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えっ?平凡ですよ?? 作者:月雪 はな

♦運命を紡ぐ者

オリヴィリア伯爵令嬢 リリアナ 1

書籍化にともない、1巻該当部分を削除いたしました。
こちらは、豊穣の娘リリアナ〜慧眼の大商人ジルまでのダイジェスト版となります。
 私の名前は、リリアナ・ラ・オリヴィリア。

 そして、私には過去にもうひとつ名前がありました。

 −−−−橘ゆかり−−−−

 私は交通事故により橘ゆかりとしての生を終え、リリアナという名前の少女として生きています。
 次の世で別の形に生まれ変わるという、転生をしたようです。
 橘ゆかりとしての、前世の記憶を有して。

 しかも、どうやらここは地球ではないようです。

 異世界セイルレーン。

 最初は現実を受け止められず、ただただ泣きわめいていたけれど、泣いていても現実は変わらなかった。
 そうなると、自然と腹をくくるもの。
 しかも、私が泣きわめいている間、お父様やお母様はオロオロした様子で私を抱きしめてくれた。
 私を優しく撫でてくれた。
 ほだされるに決まっている。

 いつしか私は転生を、新たなる生の始まりを受け入れるようになった。

 まぁ、言葉が地球と違ったので、かなり苦労はしたんだけどね。
 そうして、7歳でようやく言葉と文字を完璧にマスターしました!
 よく頑張ったよ、私。

 その頃になって、私はやっと自分の立場がわかるようになりました。
 なんと私、貴族の伯爵位の娘として生まれたみたいです!
 貴族の娘ということは、左団扇ひだりうちわな生活で安泰……と思いきや、問題発生。

 なんで、うちはこんなに貧乏なのぉーー!

 そう、我が家は貧乏伯爵家だったのです。

 その原因は両親にありました。
 私の今世での両親は揃いも揃って、かなりのお人好しだったのです。
 商売をしたいが、元手がないという青年には契約書もなしにお金を貸し、持ち逃げされて行方不明。
 怪しげな商人に、いい話があるが出資してみないかと言われれば、素直に出資して大損等々。
 私の両親は2人とも見た目極上、性格よし、聡明。
 なのに、少し考えれば分かる嘘もお人好しフィルターがそうさせるのか、すぐに信じてだまされてしまう。

 お陰で豊かな大地の領主でありながら、我が家は気づいたら火の車。
 けれど、そんなお人好しな両親を私は嫌いじゃない。

 むしろ大好き。

 最低限しかいない我が家の使用人の噂話を盗み聞きすると、貴族という位についている人は大概、人を人と思わないらしい。
 元・日本人な私は人権問題なんて歴史や漫画、小説の世界の話でしかなかった。
 それが慣例になっているこの世界で、当たり前に人を人と感じ、対等な立場で接する両親を誇らしく感じる。

 お父様は毎日領地の査察をかかさず行い、ときには畑まで耕す。
 お母様は貴族の夫人にもかかわらず、毎日家事をする。

 そして、たくさんの愛情を私に注いでくれる。

 子供としては、そんな両親のお手伝いしたいじゃない?

 この世界の生活水準は、中世ヨーロッパレベル。
 しかも、このセイルレーンの植生は驚いたことに地球と一緒。

 私がこうして前世の記憶持ちとして生まれたのも、意味があるのだと思う。
 なにかしらの役に立つと思うんだ、私の持っている知識が。
 前世では親孝行できなかった私。
 元・日本人の知識、活用させていただきます!


   ☆ ★ ☆


 今日は、フィルアという農村にお邪魔しています。
 それは、現状の把握が必須だからです!
 そこで、領地の視察に行くお父様に、私もいきたいと必殺技おねだりをしました。
 そうして、私はお父様と騎士のアレスさんと一緒にフィルア村を訪れたのに……

 置いていかれたぁーーーーーー!!

