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~「愛着障害」と子供たち~
一昨年(2013年)、広島県で起きた少年少女による女子生徒殺害事件。
事件を主導したとされる少女に1審判決が下り、その背景として、ある障害が指摘されました。
今、その障害がさまざまな少年犯罪で要因の1つになっているのではないかと注目されています。
幼少期に親から虐待などを受けることで、自分の感情や行動をうまくコントロールできなくなる愛着障害。
脳にどのようなダメージを与えるのか、最新の科学で明らかになりつつあります。
医師
「良い行いをして褒めても響かない。
悪い行いをしたときに逆ギレしてパニックをよく起こしてしまう。」
愛着障害のある子供をどう支えるか。
専門家がチームを組んで改善させる取り組みも行われています。
養護施設の職員
「赤ちゃんを抱いているような感覚でずっと接してきました。」
不可解な少年犯罪の背景で、子供たちの心に何が起きているのか。
最前線からの報告です。
一昨年6月、広島の山中で起きた16歳の少女の殺害事件。
犯行に及んだのは、通信アプリで知り合い、お互いをファミリーと呼び合って共同生活をしていた7人の男女でした。
殺害を呼びかけたのはそのうちの1人、16歳の少女です。
事件はその凶悪性から、家庭裁判所で行われる少年審判ではなく、成人と同じ刑事事件として扱われることになりました。
去年(2014年)10月に下された判決は、求刑よりも2年軽い懲役13年。
判決理由には減刑した理由の1つとして、少女の生い立ちが挙げられていました。
“犯行動機に被告人の不遇な成育歴に由来する障害が影響している”。
裁判では、少女が幼少期に虐待を受け続けたとし、そのことで怒りをコントロールできなかったとしました。
精神鑑定で指摘されていた、「愛着障害」の影響を認めたのです。
少女は4歳のころから母親からたびたび激しい虐待を受け、ほとんど会話することもなく、家で生活することが苦痛だったといいます。
事件のあと、初めて少女と会った主任弁護士の中田憲悟さんは、16歳とは思えぬ幼さと粗暴さを感じたといいます。
少女の弁護をしている 中田憲悟弁護士
「逮捕当初、本当に粗暴な感じでしたし、母親は真面目に毎日のように面会に行くんですけど、娘である少女は拒否するんですね。
“自分がこんなになったのは母親のせいだ”というぐらいの対応をずっと繰り返していました。」
逮捕後に少女が母親宛てにつづった手紙には、それまでの生活が次のように記されています。
“16年間、一緒におって楽しいって心の底から幸せだって思った日、私の記憶の中にないんよ。
ずっと気遣って、言うこと聞いて、そんな記憶しかない。”
長年、少年院で子供たちと向き合ってきた医師は、今起きている多くの少年事件の背景に、虐待や愛着の問題が存在するといいます。
福島大学 子どものメンタルヘルス支援事業推進室
桝屋二郎特任教授
「非行少年の中に虐待を受けている子が多いというのは、いろんな調査で出てきています。
間違いなく虐待が非行とか犯罪に関わる影響というのを見ていく視点は、主流になりつつあるというか、大事にされつつあるというふうに思います。」
少年事件を起こし愛着障害の疑いがある子供の多くは医療少年院に送られ、更生プログラムを受けることになります。
しかし、愛着障害がある子供は基本的な人間関係をうまく築けていないため、その接し方に苦慮するといいます。
関東医療少年院 教育部門 斎藤幸彦法務教官
「職員にベタベタと甘えてくる。
逆にささいなことで牙をむいてきます。
何が不満なのか分からないんですけども、すごいエネルギーで爆発してくる子がいます。
なかなか予測ができない中で教育していかなければいけないというのが、非常に難しいと思っています。」
愛着障害特有の難しさに加え、さまざまな事情が複雑に絡むので、更生といっても従来の対処法だけでは困難な面があるといいます。
関東医療少年院 医務課長 遠藤季哉医師
「愛着の問題は虐待と関連がありますけど、これは虐待、これは(先天的な)発達障害、みたいに単純には割り切れない。
いろんな問題、要素が絡んで本人の複雑な症状をつくり出している、非行をつくり出している。」
少年犯罪の要因の1つとして指摘されながらも、実態がつかみにくい愛着障害。
今、脳科学の視点から究明が進められています。
福井大学教授で医師の友田明美さんです。
友田さんは、愛着障害の子供たちとそうではない子供たちで脳の機能に違いがないか調べています。
6年前には、激しい虐待によって前頭皮質と呼ばれる部位の体積が減少する傾向があることを突き止めました。
前頭皮質は、感情や理性をつかさどり反社会的な行動を抑制する信号を発する場所で、体積の減少はその機能を低下させることにつながります。
さらに、2年前からは線条体という別の部分にも着目しています。
線条体は、前頭皮質からの信号を受け、行動を起こしたり、逆に行動を抑止したりすることに直接関わる部位です。
これは、愛着障害の子供とそうでない子供の線条体を比べたもの。
平均的な子供は刺激を与えると、線条体が大きく反応する傾向を示します。
しかし、愛着障害の子供に同じ刺激を与えても、小さくしか反応しないことが多いというのです。
福井大学 子どものこころの発達研究センター
友田明美教授
「これがうまく働かないと、良い行いをして褒めても響かない。
悪い行いをしたときにフリーズといいますか、行動を変えることを止めてしまう、そういうことがあり得る。
ささいな情報で逆ギレしてパニックをよく起こしてしまう。」
脳の変異と犯罪の因果関係はまだ明らかではありません。
しかし、愛着障害の究明を脳科学から進めることで、新たな対処法を見つけることができるのではと友田さんは期待しています。
●愛着障害を持った子供の心もようとは?
