“会社は株主のもの”と考えて短期のリターンを追求する「株主資本主義」。
だが、それとは異なる新たな資本主義のかたちを唱える日本人経営者がいる。事業持ち株会社デフタ・パートナーズ・グループ会長で、内閣府参与 兼 経済財政諮問会議専門調査会会長代理も務める原丈人氏だ。近著『増補 21世紀の国富論』では、株主資本主義に代えて従業員や地域・地球環境などへの貢献を重視する「公益資本主義」を提唱し、自ら率先垂範している。近年は大企業経営者たちの間にも賛同の輪が広がっている。
スタンフォード大学留学中にインターネット草創期を迎えた原氏は、シリコンバレーを代表するベンチャー・キャピタリストの1人として、インターネット、ICT分野やバイオ分野の多くの先端企業を育ててきた。その経験をもとに、2000年当時からコミュニケーション機能を中心に据えたPUC(パーベイシブ・ユビキタス・コミュニケーションズ)を提唱し、その実現を目指してきた。ハードウェアとソフトウェアが一体化した知的工業製品であるPUCには日本に優位性があり、将来の基幹産業に育てるべきだと主張する。
「君は人を騙す人間ではない」と前金でポンと500万円相当の小切手を渡してくれた人
――原さんは大学を卒業後、考古学研究を志して中南米に渡られたそうですね。その後スタンフォードの大学院時代に会社を立ち上げ、やがてベンチャー・キャピタリストに転進されたとのことですが、それぞれどういう転機があったのでしょう。
原 考古学を志したのは、学生時代に中南米に旅行したときピラミッドを見たことがきっかけでした。数年、マヤ文明の探求等に没頭し、エルサルバドル、ホンジュラス、グァテマラなどにも行きました。年収は60万円くらいしかありませんでしたが、調査探検は実に楽しかった。奥地に行くので毒ヘビや毒蜘蛛などの動物や、熱帯感染症、ゲリラなどと常に背中合わせです。危険から身を守る基本的な能力を養えたことは、後に経営者になったときの意思決定力や胆力を鍛える訓練になったように思います。
ただ、遺跡を発掘するには莫大な資金が必要です。この先研究者の道に進み、運よく教授になれたとしても、発掘の資金は国家予算や大学頼み。それなら自力でトロイ遺跡を発掘したシュリーマンのように、まず事業を起こし、稼いだ資金で好きなように生きたいと考えました。そこで、英語と商売の基礎を学ぶために27歳でスタンフォード大学の経営大学院に入学し、必要性から工学部大学院でも学びました。
――学生時代に起業されたそうですが、どういった事業ですか。
原 液晶もプラズマディスプレイもない時代だったので光ファイバーを使って、大型ディスプレイ装置を考案して会社を設立しました。しかし、新技術は認知度も低く、死ぬほど頑張って売り歩いても成約できません。ついに資金が底を突いたとき、最後の望みを託して、ウォルト・ディズニー・プロダクションを訪ねたところ、副社長が会ってくれ、何と日本円にして1000万円以上の注文をくれたのです。私は喜び勇んで500キロ以上の道程を車を飛ばし、シリコンバレーまで帰りました。この頃は、飛行機代を節約するために車で往復していたのです。
ところが悲しいかな、当時の私にはそこまで大きな注文を受けるとなると、原材料を買う資金が足りない。翌日、再び、シリコンバレーからロサンジェルスまで車を飛ばし、副社長に預金通帳を見せて「注文を減らしてほしい」と頼みました。
すると「待ってなさい。」と言われ、数時間、図面を見ながら待っていると、彼は注文の半額近い小切手をポンと渡してくれました。初めての取引で前金をくれるのに驚いて、「あの……、この小切手は銀行で現金化できるのですか?」と尋ねると、「Yes, you can.」との答え。「現金化してそのまま私が消えてしまうかもしれないのに、小切手をいただいていいのですか?」と聞くと、彼は「君は人を騙すような人間ではない。目を見れば分かることだ。つまらないことを考えてないで、早く帰って仕事をしなさい」と言われたのです。帰途、車を運転しながら何度もこみ上げてくるものがありました。
恩に報いたい一心で納期を守ったら、「先端製品で納期に間に合った例は今までなかった。思った通り君は信用できる」。それから行くたびに多くの注文を出してくれ、最後にはディズニー技術顧問に任命され、東京ディズニーランドの仕事までもらいました。
なぜ、スティーブ・ジョブズら創業者は、いとも簡単に創業ができるのか不思議だった。