 いざフィルア村を見てまわろうとしたら、子供は遊んでいなさい、と村長さんの家に置いてきぼりにされました。

「リリアナちゃん、なにして遊ぶ?」

 私の服を引っ張りながら、可愛らしい少女が尋ねてくる。

 彼女の名前は、ミーナ・フィルア。
 村長さんの娘さんで、チョコレート色の髪と瞳を持つ、とっても可愛い子なの!
 私と同い年なんだって。

 結局、ミーナちゃんとあやとりをして遊ぶことになりました。
 だけど、ただ遊んでいたわけじゃないですよ。
 村の情報もきちんとゲットしなくちゃね。

「ミーナちゃん、この村の人達は畑を耕して生活しているの?」
「うん。猟師のおじさんもいるけど、畑で野菜を育ててる人の方がいっぱいだよ、リリアナちゃん」
「森に囲まれているから、腐葉土もたくさんありそうだもんね。作物を育てるのに良さそう」
「フヨウド? リリアナちゃん、なにそれ??」
「森に入ったとき、落ち葉の下が黒い土になっていない? その黒い土をね、腐葉土というの。落ち葉なんかが腐った土なんだよ。あとは灰も畑に良いの」

 ……確かそうだったはず。

「リリアナちゃんは物知りなんだね」

 ミーナちゃんはキラキラした目で私を見つめる。

 そんな純粋な目で見られたら、間違っているかもしれないだなんて言えないよ……

 私の目的を達することはできなかったけれど、ミーナちゃんという初めての友達ができました!


   ☆ ★ ☆


 もう少しで、私は8歳になります。
 ただ、心配なことがあります。
 最近、お母様の体調が良くないの……
 お母様が動けない今、私が働かずして誰が働く!
 私は家事のお手伝いをすることにしました。

 早速、料理にチャレンジ!
 中華まんとシュウマイを蒸籠せいろで蒸して作りました!
 初めて見る料理に、お父様とお母様は不思議そうにしながらも口に入れた。

「リリアナは天才だね。この料理、凄く美味おいしいよ!」
「リリアナちゃん、これは料理の革命よ! 新たなる食の歴史が刻まれたわ」

 凄い! 思った以上の好評価だよ!!

 それ以来、使用人達が料理を教えて欲しいというので、教えてあげるようになりました。
 さらに、日頃のお礼を兼ねて、調理器具やレシピもプレゼントしました。
 それさえあれば、誰にでも美味しい料理がつくれますからね。

 数日後、私の誕生日にお母様が爆弾を投下しました。

「リリアナちゃんへの贈り物はこれです。リリアナちゃんに、弟か妹ができます」
「ええぇーーーーーー!!」

 最近、お母様の具合が悪そうだなと思っていたけど、妊娠初期の症状だったんだって。

「リリアナちゃん、お誕生日おめでとう。弟か妹ができるんだね。奥方様も病気じゃなくって良かったね」

 誕生日のお祝いに来てくれたミーナちゃんは、私の手を握りながら一緒に喜んでくれる。

「あれっ、リリアナちゃん。手に傷があるよ」
「あぁ、料理したときに包丁でちょっと切っちゃったの」
「私が治してあげるね。我願う、リリアナちゃんの傷を治したまえ」

 傷ついた手の上にミーナちゃんの手がかざされると、ほのかな温もりを感じた。
 手がどかされると、私の手の傷はすっかり消えていました。

「ええぇーーーーーー!!」

 ミーナちゃん、私になにをしたーーーーーー!?


   ☆ ★ ☆


 仰天ニュースです!
 なんと、この世界には魔法がありました。
 だけど、8歳になるまで魔法があることに気付かない私って……
 私は自分のダメダメっぷりを再認識し、お父様に勉強をしたいとおねだりました。

 そうして、彫刻のように美しく、無表情な家庭教師がやってきた。

「シリウス・レオドールです。今日からお嬢様の家庭教師をつとめます」
「はじめまして、先生。これからよろしくお願いいたします」

 なんだか厳しそうな先生です。
 先生はからすの濡れ羽色の髪に、深海のような藍色の瞳の持ち主で、冷たい印象の顔立ちをした、25歳の青年でした。
 それにしても、この世界の人達は皆さんかなりレベルの高い美男美女ばかりです。

