2015-02-11
NATROM氏はどこで道をあやまったのか〜なぜ1994年報告書はMCSや臨床環境医を否定しなかったのか〜
まずNATROM氏によるこういった暴言
http://d.hatena.ne.jp/sivad/20130704/p1
から始まり、いま議論しているのは、NATROM氏がMCSおよび臨床環境医を否定する根拠を述べている、2002年のこちらの文章に関してです。
http://members.jcom.home.ne.jp/natrom/consensus.html
ここでNATROM氏は、EPA(Environmental Protection Agency:米国環境保護庁)や米国医師会(AMA:The American Medical Association)が出している以下の報告書が、MCSや臨床環境医を否定的に書いていると主張しています。
Indoor Air Pollution: An Introduction for Health Professionals
http://www.epa.gov/iaq/pubs/hpguide.html
しかし一読してわかるように、氏が否定の根拠としている”claimed””suspected”は、医療において症状を述べたり、推測したりする際に普通に使われる単語であって、特に否定的意味はなく、以下のような氏の主張はまず英語レベルでの誤読であることがわかります。
アメリカ医師会らの報告書は臨床環境医学の主張するような多種化学物質過敏症の概念を支持しているわけではありません。だから、claimed(〜と主張されている)やsuspected(〜だと疑われて いる)という表現になっているのです。
またこの周辺の訳は以下に記してあるのでざっとお読みください。
http://d.hatena.ne.jp/sivad/20130912/p1
これに対して氏が書いたのがこちら。
http://d.hatena.ne.jp/NATROM/20130907#p1
さてNATROMさん、当の文章を読まずに、参考文献ですらない文書を持ち出して、いったいなにがしたいのでしょうか。
理屈を追ってみると、どうやら、過去に否定的だったのに、1994年に急に擁護的になるはずがない、といいたいように読めます。が、いやいや、そこにいたる経緯を知りたければ、当該文書にある参考文献を読むべきなんじゃないですか。
たとえば報告書の
MULTIPLE CHEMICAL SENSITIVITY (MCS)For the health professional:で引用されている文献、
Miller, Claudia S. "Chemical Sensitivity: History and Phenomenology". Conference on Low Level Exposure to Chemicals and Neurobiologic Sensitivity, Agency for Toxic Substances and Diseases Registry, Baltimore, MD, April 6-7, 1994.
には1994年時点でのMCSに関する流れがよくまとまっています。もちろんこういう報告書は総合的な状況を勘案して書かれるもので、現在でも研究途上のMCSについて、当時状況を一変する画期的な発見があったわけではありません。
しかし、1994年報告書の少し前に、ある非常に示唆的な出来事があったことはきちんと記されています。
上記の1994年の報告書は米国環境保護庁EPAや米国医師会AMAといった複数の組織が合同で書いていますが、そのまさにEPA内部でMCSが発症していたことが、1991年頃に明らかにされたのです。
該当箇所を引用して一部訳してみましょう。
皮肉にも、数年前にEPA(Environmental Protection Agency:米国環境保護庁)は27000平方ヤードの新たなカーペット、塗装、改装スペースをワシントンDCのWaterside Mall本部に設え、MCSについて直接に学ぶ、ありがたくない機会を得ることとなった。改装後に約二百名の職員がシックハウス症候群を発症、さらにそのう ち数十名がMCSを発症したのだ。これらの職員は、改装前には何の問題もなかったたばこの煙、臭い、エンジン排気やその他の微量の曝露に耐えられなくなったと訴えた。*2何名かはもはや働き 続けられないと辞職した。何名かは職務を変えるか、新たな職務を得て在宅勤務となった。何名かは、EPA が提供するカーペット、消毒剤、芳香剤などを排除し、窓を開けて換気できる特別性のオフィスに移動した。
さて、これらの職員たちは、臨床環境医による謎の暗示によってMCSを発症したのでしょうか? もちろんEPAはそうは考えなかったわけです。
ここより、EPAはMCSに関するNAS( National Academy of Sciences:米国科学アカデミー)の会議への出資を行い、またEPA自身によるMCS研究にも乗り出すこととなります。
これらは1992年頃には進行中の事態だったでしょうから、たとえば1992年のAMAの文書にはまだ盛り込むことはできなかったのでしょう。
こういった経緯を踏まえた上で1994年の報告書を読めば、なぜEPAらがMCSや臨床環境医を否定できなくなったのかは、もはや明らかでしょう。
もちろん数十名のEPAの職員がMCSを発症したからと言って、その機序が一気に解明されるわけではありません。しかし、人生や生命を大きく左右する重篤な症状の患者を次々に目の当たりにした時、機序が明らかになるまでなにもしない、というわけにはいきません。
たとえば現在問題となっている子宮頸がんワクチン副反応について考えてみましょう。*3
副反応の機序については、いくつか示唆される報告はあるものの、まだまだ全容はわからない。新たな病気には治療法のエビデンスも当然ない。ではわかるまで放置する? 機序がわからないなら心因性にしてしまえばOK?
いいえ。人間の病気の解明というのは数十年、あるいはそれ以上かかっても不思議のないプロセスです。水俣病ですら、その機序はまだはっきりとはわかっていません。
そんな中で、もちろん、患者との信頼関係協力関係の中で慎重にですが、可能な範囲で症状を緩和する対処法を手探りででも進んでいかなくてはならない。それが医療というものです。NATROM氏はどうやらそこがまるでわかっていないようです。
EPAは身をもってそれを体験し、MCSの存在と複雑さや、臨床環境医も含めた多様な視点による取り組みの重要性に気づいたということでしょう。
さてNATROMさん、これで1994年の報告書が文章としても、歴史的経緯からも、MCSや臨床環境医を否定したり排除はしていないことがお分かりになったかと思います。
あなたが良心ある医師であるならば、2002年以来、もう12年以上も患者さん方を苦しめ続けている誤った言説について、誠意ある対応をなさったほうがよいのではないでしょうか?
参考:
ちなみに氏は英国の、またぞろ1994年の文献を持ち出してきています。何度もいいますが、もう少し新しい知見を追いましょうね。たとえば英国なら2000年にイギリス・アレルギー環境栄養医学協会(BSAENM)が報告書を出しています。
Multiple Chemical Sensitivity: Recognition and Management. A document on the health effects of everyday chemical exposures and their implications
http://www.bsem.org.uk/uploads/BSEM%20MCS%20Report.pdf
EXECUTIVE SUMMARYの4を見てみましょう。
The genuine nature of MCS has been recognized by officially commissioned reports from independent scientists in the USA and the UK, who have concluded that it is a valid diagnosis and a sometimes disabling condition, although all have stressed the need for further research.
MCSの本物の性質は、米国と英国とでそれぞれ独立した科学者らによる公式な報告書において認識されており、MCSが有効な診断であり、時に重篤な疾患であると結論しているが、すべてにおいてさらなる研究が必要だと強調されている。
そういうことですね。