板橋区ホタル生態環境館での25年累代飼育を否定し、ホタル成虫の外部から持ち込みを認定した板橋区資源環境部環境課の報告書に対して、元ホタル飼育担当職員の阿部宣男さん(理学博士。2014年3月に板橋区を懲戒免職)が代理人弁護士を通じて反論しています。前回につづき検証してみましょう。
◆DNAの調査結果
区の報告書はホタルのDNA解析調査をした目的をつぎのようにのべています。
「ホタル生態環境館のホタルは、25世代の累代飼育を行ってきたとしている。この事実を確認するため、塩基配列解析(DNA)の調査を行い、25世代の累代やホタル発生地、そして人為的移動の有無等を明らかにするものとした。調査対象は、平成26年度に発見されたホタルの成虫・幼虫を用いて、確認するものとした」。
DNA調査の結果は、ヘイケボタルについては「地域の特定までは至らなかった」としたものの、ゲンジボタルについてはつぎのことが明らかになりました。
①「西日本系統のグループⅢ(中部・東海)に属すると判断できた」個体があった。
②「西日本系統のグループⅣ(西日本)に属すると考えられる」個体があった。
③「西日本系統に最も近縁で、ⅢまたはⅣに属するが、Ⅲ・Ⅳそれぞれのグループの特定には至らなかった」個体があった。
④「グループⅠ東北・北関東に属する遺伝子を持つ個体は、見つからなかった」
そして、報告書のつぎのように総括(結論)しています。
「塩基配列解析(DNA)調査報告によると、ホタル生態環境館において平成26年に羽化または発見されたゲンジホタルのDNA調査では、福島県大熊町のホタルでなく、西日本地方のDNAを持ったゲンジボタルであることが明らかになった。これは、西日本地方のDNAを持ったホタルが人為的に移動されていた可能性が高いということを示しており、元飼育担当職員が述べていた累代飼育がなされていたなら、西日本地方のホタルが存在するというのは不自然である」。
◆「密室での調査」という批判
区のDNA調査に対し、阿部氏側弁護士は『見解』で、
「そもそも、DNA解析によって阿部氏のホタル飼育の実態を否定しようとする動きそのものにきわめて陰湿な悪意を感じざるを得ない」
と断じています。
こうした姿勢は、公正公平に調査結果を見ようとしない立場をを自ら示していることにほかなりません。どんな調査結果であっても、誠実に向き合うべきではないでしょうか。阿部氏にとって不利な調査結果だからといって、「きわめて陰湿な悪意」と決めつけるのでは、多くの区民が求めている真実(ホタル館での飼育の実態)の解明を妨害するだけものになってしまいます。
「ホタル博士」として自らの業績に自信・誇りがあるなら、区の調査結果が示す問題点に、すすんで答えるべきです。
『見解』は、
「今回の解析がどこのホタルによって検査された結果であるのかは分からない」「通常、こういう検査であれば、第3者立会いの元、DNA解析に出さなければならないが、ホタル生息調査(=2014年1月27日)と同様、密室で決められた可能性が高」い、
などと述べています。
こうした『見解』は、区がおこなったDNA調査を、刑事事件で裁判所がおこなうDNA鑑定などと混同しているのではないでしょうか?
今回のDNA調査は、区側と阿部氏側の双方の言い分のどちらが正しいか、について白黒をつけるためではなく、報告書のタイトルにも示されているように2014年1月27日のホタル等生息調査結果(推計で23匹)と元飼育担当職員の報告数(約2万匹を羽化)との乖離が、どうして生じたのか?という疑問について、区として見解を根拠をもって示すためのものです。
第3者によるDNA調査が必要か、どうかはこれからのことにかかっています。阿部氏側が調査結果に合理的に反論できれば、当然、再調査が必要になるでしょう。
報告書の内容が報告された区議会区民環境委員会(1月20日)で、私(松崎いたる)はつぎのような質疑をおこないました(要旨)。
○松崎いたる
当然、このDNA検査が正しいのかどうかということが、今後また争われることになるかと思う。DNAの再鑑定をしてほしいという要請に応えられるだけの、たとえば検体はあるのか?
○環境課参事
検体については、すべて容器にアルコール液に漬けてあるので、もし再鑑定したいというであれば、それは可能です。
DNA調査の結果に、板橋区は確信をもっていることを示す答弁です。
◆「真犯人」、「容疑者」を指名???
報告書に対する反論としては、「私はDNA調査に立ち会っていないので、事実かどうかはわからない」で十分なのかもしれません。ところが、阿部氏側の『見解』は、西日本系DNAを持ち込んだ「真犯人」またのその「容疑者」を特定したかのような記述をしています。
『見解』が名指ししているのは、阿部氏がホタル館勤務を解かれた2014年2月から、ホタル館の管理をおこなっている事業者「自然教育研究センター」です。
「さらに言えば、自然教育研究センターが受託している足立区生物園のホタル購入先は関西の業者である。その根拠については、足立区職員が以前、ホタル生態環境館館長(引用者注・阿部氏のこと)のところへ購入したホタルを持って相談に来た際、その箱の送り先が関西であったことを複数の人間が目撃している。従って、このDNAの検査結果が正しいとすれば、このルートから西日本のホタルを持ち込まれ、交雑した可能性は否めない」
なぜ、ここまでくわしい推論ができるのであろうか? 足立区職員が板橋区のホタル館に西日本産のホタルを持ってきたのはいつ(何年)だったのか? 複数の人間とは誰なのか? ―――いろいろと疑問がわく記述です。
しかも、再鑑定によって、西日本産であるという結果が確定したとしても「このルート(足立区経由)から西日本のホタルを持ち込まれ、交雑した可能性は否めない」と、“いいわけ”が事前に用意されているといってもいいでしょう。
◆「DNA交雑の可能性」というなら…
阿部氏側のこうした言い分が通るなら、DNA交雑の可能性は、足立区経由よりも、阿部氏自身の「行為」によるほうが、はるかに大きいことになります。
阿部氏はこれまで「ホタル館では全国23か所のDNAの違うホタルを預かり、飼育してきた」と著書をはじめ、あらゆるところで主張してきたからです。阿部氏は、「23か所」がどこか、そのリストを公表していませんが、当然、「23か所」のなかには西日本も含まれていてもおかしくありません。
実際、阿部氏が金沢市内に「金沢生まれ、板橋育ち」のホタルを放流したことが当地の新聞に報道されています。
北國新聞2010年10月19日付には「板橋のホタル 寺町に」という記事の中には
「阿部さんによると、放流した幼虫は、金沢に生息する個体を採取して繁殖させた種で、庭に定着する可能性はかなり高いという」
とあります。
もし「金沢に生息する個体」が本当ならば、そのDNAタイプは「西日本」グループに属します。記事では約500匹の幼虫を放流したことになっていますから、それ以上の金沢産ホタルを板橋区のホタル館で飼育していたことになります。
阿部氏はまず、
「預かり飼育」がどのようにおこなわれのか?