「まずはこの世界がどのようにできたのか、神話をお話ししましょう」

 神は嘆いた。
 この世界で1人であることに。
 神の涙の雫が1滴頬を伝い流れ落ちると、大地の女神と海の男神が誕生した。
 そのとき、神は『創造』を知った。
 願いに想いと力が重なるとそれは叶うのだと……
 その瞬間、神は1人ではなくなった。
 神は創造を続けた。
 世界に光を与える太陽の男神や、安らぎを与える夜の女神といった神々を。
 創造神たる神が寂しくないように、子である神々も子を産み、数多なる神が誕生した。
 創造神は、大地に動物や草花なども生み出した。
 やがて、自らの姿に似せた人を創造する。
 しかし、人は1人で生きていくには弱くもろい存在。
 そんな弱き人へ、創造神は願いを叶える力を与えた。
 それが魔法だ。
 魔法の力を使い、人は繁栄した。
 人は創造神と神々を崇拝すうはいし、創造神はもちろん、神々も自らの子のように人を愛し、助けた。
 神の寵愛ちょうあいが深い者はより強い力を持ち、神の愛し子と呼ばれた。
 人は神の愛し子のもとへ集い、やがて国をつくる。
 そうして、大陸には多くの国々が生まれた。
 神は自らの愛し子が建国せし地に、加護を与えた。
 しかし人は欲深く、さらなる大地と力を求め、神々を交えて争いを起こした。
 創造神は嘆く。
 自らの子同士が争いあうことを。
 創造神にとって、生み出した神や人は、等しく自らの子だったから。
 創造神は、神が地上へ降り、力を振るうことを禁じた。
 人が国境を越え、争うことを禁じた。
 おきてを破る者には制裁を。
 創造神は、力を取り上げたのだ。
 それは、魔法の力と加護の消失を意味する。
 願いは叶わず、加護は失われ、大地と人心は荒れていった。
 人は自らの行いを悔い、改めた。
 そして、人はまた願う。
 豊かな大地で、平和に暮らしていたあの日々を。
 願いは天に届き、創造神は慈悲じひを与えた。
 過ちを繰り返すことなかれ。
 さすれば加護を約束しよう。
 しかし、また繰り返すならば、再び大地に混沌が訪れる。
 神の名を呼ぶことなかれ。
 地に降り立てぬ神の心を揺り動かすことなかれ。
 人が呼んで良い名はただ1つ。
 我、セイルレーン創造神のみ。
 世界の名はセイルレーン。

『セイルレーン聖典−−原初・不文律−−』

「こうして、神々の名は秘されました。この世界の各国にはそれぞれの神の加護があり、人は神の教えを守ることで、魔法を使うことができるのです。私達が住んでいるシェルフィールド王国は、美と愛と豊穣の女神に守護されている国です。それ故に、この国には見目麗しいものが多く、作物の収穫量も多いのです」

 美形が多いのはお国柄だったんですか、先生!

「魔法とは奇跡の力です。大切なのは願いを叶えようとする強い思い。つまりは欲求です。その願いが叶えられるかはどうかは、本人の魔力の大きさも関係しています」

 欲求って、直球ですね。

「神と共にあった時代を神歴しんれきといい、神が隠れ、名を秘されたあとをセイルレーン暦といいます。神歴の時代、人々は神の愛し子のもとへ集い、やがて国を作り、大陸に多くの国々が生まれました。その際、魔力の強い者は国作りに尽力し、称号を得ました。ですから、一般庶民と比べて上流階級である者。つまり、貴族は総じて魔力が高いのです。階級が高ければ高いほど、魔力が高くなります」

 その理論でいけば、私も魔力が強いはずだよね。
 貧乏とはいえ、貴族だもの。

「そして、王族は愛し子だった故に高い魔力を持っています。リリアナ様、このシェルフィールド王国の王族は、他国の王族よりも魔力が強いといわれています。なぜだと思いますか?」
「近親婚ですか?」

 血が薄まるのを防ぐため、親族間で結婚を繰り返しているのだろうか。

「いいえ。半神半人だからです」

 はんしんはんじん?

