記事盗用疑惑にかんする訴状での上杉氏の主張

上杉隆 氏は池田信夫氏を提訴した訴状のなかで、じぶんは読売新聞の記事を盗用していないと主張し、一連の説明を試みている。その内容はしかし、これまで上杉氏が公の場で述べてきた話とはかなり食い違ったものになっている。例えばこれまで上杉氏は、問題のリストについて読売記事の 発売前 に入手したと主張していたが、訴状では自らこの事を否定し、読売の 発売より後 にメールで受けとったと述べている。

6.原告は読売記事を盗用していない

〔略〕

(キ)甲9(2~5頁)のリストを出口リストもしくはCと呼ぶことにする。出口リストは読売記事と同じ内容である。
そうすると、読売記事(A)=原告記事(B)=出口リスト(C)ということになる。また、読売記事のうち甲3の2は3月19日8時17分に配信され、甲3の1についても通常の新聞作成、配送(出稿→編集→印刷→新聞販売店→家庭や駅売店などへの配達)を考えると3月19日早朝には読者が閲読可能になっていたと考えられる。他方、出口リストが****から訴外出口に送信されたのは同日11時05分であり、訴外出口から原告に転送したのは同日12時29分である(甲9)。 すなわち、読売記事が出口リストより時間的に先行している。したがって、読売記事は出口リストを盗用したとか、読売記事が掲載されるまでに原告は出口リストを入手していたという主張は成立しない(原告もこのような主張をするものではない)。


訴状における上杉氏の主張について



(a)読売の記事を盗用していない
問題のリストはD氏=出口晴三氏より読売での掲載より後にメールで受けとった。リストが読売記事のものと同一だとは知らなかった。だから盗用ではない。

(b)池田氏は盗用を信ずるに足る理由もなしに断定している(真実相当性がない)
メルマガには「D氏より提供」と書いていたのだから、池田氏はその点について自分に取材すべきだった。そうすればD氏=出口氏が情報源であり記事を盗用してないと分かった筈である。

上杉氏の主張については、以下の点を指摘できる。

目次


1.リストの入手時点についてこれまでと矛盾する主張をしている

上杉氏は訴状の上記引用において次のように述べている。 <以下引用>
すなわち、読売記事が出口リストより 時間的に先行 している。したがって、読売記事は出口リストを盗用したとか、 読売記事が掲載されるまでに原告は出口リストを入手していたという主張は成立しない (原告もこのような主張をするものではない)。

しかし、上杉氏はこれまで以下のように主張していた。 <以下引用>

盗用したとされている3月19日の読売新聞朝刊に掲載された「海外避難リスト」につきましては、同じリスト(同型)を上杉は少なくとも 発売前までに情報提供者より入手した ことが確認できました。今回、その点を、情報提供者との双方間、および別の関係者、また電磁記録によって確認しております。

上杉  読売を盗用したというのなら時系列が全くの逆で、タイムマシンでもないと無理な話ですよ。

上杉  じつは今日初めてきちんとお話しますが、この1ヶ月間、そうは言っても自分も間違いはあって、あの3.11は大混乱のさなか、停電もして、状況もわからないなか、もしかして読売新聞の記事を盗用したのかもしれないと、これは。あるいは善意の情報提供者が読売新聞の盗用の記事を私に渡したのかもしれない。こういう可能性を全部チェックしました。その報告書が100ページぐらい、事故報告書、そして第三者、さらには弁護士も含めてチェックしたものを週明けに出します。

櫻井  どうだったんですか? 結局あなたはその、知ってか知らずか、その読売新聞のものをそっくりそのまま使ってしまったんですか?

上杉  まったく違いました。結論から言うと、それはインターネットに最初、一番最初に原情報はですね、各国大使館のリストなんですよ、記事ではなくて。まずですね、海外メディアがそのリストを作成した、個別にしたのがですね、それを翻訳する人たちが、まさに匿名の人たちがいて、そのネット上に落ちていたものを、{私の情報提供者の方、この方は細かくはこれ言えませんけど、その方、政府・外交関係者の方がまとめたものを、それをお互い使ったということが確認とれましたので。

このように、上杉氏はこれまでリストを読売新聞の発売前に入手していたと公の場で一貫して主張しており、またそのことは弁護士も確認済みだと述べてきた。しかし上杉氏はこのことを、上記引用箇所も含め訴状全体のなかで一言もふれていない。そして逆に「読売記事が掲載されるまでに原告は出口リストを入手していたという主張は成立しない」と、自らこれまでの発表とは矛盾することを述べている。


