過激派組織「イスラム国」による人質事件を機に、自衛隊による海外の邦人救出の是非が国会論議の焦点に浮上している。

 政府が今国会で成立をめざす安全保障法制に関連し、安倍首相は救出を可能にする自衛隊法改正に意欲を示す。

 ただ、それぞれの国家には「主権」があり、邦人がテロなどに巻き込まれた場合、その国家の警察や軍が対処する。それが大前提である。

 そもそも政府がどんなケースを具体的に想定しているのか、はっきりしない。

 海外で邦人の人質の居場所を特定し、自衛隊の特殊部隊が突入して奪還するというなら、およそ現実味に乏しい。

 派遣された自衛隊員は反撃されて命を落とす恐れがある。現地の民間人を巻き込めば、国際問題に発展しかねない。

 人質の居場所の特定は、高度な情報機関をもつ米国ですら至難のわざだ。昨年夏、「イスラム国」に拘束された米国人の救出作戦に米軍の地上部隊が投入されたが、人質を見つけられず失敗に終わった。

 自衛隊法を改正しても、今回の人質事件のようなケースでの適用は困難だ。

 自衛隊の邦人救出を盛り込んだ昨年7月の閣議決定では、領域国の同意があり、自衛隊が武器を使う相手が「国家または国家に準ずる組織」ではないこと、などを条件としている。

 今回のケースで言えばシリアの同意を得るのは難しい。「イスラム国」が無法な集団だとしても、一定地域を制圧している以上、「国家に準ずる組織」にあたる可能性が高い。そうだとすれば、海外での武力行使にあたり、憲法違反となる。

 政府が念頭におくのは、現地の警察や軍の能力が不十分で、その国家の同意が得られた時に限って自衛隊を派遣するというごく例外的なケースだろう。

 安倍首相は国会で、邦人救出の難しさを認めた。一方で、「火事が起きた家に、消防士が入らなければ、救出されない人は命を落とす」とも述べ、あくまで法改正をめざす考えだ。しかし、自衛隊による海外での邦人救出と国内での消防活動を同列には論じられまい。

 一連の議論のなかで、首相は憲法9条の改正にまで言及し、「国民の生命と財産を守る、その任務を全うするためだ」と語った。憲法の制約を解き、自衛隊の海外での武力行使に道を開けば、国民の生命を守ることになるのか。

 疑問点はあまりに多い。短兵急な議論は危険だ。