第95回日本消化器病学会総会ランチョンセミナー |
昭和大学病院 腫瘍内科 准教授 佐藤 温先生 |
高齢者の癌患者はますます増加する |
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現在、日本の死因のトップは悪性新生物、癌である。死亡原因全体の34.1%、つまり3人に1人が癌で命を落としていることになる(図1)。平成18年に日本の将来推計人口が報告された。それによると、2005年を境に日本の総人口は減少し、高齢者の割合は増加していくと予想されている。つまり、日本の将来は、老年人口が増え、年少人口が減り、生産年齢人口が減っていくということである(図2)。そして、今後、高齢者の癌患者が増加すると推定される。高齢者癌患者の医療はさらに重要性を増すことになる。
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高齢者の特性 |
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高齢者は、肺、肝臓、腎臓といった主要臓器の機能が少し低下していく身体面の特性がある(図3)。主要排泄臓器の機能の低下により、薬物血中濃度が上昇し、薬物の有害反応が起こりやすくなる。たとえば、腎臓の機能低下で、クレアチニンクリアランスは70代で20歳の3分の2まで低下する。骨髄も脂肪組織に置き換わり、骨髄毒性が起こりやすくなる。また、代謝機能の低下で、脂肪組織が増加する。そしてそこに脂溶性の抗癌剤が蓄積されると、急激な重篤な副作用が起こってくる可能性がでてくる。さらに高齢者は栄養不良の患者やperformance status(PS)の低下した患者が多く、こういった患者は予後に悪い影響がでやすい。また、活動量の低下や身体的機能の低下が精神的な面に及んでくる。 次に、社会・心理的な側面から高齢者の特性を示す(図4)。高齢者は人生の終焉に近いという特殊な状況に置かれている。長く生きることで、周囲の人たちや家族を亡くすという種々の喪失体験を経験しており、そのため不安やうつの傾向が強い。また、社会的基盤の変化、あるいは家族内、配偶者、子どもたちとの関係が良好かどうかといったことも、大きく影響する。生や死に対する価値観が若壮年者と若干異なるのである。
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臨床現場における高齢者胃癌治療の現状 |
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1999年に胃癌治療を積極的に行っている297施設を対象に行われた日本胃癌学会標準治療検討委員会のアンケート調査において、「75歳以上の手術不能進行胃癌症例に化学療法を行いますか」という問いに対して、『はい』という施設が58.2%、 『いいえ』という施設が41.8%であった。しかし、4年後に行われた同様のアンケート調査では、『はい』が65%に増え、『いいえ』が35%に減っており、明らかに、高齢者胃癌に対して施行される化学療法が増えていることが分かる(図5)。『はい』と答えた施設に、どういうレジメを施行しているのかを質問したところ、TS-1が51.9%と半分を占めていた(図6)。これは、TS-1が単剤で高い奏効率を示すとともに、副作用も少なく、毒性が低い薬剤であることから、継続性が高いことが理由であると思われる。
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高齢者胃癌に対して、TS-1は有用 |
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高齢者胃癌に対して、TS-1の有用性を示すために、東京がん化学療法研究会(TCOG)で行われた多施設共同研究『高齢者胃癌に対するTS-1単独療法の第II相試験』の結果を示す。本研究は2009年のASCO GIで報告した。 目的は、75歳以上高齢者の切除不能進行・再発胃癌に対するTS-1の臨床効果と安全性についての検討である。主要評価項目は、抗腫瘍効果、副次的評価項目は治療成功期間、生存期間、安全性とした。投与スケジュールは、TS-1を4週間投与、2週休薬の42日間を1コースとし、PDになるまで繰り返した。TS-1の初回投与量は通常、体表面積で決定するが、高齢者ではクレアチニンクリアランスの低い症例ほど有害事象を起こしやすいので、本試験では、クレアチニンクリアランスを考慮した。(図7)。 患者背景は図8の通りで、体表面積1.25m2未満の症例が3割近くであった。これは高齢者の特徴であるといえる。 抗腫瘍効果は、CRの1例を含む、奏効率21.2%(7/33例)であった。病勢コントロール率 (disease control rate)は、60.6%(20/33例)の症例がNC以上で、コントロールされていることを示した。 全生存期間(Overall Survival ;OS)は、中央値が15.7カ月、1年生存率は61.7%、2年生存率は26.2%であった(図9)。 主な副作用は、好中球減少(3.3%)、貧血(9.1%)、食欲不振(12.1%)、悪心(6.1%)、嘔吐(3.0%)、疲労(6.1%)であった。本試験の副作用とTS-1使用成績調査の副作用とを比較すると、骨髄抑制は高齢者のほうが若干高く出た(図10)。 高齢者と若年者との薬物動態を比較したところ、 TmaxはCDHPとOxoが若干延びている傾向がみられたが、ほぼ同等であった(図11)。 以上の結果より、腎機能をチェックしながら治療を行えば、高齢者だからといってTS-1を減量する必要はない。また、75歳以上の高齢者胃癌患者に対して、必ずしもシスプラチンを併用しなくても、腎機能を考慮したTS-1単独療法で十分な有用性が得られることが認められた。
