世界中でベストセラーとなった官能小説『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』の映画版が、いよいよ公開となる。
原作の人気を支えたのは女性読者層。平凡な女子大生のアナが、若き富豪で、クールな美青年グレイから迫られるが、じつは彼はSM趣味の持ち主で……というストーリーだ。しかし、その内容は女性たちの「お姫様願望」を満たすものであり、グレイのSMにおける主従関係は絶対に1対1で、浮気はなし。性交渉もいたってノーマルな形で始まり、グレイは感情の抑揚のない人物ながら、アナの美しさ、セックスの素晴らしさをひたすら礼賛し続ける。最初に肉体関係をもった翌日には、発売前のMacbookがアナへプレゼントされ、おまけに彼女が泥酔し吐いてしまっただけで、どこで見張っていたのか、自家用ヘリで駆けつけ介抱までしてくれる王子様だ。
アナが戸惑うのは主従関係に関して交わす細かい誓約書や、彼の過去の女性関係だが、このエロチックな小説を読んだ女性たちがウットリしたのは、「クールなグレイが金髪美女たちに目もくれず、アナだけを愛していて、性欲絶倫で、メールはマメだし返信も早くて、孤独を感じさせることのない、美青年で富豪」という夢想的な設定だ。
そして姫として尊重されたまま、自分を愛してくれる美形な男性とのソフトなSMというのも、女性はなかなかキライじゃないパターンである。矛盾するようだが、「愛するゆえ過激になっていく性的な刺激」だから、あくまで愛撫(あいぶ)の延長線上にある、痛みと快感の中間の行為なのだ。SMといっても決して汚い言葉で罵(ののし)ったり、突然顔を張り倒すなどの、女性のプライドや尊厳を損なう精神的・肉体的暴力の意味ではない。通常の性行為の中で、手首を縛られて身動きが取れないもどかしさや、命令口調になった男性に従い、支配されることは快感であっても、面罵される屈辱や、女性側の快感と無関係な殴打などの暴力は範疇(はんちゅう)外。そういった程度で、女性が「わたしはちょっとMっぽくて」と自称することはあるが、男性側はそれを真に受けて、度を越した破壊的なセックスを想定してはいけない。
80年代に一世を風靡(ふうび)した映画『ナインハーフ』も、話の入り方は似ている。エリザベス(キム・ベイシンガー)は街で出会った美男子ジョン(ミッキー・ローク)に引かれる。謎めいた彼とのセックスは、目隠しプレイで氷を使っての愛撫や、四つん這(ば)いで彼の足もとまで這わされたり、彼女に男装させたりと倒錯趣味がある。だがユニークなセックスも徐々に倦怠(けんたい)感が生まれ、あるとき、ジョンが外国人娼婦(しょうふ)との3Pを仕掛けたことから、関係は崩壊する。普通に男女関係を求めるエリザベスが楽しむセックスは、刺激的であってもあくまで二人だけの行為で、「愛」なのだ。それゆえに、比重を壊して愛より快楽の追求に傾いた男に、女はついていけない。『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』が、互いの合意がなければ奇抜なセックスは行えない誓約書があるのに対し、『ナインハーフ』は男女のセックスの求め方の差異が、どうしようもなく避けられず破綻(はたん)を生む。
愛の無い暴力的な性描写は、ファンタジーとしても女性はなかなか受け入れづらい。だが近年、成人映画館ではないミニシアターや名画座で、70年代の日活ロマンポルノの特集上映が多く組まれ、女性観客が増加している。2月28日より都内のラピュタ阿佐ヶ谷でも「加藤彰 たゆたう愛」と題したロマンポルノの監督特集が始まるが、チラシのデザインは女性観客を強く意識した、淡い美しさが重視されている。セックスを巡る男女の関係性、官能に耽溺(たんでき)する女性の姿、苦痛に満ちたレイプへの復讐(ふくしゅう)は、様々なドラマを生みだす。セックスが紡ぎだす物語を描きながら、当事者である女性がいままで立ち入ることを避けられてきた未知の分野であることが、一般劇場での上映という入りやすい環境もあって、今のロマンポルノ人気の一翼を担っているといえよう。
(映画文筆家・真魚八重子)
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真魚八重子(まなやえこ)
愛知県出身の映画文筆家。主にヤクザ映画やポルノ、ホラー、アクション映画の評論を「映画秘宝」、「キネマ旬報」、パンフレットやDVDで執筆している。青弓社WEBサイトの連載に書下ろしを加えた「映画系女子がゆく!」(青弓社)が発売中。