年頭にがんが免疫機能によって撲滅できる日が近づいているのではと夢を語った(「がん征圧」の初夢、実用見据える「免疫療法CART」「遺伝子エクソーム解析」、西川伸一を参照)。
昨年発表された「キメラ抗原受容体T細胞療法(Chimera Antigen Receptor T therapy:CART)」という技術と、免疫を弱めるシステムに対する抗体治療、抗PD-1、 抗PDL-1、抗CTLA4という抗体についての論文の結果が極めて印象的で、期待を与えてくれたからだ。
ただ正直に言うと、抗体治療についてはどうしても他の懸念が頭をよぎる。
最新鋭の薬はコストが課題
理由は「コスト」だ。多くのがんに効くことが明らかになった場合、1回数十万円する抗体を長期間打ち続けることが経済的に可能か、今後議論が続く気がした。
CTLA-4とPD-1を比べたとき、CTLA-4は複雑で経済性の壁を越えるのは容易ではないかもしれない。一方で、PD-1の方は安価な化合物で効果を出せるかもしれない。
PD-1と一緒に別の酵素「フォスファターゼのSHP2」が動くと分かっている。ここを狙える可能性があるからだ。
ちなみに、細胞の中ではさまざまなタンパク質や核酸などが連鎖反応をして機能につながっている。その連鎖反応の中の一つが「リン酸化」という化学反応だ。タンパク質をリン酸化することでそのタンパク質が別の機能を持つ。タンパク質にリン酸を付ける「キナーゼ」という酵素。リン酸を除くのが「フォスファターゼ」という酵素だ。
PD-1と関係するのはフォスファターゼだ。フォスファターゼを邪魔すると、逆の働きを持つキナーゼが動き出す可能性がある。がんではキナーゼが増殖に関係することがある。フォスファターゼに働き変えると、がんの場合は増殖を促さないかと思っていた。
すると長崎大学の知り合いから新しい考えの論文を紹介された。
1960年前後から使われる古い薬
岡山大学、鵜殿平一郎さんらの研究だ。米国科学アカデミー紀要オンライン版に掲載された。
タイトルは「2型糖尿病薬メトホルミンによるがん免疫(Immune-mediated antitumor effect by type 2 diabetes drug, metformin.)」だ。メトホルミンはビグアニド系の抗糖尿病薬だ。スルフォニルウレア系薬剤(SU薬)とともに私が学生の時から存在している歴史を持っている。
最近になって、その抗がん作用が疫学的研究から明らかにされ、急に注目され出した。
最近もMedエッジでは米国カイザー・パーマネンテからの論文を紹介していた(糖尿病薬メトホルミンで肺がんのリスクが低く?米国研究グループが報告を参照)。
効果の背景については、IGF抑制などの説はあるが、はっきりしていなかった。
意外なメカニズムが隠れていた
鵜殿さんらの論文は、モデル動物を使って、メトホルミンの作用の一つが、がんに攻撃を加える「細胞傷害性T細胞」の活性を増強することにあると見出している。
研究では、まずメトホルミンの抗がん作用ががんの周りに浸潤していく細胞障害性を持つ「CD8陽性T細胞」の活性増強を介していると発見した。次に細胞に攻撃をしていく「キラー活性」を増強していくメカニズムを突き止めている。T細胞が細胞死に陥るのを防ぐというものだ。PD-1をはじめとするさまざまな抑制シグナルの影響を除外していくのだ。
ほかにも、さまざまなサイトカインを同時に出せるPD-1を持たないT細胞ががん局所で増やす。その上に、信号として「AMPK」から「mTOR」という信号伝達が介在しているといった発見もある。
最も重要なのはメトホルミンががんのある場所でキラーT細胞を維持する効果があるという発見だろう。
実用化へ本格的に動け
モデル実験での話だが、すでに広く使用されているこの薬剤をテストすることは簡単だ。実際、コストで言えばメトホルミンは抗体治療の対極にある。メトホルミンの薬代は1回、30円程度だ。1日1~3回として、おそらく1カ月の薬代は保険を使わずに自分で全て払っても数千円もかからないだろう。
一方、抗PD1抗体は一本が70万円を越してくると想像する。もちろんこの論文で人のがんへのメトホルミンの効果を結論できない。
ただ、作用機序は違っても、標的になる過程は「キラーT細胞」の活性を増強することだ。ぜひ、がんをわずらっている本人の立場に立って、抗体と比較する臨床試験や併用試験を進めてほしいと思う。
残念ながら、岡山大学ではプレス発表していないようで、メディアの目にも止まらない。
それが我が国の問題だ。
関連情報
Eikawa S et al.Immune-mediated antitumor effect by type 2 diabetes drug, metformin. Proc Natl Acad Sci U S A. 2015;112:1809-14.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/25624476
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