安倍政権は昨年12月の衆院選に勝利して目下、盤石である。この政治の安定を何に生かすべきか。今こそ国民に痛みを伴う改革に着手する絶好の機会ではないだろうか。安倍晋三首相の施政方針演説は国民が夢を持てる国づくりのメニューは豊富だったが、負の側面への言及はあまりなかった。
アベノミクスの成功例を並べ、未来を志向する先人の言葉を紹介する。政権復帰後の安倍首相の国会演説はこの形でなされてきた。
「知と行は二つにして一つ」。岩盤規制の打破に取り組む意気込みを首相は地元・山口県が生んだ吉田松陰のこの言葉で表した。他の先人と異なり、「先生」との敬称付きで紹介したことからも、思い入れがうかがえる。
演説の終盤では、東京オリンピック・パラリンピックを催す2020年を一つの国民的な目標にして「戦後以来の大改革」に進んでいこうとの呼びかけもなされた。長期政権への意欲との見方が出ることを承知の言い回しだろう。首相の高揚感が伝わる。
施政方針演説は予算案に盛り込んだ施策を網羅的に説明しがちである。首相は今回、冒頭に農業改革を据え、演説のほぼ1割を費やした。与党内に議論の先送り論もあったが、首相官邸は「施政方針演説に盛り込むには今決めるしかない」と押し切った。政治主導のお手本といってよい。
このほか法人税の実効税率の引き下げや、医療分野での混合診療の拡大など首相のイニシアチブで実現した成果を列挙した。「日本は変えられる」との発言は掛け声ではなく、本音だろう。
他方、議論を呼びそうな課題はさらりと通り過ぎた。今国会の最重要案件とされる安全保障法制の整備の説明はわずかで、集団的自衛権に関する憲法解釈の見直しには触れなかった。関係改善の糸口がみえない韓国への言及は、ロシアなどの半分もなかった。
とりわけ残念なのは、財政再建への熱意があまり感じられないことだ。演説に出てくるのは歳出増を伴うものばかりで、歳出カットはほとんど見当たらない。痛みを避け、耳によい話だけをしていては予算規模は膨らむ一方だ。
高齢化による社会保障給付の増大に歯止めをかけなければ財政再建はおぼつかない。それには世代を超えた痛みの分かち合いが必要だ。経済成長と財政再建を両立させてもらいたい。