010話 冒険者ギルド
「それでは、ギルドについてご説明いたします」
受付嬢のオードリーことドリーは、にこやかな笑顔で話しかけてきた。
やはり受付嬢と言うのは、受付のカウンターに居てこそ輝くものなのだろう。
今まで子どもだと思っていた子でも、小学校から中学校に上がるときに制服を着るようになった途端大人びて見えたりする。
看護士の女の人が白い天使と言われるのは、清潔さを体現した白い服を着ているからだ。
それらしい格好で、相応しい場所に居てこそ映える職業性が、カウンターの向こうには存在する。
「お手柔らかにお願いします。常識知らずなところがあるから、変なこと聞いたらごめんね」
この異世界の常識を全く知らない僕は、きっと質問もとんちんかんになることだろう。
外国に行って、チップの風習を知らない日本人が居る様なものだ。そこでは当たり前のことも、聞かないと分からない物だ。
「ふふ、いつでも分からないことは聞いてくださいね。ハヤテさんの為に力になれるなら、いつでも大歓迎ですから」
流石に接客業をしている女性は口が上手い。
お世辞や社交辞令にはとても見えない笑顔でそういうのだから、この笑顔に惚れる男性はきっと多いだろう。
「それではまず、冒険者についてご説明します」
「ええ、よろしく」
「冒険者とは、定住地を持たずに様々な地で仕事を行う人たちの総称です。中には国家を跨いで仕事をこなす冒険者も居ます」
「なるほど」
冒険者とは無頼みたいなものか。無法行為をしないパートタイマーみたいな感じか。
定住地が無いだけなら、町々を巡る行商人も冒険者に含まれそうな気もするけど。
早い話が雑用の何でも屋と言ったところか。
国家をまたぐ仕事があるということは、少なくとも2つ以上は国があるということだろう。
「そういった冒険者を統括し、仕事を総合的に受付け、冒険者の実力と実績に応じて斡旋するのが冒険者ギルドです」
「ここみたいなところですね?」
「はいそうです。この町以外にも大抵の町にはギルドの支部が置かれています。基本的にギルドは国家に属さず、独立した同業者組合の色合いを持っています」
国家から独立しているということは、政治的にも独立しているのだろう。
なるほど、王族でも拘束して取り調べることぐらいはするかもしれない。
「冒険者ギルドでは冒険者の実力を客観的に評価する目安として、ランク付けを行っています」
「ランク付けですか?」
「はい、ランクにはI・H・G・F・E・D・C・B・A・Sの10段階あります。最初に冒険者として登録された方は最低ランクのIランクになります。もちろんハヤテさんもこのランクからということになります」
「ははは、それは仕方が無いね。最初からBランクとかは出来ないでしょうから」
受付嬢のドリーは、僕がBランクと口にしたところで目を光らせた。もしかして、それぐらい自信があるのだと勘違いされたかもしれない。
いきなり高ランクは出来ないと納得するということは、裏を返せばそのうち高ランクになれるという自信の表れだと思われるだろう。
まぁ自信過剰の人間だって冒険者には多いだろうし、良くあることだと思う。
「……冒険者ギルドでは、冒険者のランクに合わせて仕事を斡旋しています」
「先ほど言っていたことですね」
ドリーは変なことを口走った僕の言葉を流すことにしたらしい。
少し間があったけど、説明を続けてくれた。
「はい、ギルドでは日々持ち込まれる数々の依頼を、その難易度に合わせてランク分けしています。これも冒険者のランクと同じく10段階あります」
「なるほど」
「基本的には、皆さんこの仕事の依頼に付いている難易度を目安に、ご自分のランクを踏まえて仕事を選ばれるわけです」
「基本的には?」
「例外として、魔物などの襲撃から町を守るときは難易度が高くても全員参加ですから」
「あぁ、それはそうですね」
町に入るときにも防衛については注意があったから、大事なことなのだろう。
かつて中世ヨーロッパでは、戦争があるときには傭兵が主体だったらしい。スイスなんかは傭兵集団として国を作っていたらしいし、この世界でも傭兵代わりに冒険者を戦力として町を守っているのだろう。
「この仕事ごとに割り振られたランクは、目安といえども重要な意味があります。これに付いてご説明しますね」
「お願いします」
さっき掲示板を見ていた時にあったGだとかDだとかこの仕事のランクなのだろうか。
