忌川タツヤのブログ

KDPやセルフパブリッシングついて

KDP感想『魔女の旅々』定規 (著)

魔女の旅々(上)

おもしろかった。

表紙イラストの人物は「イレイナ」という名の魔法使いだ。この物語の主人公。17歳。通称・灰の魔女。

14歳のときに史上最年少で魔術試験に合格したという天才肌であり、若くして達観しているかのような性格は、本編中における「慇懃無礼な」語り口にもよくあらわれている。

本書の文体は「ひと癖」あるので、好みが分かれるかもしれない。読みはじめは「鼻について」たまらなかったけれど、しばらく文字を目で追っているうちに慣れてしまった。

読むのをやめなかったのは『上巻』の第2話が優れていたからだ。著者の本領が伝わってくると共に、他のエピソードも読んでみたい気分にさせてくれた。第1話だけで判断しないほうがいい。念を押しておく。

あらすじ

 17歳の天才美少女魔法使いのイレイナが、ほうきに乗って旅をしている。旅の目的は「人探し」。1話完結の短篇と掌編を織りまぜて収録している。

魔女見習いの少女につきまとわれる話、王女がたったひとり取り残された国の話、愛する男と女の悲しい話、魔女っ子イレイナの修行時代の話、等。

ほかにも――国王みずからが贋金(にせがね)をばらまいているせいで国民が物価上昇に苦しんでいる国――の話は、我が国のアベノミクスにおけるリフレ政策を皮肉っているようにも読めなくもないが、いずれにせよ「ひねり」を効かせたオチが楽しめる作品集だ。

電撃文庫の熱心な読者向けにたとえるならば、パースエイダー(銃器)とモトラド(二輪車・空を飛ばないものだけを指す)が登場しない『キノの旅』だ。

キノの旅 the Beautiful World (電撃文庫)

鬱屈した過去をもつ主人公が、世界中の国々に立ち寄るたびに人間の「残酷さ」や「みにくさ」を思い知らされる――後味がわるいエピソードが多い。

懐かしくなって、この感想文を書くまえに時雨沢恵一作品を3巻まで読み返した。やはり面白い。おれは「陸」が好きだ。かわいい。ライトノベルジャンルにおける必読書である。

目次

魔女の旅々(上)

一話『魔法使いの国』
二話『花のように可憐な彼女』
三話『旅の途中:妹を探す筋肉男の話』
四話『旅の途中:勝敗の決まらない二人の話』
五話『資金調達』
六話『旅の途中:女の子を奪い合う二人の話』
七話『民なき国の王女』
おしらせ

魔女の旅々(下)

一話『魔女見習いのイレイナ』
二話『幽霊船のようなもの』
三話『海賊船のようなもの』
四話『瓶詰めの幸せ』
五話『緩やかに歩み寄る穏やかな死』
六話『旅のはじまり』
七話『王立セレステリア』
あとがき

世界観

表紙や語り口は「ほのぼの」しているが、物語のところどころで殺伐としたものが顔をのぞかせる。明言されていないものの、イレイナが14歳のときに合格したという魔術試験は、どうやら生き残りを賭けたバトルロイヤルっぽい。合格者は1名のみ。つまり不合格者は……。

剣と魔法のファンタジーという体裁だが、たとえば本編中において、ためらいなく「時間逆転の魔法」を詠唱して壊れているものを復元するシーンがある。どうやら代償や等価交換といった厳密な設定はないようだ。「魔力=kcal」くらいのノリかもしれない。

たいていのファンタジー作品では、時をつかさどる魔法というものは禁忌や不可能の類であるから、お手軽に「時間逆転の魔法」を使って屋根瓦を修理するくだりには戸惑った。

本格的なファンタジー体験は期待できないものの、各回に登場するユニークなゲストキャラクターと魔女っ子イレイナのやりとりだけで十分に楽しめる。

宣伝手法について

本書『魔女の旅々』は、著者自身が2ちゃんねるを利用した宣伝活動をおこなっている。

まず2014年11月7日に、著者が2ちゃんねるで新規スレッドを建てた。

kindleでラノベ出したんだけど質問ある?

すぐに2ちゃんねるまとめサイト複数)が取り上げた。

kindleで「魔女の旅々」ってラノベ出したんだけど質問ある?:わんこーる速報!

2014年11月12日ごろにベスト100にランクイン。このあと『魔女の旅々』は、けっして短くない期間にKindleストア総合ランキングの100位以内に留まり続けた。TOP10圏内も記録している。

f:id:timagawa:20150206214353p:plain

引用元:amaran : 魔女の旅々(上)

前例がある

以前にも、KDP本の作者が2ちゃんねるを利用してプロモーションをおこなった事例はあった。

働きたくないでござる : AmazonでKindle本出したけど全く売れない

Amazonキンドルで電子書籍出版してみたんだけど質問ある?:キニ速

多少売れていたような気がするけれど、ランキング順位に与えた影響は少なかったように記憶している。ほかにもあったような気がするけれど、忘れた。

そのほか

2014年11月11日に「はてな匿名ダイアリー」に投稿された、

Fuzoku実践入門とかいうWEBDBをパロった風俗本がガチ過ぎてヤバい

という記事がホットエントリーになったことにより「結果的に」宣伝になった事例もある。

f:id:timagawa:20150206221626p:plain

引用元:amaran : Fuzoku実践入門: 裏打ちされた知識で正々堂々とデビューする

この本は、たとえ「増田」がなかったとしても必ず話題になっていたと思う。表紙デザインが与えるインパクトが大きい。

まとめ

『魔女の旅々』本編の話にもどる。ベストエピソードを選定するならば、

『花のように可憐な彼女』(上巻)
資金調達』(上巻)
『民なき国の王女』(上巻)
『瓶詰めの幸せ』(下巻)

以上4つは、たいていの読者が満足できる仕上がりだと思う。

そのほかに面白いと思ったのは「筋肉の人」エピソードだ。「森の人」ではない。

「筋肉の人」すなわち「筋肉増強に魅入られちゃったマン」が登場する連作ショートストーリーであり、上下巻をまたいで繰り広げられている。およそファンタジーっぽくないキャラクター造形であり、自己「筋肉」陶酔的な性格や魔女っ子イレイナとの会話が噛み合わないあたりが笑いどころだ。

魔女の旅々(上)

魔女の旅々(上)

 

小説家になろうに「魔女の旅々 番外編」が用意されている。

http://ncode.syosetu.com/s1398c/

イラストレーターは「宮」さん

「魔女の旅々」/「宮(miya)」のイラスト [pixiv]