工の又さん」こと柿本又一さん
この中富良野で出会って結婚した陽子さんとの間に生まれた双子の勇輝くんと元輝くん
2人にとってはここが生まれ育ったふるさとです
そしてまた…ここに新たな人生が始まろうとしています
大阪から移住したイラストレーターの川崎ごうさんが結婚することになりました
お相手は又さんと古民家を再生し手作りパンのカフェを始めた3人の女性の1人埼玉県出身の岸野伶美さん
ここに来るまで人生の目標を見つけられずにいた22歳の女性が手に入れた新しい人生
もうすぐ2人の間に赤ちゃんが生まれます
2015/02/08(日) 15:30〜16:54
MBS毎日放送
しあわせの大地 富良野・美瑛に移住した15人のストーリー[字]

都会の便利さと引きかえに、手に入れた「しあわせ」とは何か?人口の約1割が移住者といわれる、北海道の富良野・美瑛をベッキーが訪れ、その答えをさがす。北海道放送制作

詳細情報
番組内容
築50年の古民家を自分の手で再生させ「いやしのカフェ」を作ったのは、東京でエステサロンを経営していた女性。三重から移住し「給食室」という名の旅人宿を始めた、元“給食のおばちゃん”。全校児童9人という小学校がある過疎地に移り住んだ家族。新聞記者を辞め、農業を始めた男性…。おもに都会から移住し、見つけた「しあわせ」とはいったい何か?ベッキーがその答えを探す。移住者15人のストーリーに見つけたものとは?
出演者
ナビゲーター:ベッキー
ナレーター:生野文治
制作
◇番組HP
http://www.hbc.co.jp/tv/info/happy/index.html

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 自然・動物・環境
情報/ワイドショー – 暮らし・住まい
福祉 – 文字(字幕)

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
サンプリングレート : 48kHz

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