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「32人抜き」の衝撃 三井物産「最年少社長」誕生の舞台裏

産経新聞 2月9日(月)11時5分配信

 人気漫画『島耕作』シリーズに登場する中沢喜一部長が、「35人抜き」で社長に抜擢(ばってき)される場面をご記憶の人も多いのではないだろうか。これを地でいく話が、日本を代表する大手商社の三井物産で起こり、話題になっている。社内序列32人を抜いて執行役員から4月1日付で社長になるのは、安永竜夫執行役員(54)。財閥系企業での執行役員からの抜擢は異例で、戦後の昭和34年に現在の三井物産として再スタートして以来、最年少社長の誕生となる。年功序列重視の日本企業にとって新しいモデルになる可能性がある。

■下馬評は「次の次」

 1月15日午前7時前。ノートだけ持ってくるよう飯島彰己社長から指示された安永氏は、都内ホテルに急いだ。社長後継指名の場面といえば社長室がお決まりだ。飯島氏がホテルを選んだのは、社長人事をめぐり激しさを増すマスコミの夜討ち朝駆け攻勢から逃れようと、ホテル住まいを余儀なくされていたためだ。

 社内だと秘書室に察知されかねない、と身内も欺く作戦で、飯島氏自ら送迎の車やルームサービスも手配し、人事情報が漏洩(ろうえい)しないよう周到に計らった。

 てっきり通常の打ち合わせだと足を運んだ安永氏は、突然の後継指名に「頭が真っ白になった」と振り返る。いったんは固辞したが、「天命と思って受けて欲しい」と諭され、覚悟を決めた。

 安永氏については「優秀な人間だが、社長になるとしたら次の次」というのが周囲の下馬評だった。54歳という若さからマスコミも社長候補のリストに入れていなかった。

 ただ、飯島社長は平成22年7月から経営企画部長時代の安永氏と3年間、毎週月曜日に一対一で経営課題を議論してきた。こうした議論の中で、「『温かい心と強い決断力』を併せ持つ人材」(飯島社長)と経営者としての素質を見いだし、将来の社長有力候補リストに加えていた。

 昨年6月には、若い人材を幅広く登用するため、取締役だけでなく執行役員からも社長を選任できるよう定款を変更。安永氏はまさに意中の後継者だったといっていい。

 飯島社長は1月20日の社長交代の記者会見で「1年前に10人いた後継候補を、昨年末に7人に絞った」と話した。「みんな紙一重だし、若すぎると社内で苦労すると最後まで相当悩んだ」と明かすが、実際にはかなり前から槍田松瑩(しょうえい)会長とすりあわせしていた節もある。

 異例の若手抜擢の背景には「相当な覚悟で経営しないと、商社のビジネスモデルが陳腐化しかねない」(飯島社長)との強烈な危機感がある。収益の7割前後を稼ぐ資源・エネルギーも、足元は原油安で逆風が吹き、かつては強みの食料や繊維、化学品も競争激化で苦戦中だ。

 安永氏は会見で「いかに機敏に新しい時代を自ら切り開けるか。事業環境の変化が加速する中、若さを生かして新事業に挑戦していきたい。10年、20年の単位で新しい仕事を作り上げたい」と意気込む。

 その安永氏は、どんな人物なのか。

■修羅場経験が成長の源泉

 「白兵戦のような修羅場でこそ強さを発揮する」と自らの強みをこう話す。東大工学部を卒業し、昭和58年に三井物産に入社。32歳で世界銀行に出向し、新興国の若き官僚らと国づくりをめぐる議論で切磋琢磨(せっさたくま)し個を磨いた。「武者修行で違う世界から物産の客観的な強みや弱みを認識できた」という。

 化学プラント事業時代は、30代でプロジェクトマネジャーとして企画から資金調達、社内調整、パートナーとの交渉まで一切を任された。ロシアの「サハリン2LNGプロジェクト」ではくしくも事業立ち上げと投資決定の2度の節目を経験。パートナーの入れ替わりや原油価格の急落など幾重もの修羅場経験の中でチーム統率力を育んだ。平成25年4月から機械・輸送システム本部長を任された。

 最近ではブラジルで貨物鉄道事業に続き、オデブレヒトと旅客鉄道に参入する陣頭指揮をとり、新たなビジネスモデルづくりにも挑戦した。日本の技術を売り込む一方で交渉の最前線にも立ち「期限内に交渉を終わらせる手腕は相当なもの」と経営幹部をうならせた。

 一方、グローバル化が進む中、海外事業で「トップ同士のコミュニケーションがビジネスを大きく左右する時代」(飯島社長)に突入している。商社の社長業は激務で、飯島社長の昨年の海外出張は延べ125日。チリやロシア大統領ら要人との面談や安倍晋三首相の地球儀俯瞰外交への同行もある。

 パートナーのひとつ、米ゼネラル・エレクトリック(GE)のイメルト最高経営責任者(CEO)は45歳でトップに就任し、58歳の今も年間200日以上の海外出張をこなす。ブラジルのインフラ大手オデブレヒトのマルセロCEOも46歳と若く、安永氏の54歳は世界ではまったく違和感はない。

 そのイメルト氏に憶せずはっきりと主張する安永氏は好感を持たれているという。昨年11月には「君の顔は忘れない」と直筆の似顔絵を贈られたほど。愛媛県出身らしく中堅造船会社の経営者ともひざ詰めで話し「国内外の商売やお客さんの大きさにかかわらず、相手の気持ちが分かり大事にする人」(飯島社長)とネットワークづくりと人柄は折り紙つきだ。

 今回の抜擢人事の最大の課題は、社内調整だ。社内では若手の士気が高まっているが、年上の役員のモチベーションをあげつつ、若い新社長のサポート態勢を構築するかが最大のカギとなる。グローバル経営に向けた試金石でもあり、これを乗り越えることが新生三井物産が飛躍するための第一のハードルとなる。

最終更新:2月9日(月)11時5分

産経新聞

 

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