目の前のドリーの上半身はAかBだろう。Cよりは小さい気がする。いや、仕事の難易度的な意味で。
「この仕事のランクは冒険者ギルドが責任を持って付けていますので、先ほども言いました例外を除いて、冒険者自身より難易度の高い依頼はギルドとして斡旋してはいません」
「自分のランクがDランクなら、Cランク以上の仕事は受けられないということ?」
「はい、その通りです。つまりハヤテさんはまずはIランクの仕事からということですね。」
貴重な戦力にもなる冒険者を無駄に死なせないように、実力の無い人間には難しい依頼を受けられないようにしているわけか。
「冒険者としてはGランク程度で一人前と言われています。Dランクであれば上級者と言われますし、二つ名で呼ばれる方もこのランク以上の方々ばかりです」
二つ名なんてもので呼ばれる冒険者が居るのか。
何処となく厨二病の香りがする。
竜殺しの○○とか、黒剣の△△とか、そういう恥ずかしい名前に違いない。
「Bランクにもなりますと、最上級とも言われ、大抵の国では敬意を込められた扱いを受けられるでしょう。Aランクなどは国賓級で、国王陛下自ら出迎えることもあるそうです。世界でも二人しかいないランクですね」
「凄いですね~」
Bランクってのはそんなに凄かったのか。
そりゃあドリーも目の色を変えるよね。
「ランクの昇格は、ご自身と同ランクの依頼を3件こなすことで昇格となります。しかし、慌てて昇格しようとしてご自身の身の丈に合わない依頼で命を落とされる方が、結構いらっしゃいます。」
「それは気を付けないといけませんね」
「はい。通例、自分よりランクが1つ下の依頼を20件ほどこなしてから昇格を目指す方が多いようです」
「20件ですか。頑張らないと」
確かに慌てて高ランクの依頼を受けようとすれば、痛い目を見ることになるだろうことは察しが付く。大抵そういう失敗をするのは、初心者から中級者ぐらいの自信過剰になりがちな時期だろう。車の運転でも、若葉マークを外してから、免許取得3年目までが事故を起こしやすいとされている。冒険者でも同じようなものだろう。慣れてくる頃が危ない。
「次に仕事について説明します」
「ゴブリン退治とかモデルとかですよね」
「はい、そうです。仕事の依頼は毎日多くの方が持ち込んでこられますが、最も多い依頼は魔物や野生動物の駆除や討伐の依頼です」
「あぁ、やっぱり」
やはり冒険者ともなるとそういう荒事の仕事も多いのだろう。
魔物と野生動物の違いはよく分からないけど、野生動物なら野犬とかだろう。
アラン団長達第3騎士団の方々が遠慮なく叩き切っていたし。
「他にも、物品や原材料の採取や運搬、護衛や魔法補助、雑用や技術応援などもありますね」
「採取や護衛は分かりますけど、魔法補助とか技術応援って何ですか?」
冒険者の仕事として、さっき見ていた掲示板でも採取依頼や護衛依頼は見かけた。どんな世界でも安全にはお金がかかるものだし、何かを手に入れるためには対価がいるのも当然だろう。
魔法補助とか技術支援なんて言葉は聞いたことが無いし、想像も出来ない。
魔法補助と言うからには、魔法が関係しているのだろうか。
「技術応援は、冒険者が冒険によって培った技術を町の色々な場所で活かしてもらう仕事になります」
「例えばどういったものがありますか」
「探索技術を活かして夜警を行ったり、追跡技術を活かして犯罪捜査を行ったりといったことですね」
戦いの場に身を置く冒険者なら、野営もするだろうから夜の見回りは確かに得意だろう。
採取依頼とかで、魔物の角やら牙やら、身体の一部を持ち帰る仕事をこなしていれば、自然と生き物を追いかけたりする技術も身に付くだろう。なるほど、そういうのが技術応援か。
「魔法支援はそういう技術支援にもっと幅を持たせたものです。火の魔法でレンガを焼成したり、土の魔法で井戸を掘ったり、水の魔法で城壁を洗ったりといった仕事ですね」
単純な技能ではなく、魔法やらを駆使した仕事が魔法支援と言うわけか。
僕なら、翻訳の魔法で古代語の翻訳をしたりするとかもこういう魔法支援に含まれそうだ。或いは鑑定で、良い仕事してますね~とやれば良いのだろうか。
「こういった様々な仕事が冒険者の皆様によって日々消化されています。冒険者ギルドは仕事を通して町の皆様に貢献しているわけです」
「素晴らしいことですね」
