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にくらしいほど愛しいあなた 作者:毛布子

始まりは婚約破棄から

 それはある冬の日の出来事だった。
 この国の宰相であるテンダー・ロイン公爵は、平生なら夕刻にならなければ城から帰ってくることはない。
 だが、今日はなぜか正午前には帰宅していた。
 使用人たちは主人の行動を不思議に思いはしたが、顔には出さずに各々の仕事へと意識を戻した。

 テンダーが帰宅した時間は、ちょうど昼食の準備が終わる頃だった。
 子どもたちはすでに食卓に着いており、父親が現れるのを待っていた。

「お父様、今日はどうなさったの?」

「……フィレーヌ、ランフル、大切な話がある。食事の後で私の執務室に来るように」

 低く不機嫌そうな声で、テンダーは子どもたちにそう告げた。
 娘のフィレーヌと息子のランフルは、互いの顔を見合わせて首を傾げる。
 一つ違いの姉弟は、男女の違いはあっても双子のようによく似ていた。所作や行動などもよく似ているので、まるで鏡に映したように見える。
 父親の目の前にあるのは、贅沢ではないけれど質は高く、味も良い昼食のはずだった。
 だが、彼は食事中ずっと眉間に皺を寄せていたため、重苦しい空気の中で皆は食事を続けることになった。

 『グーリル王国の宰相である父』が、『難しい顔』をして、『自分たち』を、『父の執務室』に呼んだ。
 状況から判断するに、おそらく良い話ではないだろう。

「ねえ、ランフル。私、とても嫌な予感がするわ」

「姉様、僕も同じ意見です。父様の顔を見る限り、我々に関係がある悪い知らせでも届いたのでしょう」

 二人はゆっくりと食後のお茶を堪能した後、父親の執務室に赴いた。
 訪れた部屋の中で、二人の父親であるテンダーは眉間に深い皺を寄せていた。

「……お前たちは、一体今まで何をしていた……」

 父の言葉に、二人は顔を見合わせる。

「食後のお茶をいただいておりました」

 フィレーヌは素直に父に事実を話す。彼女の隣で弟のランフルも頷いた。

「……普通は、昼食後に呼ばれたならば、茶は後にしてすぐに来るべきだろう」

 不機嫌を隠そうともしない父の様子に、フィレーヌは悲しそうな表情で目を伏せた。

「お父様は、私たちとお部屋で一緒にお茶をいただくつもりでしたのね。至らない娘で申し訳ありません」

 ランフルも姉と父を見て、言葉をかける。

「父様、使用人を呼んで茶を用意させましょう」

「――二人とも、黙って話を聞きなさい」

 仕事ではどのような様子であるかは知らないけれど、家族の前では優しく穏やかであるはずの父が出した低い声に、二人は姿勢を正す。

「まあいい、本題に入ろう……フィレーヌ、お前と王太子殿下の婚約が破棄された」

「……そうですか」

 自分の予想とは違う様子の娘に、テンダーは訝しむ。

「……随分、落ち着いているな。お前は、王太子殿下を慕っていたのではなかったのか」

 父親にそう聞かれて、フィレーヌは自分の胸に手を置いた。そうして一息吐いてから、ためらいがちに言葉を紡いでいく。

「……私の姿は、ウェルター様はあまり好まれませんでした。……いずれ、このような日が来ると、覚悟はしておりましたから」

 ふるふると肩を震わせるいじらしい娘の様子に、テンダーは胸を詰まらせる。
 自分が目に入れても痛くないほど可愛いがっている娘を、利用する王家が許せなかった。初めから、年齢と家柄が釣り合うということで選ばれただけの婚約だった。
 王子が二人と姫が一人。テンダーの子どもたちと王子たちは年齢がほとんど同じであったため、遊び相手によく選ばれていた。特に、二番目のミリアム姫とフィレーヌは同じ年であったので、姉妹のように仲良くしていた。
 テンダーは自分の能力が高いと自負していたが、この年齢で宰相という高い地位に就けたことに関しては、娘の婚約が無関係ではないとわかっていた。
 貴族とは、主君である王を支えるために存在し、国を存続させるために生かされている。
 けれど、それでも理不尽だと思ってしまう。
 幼い頃から、王子に相応しくなるために懸命に努力していた娘の姿を、父であるテンダーは一番近くで見ていたのだから。

「姉様は可憐で儚げで断崖絶壁だから仕方ないよね。ウェルター様は、生命力に溢れた肉感的で朗らかな美人がお好きだと、姉様に常々仰っていましたから」

 断崖絶壁と言われたフィレーヌは弟の頬を軽く摘み、そのまま回転させていく。

「姉様、痛いです」

「お前が私に与えた心の痛みです。甘んじて受けなさい」

「謹んでご遠慮申し上げまっ……たいたいたたたたたっ」

「二人とも、そこまで」

 ランフルのつねられた頬から、ぎりぎりぎりと皮膚をねじる音が聞こえてきそうだった。

 フィレーヌの白く美しい指が一回転していたように見えたので、テンダーは姉弟喧嘩を止めに入った。

「まだ、私は成長期ですから。いずれは断崖絶壁も、立派な山脈にまで成長するはずです。したがって今後はますます大人の女性らしくなるはずです」

「ますます?無に無を足しても無だし、無に無をかけても無だと家庭教師が言っておりましたよ。ウェルター様は、『細い』と『薄い』は別物だと常に仰っていたことを鑑みると、姉様は可哀相なくらい選考外な肉体ですから。脂肪がほとんどないので、こればかりは仕方がありませんね」

 右手と左手の両方で、ぎちぎちぎちぎちと弟の頬をひねるフィレーヌの体付きは、確かに女性として必要な柔らかさや丸みが少なく、子どもに見えてしまうほど、発育が遅れている。

「それを、王宮でミリアム様からお聞きしたときの私の気持ちがわかりますか?『まだ成長期だから』『しょせん脂肪の塊なのだからなくても気に病むことはない』『それでもフィレーヌは魅力的だ』……そんな慰めの言葉を王族の皆様にいただいた私の気持ちが」

「姉様、自虐しているのですか?それとも自慢されているのですか」

 娘が気に病んでいる件については、わからなくもない。
 だが、それはあと数年経って、フィレーヌの言うとおり成長期を過ぎれば解消されるだろう。
 激しく取り乱したりはしなかった娘の様子に、安堵を覚えながら、テンダーは本題を切り出した。

「……ここからが本題だが、フィレーヌ……お前は春から王太子殿下と同じ学校に入学することになっていたな」

 父の言葉にフィレーヌは頷いた。この国に生まれた者にはすべて、ある一定の期間、教育を受ける義務と権利が与えられる。
 六歳から十二歳までの初等義務教育は平民に。
 十二歳から十八歳までの高等教育は貴族と一部の平民に。
 それ以上の専門教育は才能のある者に。
 それぞれの立場と能力に合わせて、学ぶ機会が与えられていた。
 上級貴族の令嬢であるフィレーヌは十六歳から十八歳までの二年間を、王太子であり婚約者でもあったウェルターと同じ学校に通うことになっていた。
 学年は違うが、そこにはすでに弟のランフルもウェルターの弟王子のレイアードも通っていたため、彼女はあまり不安を覚えてはいなかった。
 共学制度といっても、一部の式典や催しといった行事を除けば、校内は男子部と女子部に依然として分けられている。さらに、男子部が六年制の全寮生であるのに対して、女子部は一部六年間在籍する者はいても、ほとんどは最後の二年間だけ学校に在籍する貴族の娘たちであった。
 したがって、安全と防犯の面から寮に入るものは少なく、週に二度ほどの授業のために実家から通って来ることが多かった。

「その入学予定の学校に、お前の婚約が破棄された原因がいる」

「……ある、ではなく、いるのですね」

 テンダーは娘の言葉に頷き、肯定した。

「その通りだ。王太子殿下は学校内で、下級貴族の娘を見初めてしまったのだそうだ」

「おそらく、好みの体付きだったんでしょうね。姉様と違って」

 ランフルが呟いた言葉に、フィレーヌは目を伏せた。そして渾身の力で、弟の脇腹をつねりあげた。

「――いったぁぁぁぁぁぁぁっ」

「このくらいの痛みで声を上げるとは、我が弟ながら情けないこと」

「いやぁぁぁぁ」

 ぎちぎちぎちぎち。
 姉からの折檻に悲痛な声を上げるランフルの姿を、見なかったことにしてテンダーは話を続けた。

「彼女の名はマーロウ・ブリスケット。
ブリスケット子爵の娘だ、……と公的な書類には記載されている」

「お待ちください、父様。僕の学友にもブリスケット子爵の係累がおります。しかし、息子の話は聞きますが、娘がいてさらに僕と同じ学校に通っている、などという話を聞くのはこれが初めてです」

 先程の醜態は幻だったのだろうかとテンダーが目を疑うほど、真面目な顔でランフルはそう述べた。

「私も、その名前に覚えがありません。他国でお育ちになった方なのですか」

 娘の言葉に、テンダーは首を振った。

「いや、どうやら遠縁の娘を養女として迎えたらしい。――それでな、王妃様が……その娘のことを王太子にふさわしくないと、たいそう気に病んでいらっしゃるのだが、」

 歯切れの悪い父の言葉の続きを二人は待っていた。
 ここからが本題だと言った割にまだ話が続くようだ。相変わらず父の話は長いと、姉弟は神妙な顔を作りながら思っていた。

「つまり私に、彼女の身分詐称の証拠を学校で見つけて、二人の仲を引き裂いてこいと、王妃様は仰ったのね」

 回りくどい父の言葉に、痺れを切らしてフィレーヌは口を挟む。

「姉様、少しは父様の話を待ちましょう」

「話の流れだと次はこう来るのではないかしらと思ったら、口に出ていたわ」

 ひそひそと目の前で交されるやりとりに、テンダーは額を押さえた。

「いや、お前は彼女と同じ学校に通いながら、王妃として身につけるべき品性を彼女に示してもらいたいと王妃様は仰っている」

「つまり淑女の鑑である私が、身分詐称疑惑のある娘に格の差を見せ付けて自信を喪失させ、再起不能に陥らせればよろしいのかしら」

「姉様こそ詐称ではないですか、あっ」

 フィレーヌは弟の足をきつく踏み付けたが、その足の動きはうまく服に隠されていて父からは見えていない。

「ランフル……お前は、どうしてそう落ち着きが無いんだ」

 見当違いな父の叱責に、ランフルは涙目になりながらも切々と訴える。

「父様は姉様に対して甘過ぎます。姉様の言動は淑女の鑑などではなく、しゅうとめのいびりですよ。しゅ、しか合っていません」 

 ガッガッガッガッ。
 父から見えないことを良いことに、姉からの理不尽な攻撃が彼を責め立てる。

「まあ、一方的な婚約破棄に追い打ちをかけるような要請だからな。フィレーヌも混乱して不謹慎なことを口にしてしまったのだろう」

「ええ、それでウェルター様を去勢すればよろしいのかしら」

「姉さ、まっ」

「それとも、ブリスケット嬢を潰してしまえばよろしいの?」

「――姉様、笑顔でさらりと言わないでいただけますか」

 どうやら、フィレーヌが落ち着いているように見えたのは表面だけであったようだ。
 婚約破棄に動揺を隠しきれないようで、不穏なことを口に出してしまっている。

『私、ウェルター様を支えていきたいの』

 そう言って、長年掛けてこつこつと努力してきたものが、自分の落ち度でもないのに価値を無くしてしまったのだ。
 傷付いていないはずがない。

「ねえ、お父様。王妃様は私に、二人を引き裂く障害になれと仰ったの?」

 目にいっぱいの涙を溜めて、娘がテンダーを見つめた。

「――ああ」

 これ以上、娘に対して偽りを告げることができなくて、彼はそれだけを言葉にした。
 それを聞くと、フィレーヌは深く息を吐き、まっすぐにテンダーの顔を見つめて言った。

「ならば私はこれから、愛し合う二人を引き裂く悪女となります。
 王妃様公認でウェルター様に対する意趣返しができるなど、素晴らしいことではないですか。これからの二年間、私は『捨てられた女』と蔑まれながら、悪評と悪意に塗れて生きていきますわ」

「姉様、おやめください。僕の人生が壊れます」

 錯乱気味の姉の宣言に、弟は冷静に口を挟んだ。

「それなら、私の代わりにランフルが学校に行ってちょうだい」

「は?」

「私たち、双子のようによく似ているでしょう?だから、私の代わりにあの二人に地獄を見せてきて。大丈夫、私がランフルとして寮に入ってあげるから」

「いきなりおかしなことを言わないでください、姉様。お断わりします」

「ランフルが親友のレイアード殿下を、お兄様と呼べるように全力を尽くしてくるから。ミリアム様をお姉様と呼べるように努力するわ。あなたの犠牲は無駄にはしないから」

「姉様?それは僕だけが泥を被れと仰っているのですか」

「大丈夫よ。弟王子であるレイアード様と、妹姫であるミリアム様を懐柔して、将来的にはグーリル王国を乗っ取るのだから。ランフル、あなたは何も心配しなくていいのよ」

 聖女のようににっこりとほほえむ娘の様子を見て、育て方を間違えてしまったのかもしれないとテンダーは思う。

「フィレーヌ、お前は王太子殿下を、ウェルター様を取り戻そうとは思わないのか」

 父の言葉にフィレーヌは弟を締め上げる手をゆるめて、テンダーの正面に向き直った。

「確かに私はウェルター様をお慕いしておりました。しかし、私はあの方の気持ちを逆撫でるばかり。婚約者として声をかけてはいただけるものの、そっけない態度で胸に痛いお言葉ばかりでした。今、私が彼の気持ちを取り戻そうとしたところで、ウェルター様は私を見てはくださらないでしょう。もともと、気性が激しく気持ちの強い方ですが、私の前では無表情に仏頂面ばかり。……至らない婚約者の私では、彼の情熱に火を点けることはできませんでした。だから、本当ならば私がブリスケット嬢に対して嫉妬で身を焦がすなど、あってはならないことなのです。先程は気が動転して思わぬことまで、言ってしまいましたが、私はウェルター様から潔く身を引くべきだと思います。……もともと、叶わぬ恋だったのですから。今でも、ミリアム様やレイアード様が『たとえ兄上がフィレーヌを嫌っていても、私は味方よ』とか『泣きたいときはいつでも私の胸においで』とか慰めてくださったから、大丈夫でしたわ。きっと、新しい生き方を見つけられます」

「……そうか」

 自分の気持ちをすでにきちんと整理してしまっている娘の言葉に、テンダーはそれだけしか言うことができなかった。

「……どうすればいいのだろうか」

 ちらり、と隣の書架に続く扉を一瞥し、テンダーはひとりごちた。
 娘の反応が、予想を越えていたため、これでは王太子殿下の考えた筋書きが狂ってしまうとテンダーはひっそりと息を吐く。

『フィレーヌの気持ちを確かめたいから、協力してくれ』

 王太子殿下にそう告げられてから、胸のなかにくすぶっていたどす黒いものが、今はすでに跡形もなく消えていた。
 確かめるもなにも、娘の気持ちはテンダーはよく知っていた。問題は王太子の態度だというのに。
 王太子は自分の態度が良くないと、多少は思っていたのだろう。相談を受けて、二人のよそよそしい態度を憂えた王妃が、今回の件に許可を出してしまった。
 王は、テンダーに対して出来得る限りの補償はすると約束をしてくださった。だが、娘の気持ちを試すなどと言って弄ぼうとする王太子に対して、テンダーは失望を覚えてしまった。
 人を試すのなら、もう少し頭を使うべきだ。それができないのなら為政者として人の上に立つなど、あってはならない。

 だから、『偽の婚約破棄を告げることで、娘の気持ちを確かめるという茶番』が、結果的に『娘の王太子殿下への恋心を断たせる』という思わぬ副産物をもたらしたことは都合が良かった。

「そうか、では丁重に辞退しておこう。私はこの件に関しては、お前に何も強制はしない。お前の心の望むまま、好きに生きなさい」

 テンダーがそう言うと、フィレーヌはこくりと頷いた。

「学校は、強制ではないのでしょう?ならば、私は今まで通り家庭教師に学びたいの。よい人材を探していただけますか」

 娘の言葉にテンダーは頷く。自分の娘はまだ十六歳だ。気に入らない男のモノになり、自分の手元から離れていくにはまだ早い。

「そうだな、素晴らしい教師を探しておこう。そして今度こそ、お前に相応しい結婚相手を見つけてやろう」

 父の言葉にフィレーヌは微笑む。咲き初めの薔薇のような美しさに、父親としての庇護欲がますます強くなる。

「父様、僕の婚約者はいつ決めていただけるのでしょうか」

 嫡子としてのランフルをそこそこないがしろするくらいには、テンダーは娘を溺愛していた。

 だから、扉の向こうで様子を窺っているはずの王太子の存在を、彼は意識の外に追いやることにした。

「さあ、フィレーヌ一緒にお茶にしよう」

「あら、お父様。どちらで頂くの?温室がよろしいわ、お母様のお好きだった花が咲き始めたの」

「父様、僕だけなのですよ。同じ年頃で婚約者が決まっていない者は」

 テンダーが席を立ったのを見計らったかのように、家令が執務室に入ってくる。

「旦那様、ランフル様、レイアード殿下がいらっしゃいました。お通ししてもよろしいでしょうか」

 テンダーは、頷いて温室に茶を用意するように命じた。
 家令がその場を離れると、彼は娘に聞いてみた。

「お前は、レイアード殿下こことはどう思っている?」

 フィレーヌは首を傾げて言うべき言葉を探した。

「レイアード様は、好きよ。私より年下なのに、私が泣いているとお菓子をくれるの。いつも『大好きな私のフィレーヌ』って言ってくれるし、とても優しいの……あんな弟が欲しかったわ」

 実の弟を見ながらそう述べるので、ランフルは憤る。

「僕もミリアム様のようなおっとりした美人が姉様だったらと思っています」

「あら、なあにランフル?私では不満なのかしら?ねえ」

 ぎちぎちぎちぎち。

「ね、姉様は可憐で儚げで、優しい、僕の自慢の姉様ですぅ」

 父親から見えないようにに捻られた脇腹をさすりながら、ランフルは心の中で泣いた。
 早く姉が幸せになって、平穏が来てほしい。
 そんな願いを胸に抱きながら、父の執務室をあとにした。


カチャ
 執務室から人影が消えた頃、一人の男が額を押さえながら隣室から出てきた。

「フィレーヌ……、嘘だろう」

 先程の親子のやりとりを隣室で盗み聞きしていた王太子は、ふらつく足取りで部屋を出た。

「いつも冷静で淡々とした態度だったから……、私はずっと嫌われていると思っていたのに」

 彼女の前だと素直になれずそっけなく冷たい態度をとったり、きつい言葉を吐いてしまったりしていた。
 だが、誤解だったのだと先程本人の口から聞くことができた。

「私は、嫌われてはいなかったのか」

 むしろ好かれていたのに、彼女を試すようなことをしてしまった。

「……今からでも、婚約破棄は間違いだと、フィレーヌに伝えに行かなければ」

 ウェルターは萎えそうな膝に力を入れると、何度か訪れたことのある温室に向かったのだった。

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