「どういうことですか?」
「言葉通りです。神歴の時代、美と愛と豊穣の女神は、1人の青年に加護を授けました。その青年との間に、子をもうけているのです。その子供の名はシェルフィールド。この国の始祖であり、初代の国王です」

 神と人との間に生まれた子。

 そんなの、普通に考えて分かるわけないじゃないですか。
 でも、神様と人の子ということは……

「シェルフィールド様は、神様ではないのですか?」
「はい。セイルレーン創造神の子神を第1神等、子神の生み出したる神を第2神等、さらにその子を第3神等と呼び、系譜は繋がっていきます。我々は第2神等までを神と呼びますが、第3神等からは半神や精霊と呼び、神と区別します。大地の女神の娘が美と愛と豊穣の女神ですから、その子である我が国の始祖は、第3神等にあたります。だから、半神半人なのです」

 神様にもそんな違いがあるんですね。

「始祖が本当に半神半人だったのか、調べることができないので真実はわかりません。王権を確固たるものにすべく、半神半人と偽ったのかもしれません。しかし、間違いなくシェルフィールド王国の王族は、大陸で随一の魔力を持っています」

 その話が本当だとすれば、魔力が強いのも納得だね。

 それよりも、精霊!
 魔法あり、精霊ありだなんて、セイルレーン万歳です!!

「シリウス先生、セイルレーンには精霊がいるのですか?」
「精霊は世界中どこにでもいます。神々は名を秘されて神界にいますが、精霊は神ではないので、私達のいる人界にとどまることも可能です。神界、人界、精霊界と、すべての界の行き来を許された種族です」

 世界中って先生はいうけれど、私は今まで1回も精霊らしきものを見たことないよ?

「シリウス先生、精霊はどうすれば見れますか?」
「精霊は、地、水、火、風、闇、光などの属性を持ち、様々なところに存在しています。しかし、通常は見ることができません。精霊がえるのは、祝福を受けた者だけです。神が人に加護を授けたように、精霊も人を守護し、魔法を使うときに手助けして威力を強めたりしてくれます。これを祝福といいます」

 私も祝福を受けて、精霊を視てみたい。

「どうすれば祝福を受けられるのか、さだかではありません。ただ歴史を紐解くと、名を残している者の多くは、祝福を受けているようです。それは良くも、悪くもです」

 歴史に名を残すとか、難易度高すぎです。
 私には、無理そうです。

「精霊視てみたかったのに……残念です」
「そのように気落ちなさらないでください。精霊を視ることはできないかもしれませんが、感じることはできます。魔法を使用すると、空気が変わったように感じられます。精霊が近くに来たときも、同じように空気が変わるのです」
「じゃあ、魔法を使用していないのに空気が変わったと感じたら、近くに精霊がいるってことですね」

 前世でも、ふと部屋になにかがいるような気配がして、幽霊だったらどうしようと思ったことがあるけど、そんな感覚なのかも。

「ところで、リリアナ様の封魔はいつ外されましたか? 魔法のことをご存知ないようですが、リリアナ様からは常に魔法の気配が感じられます」

 ふうま? なんですかそれ??

「魔法は欲求によって発動します。幼子は欲求のかたまりでありながら物事の善悪が分からず、容易に魔力を暴走させてしまいます。それを防ぐのが封魔です。封魔は一般的に装飾品の形をしており、魔力を封じる役割があります。幼子が成長して物心がつき、魔力について教えられ、制御できるようになると外されます」
「あぁーーーーーー!」

 生まれたばかりの頃、私も首飾りをつけていた。
 私がようやく言葉が喋れるようになった7歳のとき、リリアナちゃんにはもう必要なさそうね、とお母様に外されました。
 一歩間違えば、暴走の危機だよ!