――その後、ベンチャー・キャピタリストに転身されたわけですね。
原 当時、アップルのスティーブ・ジョブズなど創業経営者はよくキャンパスに来ていましたし、後にサン・マイクロシステムズを創ったスコット・マクニーリーや、後のマイクロソフトCEOとなるスティーブ・バルマーらは、当時はまだ、MBAの学生でした。
スティーブ・ジョブズなどの若い創業者が、事業を起こすのにどうやって資金を用意するのか不思議に思っていたのですが、話を聞いて、初めてベンチャー・キャピタルという投資会社の存在を知りました。大きなビジョンと最先端技術を持っている若者に資金を投入し、その夢を現実にする仕事があると知ったのです。
「まだ誰もその価値に気が付いていない新しい技術を発掘し、ゼロから育てていく。」それは、「価値がないと思われているものを発掘し、人類の遺産として世の中に残すのと同じことだ。まさに私向きの仕事だ。」と、ベンチャー・キャピタルを起業しました。
スタンフォード大学の図書館のコンピューターは、ハーバード大学や国立国会図書館とアーパネット(米国防総省が開発したインターネットの原形)でつながっていました。誰かがプロトコル(通信手順)を書いているはずだと調べたら、大学の近くで、Dan Ladermannという若者がシステムを作っていたのです。私は魅了されて、光ファイバー事業が軌道に乗った後に、「インターネット生みの親」と呼ばれる彼の会社ウロンゴン(Wollongong)に投資しました。ベンチャー・キャピタリストとしての初仕事でした。
新たな資本主義のかたち—「公益資本主義」
――原さんはご著書『増補 21世紀の国富論』の中で、現在のような市場万能主義や株主資本主義では人類を幸せにすることはできない、株主資本主義の問題点を解決する新たな資本主義のかたちが「公益資本主義だ」と述べておられます。それはどういうものでしょうか。
原 私は1980年代から米国、英国、イスラエルで事業を行うとともに、世界のさまざまな国の企業とビジネスを行ってきました。先端技術の会社をゼロから創り、社員数が数百人、数千人、1万人超の会社へと育ててきました。事業活動を通じて、次第に、現在の市場万能主義や株主資本主義というものに大きな疑問を感じるようになり、違ったかたちの資本主義を実現できるのではないかと考えるようになりました。
会社は社会の公器であり、会社を構成している従業員、顧客、株主、仕入先、地域社会、さらには地球といった、いわゆるステークホルダーに支えられて成り立っています。福沢諭吉はこれを「社中」と表現しました。公益資本主義の根本は、「経営陣はこれら社中全体に利益還元するために収益を上げるべく、株主から委託されている」という考え方にあります。
公益資本主義の下で行う事業は、利益分配は株主だけに重きを置くのではなく、すべての社中に対する「分配の公平性」を達成することが大切です。これが公益資本主義の第1の要素です。 日本には、昔から近江商人の「三方よし」、すなわち「売り手よし、買い手よし、世間よし」の考えのように、公益資本主義に近い思想があります。売り手の都合だけで商いをするのではなく、買い手が心の底から満足し、さらに商いを通じて地域社会など世間の発展や福利の増進に貢献しなければならないという考えです。一緒に働いてくれる従業員を家族のように大事にすることは、日本の商いの伝統です。このように、もともと日本には公益資本主義の思想基盤があるのです。
分配には数量的な基準はありません。経営トップが「今年は従業員が頑張ってくれたから彼らに報いよう」とか「思い切ってこの分野に社会貢献しよう」など、自らの判断で決めればよいのです。米国ではやりのCSR(企業の社会的責任)には、何だか取ってつけたような感じがあり、経営の本質的な要素ではないと感じるのは私だけではないでしょう。
中長期の視点に立った経営で、有望な企業をじっくりと育てる
原 公益資本主義の第2の要素は「中長期」の視点に立った経営です。実例で言うと、2000年創業のフォーティネットというサイバーセキュリティーの会社は、今では、この分野での世界的企業のひとつとなりましたが、最初の5年間の売り上げは芳しくなく、研究開発費ばかりがかさんで、毎年赤字が10億円ずつ増えていました。
