2020年の東京オリンピックの開催は、不動産価格の期待形成に大きく作用するイベントとしてあげられます。本稿では、不動産における「期待」に着目します。特に不動産投資家の意識構造から、(1)価格に対する期待性、(2)賃料に対する期待性、(3)キャップ・レート(不動産の収益率)に対する意識、(4)最適売買時期に関する意識の4点から、現在の不動産投資市場を探ります。
日本の不動産の価格は、2001年9月のJ-REIT(日本版不動産投資信託:Real Estate Investment Trustの略称。JはJapanを示す)市場の創設を一つの契機として、土地建物一体の複合不動産を中心に、当該不動産の生み出すキャッシュ・フローを重視して形成されるようになりました。
このような不動産証券化の流れを受けて、2002年には不動産鑑定評価基準が改正されています。DCF法(Discounted Cash Flow Method)の適用が明記されたことが大きな変化です。つまり、不動産鑑定評価においては、収益還元法による収益価格が重視されて評価されるようになったのです。
収益還元法は、不動産の価格は、将来生み出されると期待される純収益を、現在の価値に換算したもの(現在価値)の総和に等しいとする考え方です。したがって、過去は、不動産の価格形成に影響を与えません。あくまで将来のキャッシュ・フローに対する「期待」が重要となるのです。
なお、本稿で使用しているデータは、2014年4月時点に実施された、一般財団法人日本不動産研究所『不動産投資家調査』における特別アンケート調査の結果に基づくことをあらかじめ明記しておきます。
1.価格に対する期待性
上記のグラフは、「丸の内・大手町地区のAクラスビル」と「城南地区の賃貸住宅ワンルーム」の取引時期に対する認識についてのアンケート調査の結果です。「丸の内・大手町地区のAクラスビル」は、回答者の40.8%が「買い時」と認識しています。一方、「城南地区の賃貸住宅ワンルーム」においては、今が「売り時」との認識が「買い時」との認識を上回っており、52.1%を占めています(図1-1参照)。
このように、不動産によって「買い時」「売り時」の認識が異なっています。このような認識は、今後の不動産価格に対する上昇期待によってなされます。つまり、今を「買い時」と認識している人は、今後の価格の上昇を見込んでおり、「売り時」と認識している人は、今後の価格の下落を懸念しているということです。したがって、オフィスについては、今後の価格上昇が見込まれていますが、一方、住宅においては、価格の下落が懸念されている状況といえます。
2.賃料に対する期待性
この結果を収益還元法に照らして、確認してみましょう。
不動産の価格は、賃料に対する期待によって変動します。価格上昇が期待されているならば、賃料の上昇期待が形成されているはずです。一方、価格の下落が見込まれるのであれば、少なくとも賃料の上昇期待が十分に形成されていないものと考えられます。この傾向は、特に収益用不動産において顕著に現われます。そのような意味で、今後の賃料上昇に対する期待性を捉えることはとても大切です。不動産投資家の今後の賃料上昇に対する期待について見てみましょう。
今後「賃料が上昇すると思う」という問いに対して、「丸の内・大手町地区のAクラスビル」では、91.7%の回答者が「そう思う」「ややそう思う」と回答しています。賃料の上昇を期待する結果が示されているということです。一方、「城南地区の賃貸住宅ワンルーム」においては、賃料の上昇を期待する回答者の割合が50.0%(「そう思う」「ややそう思う」の小計)を占めており、オフィスビルの賃料上昇期待との乖離が著しいことが見て取れます(図2-1参照)。
以上から、賃料の上昇期待(図2-1参照)と価格の上昇期待とが密接に関連付けられていることがうかがわれます。収益還元法に即応した結果といえます。つまり、オフィスの投資市場においては、オフィス賃料の上昇期待がしっかりと形成されていることから、今が「買い時」と認識されているのです(図1-1参照)。一方、住宅の投資市場においては、住宅賃料の上昇期待が弱いことから、今が「売り時」と認識されているものと考えられます。
何故、住宅においては、今後の賃料の上昇期待が弱いのでしょうか。理由は、賃金です。賃金に対する上昇期待が物価上昇期待に比べて相対的に弱いことが原因です。
「物価が上昇すると思う」との問いに対しては、「そう思う」「ややそう思う」との回答は、82.6%を占めています。これに対して「賃金が上昇すると思う」との同回答割合は、45.7%を占めるにとどまっています。つまり、家計の購買力の伸び悩みが懸念されていることがわかります。このことが、住宅の賃料上昇期待に対する制約となっているものと考えられます(図2-2参照)。
今後の実質賃金の動向に注視が必要です。実質賃料が上がらないと、住宅賃料に対する上昇期待の形成は難しく、住宅価格は弱含みで推移することになるでしょう。
3.キャップ・レートにみる不動産投資家の意識構造
ここでは、不動産の収益性をあらわすリザーブ・キャップ・レート(買い手の最大支払い意思額に基づいたキャップ・レート)と物件取引における最適時期の認識に対して、どのような要因が影響を与えているのかを、アンケート調査の意識データをもとに統計手法(共分散構造分析)を用いて不動産投資家の意識構造を探ります。
分析の対象はこれまでと同様に、オフィスとして「丸の内・大手町地区のAクラスビル」を、また住宅として「城南地区の賃貸住宅ワンルーム」をそれぞれ取り上げます。【次ページにつづく】