「心当たり、ありました。7歳のときにお母様に外されました。ちなみに、魔法の説明は受けていません。明らかに危険行為ですよね、シリウス先生」
「……奥方様のことです。おそらく、なにかお考えがあってのことでしょう。この1年、ご無事でなによりでした。リリアナ様には、早急に魔法を覚えていただく必要があります」

 自らの安全のためにも、魔法習得は最優先です!

「ではまず、自らの魔力の最大量を知りましょう。その中から魔力をどれ位使うのかを計算するのです。魔力をそそげば注ぐだけ、魔法の威力は増します」

 ゲームでよくあるゲージみたいな感じだね。

「魔力を使い切ると、極度の疲労感に襲われます。そうならないよう、少量の魔力で魔法を発動させる方法もあります。それは想像力を働かせることです。明確に起こしたい現象を想像すれば少量の魔力ですみますし、逆に曖昧あいまいな想像で同等の威力を得るには多量の魔力が必要になります。魔法を使うには、想像力も大切な鍵となるのです」

 妄想癖がある人は有利そうだね。

「魔法には呪文のようなものって、あるんですか?」
「魔法を使用する際には詠唱えいしょうが必要です。個々が想像しやすい言葉が呪文のかわりとなるので、決まった文句があるわけではありません。短い詠唱でも想像さえできていれば良いのです。要領はわかりましたね、リリアナ様。さて、実践とまいりましよう」

 魔法を実践すべく、私達は裏庭にある小さな池の前にやって来ました。
 この池に魔法で波紋を作るんだって。
 こんなの簡単、簡単。
 目をつむってでもできます……と思っていたのに、詠唱した後に目を開くと、水面には波紋ひとつない穏やかな池がありました。

 失敗したぁーーーー!!

 私がガックリと落ち込んでいると、なぜかどことなく疲れた様子のシリウス先生が声を掛けてきた。

「リリアナ様、今度は魔力の数値について忘れてください。そうすれば成功します」

 どういうこと? 魔力のゲージを意識したのが失敗の原因なの??

 私は首を傾げながらも、再び池のほとりに立ち、想像しやすいように目を閉じる。

「水面に波紋ができますように!」

 緊張しながら、閉じていた目をゆっくりと開く。
 すると、水面に小さな輪が現れた。
 波紋は綺麗な円をいくつも描きながら鮮やかに広がり、消えていった。

「シリウス先生、綺麗な波紋を描くことができました!」

 私にも魔法が使えるんだ!

 私は勢いよく先生を振り返る。

「リリアナ様、おめでとうございます。リリアナ様は、幼子と一緒で身体にまだ魔力が馴染んでいなかったのです。今回は魔力を意識しなかったことで、身体から漏れ出た魔力をもとに魔法を使ったのです」

 幼子と一緒って……もしかして私の魔力は低いのかも。

「リリアナ様、想像しても、想像しても、それでも何も起きないときにだけ魔力を思い出して下さい。そうすれば、奇跡はおきます」
「はい、分かりました」

 すると、背にしていた池から人の気配を感じた。

 まっ、まさか、精霊!

 私はすぐに振り返り、水面をじっと見つめたが、すでに気配は消えていた。
 残念な気持ちを隠しきれないまま、再びシリウス先生に向き合う。
 シリウス先生は、なぜか苦虫をみ潰したような表情をしていた。


   ☆ ★ ☆


 シェルフィールド王国の王妃様が、ご懐妊されたという発表がありました。
 国王陛下直系の御子様は、王太子殿下しかいらっしゃらなかったので、国を挙げてのお祝いムード。
 オリヴィリア領ではお母様も妊娠しているので、さらに盛り上がっています。

「お姉ちゃんですよ。元気に育っていますか?」

 お母様の膨らんだお腹をそっと撫でながら、話しかける。
 その様子を見て、治療師のレオーネさんがクスクスと笑った。
 治療師は、前世でいうところのお医者さん。
 ベテランな雰囲気がただよう、50歳くらいの女性治療師です。
 レオーネさんは雪のような純白の髪に、鮮やかな新緑の瞳の持ち主。
 今日は、お母様の診察に来てくれました。

「経過は問題ございません。加えて、喜ばしいことが判明いたしました。おめでとうございます。奥方様のお腹にいらっしゃる御子様は、双子にございます」
「ええぇーーーーーー!!」

 なんと、双子が産まれるそうです!

