話題の本「21世紀の資本」のトマ・ピケティ教授が来日しました。「格差の拡大」を歴史的な事実として示した研究には、問いかけがいっぱいです。
一月三十一日、東京・内幸町で開かれた記者会見には三百人以上が集まりました。主催の日本記者クラブによると過去、フランス人ではミッテラン、シラクという二人の大統領に並ぶ数です。
ピケティ教授は四十三歳。数日間の滞在でしたが、講演や記者会見、インタビューに精力的に応じました。格差是正の大切さを訴える熱意と若さは、国会の論戦にも波及します。
◆トリクルダウンを否定
二十九日、民主党の長妻昭議員に格差問題や成長に偏った経済政策を追及された安倍晋三首相は「ピケティ氏も経済成長を否定していない。成長せずに分配だけを考えればじり貧になる」と持論を展開しました。
トリクルダウンに質問が及んだ今月二日の論戦では「われわれが行っている政策とは違う。上からたらたら垂らしていくのではなく、全体をしっかりと底上げしていくのが私たちの政策だ」と反論しました。
法人税減税など大企業の利益を重視した政策は、富めるものが富めば下へと富がしたたり落ちるトリクルダウンと受け止められています。しかし安倍首相はその見方を強く否定しました。歴史的な事実として「トリクルダウンはない」というピケティ教授の研究成果を意識したのかもしれません。
教授とその著書がこれほど注目されるのはなぜでしょうか。
経済が順調に成長すれば、所得や資産という富の格差は自然に縮まる。手に入れやすい二十世紀前半のデータに基づくこれまでの経済理論です。トリクルダウンに近い考え方かもしれません。
◆頑張っても報われない
ところが、ピケティ教授らは十五年かけて世界の税務データを約二百年分集め、詳細に調べた。するとそうではなかった。二度の大戦があった二十世紀前半は例外で、富の格差は拡大していくとデータが示したのです。
金持ちはますます金持ちになり、貧乏人はよほどの幸運がない限り浮かび上がれない…多くが抱いている実感で、特に目新しくないと思う人がいるかもしれません。頑張って働き、お金を貯(た)めて、再投資してさらに増やす。その遺産を血の繋(つな)がった子どもに引き継ぐ…そのどこが悪いのかという反論もありそうです。
なぜ格差は是正しなければいけないのか。どうすれば小さくできるのか。
世襲財産のあるものだけが豊かになるなら、どんなに頑張っても報われない世の中になります。富裕層は政治的な発言力が強く、公平や平等が土台の民主主義が揺らぎかねません。低成長の日本や欧州では若者にしわ寄せがいき、正社員として就職も結婚もできず、住宅も買えない苦境に陥ります。
処方箋です。ピケティ教授は預金や株、不動産を持つ人に資産額に応じた税金を、税逃れができないよう世界共通で課す「グローバル累進資本税」を提案しています。ただ、富裕層の強い抵抗が予想されます。実現は簡単ではないでしょう。相続税や所得税の累進強化以外にも処方箋を示しています。所得増につながる経済成長、賃上げを伴った緩やかなインフレ政策、社会保障や教育などです。
さて戦後七十年の日本です。戦争への反省と高度成長、二十年の停滞と少子高齢化、格差の拡大という現実を見詰め、どんな日本にしていくのか。暮らしの明日を議論し、方向を見定める節目の年です。
「日本再生」を掲げる安倍首相は戦後レジームからの脱却、アベノミクスによる経済成長を目指しています。ただ、アベノミクスの現状を評価すれば、必ずしもうまくいっていない。株価上昇の恩恵を受ける層がいる一方で、実質賃金は下がり、成長率はマイナスで所得の格差は広がる一方です。
◆格差は成長を損なう
実はもう一つ、大きな反響を呼んでいる文書があります。昨年十二月、経済協力開発機構(OECD)が発表したリポート「格差と成長」です。OECDの調査と分析で、所得格差が拡大すると経済成長が低下することを明らかにし「格差問題に取り組めば社会を公平化し、経済を成長させ強固にできる」と記しているのです。
景気の好循環が実現するのか、失速するのか。アベノミクスの成否は遠からず判明します。
もし安倍首相が明言した「全体の底上げ」がうまくいかず、失政が明らかになった時には、ピケティ教授やOECDのリポートが示す道、格差是正による経済成長に取り組んでほしいものです。
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