フランスの三つの公共哲学~「自由主義」「共和主義」「多文化主義」
アンドレア・センプリーニ著「多文化主義とは何か」の三浦信孝氏による解説の中のフランスの公共を巡る政治哲学の整理が非常にわかりやすかったので紹介。
『英米系の公共哲学で問題になる「自由主義」「自由至上主義」「共同体主義」「共和主義」などの用語は、リバタリアンを除けばフランス語にも対応する表現があるが、その意味するところはかなりずれている。アメリカのリベラルは保守に対する左派で社会民主主義に近いが、フランスでリベラルは、レイモン・アロンがいい例だが、左翼からは保守とみられてきた。自由主義は公共的決定から「善」という価値の問題を取り除き、価値に対しては中立で、公共の善よりも個人の権利を重視する。テイラーのいう「実質」を問わない「手続き型社会」である。これに対して共同体主義者や共和主義者は、公共圏の問題にもコミットし、自由主義的政策から生ずる環境破壊や貧富の格差、公共道徳の退廃などの問題を指摘する。公共空間に関る決定に価値の導入を求め、共通善、公共善を追求するのである。
他方、フランスの政治哲学では、「自由主義」「共和主義」「多文化主義」が三角形をなしている。これらはアイデンティティの拠り所を「個人」におくか、「国家」におくか、中間の「集団」におくかによって分かれてくる。自由主義は個人の自由を強調し、公的空間と私的空間を区別する点は共和主義と同じだが、国家の位置づけが異なる。フランスの共和主義は、個人の自由と平等を保障するためにこそ国家の役割を重視し、市民のポリス的空間への能動的参加を求める。共和主義が多文化主義を警戒するのは、多文化主義が個人の権利だけでなく集団の権利を認めようとするからだ。集団に権利を認めた瞬間から、法の普遍性によって支えられた共和国の公共性は崩れてしまい、個人は特定集団への帰属から自由になれない。』(A・センプリーニ「多文化主義とは何か」三浦信孝解説P177-178)
フランスの共和主義の伝統はフランス革命の人権宣言にある自由、平等という二つの自然権に遡る。一八六〇年代以降共和派がフランス政治の主導権を握り、一九世紀末のドレフュス事件以降第三共和政下で支配的となっていたが、一九四〇年の敗戦以降は自由主義に取って代わられていた。しかし、一九八〇年代以降、再び支持を広げてきているという。
『現在の共和主義は、国家主権を溶解させない限りでの「グローバル化」の受け入れ、人権の擁護、社会関係の絆としての連帯、抑制された市場原理というテーマについての、ゆるいコンセンサス領域をつくる折衷的な政治文化なのである』(柴田 三千雄「フランス史10講」P223)
共和主義を前提としたフランス共和国の原理が人種や民族を問わずフランス共和国と契約を結ぶことで一個人としてフランス市民になれるとするものだが、宗教や文化を捨てることが含意されており、同化主義的な特徴を持つことが指摘される。これはフランスの原理である公共領域からの宗教性の排除を意味するライシテの原則が前提として存在しており、移民を多数受け入れてきた歴史的背景から、個々の文化や宗教を持ったエスニックグループや民族集団などが存在している現実と強く対立せざるを得ない。
フランス革命以来の個人を主体とするフランス共和国の共和主義的原則と、特定集団への個人の帰属を受け入れた上で公的領域における集団の権利を求める多文化主義的要求とのコンフリクトが、様々な政治・経済・社会的変動と相まってフランスの大きな問題になっている。ということで、色々話題になるフランスの多文化主義を巡る対立状況の前提となるフランスの三つの公共哲学についてざっくりとした簡単な整理。
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