愛着っていうのは、しばしば船と港の関係に例えられます。
港、すなわち親や家族が安心できる場所、安全な場所であると、船である子供は外の海に向かって悠然と出かけていくことができます。
そして燃料が少なくなってくると、また安心な港に帰ることができます。
ところが、もしその港がうまく機能していない場合はどうかといいますと、子供はまず、常に裏切られた経験というのを積み重ねてしまった結果、自分を分かってくれる大人なんかいるわけがないという、そういう気持ちに陥りがちです。
これが、褒められても喜ばないということですね。
また一方で、非常に危険な目に遭ってることが多いものですから、そのために、つい警戒信号というのを常にぴりぴりと発信させている。
ですから客観的にいえば非常に小さい刺激であっても、過剰に反撃してしまうっていう、そういうことが起こりやすいという、そういう意味で、今おっしゃったようなことが起こってるんだと思います。
●わざと大人が嫌がるようなことをする傾向もある?
それは、心の隅ではひょっとしたら自分を分かってくれる大人もいるかもしれないという気持ちがあるものですから、そのために試してみるということで、わざとそういう行動をするっていうことが少なくありません。
●愛着を形成するにはどれだけ時間が必要?
時間は関係ありません。
短くても大丈夫です。
むしろ子供の行動や気持ちに対して、必ず応えてあげてることがあるかどうか。
私どものことばでは「応答性」と呼びますけれども、応答、すなわち応えてあげてるってことがとても大事なわけです。
(子供のほうから声をかけてきたときに親がきちっと向き合うこと?)
おっしゃるとおりです。
逆にそれを無視してしまいますと、いくら長い時間つきあっていても、それは意味がなくなってきます。
●愛着形成の期間、何歳までが大事?
これはあくまで目安という意味ですけれども、大体3歳ぐらいを過ぎますと、自然にその港から外に行く時間が長くなってきます。
ですから、いくら引き止めようと思っても、自然に3歳ぐらいからは、だんだんだんだん手が離れていくっていう、それが実情だと思います。
●虐待など強いストレスによる脳発達への影響、どう捉える?
脳研究というのは日進月歩の分野ですので、これから10年先、15年先、どのぐらいのものが生き延びているかというと、なんともいえないところがあります。
ですから、過剰な信頼は避けるべきだと思いますけれども、少なくとも、この環境的な要因が、脳にも影響を与えるという、そういう警鐘の意味はあると思いますね。
一方で、それをあまりに強調しすぎますと、虐待がすぐ脳に影響を及ぼし、そして、またダイレクトに犯罪につながるというふうな間違った固定した考え方を与えてしまうことがありますので、そういう考え方は避けるべきだと思います。
愛着障害を研究する福井大学教授の友田明美さんは、脳科学の知見を生かした新たな治療薬を模索しています。
その1つが、オキシトシンと呼ばれるホルモンです。
スキンシップなどで安心感を得られたときなどに分泌されるホルモンで、人との信頼関係を醸成する役割を果たすとして国内外から注目されています。
友田さんは、2年ほど前から愛着障害の子供たちに対して試験的に投与しています。
オキシトシンは愛着障害によって反応が鈍くなったと見られる線条体に強く作用するため、効果が見込めるのではないかと考えたのです。
福井大学 子どものこころの発達研究センター
友田明美教授
「試行錯誤しながら、どういうタイミングで使うべきか、そういうことを今、見極めている段階です。」
脳の機能を回復させる治療は、人間的な関係を取り戻す心理的なアプローチと合わせることで意味を持つと友田さんは考えています。
この日、友田さんは精神安定薬を処方しながら6年間カウンセリングを行っている少女を診察しました。
現在、中学1年生。
1歳でネグレクトを受け、以来、児童養護施設で暮らしています。
小学生のころから暴言を吐いたり、包丁を持ち出して人を脅したり、問題行動を続けてきました。
福井大学 子どものこころの発達研究センター 友田明美教授
「お友達とのけんかはどうですか。」
少女
「口げんかはある。」
友田さんは、施設の職員や心理士、そして学校の教師などとチームを組んで、少女に愛着の心が育つようアプローチを続けてきました。
誰かが必ず少女に関心を抱いている環境を作り、幼いときに育まれてこなかった愛着の形成を促そうとしているのです。