2.上杉氏は当初の反論ではD氏についてふれていなかった

上杉氏は訴状のなかで、池田氏は記事を書くまえにD氏のことを上杉氏に取材すべきであったと述べている。しかし、上杉氏は記事盗用疑惑に対する反論を公にした当初、そのような事はなんら述べていなかった。そこでは上杉氏は以下のように主張している。 <以下引用>
あの震災直後の多忙と絶望の一週間の最中に、どうやって私が3月19日の読売新聞の記事を知ったのか不思議だ。

もう、これだけ説明すれば、十分だろう 。あとは、江川氏ら扇動する者たちが 読売新聞に取材すれば済むだけだ。

少しだけヒントを出せば、当時、私は自らの情報に関しては著作権などの権利を解除していた。たとえばメルマガなどに載った情報も、問い合わせがあれば、「緊急事態です。人道的見地からも、どうぞ自由に転載してください」と言っていた。

盗用疑惑にかんする一連の回答のなかで、上杉氏が情報提供者に初めて言及したのは、10月12日に池田氏が上杉氏にかんする最初のブログ記事「読売の記事を盗用した上杉隆氏」を書いた後、10月15日の事務所の告知においてである。また池田氏の10月20日のブログ記事によれば、池田氏はじっさいに読売新聞に問い合わせてその内容を書いている。

さらに上杉氏は、D氏についてのこれまでの前提を訴状のなかで変えている。上記 の項目で見たように、上杉氏は元々「 読売の発売前にリストをD氏から入手していた 」と主張しており、池田氏による10月24日の記事の「 上杉氏の主張が正しいとすれば、読売オンライン編集部のスタッフがウェブサイト用の決定稿を上杉氏に横流ししたということしか考えられない。だとすると『D氏』のやったことは窃盗だから、彼は懲戒解雇されるだろう。それを『著者調べ』としてメルマガに掲載した上杉氏も共犯だ 」という文章も、この上杉氏の主張を前提としている。ところが上杉氏は訴状で「 リストは読売の発売 にD氏から受けとった 」としてこの前提を消去したうえで、池田氏による上記の文章を「根拠のない独自の見解」であり名誉毀損(訴状第3の5⑥(ウ))だとしている。



3.上杉氏は本当に読売記事のことを知らなかったのか

上杉氏は、上記引用②の(ケ)で以下のように述べている。 <以下引用>
仮に、原告が読売記事の存在を知っていたとすると、3月19日付読売記事(甲3の1,2)とまったく同一の記事を、盗用であることが発覚する(ばれる)リスクを冒してまで、3月23日にメールマガジン(甲4の1)に掲載するであろうか。ジャーナリストである原告がそんな幼稚なことをすると考えるのはあまりに非常識で経験則に反している。当然、盗用といわれないために国数を増減したり、掲載国の順序を変更したり、勧告内容を若干変更するであろう。

ところで、上杉氏は今年10月に出版された著書『メディアと原発の不都合な真実』にも各国の退避リストを載せている。盗用疑惑をめぐる一連の話のなかで、上杉氏はこのリストのことに一度もふれていないが、そこには問題のメルマガと同じ2011年3月23日の日付で「上杉作成」とある。そしてこのリストには読売の19日記事のみならず、同紙の17日夕刊記事に掲載されたリストとも同一および酷似した表記がみられる。この情報は、訴状に添付された出口氏からのものとされる転送メールにも記載されていない。昨年3月23日、上杉氏はどこからこの情報を得てリストを作成したのであろうか。



表の見方
左上 読売新聞 3月17日夕刊  
赤: 上杉氏のリストと表記が同じ 
『メディアと原発の不都合な真実』 (2012年10月25日) 81頁

赤: 読売17日夕刊記事のリストと表記が同じ
橙: 読売17日・19日記事のリスト双方と表記が同じ (17・19日の表記は共通)
黄: 読売19日記事のリストと表記が同じ
左下 読売新聞 3月19日  
黄: 上杉氏のリストと表記が同じ 

上杉氏の表(右)でとくに目を引くのは、読売17日夕刊記事(左上)の、オランダ、ポルトガルの退避情報との表記・並びの一致である。ちなみにオランダ大使館HPおよびポルトガル大使館HPにはこのような日本語の情報は掲載されていない。

