関西国際大の道中隆教授(門井聡撮影)

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 生活保護の受給者数が政令市トップの大阪市が、希望する受給者を対象に生活保護費の一部をプリペイドカードにチャージ(入金)するモデル事業を実施する。

 支給された現金を計画的に使えず困窮する事態を防ぐため、受給者にカードの利用明細をチェックしてもらったり、市が指導に生かしたりする。市は効果を検証し、本格実施する方針だが、「金銭給付の原則に反している」の異論も上がる。電子マネーによる支給は是か非か。専門家に聞いた。(永原慎吾)

 《片山さつき氏》

 ■貧困ビジネス対策にも有効

 −−大阪市の試みへの評価は

 「生活保護の現物支給は自民党のプロジェクトチーム(PT)でも議論してきたが、カードを使って生活保護費を支払うというのは、非常にチャレンジングで、大賛成だ。橋下徹市長は他党ではあるが、こうした取り組みを実践してくれたことに感謝したい。平成25年に改正された生活保護法では、受給者に収入や支出を適切に把握するように求めているが、カードで生活保護費を支給すれば受給者が利用明細で家計管理をすることが可能になり、自分がいつ、どれだけ使ったのかが分かる。改正法の精神にものっとっており、評価できる」

 −−金銭給付の原則に反しているとの指摘や、人権上の観点から問題視する声もある

 「今回のケースは、あくまで本人が希望したらカードで支給すると大阪市は説明している。希望者のカードの口座に現金を振り込むという理論構成ならば違法には当たらないのではないだろうか。逆に、カードでの支給が本格化していけば、(業者が受給者を囲い込んで食費や住居費などの名目で保護費を吸い上げる)『貧困ビジネス』への対策も進むのではないか。『カードでの支給は受給者に対するレッテル貼りにつながり、人権上の問題がある』という意見もあるようだが、受給者でなくても、カードでしか買い物をしない人もいる。カードの使用で、受給者であるということが分かってしまうわけでもないので、プライバシー上の問題もないのではないか」

 −−カードを本格運用した場合に課題はあるのか

 「今回は実験事業ということだが、本格実施する際にはカード化のコストをどうするかという問題がある。生活保護費としてもらっている国からの予算で賄うのか、市の予算として計上するのか、このあたりは整理する必要があるだろう。大阪市の今回の取り組みの問題点や課題を検証することも国の施策に大きなプラスになると考えている」

 −−自治体側から改善策が出てきたことへの評価は

 「生活保護の問題は、市町村が直面している課題であり、他の自治体でもさまざまな施策に挑戦してほしいと思っている。地域限定で使用できる商品券のようなものを作るというのも、手法の一つだと思う。自治体の自発的な取り組みは今後も積極的に応援していきたい。これまで、手をつけられず、ブラックボックスのようになっていた生活保護の問題が、いろいろと議論されることになってきたのは画期的なことだ。地方議会でも、見直し派と現状維持派の議員で盛んにディべートがされていると聞いており、前向きな発展だ」

 《道中隆氏》

 ■プライバシー侵害する恐れ

 −−生活保護費をプリペイドカードで支給する法的な問題点はあるのか

 「生活保護制度は国の法定受託事務となっており、本来は大阪市が独自に実施できる施策は非常に限られている。生活保護法では、直接、医療機関や介護事業者に費用が支払われる医療扶助費と介護扶助費を除いては、実費の金銭給付によって行うものと定められており、今回の施策は同法の原則に反していると言わざるを得ない」

 −−人権上の問題はあるのか

 「受給者に対してお金を目的にかなった使い方ができないというレッテルを貼ることに等しく、人間の尊厳を踏みにじるということにつながりかねない。生活保護行政には現在、大きな誤解が生まれている。悪質な不正受給が問題視され、平成25年に生活保護法が改正されたが、厚生労働省のデータでは保護費全体のうち、不正受給の金額は0・5%だ。カードで機械的に対応していくことよりも、保護を受給している人々の自立に向けた支援力を強化するなど、他の方法があるはずだ」

 −−大阪市は特定業種に対する使用制限や1日の利用限度額を設けるなどの機能追加も検討しているが、評価は

 「受給者の中には公共料金や家賃などを滞納したり、目的外に消費したり、金銭管理に問題がある人たちがいるのも確かだ。こういう人たちには、滞納情報や消費状況を踏まえた上で、まずは本来の制度目的にかなった使い方をするように指導する必要がある。それでもうまくいかない場合に限り、対策を取るべきだ。また、利用者のカードの使用状況も指導が必要なケースでのみ確認すべきで、こうした経過がないままに使用状況をチェックすることがあれば、プライバシーの侵害にあたる可能性がある」

 −−大阪市は全国でも生活保護の受給者がトップクラスという事情もある

 「大阪市がこの問題について、真剣に自立支援に取り組まなければならない背景があることは理解できる。だが、それは大阪市がこれまで、この問題について、専門的なスタッフを増やすなどの計画的な人員配置や体制整備を図ってこなかったツケが回ってきた結果ともいえる。役所のマンパワーを充実させ、生活に困窮する人々に対する支援力を強化していくことが重要で、生活保護受給世帯に目が行き届くように努力することが先決だ」

 −−今後の生活保護行政のあり方は

 「生活保護に関する議論はいつも、極論に陥りがちだ。人権的に問題だという意見もあれば、受給者のことを怠け者のように批判する声もある。世論が両極端に分かれるため、政策を実施する側は非常に難しいかじ取りを迫られるが、社会的弱者の視点から、行政は常にこのバランスを保ちながら施策を実施していく必要がある」

【プロフィル】片山さつき

 かたやま・さつき 昭和34年、埼玉県生まれ。55歳。大蔵省(現財務省)を経て平成17年に衆院選で初当選し、22年には参院選に当選。自民党生活保護プロジェクトチームのメンバー。

【プロフィル】道中隆

 みちなか・りゅう 昭和24年、広島県生まれ。65歳。大阪府の福祉事務所でケースワーカーを務めるなどして平成22年から関西国際大教授。厚生労働省社会保障審議会委員も務める。