栗毛のポニーテールを揺らし、慎ましやかな胸を張ってドリーが自慢げに話す。
やはり自分の仕事に誇りをもっている女性というのは、美しいものだ。きっとここで働いている皆、自信と誇りを持って仕事をしているのだろう。
「では、その素晴らしい冒険者ギルドについて説明しましょう」
「待っていました」
だんだんと調子が出て来たのか、ドリーも口調が砕けてきた気がするし、調子に乗せた
合いの手をいれる。
外の明るい光が舞台を照らすスポットライトに思えてきた。
「ギルドには、何処のギルドでも基本となる3つの役割があります」
「その3つとは?」
「仕事受付、仕事斡旋、売買の3つです」
「受付と斡旋はなんとなく分かります」
仕事の受付と斡旋はギルドの存在意義そのものだろう。
どんな仕事でも受けるなら、町の人からすればとても頼りになる組織だろう。だからこそ城に通じる大通りに面した角地という好立地にあるのかもしれない。
「仕事の受付は、町のみなさんや王族・貴族の方々からの依頼を受け付けることです。仕事のランク付けもこれに含まれています。さっきご案内した部屋に居た方が当支部のギルド支部長で、この町で請け負った仕事のランク付けの責任は全てあの方の責任で行っています」
「あの御爺さんは偉い人だったんですね」
「はい、元Bランク冒険者で、今でも王都の王宮に顔なじみが居るそうです」
「王都に?凄い人ですね」
王都が何処かも知らないのに、我ながら調子のいいことを言っている。
あの爺さんは意外と偉い人だったらしい。そりゃぁあんな部屋に居るから、下っ端では無いとは思っていたけどね。
「仕事斡旋は、そうやって請け負った依頼を冒険者に振り分ける業務です。冒険者の登録やランク付けもこの業務の効率化の為に行っています」
「分かります。実力不足の人間や実力不明な人間に、難しい仕事は無理ですからね」
無謀な冒険者に仕事を与えても、こなせるとは思えない。
登録したての癖に、Bランクの仕事をしようとする奴ぐらいなら居るかもしれない。そんな奴なら、顔を見てみたいものだ。誰だ、新米の癖にBランクとか言っているのは。
「はい。ちなみに、依頼がこなせなかった場合や不慮の事故で達成が不可能になったと判断された場合、違約金として依頼料の3倍額を支払う義務があります」
「不慮の事故で死亡した場合は?」
「その場合は違約金をギルドが負担します。ギルドでは、依頼ごとに予めそういった場合に備えて、手数料を前もって差し引いています」
高ランクになれば依頼料も多分増える。
だから手数料を積み立てないうちに高ランクの依頼を受けるだけ受けて死なれないように、同ランクの依頼をこなしていかないと高ランクの依頼を受けられないようにしているのだろう。良く出来ている。
「売買の業務は、ギルドの利益の為に行われている業務です。冒険者が仕事中に得た物品や素材を買い取ったり、それらを加工したものを販売したりしています。」
「具体的にはどんなものを売買しているの?」
「薬草の類は全て買い取りが可能です。また、在庫があればそれらを加工した回復薬や解毒剤を販売しています。ゴブリンの武器やユニコーンの角なんかもよく持ち込まれるものですね」
ドリーがつぶらな瞳を横に向ける。
それに釣られるように僕も同じ方向に目を向ける。
厳つい大柄の男が、奥のカウンターにガチャガチャ音をさせながら何かを置いている。
錆が浮いたような小さな短剣が2つか3つ、すり鉢のすりこ木のような棍棒らしきものが1本、後は白っぽい動物の牙らしきもの。
あの人が手に入れた戦利品を、ギルドが買い取っているところなのだろう。
厳つそうな顔に笑顔が浮かんでいるのを見れば、相当稼いだということが伺える。或いはこの後、一仕事終えての大人の楽しみでも期待している笑顔だろうか。
あの短剣か棍棒が、ゴブリンの武器というところだろう。
冒険者は何でも屋に近い様子だし、手に入れる品物も怪しげな物だってあるはずだ。
買い取りで冒険者の身元確認が出来、違法に手に入れた品物の流通を阻止する意味ではギルドが責任を持って物品の買い取りをするということは、確かに理に適っている。
質屋と警察が組むようなもので、怪しげな品が持ち込まれれば即座に犯罪者。
ギルドが権力を持つわけだ。意外とあの爺さんも怒らせると怖い権力者では無いだろうか。
どう見てもそうは見えない好々爺だったけど。