上杉氏は訴状のなかで、受けとったリストの情報は各国大使館HPで確認したと述べており、盗用疑惑への反論を最初に述べた記事でも、「 海外避難情報のソースはすべて各国大使館のHP 」だと述べている。しかし上杉氏によるこれらの話は、確認できる事実に反している。たとえば、上杉氏による問題のリスト=読売19日記事(左下)にある米国の退避情報のうち、「福島第一原発から80キロ圏外への退避勧告」は米大使館HPにも掲載されているが、それ以外の情報源はそれぞれ、

「チャーター機で約100人が台湾へ退避」-17日(米時間)国防総省国務省
「外交官らの家族約600人に退避許可」 -16日(同)国務省
「軍人の家族2万人の国外退去を支援」  -17日(同)国防総省

であり、これらについては(日本語でも英語でも)米大使館HPには掲載されていない。すなわち、各国情報を大使館のHPで得たという話もそこで確認したという話も疑わしい。とくにオランダ、ポルトガルのように大使館HPに日本語情報もなく出口メールにも記載のない、読売17日記事と同一表記の情報を、上杉氏は昨年3月23日にどこから入手し、リストを作成したのであろうか。


4.大事故のさいに著作権が解除されるのが「世界のジャーナリズムのルール」?

訴状と直接の関係はないが、上杉氏はさる12月10日の講演会において、あきらかに今回の事件を念頭に著作権にかんする見方を述べている。上杉氏は福島第一原発3号機の爆発の画像を見せながら、「これはBBCから取りました。けっして読売新聞から取った訳じゃありません」と述べ、「世界中のジャーナリズムのルールでは大きな事故の時には著作権が解除される」と主張している。

元動画はこちら→http://www.ustream.tv/recorded/27626623 <以下引用>
上杉  ふつう、 世界中のジャーナリズムのルール では、戦争や或いは大きな事故、カタストロフィー的な事故の時は、著作権、つまりその人達の命や生活あるいは人命などに関係する人道的な立場を求めなくてはいけない、そういうような事故・事件・戦争のときは 著作権が解除される んですね、一時期。まさにそれが福島の第一原発の事故だったわけです。ですから本来ならばこういう事故が起これば 世界中のメディアが共通認識で著作権解除 で「みんな使え、もうタダでいいから」というふうになるんです。
上杉氏は盗用疑惑への最初の反論記事でも、当時自らが著作権を解除していたという話をしているが、むろんこうした事は訴状のどこにも書かれていない。上杉氏はこのような話によって、盗用疑惑について世間向けに別の仕方での弁明を試みているようにも見える。

しかし件のリストについていえば、通常新聞の記事や表の引用は出典を明記さえすればいつでもできるので、非常時の著作権の解除といった話は関係ない。もっとも、問題となった上杉氏の記事の場合、その主旨からして読売という出典を明記できない。なぜなら上杉氏の記事の主旨は、読売など大手メディアが各国の退避勧告を報じなかったと糾弾し、その不誠実を暴露するとして件のリストを掲載するというものだったからである。問題の9月の記事で上杉氏は退避リストについてこう述べている。 <以下引用>
さらに大きな問題は 今なお、 こうした事実が公表されず、どのメディアも報じない ことにある。


※動画の上記引用箇所のあと、上杉氏は枝野長官が3号機の爆発について「ポンという爆発的事象」と発表したと述べ、これが事故を矮小化する意図によるものだった事を仄めかしている。しかし枝野氏のこの発表は実際には3号機ではなく2号機についてのものである(2011年3月15日官房長官会見同会見動画(3分25秒あたり)、朝日新聞デジタル同会見)。上杉氏はこの講演と同タイトルの著書(29頁)でも同様に述べるなど以前から同じ誤りを繰り返している。






※上杉氏の訴状の閲覧方法について

東京地裁(アクセス)14階の民事記録閲覧室(9:00-12:00 13:00-17:00)で申込書類に下記の事件番号および原告・被告名を記入し、必要事項を書いて提出すると閲覧できます。

・事件番号 平成24年(ワ)第32508号
・民事第6部
・原告 上杉隆 被告 池田信夫ほか

150円の収入印紙(地下1階の郵便局で購入可)と判子、身分証が要ります。
閲覧のさいに複写・撮影不可、メモ取り可(PC使用可)。



更新
2012.12.15 4に説明文とリンクを追加
2012.12.24 修正:訴状第3の4⑥(ウ)→訴状第3の5⑥(ウ)
2013.1.1 参考リンクに追加
2013.1.14 「チャーター機で約100人が台湾へ退避」を17日のオバマ大統領声明としていましたが「国防総省」の誤りでした。お詫びして訂正いたします。
2013.2.26 東スポWebからの引用を追加
2013.12.9 訴状内容を別頁に移してリンク。