美の巨人たち 酒井抱一『風神雷神図屏風』 2015.02.07


江戸時代実に信じがたい芸術がありました。
100年もの時をへだてながらも脈々と継承された琳派という系譜です。
最初の絵師は俵屋宗達といいます。
それを受け継いだ絵師尾形光琳。
そして酒井抱一。
彼らはお互い面識がないばかりか生きた時代すらかけ離れていました。
それでもなぜ琳派と呼ばれたのか?それはある神々の模写によってつながっていたからです。
宗達の絵を光琳が。
そして光琳の絵を抱一が。
これらは単なる模写にすぎないと長く語られてきました。
しかし近年ただの模写でないことがわかってきたのです。
なかでもその謎を解くカギになる作品が出光美術館の倉庫に大切に保管されています。
今回特別にお披露目していただくことに…。
今日の作品…。
天かける神々。
金箔地が作る宇宙に浮かぶかのようです。
右には風を操る風袋を担ぎ軽快に黒雲に乗る風神。
左には雷太鼓を背負い力強くふんばる雷神。
風神は緑青の緑。
雷神は胡粉の白。
強烈な色彩が見る者の目に迫ってきます。
黒雲の描き方は琳派の特徴の1つ。
墨が乾かないうちに別の墨をたらしにじませるたらし込みの技法で描かれています。
恐ろしいながらもどこかユーモラス。
そして雅な世界に浮かび上がる神々しさ。
酒井抱一は異色の絵師でした。
兄は播磨姫路藩の藩主。
15万石の名門大名の弟が抱一でした。
江戸の町で生涯を過ごした抱一が最も愛した場所は将軍の住まうお城ではなく正反対にあった吉原遊郭。
実は当時吉原の大店といえば大名や文化人が集まり粋を競ったいわばサロン。
抱一は20代のころには常連でした。
尻焼猿人という俳名で俳句をこなし狩野派の絵画や中国南画やまと絵など古今東西の絵画を研究し肉筆浮世絵でも才能を見せました。
丹念な装飾柄に華やかな彩色。
そんな世界で20年。
抱一は神々が踊る光琳の絵に出会うのです。
さて今日の案内役は…。
へえここか。
占いの部屋?うわ〜。
ここの占いってよく当たるって聞いたんだけど。
ようこそUSTIOHの占い部屋へ。
さあなんなりと占ってさしあげましょう。
どうも。
あのバレンタインデーに告白したいんですけどうまくいくかどうか自信がなくって。
占ってもらえませんか?まあそれって恋占いね。
まず質問からさせていただくわね。
入り口の扉からここに来るまでの間に風神雷神の絵は何枚あったかしら?あっ金色の絵ね。
たしか2枚?ブ〜!残念注意不足。
ここにあるのも含めて3枚でした。
ではこの3枚どこが違った?えみんな同じ絵でしょ。
金色の紙の上に2人が向き合ってて。
ブッブーこれまた残念。
違いもわからないなんてあなた幸運を見つけるのも下手でしょ。
なかなか恋の成就までには時間がかかるわね。
え〜そんな。
どこが違うの?私の恋はもうダメ?なんとかなりませんか?そうね…ちょっとどうなの?う〜んと。
あ他のことも占ってあげようか?そしたら運気がいい方向に回りだすかも。
ありがとうございます。
よろしくお願いします。
京都蓮華王院。
三十三間堂の千体千手観音。
その観音様をお守りするようにまつられているのが風神と雷神。
千手観音の眷属つまり部下として仏典に登場します。
「北野天神絵巻」では菅原道真の化身として真っ赤な姿で描かれた雷神。
これら京都文化をもとに俵屋宗達の『風神雷神図屏風』は生まれました。
恐ろしい神々の姿に同居する神々しさと雅。
本来なら赤く描かれる雷神を白い肌に描いたのは京の都の粋人宗達ならではの色彩感覚と言われています。
渦巻く雲は琳派の伝統ともいえるたらし込みです。
金地に黒雲に乗った風神と雷神だけという大胆な構図。
この絵がすべての始まりでした。
宗達が描いて80年この絵に魅せられた尾形光琳が模写します。
宗達では枠からはみ出している太鼓をきれいに描きこんだ以外はほぼそっくり。
そしてその100年後この光琳の屏風と抱一が出会い描かれたのが今日の作品。
もちろん皆そっくりですがどこかが違うのです。
あなたにはわかりますか?実はそこに歴史をこえてつながる琳派の秘密が。
おや今度はカード占いですか。
さてこの3組の絵のなかでいちばん違うと感じたのはどれかな?え〜っとあっこれ衣装とかに金色の縁取りがしてあってきれいじゃない?お〜なかなかセンスいいかも。
抱一を選んだわね。
意外といいところに目をつけた。
この抱一に目がいくということはリスペクトの目があるってこと。
リスペクト…尊敬?そう相手から尊敬されるとか憧れられるとか大事なことよ。
1797年姫路藩主は抱一の兄の子からその弟へと代替わりの準備が始まります。
それは酒井家の隠居同然だった抱一の扱いが変わることをも意味していました。
出家抱一は酒井家の表舞台からおろされたのです。
抱一にとっては武家社会のしがらみからの解放。
好きな絵に没頭できる身分にほかなりませんでした。
その頃抱一が虜になったのが京都から伝わってきた光琳の絵です。
なぜ惹かれたのでしょうか?琳派特に抱一研究の第一人者玉蟲教授によると…。
1815年抱一は根岸にあった自らの庵雨華庵で光琳の百回忌の法要を催します。
このとき「光琳百図」を刊行。
江戸の武家や大商人が所蔵していた光琳の作品を探して100点を選び抱一自らスケッチした作品集です。