初期に用意した現金は数年後にほぼなくなり、累積損失が50億円になって債務超過寸前になりました。監査法人は「減損会計を適用せよ」と迫りましたが、増資で持ちこたえ、結局2009年に上場して優良企業へと成長させました。9年かかりました。
2000年当時は、YouTubeなどもまだなかったし、ブロードバンドを大容量の動画が行き来する状態でのサイバーセキュリティーの問題を深刻に考える人などいなかった時代でしたが、我々自身がインターネットによる未来社会を創っていたので、必ずフォーティネットのようなビジネスが重要な役割を果たす時代が来ると確信していたのです。
未来社会を自分たちで創り出すとともに、そこで起きる問題点のソリューションを中長期の視点で考える。私がやってきたことはこの繰り返しです。
ところが、株主資本主義を信ずる米国のファンドマネージャーは、9年もかけて事業を育てるのは時間がかかり過ぎだと指摘します。彼らにとっては、同じ100億円を稼ぐのなら時間が短いほうがIRR(インターナル・レート・オブ・リターン)の数値が上がり、ボーナスをたくさん取れるのです。新薬開発のように長い時間がかかる研究開発とか製造業は、投資対象から外されています。3年ぐらい鳴かず飛ばずだとすぐ見捨てられてしまいます。これでは革新的な技術を、時間をかけて事業化するような取り組みはできなくなるのです。これは米国企業社会にとって禍根を残す問題となるでしょう。アプリケーション開発をするインターネット系企業などは、1年ぐらいで大企業に買収してもらって大化けするので、米国投資家は、しきりに出資します。
しかし、リターンを短期で求めれば求めるほど、それは投資ではなく投機に近づきます。投機はゼロサムゲームです。100人が1人1万円ずつ出してジャンケンすれば、勝負はすぐつきます。100万円すべてを1人が取り、残りの99人は敗者になる。これが株主資本主義の究極の姿である「金融資本主義」がもたらす世界と言ってよいでしょう。彼らは、市場万能の原則にのっとり、金融バブルをつくっては破裂させるゲームを繰り返すことで儲けるのです。そこからは新しい価値も生み出しません。
こうした考えのもと、かつて米国で金融資本主義者を投機家として批判したところ、逆に「共産主義者」というレッテルを張られそうになったことがあります。この時は、共和党のビジネス・アドバイザリー・カウンシル名誉共同議長を引き受けることによって批判をかわしました。
日本はルール・メーカーとして、本来の資本主義への軌道修正策を
――株主資本主義はROE(株主資本利益率=当期純利益/株主資本)を重視しますが、公益資本主義では「公平性」のほかに「持続性」「改良改善性」を重視します。これはどのようなものなのでしょうか。
原 ROEは、昔はそれほど株価と相関はなかったのですが、現在では、大きく株価に影響します。従って経営者は分母の株主資本を小さくするために、資産は持たないようにします。同時に、売上高利益率を上げると分子も上がるのでROEが大きくなりますから、簡単に人員削減をします。
しかし、資金の蓄えを持っている企業のほうが、災害や経済危機への抵抗力が強いことは証明済みです。人員整理よりも安定した雇用を提供しているほうが、たとえROEが低くなったとしても「持続性」(サステナビリティー)が高くなります。 持続性がある会社のほうが、株価は高くなるという理屈も数値で示すことができると、必ずしもROEが、高いからと言って株価が高くなるという説明も成り立たなくなるのです。「改良改善性」は企業が変化に対応できる柔軟性を持っていることを測るものです。このようにすると新しく株価を決める指標をつくることが可能なのです。
リーマンショックの時にROEやAAAといった企業の信用度を示す指標が頼りにならないことが判明し、以来、新しい企業価値基準を測る指標を世界は求めています。そこで、私が代表理事を務めるアライアンス・フォーラム財団は、「公平性」「持続性」「改良改善性」という公益資本主義の理念を満たす新しい指標をもとに、株価を導き出す基準をウォール街に提供しようと考えています。
よく観察してみてください。金融制度はすべて投機家に有利に出来上がってしまっています。なぜ所得税より、キャピタルゲイン課税のほうが低いのですか? 減損会計や、国際会計基準を採用すると、時間をかけて技術開発するよりも、M&A中心に事業経営をしたほうが手っ取り早く株価も上がります。
M&A時ののれん代を償却しない不健全な会計処理が、なぜ許されるのですか?