「売買には、物品や消耗品以外にも情報の売買が含まれています」
「情報の売買?」
「はい、情報の売買です」
受付嬢から香る仄かな香りに意識が逸れそうになるが、そうもしていられないだろう。
もしかすると空腹で注意力が散漫になっているのかも。
僕は努めて平静を装いながら質問する。
「具体的にはどういった情報を売買しているの?」
「具体的にですか……そうですねぇ、例えば薬草の生えている群生地の情報や、魔物の弱点といった情報でしょうか」
それは重要な情報だ。
情報は、生きていく上でもとても大切なものだ。情報を制する者は世界を制する。
「……なるほど、つまりはそういった情報を買い取ってもらうことも出来るということだね」
「っ……その通りです。情報の買い取りもギルドで行っています」
何故かドリーが驚いたような顔をした。
こっちを伺っていたであろう先輩冒険者や、他のギルド職員も驚いたような顔をしている。
僕はそんなに変な事を言っただろうか。
「あれ?何か変な事を言いましたか?」
宛名も差出人も書いていない小包が届いた時のように、不審な様子を隠そうともしないポニーテールの女性は、口を半開きにして何かを言おうとしているが声が出てこないようだ。どうしたというのだろう。
戸惑っていた僕に、好々爺の声が聞こえてきた。
「ほっほっほ、お前さんは本当に面白いやつじゃのう」
「はぁ……」
「お主のギルドカードが出来上がったでの、持ってきてやったぞい。ほれ、受け取りなさい」
「ありがとうございます」
ありがたいことにギルド支部長様が直々に持ってきてくれたらしい。この爺さんは暇なのだろうか。
責任者と言うのは、普通もっと忙しそうにしているものじゃないのか。
「ところでお前さん、何者じゃ?」
「はい?」
「普通の村人が冒険者になりたくて町まで出てくることはよくあることじゃが、お前さんはどうやら違うようじゃ。かといって、王族や貴族なら家名で分かる。それにどうやら、只者ではなさそうでのう……」
ギルドカードを手渡すあたりは温厚そうで人当りも良さそうだった支部長は、いつの間にか目を鋭く細め、威圧感を振りまいてきている。
警察の取り調べとかは、きっとこんな感じなのだろう。自分が何も悪くないのに、何故か自分が悪いことをした気分になってくる。
「ただの人間ですよ。ごく普通の一般人。どこからどう見てもそう見えると思うのですが」
「その格好でかの?」
威圧感が更に強くなる。
不味い、この制服姿は確かに怪しいかもしれない。ただの一般人には見えないかもしれない。
どうしようかと思案していると、ふっと押しかかってくるような威圧が消える。一生懸命押していたドアが、突然開いたような前のめりの感覚が身体を襲う。
「ほっほ、儂の【威圧】にも澄ました顔をしておるだけでも、只者では無いわい。本当に面白い坊主じゃ」
このジジイ、そんな魔法まで使っていたのか。どうりで体を押されるような威圧感を覚えるわけだ。
「私のような、新米冒険者に手厚い歓迎いたみいります」
「ますますもって面白いわい。長生きはするもんじゃ。ほっほっほ」
荒れた学校とかだと、新入生に粋がった輩が居ると、上級生が下級生を大人しくさせる為に拳で語り合う儀式があると聞く。おそらくこの爺さんも、新入りが調子に乗りすぎないようにするための歓迎式典を開いてくれたのだろう。
「先ほどのお主の疑問じゃがの、儂が答えよう」
「情報の買い取りのどこがおかしいのか……という話ですね」
「そうじゃ、どこから話をすればよいかのぅ」
面白くてたまらないと言った笑顔で、支部長様は顎を撫でる。
何にせよ疑問に答えてくれるのなら文句はない。
いや、どうせならドリーみたいに可愛い女の子に笑顔で答えてもらいたい。年寄りの笑顔を見ても癒しにはならない。水をやらずに枯れた木を見るより、栄養の溶け込んだ水をたっぷり吸った可憐な花を眺める方が良いに決まっている。
そんな気持ちを無下にする無情の声が、低く唸る。
「冒険者というものは、大半が腕っぷしや魔法に自信のある奴がなるもんじゃ」
「そりゃぁまあ自信が無ければなりませんよね」
「うむ、そんな自信あふれる若人というものはのぅ、大抵情報の有難味を軽視する。いや、軽視どころか無視するものが圧倒的に多い」
「それはまたどうしてですか?」
情報の重要性は、命のやり取りをする冒険者なら分かりそうなものだ。
