徹子の部屋 美輪明宏 2015.02.05


加藤貞男代表幹事が「今こそ関西が立ち上がり果敢に挑戦するべきである」と挨拶しました。
今年のテーマは、「持続的な成長への挑戦」東京一極に集中するのではなく、関西が持つ強みを発揮して、より元気になるための方策を2日にわたって探ります。
(黒柳)『徹子の部屋』…。
さて40年目突入ウイークの4日目のお客様は39年前においでくだすった時にはこのような感じでいらっしゃいました。
美輪明宏さん今日のお客様でいらっしゃいます。
よろしく。
どうもどうも。
お手柔らかに。
とんでもございません。
50年以上の…もっとかもしれないお付き合いでございます。
また今日も一層お奇麗な。
どうもよろしくお願いいたします。
ありがとうございます。
美輪明宏さん。
色んなお話をしてくださる方で。
この前『紅白』にもお出になった方でいらっしゃいますが。
そのことについてもまた色々伺いますけど。
何といっても40年目突入いたしましたんで最初の方にだけちょっと色紙に何かお言葉をお書きいただきたいと係の者がお願いいたしまして…係の者が。
書いてきてくださったんですか?はい書きました。
恐れ入ります。
何ですか?あら。
「黒柳様」っていって。
あら!私の心境をということなんで…。
「風の吹くまま波のまにまにゆらりゆるりと参りましょう」まあようございますわね。
お上手。
字なんかお習いになったことあるの?いいえ。
もうそれは小学校中学校は昔はほら習字屋さんっていうのがあってそこへ習字…寺子屋みたいなとこがあって習字習いに…。
障子?ええ。
障子屋さんに?お習字。
お習字ね。
あっお習字ね。
習字屋さんって。
障子…習字屋さん。
障子じゃない。
障子屋さんで習ってたのかなと思った。
長崎はそうかなと思ってね。
そうそうそうです。
でも上手。
「風の吹くまま波のまにまにゆらりゆるりと参りましょう」随分の心境ですねこれね。
もうだってね80になればね頑張らなくたっていいんじゃないかしらって。
私もねこの頃全然…そういう心境ですよ。
あなたは昔からそうじゃない?よくおわかりね。
私昔からそうですよね割と。
昔からそうよ。
あっそう。
すごい。
それわかっていただけるとねうれしいと思いますよ。
チャックの時代からそうでしょ?そう。
初めからなんかね。
このまんま来たらこのまんまで来たっていう感じですね。
小林先生の時代からそうだったんじゃない?驚いたんですよ皆さん。
『窓ぎわのトットちゃん』の私が一番好きだった小林…小学校のですよ。
宗作校長先生に美輪さんは後年…。
リトミックをね。
リトミックを国立音大で?そうそうそう。
お習いになったんですって。
だから小林先生ご存じよね?そうそう。
小林先生とお話しした感じは…。
だから小林先生が「あなたねいまに偉大な芸術家になるよ」って仰ってくだすったの。
本当に?すごい力づけになったでしょう?そうそうそう。
私はね「君は本当はいい子だよ」って何回も言ってくださったんですよ。
私はいい子なんだと思ってたんだけど「君は本当はいい子なんだよ」って「本当は」が入ってたんですけどちょっと気がつかなかったの。
だから変わり者がお好きだったのねきっと。
そうだ。
ハハハ…。
私相当変わってます。
小学校1年退学になってそこへ入ったんですからね。
さてだからそういうことではとっても同志のような感じがいたします。
小林先生にお習いになったっていうことで。
さて『紅白歌合戦』にお出になって今年はいかが…。
『愛の讃歌』をお歌いになったの。
はいはい。
おかげさまでね。
あなた目の前にいらしたじゃない。
そう。
私今年審査員…あっ…去年ね。
審査員で出させていただきました。
審査員の席から見たの初めてだったんで面白かったですよ。
司会者の時はいつも上から見てるわけじゃない。
でも下からこういうふうに…ほうほうほうって見られてね非常に面白かったです。
あっそうですか。