「双子とは、とてもおめでたいことです。セイルレーン神話に登場する12神の中にも、双子神が3組いらっしゃいます。神々の系譜には、双子が多いのです」

 12神とは、セイルレーン創造神様を除いた、男女6柱ずつの神々のこと。
 12神のうち、つまり6柱の神々が双子なのか。

「それにならい、人間界でも双子は神々に近い存在として、皆から祝福されるのです」

 双子。
 とても嬉しい反面、心配です。
 前世、私の従姉いとこが双子を出産したときは、とても大変だったから……

 私にできることは、ただひとつ。
 前世の知識をたよりに、お母様を全力でサポートすること!

 私は早速、献立こんだてを減塩メニューにしたり、適度な運動としてお母様とウォーキングをしたり、むくみ対策としてマッサージをしました。

 だけど、それでレオーネさんと対立してしまいました……
 レオーネさんが言うには、妊婦は部屋に閉じこもり、絶対安静にしないとダメなんだって。

 結果分かったのは、こちらの医術はかなり遅れているということ。
 でも、私はレオーネさんの反発が少なそうな、小さなことからコツコツとやることにした。

 そうして、運命の日をむかえた。
 夜が更けた頃、元気な赤子の泣き声が家中に響き渡った。

「アリス、大切な家族を2人もありがとう。僕らの新しい天使は、可愛い男の子と女の子だよ」

 お父様がお母様にねぎらいの言葉をかける。

 私に弟と妹ができました。
 さきに産まれた男の子は、お母様譲りの銀の髪に、左目がお父様の紫水晶色、右目がお母様の琥珀色。
 あとに産まれた女の子は、お父様譲りの金の髪に、左目がお母様の琥珀色、右目がお父様の紫水晶色。
 2人とも、オッドアイなのです。

「難産かと思いましたが、予想よりも時間はかかりませんでしたね」
「そうね。リリアナちゃんが生まれたときのほうが、もっと大変だったわ。なかなか産まれてきてくれなかったのよ。やっと産まれたとき、産声うぶごえを上げてくれなくて、皮膚の色もどんどん悪くなっていって……」

 えっ、それって……私、生まれて早々に生命の危機?

「レオーネは諦めずに、リリアナちゃんを逆さにして背中を叩いたり、一生懸命さすったり、鼻や口から粘液を取り除いたりしてくれたのよ」

 そのときの記憶はまったくない。
 つまり、本当に危なかったんだ、私……

「無事に産声を上げてくれたときは、涙が出たよ」

 ご心配おかけしました、お父様。
 レオーネさんの頑張りのおかげで、私は今生きています。
 感謝してもしきれませんね。

「ところで、2人の名前は決まっているのですか?」
「あぁ、男の子の名はラディウス。女の子の名はレティシア」
「ラディ君にレティちゃんよ」

 後日、ラディ君とレティちゃんおめでとう会が行われた。
 私はそこでレオーネさんに感謝の意を込めて、頭を下げた。

「レオーネさん、色々とありがとうございました」
「私はなにもしておりません。リリアナお嬢様がおっしゃったことを実践したからこそ、経過は良好で安産だったのです」
「いいえ、レオーネさんは良くしてくださいました!」

 レオーネさんは頭を横に振り、私をじっと見つめる。

「私は今回、リリアナお嬢様からたくさんのことを学びました。今後は、他の妊婦達にもリリアナお嬢様の教えを試し、少しずつ効果を立証していきたいと考えております。そしたら、その教えを広め、1人でも多くの人を救えるでしょう」