それを無視するとはどういう事だろう。
「低ランクの依頼の多くは、常識とも言えるほど良く知った場所や魔物に関する依頼ばかりじゃ。それこそ腕に自信があれば、冒険者になる前からこなしていてもおかしくない内容ばかりじゃ。じゃからこそ、情報を集めるまでも無く、依頼はこなせてしまう。情報を集める意味など、気づかんのじゃ。……普通ならばの」
「なるほど」
「そして、だんだんと痛い目も見ながら、情報の重要性を理解していく。魔法の効かない魔獣や、剣の通らない魔物に大けがを負わされたものも大抵それで気づくものじゃ。情報を集めることは、冒険者にとって大切な事じゃとな」
確かに冒険者なら、遅かれ早かれ情報の重要性には気づくのだろう。新米なら失敗の一つや二つを経験して気づくのなら御の字だろう。
「しかし、大抵のものは情報を得る重要性は理解できても、情報を与える重要性までは理解が及ばぬものなのじゃ」
「え?」
「情報に価値があることは気づいても、その価値を腐らせるものが多いのじゃよ。例えば魔物が町の近くに出たのを知ったとしよう。冒険者の多くは、自分たちで倒そうとするものじゃ。精々、自分がパーティーを組む人間や協力者に情報を流して終わりじゃ。自分たち“程度“のことは皆に教える必要もないとな」
「勿体ない」
思わずつぶやいた言葉に爺様は目を光らせた。
御菓子売り場で大好きなおやつを見つけた幼稚園児のような目だ。
「そこじゃ、そこが、お主が只者ではないという理由じゃ。お主の考える通り、その情報をギルドに売れば、自分の懐も潤うし、他の冒険者や町の皆の安全にも役に立つ。誰も損をしないどころか、情報が大きな価値を生む」
「確かにそうですね。そう思いました」
「お主は、誰に言われずともその可能性を察しておる。高ランクの冒険者が長い経験の中で気づくようなことを、お主は既に知っておる。普通の新米冒険者なら、情報の売買など歯牙にもかけん。まして、情報を“ギルドが買い取る”という発想など絶対に思いつかん」
なるほど、それで周りの目が痛かったわけだ。
そりゃ変わり者を見る目を向けるのも当然だろう。制服のせいだけじゃなかったのか。
確かに、インテリジェンスの概念なんて、中世風のこの世界にあるわけがない。
「ほっほっほ、じゃがお主、気づいておるかの?」
「何を……でしょうか」
「お主が只者ではないと気づいたのは、儂だけではない……という“事実”じゃ」
しまった、そういうことか。
この爺さん、分かっていて今まで言わなかったのか。
とんだ狸ジジイだ。
慌てて周りを見れば、熟練者らしい冒険者が鋭い目で睨んできている。
何やら周りとこちらを伺いながらヒソヒソと話すエルフや、ニヤニヤとした笑みを浮かべてみてくる人間もいる。
やられた、爺さんにいっぱい喰わされた。
情報の重要性は、冒険者なら経験を積めば分かる。
それはつまり、情報の重要性は経験を積んだ冒険者しか知らないのと同義だ。
“情報の重要性”という情報自体に価値があることを、図らずも今僕が証明してしまった。
今僕を睨んできている連中は、そういった経験を積んだ冒険者だろう。有象無象の新米ではなく、要注意人物としてマークされてしまったに違いない。
これはつまり、新人いびり的な洗礼を受けないで済む代わりに、経験も無い僕がいきなり中級者扱いの立場に放り込まれたことを意味する。
これがゲームなら、イントロダクションや初心者用のイージーモードで慣らす間もなく上級モードでゲームするようなものだ。
この狸ジジイが何も言わずに、ただ単に冒険者カードを渡すだけならそこまで注目されなかっただろう。ちょっと目端の利く新人が居る程度で済んでいた筈だ。
だからこそ、ドリーも驚きながらも説明するのを戸惑ったのだろう。それをこのジジイ様が台無しにしてくださったわけだ。
よほど悔しさが顔に出ていたのだろう。
僕の顔を見て、悪戯が大成功したときの悪ガキそのものの笑顔を浮かべた支部長様が、高笑いしながら奥へと帰っていた。
ドリーの方を見れば、さっきまではあんなに可愛かった笑顔が引きつっている。
いたたまれなくなって、また来ますとだけ伝えて冒険者ギルドを出る。眩しい日差しが、厭味ったらしく照りつけてきやがる。
――爺さんの笑い声はいつまでも響いている気がした。
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