中東の過激派「イスラム国」による邦人人質事件は、日本が残虐なテロの標的となる現実を突きつけた。過激な思想に共鳴した組織は互いに結びつき、テロの連鎖は国境を越えて広がる。
拡散するテロを封じ込めるために国際社会は結束しなければならない。震源地である中東の平和と安定の実現に日本も役割を果たしていくことが大切だ。そのために日本人の安全をどう確保するのか。改めて見直す必要がある。
安定に役割果たせ
イスラム国が拘束していたヨルダン軍のパイロットを殺害する映像を公表した。目をそむけずにはいられない残忍な仕打ちだ。湯川遥菜さん、後藤健二さんの殺害に続く蛮行に、国際社会は怒りを強めている。
暴力の連鎖はさらに広がるおそれもある。リビアやエジプトでイスラム国に呼応したとみられるテロが相次ぎ、米欧やアジアでもテロの危険は増している。
この混乱に背を向け、中東への関与を弱めてはならない。日本はエネルギー資源をこの地域に大きく依存しており、その安定は死活的に重要だ。
東京電力福島第1原子力発電所の事故後、原発を代替するための火力発電の比率が高まっている。発電方式に占める石油や天然ガスなど化石燃料の比率は、9割近くに上がった。その多くは中東からの輸入でまかなっている。
日本がこの地域に関与を深めなければならない理由は、エネルギー事情だけではない。民主化要求が高まった「アラブの春」後の混乱によって、中東では各地で権力の空白が生まれ、テロ組織や過激派の温床になっている。
こうした勢力のネットワークは世界中に広がっている。日本が標的にされる可能性は、排除できない。イスラム国が日本への攻撃を宣言したことで、その危険はさらに高まった。
では、どうするか。まずイスラム国をはじめとする過激派の資金源を断ち、戦闘員の流入を止めるため、テロを警戒する世界の国々と協力して監視を強めなければならない。そのうえで日本が力を発揮すべきなのは、非軍事の人道や経済支援である。
過激派が台頭する背景には若い人々の高い失業率や広がる格差への不満がある。日本の技術や人材を注ぎ込み、産業の育成や雇用の創出を手助けしていくべきだ。
発電や水道などのインフラ整備にも日本企業は大きな役割を果たせる。テロを撲滅するには、こうした支援を重ね、人々の生活の質を向上していくしかない。ただ、混迷する中東へのかかわりを強めるには、それに伴うリスクを管理できることが前提になる。
入国審査を厳しくしたり、原発など重要施設の警備を強化する日本国内の対策に加え、海外での取り組みも求められる。人質事件などを十分に検証して、教訓をくみ取る必要がある。
すでに論点は浮かび上がっている。海外の在留邦人に治安情報が周知されるよう対策を徹底する。日本人学校や在外公館など、狙われやすい場所の警備を強める。こうした対策が必要だ。
在留邦人への情報伝達では、携帯やスマホなどの活用もさらに進めてもらいたい。
政府は海外の治安情報を集めやすくするため、在外公館を拡充するほか、約40カ国に派遣している防衛駐在官の増員も検討中だ。
官民協力で治安対策を
中東などの国々では、軍が重要な治安情報を持っていることが少なくない。自衛官を防衛駐在官として配置すれば、現地の軍とのパイプを築きやすくなる。
今回の人質事件で、ヨルダン政府は日本に全面協力してくれた。だが、虎の子の情報を各国がいつも簡単に提供してくれるとは限らない。日本は在外拠点を増やすだけでなく、日ごろから、各国と持ちつ持たれつの情報協力を築いておく必要がある。
忘れてならないのは、政府だけでできることには限界があることだ。在留邦人は約126万人(2013年10月時点)に達し、旅行や仕事で海外に行く人々は年間で延べ千数百万人にのぼる。
邦人の安全の確保には政府と民間の連携が欠かせない。これは13年に、アルジェリアでのプラント襲撃事件で浮き彫りになっていた課題でもある。
政府は官民合同のテロ対策訓練を実施したり、在外公館と現地の日本人会などでつくる連絡協議会を定期的に開いたりして、情報共有を進めている。こうした取り組みをもっと加速すべきだ。