私ね何がおかしいって係の担当の者が美輪さんの『愛の讃歌』を聴いた反響っていうのを見たらばですねなんたって動物がすごい…動物がですよものすごいね反応をしたっていうのがダーッと…本当に出てるの私見たんですよその…。
Twitter?うんTwitterみたいなのね。
「美輪さんが歌いだしたら犬がずっと歌っていた」「ほえていた」っていうのがあるのね。
そういうのいっぱいあったんですけど。
「ハムスターが回し車の動きを止めて聴き入っていた」それからね「去年一番驚いたことは美輪さんの歌い始めで猫が一緒に歌い始めた」。
それから「黒猫がずっとおびえていた」。
それから「猫がテレビの画面で猫パンチやっていた」。
そういうのが他にもたくさんあったんですよ。
動物の感想よりもねそういった…人間の感想よりも動物の感想が多かったの。
どうしてでしょうね?おわかりになる?いやー動物っていうのはね不思議なの。
私がねグアム島へ行った時もお客様がね門から入ってそれでお帰りになるまでずっとほえ続けるっていって近所で有名な犬がいたの。
その時にも私が行った時に尻尾振っててうんとおとなしくて帰るまでひと言もほえなかったの。
あら!でそして近所のね外国人の人なんかがもうびっくりしていらしたみたい。
「あの人は何だ?」…。
そういうことってねしょっちゅうあるんですよ。
あっそうなの。
じゃあ別に驚かない?だから私は驚かないしああまたかっていう感じでね。
あっそう。
そういう不思議な現象っていっぱいあるじゃないですか。
でもさ他の歌の時はそうじゃないのに『愛の讃歌』の時にそうなるのってすごく面白いよね。
うーん何かね。
それで一昨年までは藤山一郎さんが『紅白』では最年長っていってらしたんですけど今現在記録としては最年長なんですって?『紅白』。
フフフッ。
もう年はどうでもいいんですよ。
数字にすぎないもの。
数字ね。
だけど面白いじゃない。
一番ね最年長ってね。
でも面白いっていうふうには思います。
タモリさんと私が最初並んでねいきなりポンッと映った時にタモリさんが「いやー黒柳さん31年前に僕たちもやりましたね」っていうふうに台本に書いてあったんだけどタモリさん台本読んでなかったらしくていきなりポンッと映ったら「タモリです」って言ったのよ。
パッと横見てさ私「黒柳です」って言うの忘れちゃって「31年前にご一緒にやりましたね」ってこういうふうに言って始まったんですけど。
もうねおかしくて笑っちゃったの。
その時に31年前に「『第34回紅白歌合戦』」って言った途端にね「もう早くやって」っていうあれ出たんですって。
まだ最初のひと言でもうこういうのがきたっていう話してね随分笑いましたけど。
それで始まったんですよこの前の時はね。
審査員同士でしたから。
まあ面白かったです。
そういう危険があるにもかかわらずね出すなんてね。
そうそうそうそうそうそうそうそう。
そういう危険な2人を出すなんてね。
まだお話いっぱいあるんですけどちょっとそれよりもねここの…。
私びっくりしたのこのスカーフが…。
こっちがグレーなんだけど…白なんだけど。
そこにすごく奇麗な色のものが入ってるんでちょっと見せて…。
ちょっとね。
ちょっとこんな奇麗なんじゃない。
ほら皆さん見たいでしょ?こういうもの。
うわーカーネーション?これ。
そうそうそうそう。
奇麗。
あっこんなふうな奇麗なものが間に入ってるんだ。
そうです。
黄色。
これがちらっちらっと見えるほうがねいいでしょ?去年は非常にあなたが『花子とアン』でナレーションをおやりになった時の「ごきげんよう」が流行して流行語大賞をお取りになったでしょ。
トップ10に入ってね。
ね。
「ダメよ〜ダメダメ」っていうのと同じぐらいのね人気度。
ええはい。
っていうのはね私ナレーションを受け持ってそしてお話があった時に「なぜ私なの?」って言ったら普段ね「ごきげんよう」とかね「ごめんあそばせ」っていうのを使ってる人が今いないからそれを何気なく使える人っていったら美輪さんって…。
私前から大河ドラマに出てて知ってるディレクターの方で。