その際、交雑を防ぐ手立てをどのようにおこなってきたのか?
を具体的に説明すべきです。
自らが説明すべきことを棚にあげ、他人に責任を押し付けることはゆるされません。
◆飼育初年度からの「不自然」さ
「阿部氏のもとには25年以上に及ぶ飼育の日誌、孵化数や幼虫数さらには羽化数の膨大な記録が存在する。本件報告にかかわった者らは、これらの膨大な記録を見ていない。怒りを禁じえない」
と『見解』はいいます。
しかし報告書には検討に必要な過去の記録もきちんと記載されています。たとえば平成2年からの「ホタル夜間特別公開時の羽化数(匹)」の表です。
この表で平成7年度に「合計 194,742匹」とあることについて、阿部氏はすでに「ウソだった」と告白しています。
もうひとつ注目すべきは平成2年度に「ゲンジ150匹 ヘイケ550匹 合計700匹」とされていることです。
他の年度は卵の数がわかりませんが、この初年度だけは、卵の数がはっきり報告されています。
阿部氏によれば、板橋区のホタル飼育事業は平成元年に「福島県大熊町からゲンジボタルの卵300個、栃木県栗山村(現日光市)からヘイケボタルの卵700個、計1000個の卵を採取し、育てたことからはじまった」とされているからです。
卵数とそこから成虫にまで育った羽化数を比較すると羽化率が出ます。すると、平成元~2年度の羽化率は
ゲンジ 50% ヘイケ78.6% あわせて70% という驚異の数字になります。
区側の報告書に反論している阿部氏側の『見解』でさえ、「(ホタル館での)羽化率は自然界より高く、約2%ぐらいである」と述べています。羽化率70%がいかに常識はずれの「奇跡」の数字であることが、これでよくわかるのではないでしょうか?
飼育経験がまだなかった初年度に驚異の羽化率を「達成」したことを、ホタル飼育の専門家である阿部氏はどう説明するのでしょうか?
説明責任が問われています。
◆「威嚇光」説の矛盾
『見解』は、その終りの部分でつぎのように述べています。
「阿部氏はホタルの飛翔の光について詳細な研究を行ってきた。これらの研究はこれまでの蓄積されてきた長い時間をかけた飼育の実態に裏打ちされている。
自生したホタルには1/fのゆらぎがあり、α波を活性化し、癒し効果がある。持ち込んだホタルの光は威嚇光や警戒光になり、発光パターンが不規則になる。これは肉眼で分かることで、実際に某生物園のアクリルケース内に放たれたホタルの不規則な光を見れば一目でその違いが分かるという」。
ホタルの光に「威嚇光」や「警戒光」があるというのは阿部氏の従来からの主張であはあるが、生物学会の定説ではありません。『見解』は、「肉眼で分かる」「一目でその違いが分かる」と言いますが、それも確認されていません。『見解』ですら「…という」と、伝聞になっています。
そもそも「持ち込んだホタル」が「威嚇光」を放つなら、阿部氏が、鎌倉の有名神社から「一時的に」ホタル館に持ち込まれていたと認めているホタルも威嚇光を発していなければなりません。ホタルにそのようなストレスのかかることを、ホタルを愛する阿部氏がなぜ行っていたのでしょうか?
それだけではありません。
また、回数は少ないとはいえ、板橋区でも、ホタル館を離れての「出張夜間公開」をおこなったことがあります。これも「威嚇光」を区民に見せていたのでしょうか?
阿部氏はなぜ、このようなことを許してきたのでしょうか?
阿部氏側が報道関係者に送付した書面によれば、今回の『見解』は「取り急ぎまとめたものであり、後日詳細な反論を予定するものであります」といいます。
しかし、どんな反論も、不毛な論争でしかありません。
なぜなら、25年間の累代飼育を証明することで、すべての疑惑は解消するからです。それができるのは、阿部氏だけです。
阿部氏はこれまでも「累代飼育は事実」と主張するだけで、その客観的根拠は何一つ示してきませんでした。阿部氏が提示する証拠らしいものはすべて、阿部氏の主観に基づくものばかりであり、しかも、その詳細は具体性を欠いています。
阿部氏は、いま自身に投げかけられている疑問に誠実に回答すべきでしょう。
それなしに「反論」を続けるのは、ありもしない「威嚇光」を発し続けるのと同じです。そんな偽りの光では、人の心や真実を動かすことはできません。
もちろん、だれも癒されないのです。