なぜ、短期高値売り抜けを画策するアクティビスト株主に、長期保有の株主と同じ議決権を与えるのですか?長期株式を保有しても、もらえる配当金はデイトレーダーと同じなのはなぜですか?
税制、会計基準、会社法、証券制度、企業統治制度などすべてが、投機家に有利になるように出来上がったグローバルなルールをこれから大きく変えていかねばならないのです。
そこで私は、政府税制調査会、財務省で、制度面で株主が中長期投資のインセンティブを生み出すようなメカニズムを提案しています。また、企業統治においても、社外取締役は、経営陣が株主に偏らず、社中すべてに対して利益を分配していることをしっかり見極めることをその役割とすることを、経済財政諮問会議で2013年11月に決議するなどしてまいりました。
例えば、もしあなたの保有する株の配当金が、1年持っているだけだと1株につき100円しかもらえないとします。ところがその株を3年持てば300円、10年持ち続ければ1000円配当されるとなれば、よほどのことがないかぎり手放さないでしょう。どこかのハゲタカ・ファンドが買い占めに来ても株主は売りたがらないので、企業経営や経済は安定し、投機家の出鼻をくじくことができます。
そのためには会社法改正や商法改正などいろいろな法整備が必要になります。しかし、経済を本来あるべき方向に変えるためには、誰かがルールを創りださなければ変革はできず、イノベーションは起こりません。
日本は明治以来欧米のシステムを取り入れ、それに沿ってずっと走り続けてきましたが、そろそろ新たなルール・メーカーとなり、日本ならではの軌道修正策を世界に示していくときだと考えます。
text:木代泰之
後編は次週公開予定
はら・じょうじ
原 丈人
デフタ・パートナーズ・グループ会長、アライアンス・フォーラム財団 代表理事、内閣府本府 参与 兼 経済財政諮問会議 専門調査会 会長代理
1952年生まれ。慶應義塾大学法学部卒業後、考古学研究を志し中央アメリカへ渡る。スタンフォード経営学大学院、国連フェローを経て同大学工学部大学院を修了。29歳で創業した光ファイバーのディスプレイ・メーカーを皮切りに、1985年にベンチャー・キャピタルのデフタ・パートナーズを創業。‘90年には、アクセル・パートナーズの共同経営者となり、シリコンバレーを代表するベンチャー・キャピタリストの1人となった。
自ら会長を務める事業持ち株会社デフタ・パートナーズ・グループは、PUCというコンセプトのもとに技術体系を構築し、ポスト・コンピューター時代の新産業を先導するだけではなく、新技術を用いた途上国の支援など幅広い分野で積極的な提言と活動を行っている。国連政府間特命全権大使、アメリカ共和党ビジネス・アドバイザリー・カウンシル名誉共同議長、ザンビア共和国大統領特別顧問、イスラエル商工会議所顧問、世界経済フォーラム(ダボス会議)評議会メンバーなど海外での役職に加えて、日本国政府の首相諮問機関、政府税制調査会特別委員、財務省参与、を歴任。
著書に『新しい資本主義』(PHP新書)、『増補21世紀の国富論』(平凡社)などがある。
※日本IBM社外からの寄稿や発言内容は、必ずしも同社の見解を表明しているわけではありません。