村上さん、はじめまして。*沢*史と申します。
村上さんの作品は中学生の時に図書館で短編全集を読んだことをきっかけとして、これまでに殆ど全て読んできました。村上さんに少なからず影響を受けさせていただき、いま僕は大学の英文科に所属しています。さて、先日『翻訳夜話』を拝読いたしました。村上さんと柴田先生は、原文の「声」を聞くのが翻訳においては重要であり、それを上手に移し替えるのが翻訳者のやるべきことであるとおっしゃっていました。
この件についてお尋ねしたいのですが、いったいどのようにして原文の「声」を聞けるように至るのでしょうか。僕はどうしても原文をいわゆる翻訳調のような日本語にしか置き換えることが出来ず、作品に対して自分が「音痴」なのかも知れないと半ば諦めつつあります……。
センスの問題に他ならないのであれば諦めるより他ないのですが、なんとか原文の「声」を聞けるようにならないものでしょうか。一方的な質問ですみません。お返事いただけると幸いです。
(*沢*史、男性、22歳、大学生)
「いわゆる翻訳調のような日本語」に置き換えるところから翻訳はだいたい始まるものです。次にそれをほぐして解体し、もう一度自分の文章として並び替えます。原文の意味や味わいをできるだけ損なうことなく、生きた日本語に再構築していくわけです。それが翻訳の醍醐味であり、翻訳者の腕の見せ所になります。僕も何度も何度もその作業を繰り返します。納得がいくまで繰り返します。そのときに「原文の声に耳を澄ます」という作業が必要になってくるわけです。それから自分自身の文体みたいなものも必要になってきます。
あなたは「いわゆる翻訳調のような日本語」に置き換えるという段階にまだとどまっているのだと思います。そこから「再構築」の段階に進まなくてはなりません。まだ22歳ですから、努力すればそれはある程度できるようになります。良い先生について、実践的に勉強するのがいちばん良いと思いますよ。声を聞き取る音感と、言語的センスはもちろん必要です。それがあなたにどの程度備わっているか……そればかりは僕にはわかりません。あなたのメールの文章はとてもきちんとして、読みやすいですが。
村上春樹拝