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コンプライアンスからアドヒアランス(能動的服薬履行)へ |
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TS-1のような経口抗癌剤はコンプライアンスが問題となる。TS-1服薬コンプライアンス別の生存期間でも、計画投与量に対して実投与量が90%以上、70〜90%、70%未満で比較すると、70%以上の投与が可能であった症例において予後が良好であったという報告もある。 コンプライアンスは、もともと法律を遵守するという意味で、医療現場では医師が治療方針を決定するが、その治療方針を患者に守ってもらえるかというように、一方通行の意味合いがある。つまり抗癌剤治療に関して患者は受動的な参画である。これに対して最近アドヒアランスという言葉がよく用いられるようになってきた。医師と患者は信頼をもとにして、相互関係を結び、相互関係から、患者が能動的に治療を受けるという意味合いである(図12)。WHOの定義では「患者が主体となり自分自身の病態を理解し医師の推奨する方法に同意し、服薬、食事療法、そして生活習慣の改善を行うこと」とされている。 アドヒアランス向上の妨げになる因子はさまざまなものが考えられる。治療内容に関しては、薬物の効果が不十分、効果発現が遅い、副作用が強い、服薬量や服薬回数が多いなどである。また、患者側の要因としては、疾患や治療に対する理解が不十分、心理的な要因あるいは非心理的な要因、多忙や不規則な生活も関与する。医師側の要因としては、インフォームドコンセントが不足している。薬物治療に対する知識、自信がないことから、信頼関係が築けない場合もある。また患者の感情面、生活の質に無関心というのも良くないと思われる(図13)。
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アドヒアランス向上には製剤的工夫も大事 |
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近年、経口抗癌剤のアドヒアランス向上策がいろいろ行われてきた。治療効果増強によるアドヒアランス向上策としては、5-FUがFT、UFT、TS-1というかたちで進歩していき、現在奏効率、副作用の面からもよくコントロールされるようになってきた。また、UFTはbiochemical modulationとしてUFT+LV(ユーゼル)というかたちで効果増強が図られている。副作用軽減の面からみると、UFTカプセルはUFT E顆粒という腸溶製剤が出ている。これは上部消化器症状の軽減を目指したものである(図14)。また、剤型開発も進んでおり、ロイコボリンの小型化やTS-1に顆粒が追加されている(図15)。高齢者にはカプセルが飲みづらいという患者もいるので、顆粒製剤もひとつの候補になると思われる。
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高齢者でも化学療法は十分に効果が期待できる |
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高齢者に対する治療は、高齢者特有の背景因子を理解したうえで、行わなければならない。高齢者胃癌に対する化学療法は、生物学的年齢が適応を満たしていれば、高齢者と若年者とで生存期間に差はみられない。つまり、適格症例であれば高齢者でも化学療法は十分に効果が期待できるのである。したがって、化学療法施行前に生物学的年齢を把握しておくことが重要となるが、高齢者は個人差が大きく、暦年齢と生物学的年齢の格差が生じるなどという背景がある。生物学的年齢が人によって差があるのだということを理解し、さまざまな側面から判断しなければならない。現在、一般化されている評価方法はまだないが、今後、評価方法が確実となれば、より化学療法に適している適格症例が判別でき、個別化治療がさらに進むと思われる。 高齢者消化器癌の化学療法のあり方は十分な検討がなされていないのが現状である。しかし、臨床現場ではそれに対応していかなければいけない現実が目の前に迫っている。現実的には高齢者に即した製剤選択を行うなどの工夫をしながら、高齢者の化学療法に関して有効な治療方法でプロスペクティブなスタディを組み、検討を重ねていかなければならない。 |
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