 レオーネさんは、やっぱり凄い人。
 初めはなんて融通がきかないんだと思ってしまった。
 けれど、彼女は治療師として当然の態度を貫いている。
 1つの軽はずみな行動が、命に関わるかもしれないということを理解している。
 だから、私達は対立してしまった。

「レオーネさんは命を大切にしているからこそ、私を止めようとしてくれました。そして、最終的には受け入れてくれた。それは、とても難しいことだと思うんです。レオーネさん、ありがとうございます」

 レオーネさんは、満面の笑みを浮かべていた。

 それからしばらくして、シェルフィールド王国に喜ばしいニュースが発表されました。
 シェルフィールド王国、メリルローズ王女誕生。
 王国中が喜びに満ちた。


   ☆ ★ ☆


 ようこそ、オリヴィリア領へ!
 昨日、オリヴィリア領に隊商がやってきたんです。
 おかげで領主町には市が立ち、露店が連なっている。
 隊商とは、馬の背や馬車に荷を積み、隊を組んで旅する商人の一団のこと。
 私は早速、変装むらむすめリアスタイルでやってきました!
 護衛として、騎士のアレスさんも一緒です。

 なのに、気づいたら……。

「アレスさん、どこにいるの!」

 呼べどもアレスさんは現れない。
 嘘、まさかの迷子?

 途方にくれた私に、サンタクロースみたいに白い口髭くちひげが立派なご老人、ジルさんが手を差し伸べてくれました。
 優しいジルさんは、私と一緒にアレスさんを捜してくれるそうです。
 それに、せっかく来たのに人を捜すだけだとつまらんじゃろう、とジルさんが言うので、お店を巡りながら聞き込み開始です。

 服屋さんで話が弾んだついでにリボンやレースたっぷりのドレスの図案デザインを描いたり、道具屋さんで最近はまっている遊び、スゴロクやトランプの話をしたり、楽しく露店をまわりました。

 はしゃぎすぎたようで、疲れた私達は木陰の下で休憩することにした。
 そこで、私は気になっていたことを聞くことにする。

「ジルさんは、もしかして商人なのですか?」
「よう、分かったのう」
「露店の人達がこちらに注目していました。視線を辿たどると、それはジルさんに向けられていたんです。つまり、ジルさんは皆から注目されるほどの大商人」
「あぁ、わしは商人じゃ。今は引退したも同然じゃがな。これでも若い頃は、大陸中の様々な国におもむいては商いをした」

 大陸には全部で12の国があって、12の神々がそれぞれ加護しているんだよね。

 様々な国に赴いたというジルさん。
 これは、飲んだことあるかな?

「実は、ジルさんに試飲していただきたいものがあるんです」

 私が隊商にやってきたのは、露店を見てまわるのだけが目的じゃありませんよ。
 これを見てもらいたかったんです。

 私はかばんから小さな水筒を取り出し、ジルさんに手渡した。

「良い匂いだな。しかしなんじゃ、この黒い液体は……試飲ということは飲み物なんじゃろう?」
「危ないものではありません。ぜひ飲んでください」

 悲愴ひそうな表情を浮かべながらも、決意をしたジルさんは黒い液体をようやく飲んだ。

「うっ、うまい!」
「ジルさんに飲んでいただいた飲み物は、コーヒーといいます」
「わしも様々な国を見てきたが、これは見たことも聞いたこともない」

 このコーヒーは、なんとタンポポの根から作られています。
 元手なしで作れて売り物になるだなんて、こんなおいしい話はないよね。
 原材料と製法を知られると誰でも作れてしまうから、秘密はなんとしてでも保持したい。

