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 心を病んだ人や認知症の人などが入院する精神科病院。32万人を超す人が入院しており、3人に1人は5年以上の長期入院です。長い入院生活は本人の暮らしに何をもたらすのでしょうか。統合失調症と診断され、30年の長きにわたって入院していた男性がいます。「自由にテレビを見られる」「好きなものを食べられる」。退院してアパートで静かに語る「幸せ」の実感は、ささやかな日常生活のなかにありました。

 さいたま市にある2階建ての古いアパート。部屋のドアをノックすると、中島徹さん(64)が顔を出した。恥ずかしそうに招き入れてくれた。退院して4回目の正月を迎えたばかりの部屋にあるのは、テレビと小さなテーブルなどわずかな家具のみ。畳に座って語り始めた。

 生まれは東京。6歳のときに母が死亡。父は厳しく、よく殴られたり、蹴られたりした。父の再婚後、祖父母宅に身を寄せ、高校に通った。30歳のとき、プラスチック工場で夜通し働いて眠れなくなり、仕事が手につかなくなった。すでに父は亡く、継母に福祉事務所に連れて行かれた。紹介された埼玉県内の精神科病院に入院した。

 鍵のかかった閉鎖病棟。6人同室の畳部屋だった。中島さんによると、起床時間前に目が覚めると寝ているように言われ、夜9時以降はテレビは見られなかった。風呂は週2回。規則を破ると、水も自由に飲めない保護室と呼ばれる部屋に入れられた。別の患者とけんかをして1週間入れられたことがある。「二度と入りたくないね、あの部屋は」と言う。

 面会に来た継母に「退院したい」と言ったが、「ダメ」。医師に退院希望を伝えると、「糖尿病だから」と言われた。「しょうがないのかな」。そう思い、あきらめてしまった。

 その後、鍵のかかっていない開放病棟に移ったが、「1人での外出は許されず、30年一度も、外出も外泊もしたことはないよ」と振り返る。

 退院は11年3月。治療に入院の必要のない社会的入院を減らそうという動きがあり、医師から促された。精神障害のある人たちの地域生活を支援する公益社団法人「やどかりの里」(さいたま市)での体験外泊などを経て、アパートに住み始めた。「やどかり」は退院後に引き取る家族がいない人の住居や職場を提供してきた団体だ。

 中島さんにとって最初は目に入るもの体験することがすべて驚きだった。回転ずし、スーパーの品数の多さ、バスの乗り方……。お金の管理から生活用品の買い物まで経験がないことばかり。米を炊くこともできるかどうかと心配が先に立った。一つずつ、「やどかり」の職員の支援で覚えていった。いまでも火事が心配でコンロはなかなか使えない。平日の食事は宅配弁当、週末はコンビニなどで買う。

 それでも中島さんは言う。「トンカツなど好きなものを買って食べられるのが、何よりもうれしい。正月はおせちを食べた。もちも電子レンジで温めてカップ麺に入れて食べた。おとそも少し飲んで、久しぶりに酔っちゃったよ」