中園さんという脚本家も一緒にみえて。
そう仰ったんで出たんですけどね。
そうしたらまあ全国的にすごい…あの「ごきげんよう」がね注目されて。
そして原宿や渋谷辺りのロリータファッションの若い女の子がね「ごきげんよう」って言ってるっていうんでね。
あっそう。
それはいいことでね。
いいわね。
昔謙譲語丁寧語尊敬語これは今死に絶えてるでしょ。
そうそうそう。
で私のね昔からのお友達終戦後からのお友達でねそういう言葉をお使いになる方たちがねコンサートやお芝居によく団体でみえるの20人ぐらいで。
一番上の方が92歳で。
すごい。
そして下の方が85歳ぐらいの方なんだけど。
やはり「ごきげんよう」って言うの。
もうお帰りになると「ごめんあそばせ」って言って。
それが普通なんですよ。
それがやはり死に絶えたのがもったいないなと思ってたら若い子たちが教わりたいんだけど教わる場所がないって。
まあね。
うん。
だからどこでそういう言葉を教わったらいいんでしょうかって。
みんな欲求はあるんですよ。
なるほどね。
確かに「あなたそう仰ったじゃない」って普通昔だったら言ったとこ「言ったじゃん」「あんた言ったじゃん」って言うことで済んじゃうものですから。
「仰った」なんていう言葉はあんまり喋らないし。
でもそういうところ習いに行きたいとはみんな思ってる?思ってる。
だけど使い方がわからないし言葉を知らない…。
だから言葉の乱れは世の中の乱れでね。
だからそこいら辺がね…。
家庭が乱れてね親が子を殺し子が親を殺す。
じゃあどうしてそういうことになるの?って。
「何やってんだこのクソガキが」。
「うざってえんだよババア」って。
これじゃあね殺し合ってもしょうがない。
ところが「カズオさん困りますよそういうことをしては」「こうしてくださいね」って言って。
「はいお母様。
わかりました」って言って。
お互いに人として節度っていうものを…。
そうそうそう。
親子ではあろうともね。
あったでしょ?昔。
そうそう。
会社でも「お前よ何だ?これ」って言われるとムカッとくるじゃありません?そうそう。
「君ねこうしてくれたまえ」って言われると怒られてても敬意を払われてると思うから言うこと聞くじゃありませんか。
そうね。
だから「あなた…こうなさいますの?」って。
「何時頃お帰りなさいます?」って言うでしょ。
そうすると夫婦のコミュニケートも愛情さえたっぷりあればね。
「あんた帰ってきてご飯食べんの?」って。
そういうのに比べれば随分ねいいわね。
「ご飯召し上がる?」とか。
昔はそう申しました。
「あの映画見た?面白いよ。
見れば?」って言うよりね。
「ご覧になった?」ってね。
「超やばい」って…。
超やばい?そう。
「超やばいでしょ」とか…。
「あの映画ご覧になりまして?面白いことよ」って言って。
「ご覧なさいましな」。
そうそうそう。
あなたのまた一段私よりも古い気が…。
「ご覧あそばしましな」っていうのも相当古いですけど。
でも「ご覧あそばして」っていうふうには言ってましたね私たち子供の時。
さてさて美輪さんには何度も何度も出ていただき今日11回目のご出演なんですけども。
あなた様がですね28年前出ていただいております。
私まだ生まれてませんよその頃。
そうでしょ?ですからあなたのおばあ様か何かでしょうかね。
ちょっとご覧いただきます。
ご先祖でございます。
ご先祖が。
「こういう…。
元々はどっちかっていえば男性でしょ?美輪さんは」「はいはい。
ええ」「そういう方がこういうふうに女の格好してそういうふうな…」「しかもシャンソンお歌いになるっていうことに関しては向こうの方の反応っていうのは…」「それは関係ないみたいです」「関係ない?」「ええ。