この仕事を通して光琳の画風を深く学んだ抱一はやがて光琳の大胆で自由な世界にはまり込み同じモチーフで本画にも挑みます。
こうして光琳の美の世界を我がものにしていきました。
そんな光琳熱を知ったのか11代将軍家斉の父一橋治濟からある屏風の裏に絵を描いてほしいと依頼されたのです。
そのとき描いたのが…。
雨に打たれしおれる夏の草花。
風に吹かれなびく秋草。
それは表に描かれたものへのリスペクトでした。
その絵こそ光琳の『風神雷神図屏風』。
風の秋草の表は風神。
雨の夏草の表には雷神が描かれていたのです。
抱一と光琳の「風神雷神図」との運命的な出会い。
一橋公の許しを得て早速模写を始めます。
ただ抱一は江戸育ち。
この絵が宗達の模写だったということは知らなかったと言われています。
しかし光琳をリスペクトしその絵を取り入れることで琳派の系譜が生まれたのです。
それでは琳派三巨人の「風神雷神」を改めて比べてみましょう。
光琳の模写の徹底ぶりは宗達の作品と重ねてみればよくわかります。
顔や上半身の輪郭線がほぼ一致するのです。
一方抱一と光琳を重ね合わせるとサイズ顔の表情がかなり違います。
ではちょっと近づいてみましょう。
天をつく毛髪。
宗達は細い線で無造作に豪快に。
光琳は1本1本くっきりと墨と金泥で絡み合うように描きデザイン化しています。
そして抱一は墨と金泥の線をより緻密に。
単なる模写ではないこれが琳派の個性あるリスペクト。
それは雲の描き方にも。
宗達のはまるで神々のあとを追いかけ沸き立ってくるかのように見えます。
光琳のは神々の周りをずっしりと取り巻きいかにも雨雲。
雷雨や暴風を巻き起こすかのように見えます。
抱一の雲はというと風神をご覧ください。
その風袋から噴き出した風を受け雲が激しく下へ吹き流されていきます。
自然の描写に優れた抱一ならではの雲です。
更に抱一は光琳に比べ輪郭や衣の縁取りのきらびやかさをより強調しています。
そこには抱一ならではの熱狂的なリスペクトがあったといいます。
心の師とあおいでも手に手をとって教わることはできません。
今はこの世にいないその人の技を学ぶには先達の作品を写すことが唯一無二の方法。
こうして受け継がれたのが琳派の心でした。
それはただの模写ではありません。
今を生きる絵師にしか描けない一枚。
そして抱一は更に新たな江戸のエッセンスを織り交ぜていました。
これが宗達これが光琳。
これが抱一。
さて次は三組の顔。
同じ風神と雷神だけどどこが違うと思う?えっと…。
何だか光琳抱一へだんだん顔が崩れていってるような?だいたい抱一の雷神って口がヘラヘラしちゃって漫画みたいですね。
あかんがなわかってないな。
じっと見てみ?アイやでアイアイ!愛が足りないの?ちょちょっと待って絶対見つける。
今度は顔を見てみましょう。
実はそれぞれ特徴的な目をしているのです。
宗達の風神雷神。
特に風神の目はどこを見ているかはっきりしない。
というより八方にらみ。
つまりどちらの方角もにらみつけています。
光琳はというと風神の瞳をやや左下に描きました。
それによって風神と雷神の視線はまるで上から見下ろすかのようです。
そして抱一は…。
実はその視線にこそ抱一の愛したものが隠されていたのです。
それはいったい何?千年の都京都に比べ新興都市江戸は急成長していました。
抱一の時代生き生きとした町人の力が増していたのです。
そんな時代に生まれたのが今日の作品酒井抱一の京都生まれの琳派の先達の作品に比べどこかひょうひょうとして軽妙です。
この違いはどこからきたのでしょうか。
宗達の風神の視線は八方にらみ。
光琳の風神雷神は上から目線。
では抱一のは?光琳に比べ雷神の位置を少し高くし風神の視線と雷神の視線をはっきりと向き合わせているのです。
まるで2人で何かを企んでいるかのような視線。
当時庶民文化華やかな江戸で発行されていた黄表紙にこんな絵が。
一見町人の会合ですがよく見ると角が生えた雷神の旦那に風袋を背負った風神がいます。
江戸庶民にとって風神と雷神は親しみ深いキャラクターだったのです。
宗達の風神雷神には人知を超えた天上の世界の神々しさがあります。
光琳の神々は宗達を正確に模写しながら洗練されたデザイン性で美を表現。
抱一は江戸の町人たちに愛されるコミカルな守護神としてより人間味のある姿。
江戸の庶民感覚で描き軽みやひょうきんさを感じさせます。
時代に合わせた継承それこそが琳派を他に類のない独特の芸術へと発展させていったのです。
なるほど。
そっくりのようで全然違うんだ。
そこに気がつく細かい配慮が幸運を呼ぶ近道ということね。
よ〜し彼の心にじっくり近づいちゃおう!ありがとうございました。
頑張ってね!ってちょっと待て。
お代がまだよ。
はいこれ請求書。
えっ?こんなに?これじゃデートにも行けないじゃない。
ツイてない。
はいバイバイね。
じっくりと見つめそこに潜む個性を見つけてください。
そこから運命が開けるかもしれません。
江戸庶民が愛した楽しげな神の姿です。
酒井抱一作『風神雷神図屏風』。
模写でありながら模写を超えた琳派の情熱。
(サイレン)2015/02/07(土) 22:00〜22:30
テレビ大阪1
美の巨人たち 酒井抱一『風神雷神図屏風』[字]