「商人にも一目おかれるジルさん。このコーヒー、欲しくないですか?」

 この世界には、コーヒーも紅茶もありませんからね。

「そのコーヒーとやら欲しい。額にもよるがのう」
「興味を持っていただけて良かったです。その興味が失われないようであれば、明日、領主館においでください」

 さすがに、交渉の駆け引きは私にできない。
 ここから先は、お父様にお任せ。

「ジルさん、私の本当の名前は、リリアナ。リリアナ・ラ・オリヴィリア。このオリヴィリア領を治める領主の娘です。今までだましていてごめんなさい」
「あらためて自己紹介をしようかのう。わしの名は、ジル・リーシェリ。わしも商人であることを隠しておった。お互い様じゃ。明日、領主館を尋ねよう」
「ジルさんのおかげで、幸先の良い出発になりそうです。私はこのコーヒーをオリヴィリア領の特産品にして、夢を叶えようとしているのです。私の夢は壮大ですよ。学校を創立することです!」

 この国には学校がない。
 文字は教会で教えてくれるけど、それにも参加できずに働かなければならない子供達がいる。
 それは、貧しいから。
 コーヒーの製造で新たな雇用を生み出し、貧者を優先的に採用することで、貧困から抜け出す人達が増えるかもしれない。
 豊かになれば、その家の子供達は働く必要もなくなり、学校に通えるようになるだろう。
 コーヒーの需要が高まれば高まるほど、雇用の枠は広がる。
 それにともない、1人でも多くの子供が学校に通うようになるといいな。

「学校は学問を学ぶだけでなく、かけがえのない友達と出会い、自分のやりたい『夢』を見つける場所です。コーヒーで、その資金を作っていきたいんです」

 人々に、選択の自由を得てほしい。

 私の言葉に、ジルさんは息をんだ。

「わしもその夢を手助けしたい。仲間に入れてはくれんかのう。若いもんには、まだまだ負けんわ。こんなに心に響いたのは久方ぶりじゃ。今日はき日だ。リアはわしの曾孫ひまごにそっくりじゃよ」
「えっ、そうなんですか、ジルひい祖父様じいさま?」

 私は冗談めかして言う。
 すると、ジルさんの身体が小刻みに震え出した。

「どこか苦しいのですか!?」
「いや、違う。わしのことは、今後もぜひ曾お祖父様だと思ってくれ!」
「はぁ……わかりました」

 それくらい、全然構わないけど、いきなりどうしたんだろう?

 私が首を傾げていると、聞き覚えのある声が響いた。

「リア、ようやく見つけた!」
「アレスさん! もう、どこに行ってたんですか? 心配したんですよ」
「いやいや、ごめんな。ちょっと面白そうな露店があって……反省しています」

 ジルさんとお別れして、本当に反省しているのか怪しいアレスさんと一緒に領主館に戻りました。

「お父様、ただいま戻りました。市はとっても面白かったです。色々なお店を見てまわったんですよ。それに、ジルさんというおじいさんが、親切に案内をしてくれました。しかも、ジルさんは商人だったのです! 明日、コーヒーの件で館に来てくれることになりました」
「それは素敵な偶然だったね、リリアナ。リリアナのおかげで、コーヒーはオリヴィリア領の大切な宝物になるよ。ありがとう」

 お父様は優しく微笑む。
 私も笑顔を返そうとするが、ふと不安が頭をよぎる。

「でも、心配なことがあります。コーヒーの原材料がバレてしまったら、皆がコーヒーを作り、販売を始めてしまうと思います。そうなると、オリヴィリア領で買う必要がなくなります」

 前世では、こういう問題をどうやって解決してたっけ?
 記憶を必死に辿っていると、1つの単語が浮かんだ。

「お父様、特許です!」
「特許? リリアナが言っているのは、特許状のことかい? 特許状があると、技術や品物を発明した者がその商売を独占して営むことができるんだ。陛下から授けていただく特権だね」

 その特権をもらえたら、コーヒーは真似まねされないし、模造品や粗悪品を取り締まることもできるね。

「お父様、その特許状が欲しいです!」
「リリアナはそう言うと思ったよ。手筈てはずは整えてあるから、特許状もいただけるはずだ」
「良かった。そしたら、おかしな材料でコーヒーを作ろうとする人も取り締まれますね」

 私はほっとして、力が抜けていく。
 そうなると、なんだかウトウトしてきちゃったよ。

 私はお父様に抱えられ、温かいぬくもりの中、眠りについた。 


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