それは芸術家がどんな格好をしようとそれは芸術家のねその人の癖なんだから平気だって言うんですね」「全く考え方が日本と違うんですよ」「だからそういうことに関してはあんまり質問がほとんどないんですね」「プライベートはどうでもよろしいって」「だから芸術的な発想とかどういう考え方をしてるのかとかそういうものばっかりを聞かれるんですね」「日本はどうしてもどっちのおトイレへ入るんですか?とかさそういうのが多いでしょ?」「次元が低いんでしょ?」「そういうものは一切関係ないんですよね」「それはあなたのプライベートだから」「でもそれはあなたのものだから関係ありませんって」「美輪さんは何にもしてないわけじゃなくてお掃除したりするのね?」「私はどっちかというと奇麗好きなほうだから」「私びっくりしちゃった。
いつかちょっと用事があって美輪さんがお歌いになったシャンソンのことについて質問したくてお電話したじゃない」「家へね」「あなたのお家にお電話したじゃない」「そしたら“ちょっと待って。
今ちょっとこれ止めるから”って。
“何?”って…」「“電気掃除機のコンセント”」「“えっ!”」「フフフ…」「“あなたお掃除してらしたの?”って言ったら“そうよ私…。
それで何?何のシャンソン?”」「“ですからサントロペにはまいれません”」「“そうね。
あなたお嬢さんみたいだからあれ歌うといいわね”」「“じゃあ歌いますよ。
紙と鉛筆持ったの?”」「“サントロペにはまいれません”」「“わかったの?わかったの?”って私もう何だかえー!って。
もう本当におかしくて」「私あの時は…もう思い出すとおかしくなっちゃう」随分色んなこと仰って。
まあ11回も出ていただいているんですからね色んなお話…。
でもあれですよね。
昔仰ってたことだけど昔はちょっと女っぽい格好してブラウスなんか着て歩いてると石投げられてたんだけど。
今の時代はテレビにどんどんどんどん色んな格好して女装してても全然何でもない。
そういう差別みたいなものが随分なくなってきたとお思いですって?今はもう当たり前になりましたからね。
もうロックの連中なんていうのはねものすごいじゃありませんか。
そう。
お化粧でも何でもね。
そうそうそう。
だから私はそれのはしりでしたからね。
だからビジュアル系っていうのをまあ戦後日本で最初にやって。
ええ。
それは元禄時代とか足利時代の観阿弥世阿弥の時代。
それに現代版で戻しただけなんですよね。
だから戦時中にそれが死に絶えちゃったから。
そういう文化が。
それをまた復活させたら石を投げられちゃったわけでしょ当時ね。
今では当たり前になって。
でも今は世の中ご覧になってると芝居見に来るのほとんど女の人が多いので…。
日本の男には文化がありませんからね。
フフッ。
もう決めちゃう。
だからクラシックの音楽会にはまあまあ男の人もいるんだけど歌舞伎とか演劇とかね。
ねえ。
それから普通の音楽会とか。
そういったとこは85パーセントが女のお客さんですからね。
あんたの時もそうでしょ?私のとこ女の人ほとんどね。
男の方この頃だいぶ増えましたけどね。
男はテレビ見るっていったってねニュース番組とスポーツ番組。
女の人は朝から晩までどんな番組も全部見ますからね貪欲に。
だから年をとった時に今度は「ねえあなたあれ知ってる?」「これ知ってる?」。
もう会社行ってないから時間がたっぷりある。
1日中一緒にいる。
うん。
そして「あれ知ってる?」って「知らん」。
「この人知ってる?」「知らん」。
なんて馬鹿なの。
こんなのと一緒にずっといたのかしらと思って初めて旦那のことがわかってきたらそれで熟年離婚ということがあるんですよ。
だから自立していったほうがいいっていうことになっちゃう。
その男の人に文化がないから。
だから男が1人になった時とても大変なことになっちゃうんですね今度。
そうですよ。
だから会社に全部もう擦り切れるほど働いてあとはもう燃えかすだけだから。
どう生きていっていいんだかわかんない。
だからそういった時に文化が役に立つわけですよ。
音楽も美術もね。
文学も囲碁将棋。
ありとあらゆる色んな文化があるじゃないですか。
それがなぜ人間に連綿として歴史上ずっと残ってるかといったらそういうためにあるんですよね。
リフレッシュするために。
そうそう。
でもあれですってね。