毎回一つの作品にスポットを当て、そこに秘められたドラマや謎を探る美術エンターテインメント番組。今日の1枚は、琳派の異色の絵師、酒井抱一作『風神雷神図屏風』。

詳細情報
番組内容
今日の1枚は、江戸琳派の絵師、酒井抱一作『風神雷神図屏風』。天翔る風神・雷神を見事な色彩対比で描き出します。黒雲は、金泥と琳派の特徴的な技法のひとつ、墨によるたらし込みが用いられ、強烈な色彩感覚が雅さ、神々しさを与えています。実は同じ構図の絵を100年前に尾形光琳が…さらに100年前には琳派初期の中心人物・俵屋宗達が描いていました。なぜ100年をあけ描かれたのか?
番組内容のつづき
そこに秘められた琳派三巨人の継承の系譜、リスペクトの証とは?
ナレーター
小林薫
音楽
<オープニング・テーマ曲>
「The Beauty of The Earth」
作曲:陳光榮(チャン・クォン・ウィン)
唄:ジョエル・タン

<エンディング・テーマ曲>
「India Goose」
中島みゆき
ホームページ

http://www.tv-tokyo.co.jp/kyojin/

お知らせ
来週の「美の巨人たち」はお休みです。
次回は2月21日(土)≪4週連続・世界の駅シリーズ「アントワープ中央駅(ベルギー)」≫をお送りします。

ジャンル :
趣味/教育 – 音楽・美術・工芸
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
サンプリングレート : 48kHz

OriginalNetworkID:32118(0x7D76)
TransportStreamID:32118(0x7D76)
ServiceID:41008(0xA030)
EventID:33622(0x8356)

カテゴリー: 未分類 | 投稿日: | 投稿者: