新聞労連は1月28日、第19回ジャーナリズム大賞の授賞式を東京都内で開き、朝日新聞の「吉田調書」報道に特別賞を授与した。「吉田調書」報道をめぐっては、初報に重大な誤りがあったとして取消しとなり、応募はなされていなかったが、選考委員が「昨年1番のスクープと言って過言ではない」として授与を決めた。授賞式には、取材の中心メンバーだった木村英昭記者と宮崎知己記者も出席し、文書で「たいへん励みになる賞をいただいたと思っています。ありがとうございました」と短いコメントを発表。朝日新聞が記事取り消しを発表した昨年9月以降、沈黙を保ってきたが、会場では自らの考えや思いを語ることはなく、笑顔を見せることもないまま会場を後にした(「吉田調書」報道についての関連記事も参照。受賞作品の詳細については、新聞労連ホームページ)。
朝日新聞社は、昨年5月20日付朝刊1面に掲載した「所長命令に違反 原発撤退 福島第一所員の9割」について、昨年9月、「多くの所員らが所長の命令を知りながら第一原発から逃げ出したかのような印象を与える間違った表現」だったとして記事を取り消す措置をした。ジャーナリストやメディア関係者の間でも、この措置を支持する声がある一方で、「取り消しは行き過ぎ」「誤報ではない」といった意見もあり、評価が分かれる異例の事態となっている。
今回の特別賞授与は、選考委員の鎌田慧さん(ルポライター)、柴田鉄治さん(元朝日新聞社会部長)、北村肇さん(週刊金曜日発行人)、青木理さん(元共同通信記者、フリージャーナリスト)の4人が全員一致で決めた。代表して出席した柴田さんは総評の中で、朝日新聞社がした取り消しという措置を「大間違い」と批判。「せっかくのスクープを素直に評価するということをしないと、虚報だと社内から抹殺していくことはジャーナリズムの将来にとって非常にマイナスが大きい」と主張した。
一方で、新聞労連中央執行委員長の新崎盛吾さん(共同通信)は、今回の特別賞について「取り消した記事に授賞するのはわかりづらい」などと疑問の声が多数あることを認めた上で、「調査報道を積み重ねる中でニュース価値の高い資料を入手し、権力監視というメディアに求められる役割を果たした」と説明。一方で、「残念なことにニュース価値の高い資料を記事として報じる際に、調理法を誤ったのも事実」と記事自体に問題があったとの認識も示したが、「取り消しに値するようなものだったのかどうか」については疑問を呈した。
だが、朝日新聞社の第三者機関「報道と人権委員会」(PRC)が昨年11月に発表した見解では、「吉田調書を入手し政府に公開を迫るという報道は高く評価できる」という評価を与える一方、内容に重大な誤りがあったことを理由に取り消しが妥当との結論を示している。同社は昨年12月、特報部長ら4人を停職、取材記者ら2人を減給の処分にしたが、その際も「意図的な捏造」ではなく、「思い込みや想像力の欠如」で誤った記事を出稿した過失があったと認定しており、「虚報」扱いしているわけではない。これまでにも、取材過程の過失により記事の主要部分に重大な誤りが生じた場合にも「取り消し」や「削除」の措置をしたケースが過去にあった(例:【旧GoHoo】「火力発電、点検怠る」 誤報認め全面削除)。
また、スクープとの評価に対しては、「吉田調書」を最初に入手したのは朝日新聞だったものの、中身として報じられた事実関係はほとんど既報だったことも明らかになっている(参照=【GoHooトピックス】「吉田調書報道は『既報』だった」 朝日記者有志が告発本出版)。
特別賞の授賞理由
原発吉田調書をめぐる特報(朝日新聞)
作品として応募はなかったが、非公開とされていた調書を公に出すきっかけになったという点で、昨年1番のスクープと言っても過言ではない。特定秘密保護法が施行され、情報にアクセスしにくくなる時代に、隠蔽された情報を入手して報じた功績は素直に評価すべきだ。朝日新聞社は記事を取り消したが、選考委員は「虚報やねつ造と同列に論じるのはおかしい」との見解で一致した。
柴田選考委員の「特別賞」授賞についての発言全文
朝日新聞が原発の吉田調書問題(ママ)を取り消したというのは大間違いだということは私は前から思っていることですけど、事実、朝日新聞は大スクープだと言っていたわけです。新聞協会賞の申請にはちゃんとスクープとして出ていたわけです。それがどうしたことか途中から豹変して、慰安婦問題があったということでしょうけど、道連れみたいな形で取り消したわけです。記事を取り消すというのは記者が捏造した虚報事件、朝日新聞でいえば「伊藤律事件」とか「サンゴ事件」とか過去にあるんですけど、そういう扱いをしているわけです。これはおかしいんじゃないかと私はひそかに前から思っていたんですけど、私が言いだしたんじゃなくて、他の選考委員がこれはおかしいと期せず一斉に話があり、4人の委員全員が一致しました。このいきさつについては後で(新聞労連)委員長からあると思います。
せっかくのスクープを素直に評価するということをしないと、虚報だと社内から抹殺していくことはジャーナリズムの将来にとって非常にマイナスが大きいというのが選考委員の判断であったということです。
新崎委員長の「特別賞」授賞についての発言全文
私から朝日新聞社・原発「吉田調書」をめぐる特報について補足説明をしたいと思います。この授賞が発表された1月9日以降、新聞労連に直接メールでおかしいじゃないかという抗議が来たり、ネット上で授賞に対して疑問を呈する声がかなり見受けられました。今日この授賞式にもいろんな取材が来ておりますが、この授賞が一定の注目を浴びてしまっているという現状があると思います。
私と高橋副委員長と選考委員の方々の立会いの中でこの授賞を決めたわけですけれども、この取り消した記事に授賞するのはわかりづらいという意見が出ています。
ただ、我々は吉田調書をめぐる「特報」という形で特別賞を出した、記事は取り消されてしまったけれども、報じたということに対しての授賞だということです。なぜなら、国が非公開としていた資料を他社に先駆けて入手して公開への道筋をつけた、最終的に政府は公開したわけですけれど、これを最初に朝日新聞が入手して報道していなければ公開されなかったかもしれないことは間違いない事実だと思います。それから3カ月近くたって、産経、読売、共同が追っかけて報じる形になるわけですけれども、それまでの間どこも追っかけることができなかった記事であるわけです。調査報道を積み重ねる中でニュース価値の高い資料を入手した取材の過程、これは権力監視というメディアに求められるべき役割をしっかり果たしたと言えると思います。その点を評価して特別賞を贈ったという判断です。
たしかに、いろいろな指摘があるように、残念なことにニュース価値の高い資料を記事として報じる際に、調理法を誤ったということは事実だと思います。たとえば、木村社長が調書を読み解く過程で評価を誤ったと説明して記事を取り消しています。しかし、この記事が本当に取り消しが必要だったのかどうか、先ほど柴田選考委員から話がありましたように、たとえば潜伏していた共産党幹部のインタビューをしていないのにしたように紙面に載せた「伊藤律事件」であったり、あるいは自分でサンゴに傷とつけて「これに傷とつけたのは誰だ」といった「K・Y事件」であったり、朝日新聞社が過去に記事を取り消したというのはそういう例だったわけです。
もちろん、新聞というのは事実に正確に報じるのが課された使命でありますが、記事に誤りがあればその度合いに応じて、例えば続報で修正したり、おことわりや訂正を出す必要があることはいうまでもありません。ただ、今回の場合は吉田調書という事実、これを入手したという状況の中で報じられているわけです。これが取り消しに値するようなものだったのかどうか、この判断についてはおそらくここにいらっしゃる多くの方々はおかしいと思わないまでも異議を挟むくらいの気持ちはあるのではないかと私は信じております。
新聞労連ジャーナリズム大賞は、経営側の新聞協会とは違い、現場の記者の努力に報いるために作られた賞です。その点にこの授賞を決めた意味があると思います。昨年12月に特定秘密保護法が施行されました。調査報道はこれからますますやりにくなるであろう、そういう逆風が吹いている中で、いわゆる調査報道、権力監視というメディアの役割を果たしたものに対してこれを誤報であった、取り消された記事だという形で埋もれさせるというのは、我々は見過ごすことはできなかったということであります。たとえば、ネットの中であるジャーナリストがこの賞は事実よりも主義主張を送るんだな、本当に残念だという書き込みをされた方がいました。たしかに、メッセージを込めたということは事実ですけれども、これは決して主義主張ではなく、事実はしっかりある、そのうえで報じるときに方法を誤ったということで、我々は特別賞を贈る評価ができると判断いたしました。以上です。
- (初稿:2015年1月30日 01:45)
- (訂正:2015年1月30日 09:49)「伊東律事件」は「伊藤律事件」の誤記でした。