今度『黒蜥蜴』をおやりになるんですけどこれで最後にしようと決めていらっしゃるって本当?うーん…っていうのはねちょうど江戸川乱歩さんの…去年がね120周年記念で。
そして今年が三島由紀夫さんの生誕90周年で亡くなってから45周年になるの。
あっそうですか。
だからちょうど私も80歳になるしきりがいいんでね。
それで今度4月に国立劇場のほうで…『黒蜥蜴』をやるんですけどね。
そして相手役がねこの間朝ドラにも出てた人たちでね。
木村彰吾君。
今この…。
背が高いんですって?この方。
とても素敵な…右側の方。
声がいいんですよ。
へえー。
っていうのは低音だから。
低音の役者さんって最近少ないでしょ。
そうそうそう。
そして私の声とバランスがいいんですよ。
これあなた?これ私ね。
真ん中がね。
そりゃそうですけど随分奇麗ね。
私じゃないみたいね。
ちょっと…。
このこっち側にいる青年。
うん。
これが国木田独歩のやしゃごなのね。
あっそうなの。
へえー。
これもほら柳原白蓮と駆け落ちする役。
うん。
中島歩さんって仰る。
うんそう。
中島君っていうの。
これも出てて。
だからいいメンバーもそろってるしそれできりもいいし。
でもやっぱりねまあ和服から今度はドレスに変わって。
そして男装してまた女装に戻って。
早変わり。
早変わりがすごいし体力的に大変なんですよ。
走ったりする…。
長ゼリフが多いし。
だからまあ他のね『椿姫』だとか『毛皮のマリー』はまあやれるけれどこの『黒蜥蜴』は体力的にもう…。
非の打ちどころがないぐらいにピシッと動けるのはこれが最後だなと思って。
今度の『黒蜥蜴』を…。
『黒蜥蜴』は最後の公演にするの。
あっそうなの。
もうお決めになった?もう決めちゃったのね。
ちょっと前におやりになったのちょっとご覧になっていただきます。
あっそう?「これを覚えていてちょうだいね」「指紋より確かなもの。
私の紋章」「この優しい二の腕の黒蜥蜴を!」「
(銃声)」「危ない!」これで後ろで早変わりですよ。
そうそうお洋服。
「恐らくお前の人生のあとにも先にもお前があんなに美しく見える瞬間はないだろう」「法律が私の恋文になり」すごい。
これは歌舞伎仕立て。
割りゼリフでね。
これ天知茂さん?いやこれは…。
この木村君です。
あっ木村さんですか。
怖い。
随分装置変わりましたね昔と。
そう。
これ全部私の装置なの。
あっそうなの。
うん。
あっこれが木村彰吾さん。
初めにおやりになった時に明智小五郎は天知茂さんでおやりになったのね?天知茂さんと岡田眞澄さんとかね木村功さんは映画のほうで。
そうでしたね。
まあ皆さん亡くなりましたけどね。
まあね本当にね。
だからまあとにかく…フフフッ。
色んな思い出がありますけれどもね。
お互いにこの六十数年間この世界にいて…。
そう。
まあありがたいと思うのはね歴史上に残るような会えない…普段ね。
そういう人たちとずっと会ってこられたって。
そうですよね。
色んな人。
すごい財産ができたと思いません?本当ですよね。
幸せな人生ですよねそういう点で。
これがびっくりすることに美輪さんは携帯を使いこなしていらっしゃる。
すごいね。
あっそう?なんかあれでしょ?ガラケーですよ。
パクッとこう蓋が開くやつ。
そうそうあれだけ。
でもあのほうが打つ時やなんかね面倒じゃないけど。
身の上相談なんかガラケーでやってらっしゃるんですって?だから携帯サイトのねもう8年続いてるんですよ。
8年?8年。
携帯サイトで身の上相談に応じたりね色んな私のメッセージを発信したりっていうのは。
もうそれでやって。
今はそれをスマホでもね見られるようにしてますけれどもね。
私はスマホや何か実際はやらないでガラケーだけしかやりませんけど。
そういう色んな情報をね全部流すには便利でしょ。
そりゃそうですよね。
あなたもなさってんでしょ?私メールとかやってますよ。
私ねLINEっていうのをちょっと…遠くにいる人とやってるんですけど。
それに今度ねスタンプっていうのがあるんですよ。