養護施設の職員
「養護施設に来る子供たちっていうのはマイナスからの出会いなので、赤ちゃんを抱いているような感覚でずっと接してきました。
ここ11年間、それは大変でした。」
長い時間をかけて行われる愛着の再生。
今、少女に少しずつ変化が現れています。
養護施設の職員
「今日は夜中に4歳の子がおしっこして、だから着替えさせて、横に寝かせてました。」
福井大学 子どものこころの発達研究センター 友田明美教授
「その子は頭上がらないね。」
少女
「子供はかわいいばい。」
本来、幼いときに育まれるべき愛着。
その再生への取り組みは、早ければ早いほど効果が高いと友田さんは考えています。
福井大学 子どものこころの発達研究センター
友田明美教授
「学校の先生や施設の先生、私たちのような医療者と信頼関係を築きあげる、これが基本ですね。
心の成長をみんなで見守ってあげる、見届けてあげる、そういう作業が必ず必要です。」
愛着障害の問題を投げかけた広島の殺害事件から1年半余り。
事件を主導したとされる少女も、母親との愛着の再生を目指しています。
70通を超える母親との手紙のやり取り。
拒絶されていた母親は虐待をしてきたことを娘に謝り続けました。
母親からの手紙
“本当にごめんなさい。”
“ママの考え方がおかしかった。
今回のことがあり、あなたがどんな思いをしていたのかよく分かりました。”
どんなに拒絶しても手紙をよこしてくる母親。
今、少女の記す文面が少しずつ変わってきているといいます。
少女からの手紙
“私は今までママを傷つけることばかりしてきた、言ってきたなって思った。”
“10月17日、裁判所で泣いとる私をママが初めて背中をなでてくれた日。
17年間生きとって、初めてじかに伝わったママからの愛情なんじゃないかなと思った。”
みずから犯した取り返しのつかない罪。
失った過去と向き合う作業は始まったばかりです。
●薬は再生に向けてどう位置づけたらいい?
オキシトシンというのは、あくまでもまだ試験段階ですから、それがある程度の有効性があるのか、全くないのか、結論が出ていないんだということをはっきり申し上げておきたいと思います。
将来、仮に多少の効果があるというふうに仮定しましても、そればっかりで問題を解決しようというやり方は間違っていると思います。
あくまでそれぞれの人間関係というのを修復していく、ここに主眼が置かれるべきだろうというふうに思います
●愛着障害の回復、何を大事にして進めることが大切?
港、すなわち親へのサポートということ、それから子供、船である子供へのサポートということ、この両方を並行して行っていくことが大事だと思います。
親に関しては、一番大事なことは、孤立させないということですね。
さまざまなつながりを親の周りに作っていって、親にゆとりを持っていただくということが大事です。
子供に関しては、自分の興味のあることを通じて、自信を回復していく中から、人間的なつながりを広げていくってことが一番大切です。
(リポートの中で、小さい子供に対して優しいしぐさができるようになっているとあったが?)
それは大変大事なことで、人間関係というのは、同じ年代よりも小さな子供とのほうが持ちやすい、優しい心を発揮しやすいというところがあるんですね。
ところが、本人はそれを立派なことというふうには、意外に気付いていないんです。
そこを何度も周りの人が高く評価していって、そして本当は立派な行為なんだってことが、本人にも自覚できるような方向に持っていく。
これも人間関係の1つだと思います。
(自分の得意なところを、むしろ評価してあげる?)
そうですね、それによって自分を大切にすることができるようになります。
●チームで取り組んでいた例、大人が接するときはどこに気をつけるべき?
これまでと違ったタイプの大人がいるんだってことを分かってもらうことが大事ですね。
そのために、一方的に指示したり命令したりするんではなくて、共同行動という呼び方をしてますけれども、一緒に行動していくということが大切です。
●愛着が再生されてきたと感じる瞬間はどんなとき?
自分のことを語り出す、自分の気持ちや考えを少しずつ語り出す。
それも、何か恥ずかしそうに語り出すっていうことが、私たちが一番ほっとする瞬間です。
そういうものがあると、自分を大切にすることができているなというふうに感じるわけです。