そのスタンプに『徹子の部屋』のスタンプっていうのができてね私のがあるんですよ。
例えばこういうのね。
ちょっと大きいですけど。
これが間にね入ってくるのよ。
とても可愛いのがあってですね。
色んな言葉が色々出てきて。
お話をちょっと自分が打ったらばその間にこういうのをちょっと入れて。
まあ色んな言葉があるので。
まあ…「ほう」とかね色々。
相づち打ったりも間に入れたりとか。
そういうことできる。
キャラクターにね。
私もミワちゃまというキャラクターがあるの。
何ていう?ミワちゃまという。
ミワちゃま。
うん。
キャラクターでね。
それがずっと携帯サイトでは出てくるのね。
履歴書もちゃんとあるのそのミワちゃまに。
ミワちゃまに?年齢は1億5000万とかね。
1億5000万?でもあれですよね。
美輪さんっておかしいの。
私の顔のお肌がちょっとひと頃からよくなったのはどうも訳があるらしいからって私のとこへ聞きにいらしたじゃないの。
田中宥久子さんのマッサージやってんですけど。
そしたらさ…。
そういう努力は私にはできない。
できない?でもあなた奇麗じゃない全然。
全然しわないもんね。
しわも染みもならないのね。
それで目も私は健康なままなの。
運転も眼鏡使用なしなの。
耳も普通だし歯も二十何本全部自分の歯だし。
健康。
そして一昨年舞台に出てる時にここ粉砕骨折しちゃったの。
骨が全部ばらばらになっちゃって…。
どうしたの?転んだの?うん転んで。
舞台の上で。
そのまま舞台を続けて。
そしたらお医者さんへ行ったら…レントゲン撮ったら骨が何もなくて。
こんなに膨れ上がってて。
左手だけでお芝居して。
ええ。
そしてねただ治療に行って…お医者さんには行かないで4か月で治っちゃったの。
「一生使えない」って言われてたのにね。
だからやっぱりね『黒蜥蜴』じゃないけどトカゲの尻尾みたいに変な生命力はあるみたいね私。
すごいわね。
そんなになっちゃってるのにね。
ねえ。
じゃあここでそろそろ…。
『黒蜥蜴』今度で最後になるそうでございますけど…。
頃合いを見計らって「ごきげんよう」と仰っていただけますか?どうぞ。
ではごきげんよう。
さようなら。
ご覧あそばせ。
フフフッ。
2015/02/05(木) 12:00〜12:30
ABCテレビ1
徹子の部屋 美輪明宏[解][字]

〜今年80歳に!美輪流生き方&“紅白”熱唱中に珍現象が!?〜美輪明宏さんが今日のゲストです。

詳細情報
◇ゲスト
黒柳さんの50年来の友人で11回目の登場!今年80歳を迎える美輪明宏さんがゲスト。
◇番組内容
毎回紅白で唄うとネット上で話題を呼ぶ美輪さん、今回も『愛の讃歌』熱唱時に、全国で異常な現象があったという。一体何がそうさせているのか?また、昨年流行語大賞でトップテン入りした「ごきげんよう」の裏話も明らかに。今年美輪さんのライフワークである舞台『黒蜥蜴』が最後になるという。体力の限界を感じたという美輪さんの思いは…。さらに第2の人生を迎える高齢者の方へ“これからの生き方”について美輪流の提言が…
◇おしらせ
☆『徹子の部屋』番組HP
 http://www.tv-asahi.co.jp/tetsuko/
◇解説放送
小松靖(テレビ朝日アナウンサー)

ジャンル :
バラエティ – トークバラエティ
ドキュメンタリー/教養 – インタビュー・討論
福祉 – 文字(字幕)

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
映像
音声 : 2/0モード(ステレオ)
日本語
サンプリングレート : 48kHz
2/0モード(ステレオ)
日本語
サンプリングレート : 48kHz

OriginalNetworkID:32723(0x7FD3)
TransportStreamID:32723(0x7FD3)
ServiceID:2072(0x0818)
EventID:21097(0x5269)

カテゴリー: 未分類 | 投稿日: | 投稿者: