印南敦史 - キーパーソン,仕事術,書評 07:30 AM
つまり、なにが書いてあるの? ピケティが60分でわかる一冊
先ごろ来日もしたフランスの経済学者、トマ・ピケティのベストセラー『21世紀の資本』が話題です。「数量経済史」という最新の統計手法を用い、過去200年以上の欧米諸国のデータを分析したもの。ただし原著は969ページもあり、みすず書房から発行された日本語版も全728ページで、価格も高額。難しそうなイメージもあり、興味はあってもなかなか手が出せないという方も少なくないはずです。
そこでおすすめしたいのが、『日本人のためのピケティ入門:60分でわかる「21世紀の資本」のポイント』(池田信夫著、東洋経済新報社)。ピケティの考え方や周辺状況、また経済がたどってきたプロセスを、わかりやすくコンパクトにまとめた書籍です。きょうは、「いまさら聞けないこと」に焦点を当てた第1章「ピケティ Q&A」をクローズアップしてみます。
ピケティってどういう人?
トマ・ピケティは、パリ経済学院(Paris School of Economics)における経済学の教授。1971年にパリ郊外で生まれ、ロンドン大学で博士号をとり、MIT(マサチューセッツ工科大学)の准教授もつとめ、2006年にパリ経済学院の設立準備にかかわり、2008年まで初代代表を務めたそうです。43歳という若さながら、数量経済史の分野では世界的な業績を上げており、多くの章も受賞しているのだとか。(19ページより)
すごい厚さですが、なにが書いてあるんですか?
『21世紀の資本』の原書は圧倒的なボリュームですが、内容的にはそれほど難解ではないと著者。話題になったのは、欧米諸国のマクロ経済データを10年かけて集めたからであって、主張は単純なのだそうです。それは、「資本主義では歴史的に所得分配の格差が拡大する傾向にあり、それは今後も続くだろう」というもの。(12ページより)
それだけのことに、700ページも必要?
ただ、「資本主義は不平等になる」ということだけなら話は簡単ですが、ピケティの研究が注目されたことにはもうひとつ理由があるといいます。統計が不充分だった19世紀以降のデータを、各国の税務資料などをもとに推定し、ヨーロッパの主要国やアメリカのマクロ経済データを比較している点です。
というのも、このような超長期の問題については、統計データが少ないという理由から充分な研究がなされてこなかったのだそうです。たとえばイギリスでは、イングランド、スコットランド、ウェールズ、アイルランドと各国でバラバラに税金をとっていたため、「イギリスのGDP」を推定するだけでも一苦労だったというわけです。その結果、ほとんどの時期で不平等は拡大しており、戦後の平等化した時期は例外だったというのがピケティの結論。(12ページより)
19世紀の所得や資本をどう測定したの?
19世紀当時は「GDP」ということばも「資本ストック」ということばもなかったわけですから、当然のことながら資料は存在しないことになります。そこで、ピケティが最大の手がかりとしたのが税務資料。たとえば所得税の資料からは所得を推定でき、固定資産税からは地価を推定できるというわけです。しかし19世紀には国家としては集計されていない場所が多いので、各地方に残る古文書を発掘したのだとか。
ピケティの所属するパリ経済学院のスタッフを使い、作業は10年をかけて行われたというのですから驚きです。当時の税務データなどを集計し、欠けたデータを推定で補い、各国の資本ストックやGDP、資本収益などを集計し、歴史的な傾向を確認し...と、地道な作業を繰り返したということ。その推計手法やデータの信頼性については批判もあるものの、いまのところピケティの基本的な主張をくつがえすほどの決定的な誤りは見つかっていないそうです。(13ページより)
その結果、わかったことは?
最後の「結論」にようやくされたピケティの主張は、以下の「資本主義の根本的矛盾」と呼ばれる不等式で表現されているといいます。
r > g
"r"は「資本収益率」で、"g"は「国民所得の成長率」。ピケティは「資本」ということばを広い意味で使っているため、rは株式、債券、不動産など、すべての資産の平均収益率。一方のgは国民所得の増加率なので、この式は「資本収益率が成長率を上回る」ということを示しているということです。(14ページより)
『21世紀の資本』のなにが画期的だった?
「資本主義の発展とともに富が多くの人に行きわたって所得分配は平等化する」というのが、いままでの経済学の考え方。資本の生産性が労働を上回れば、投資が増えて基本収益率が下がり、労働生産性に近づくと考えられていたからだそうです。
現実にも、アメリカの経済学者であるクズネッツなどの実証データでは、戦後の所得格差は縮小していたのだとか。ところがピケティの1870年以降の歴史的データによればそれは例外で、資本主義では格差が拡大するのが普通ということに。
こういう指摘は以前からあったものの、世界各国の一次資料を使って定説をくつがえしたところがピケティの功績。それは「資本主義では過去200年間、格差が増大し、今後も不平等が拡大する」と予想したオリジナルな研究だったため、大きな反響を呼んだということです。(17ページより)
こんな専門的な本が、なぜベストセラーに?
アメリカで所得分配の不平等が社会問題になり、「われわれは99%だ」と訴える人々(1%の富裕層に対する、残りの99%)がウォール街で反格差デモを行なったというニュースは記憶に新しいところ。『21世紀の資本』は、そういうリベラル派の政治的主張に実証的な根拠を与えたという点が、熱狂的に支持されたのだそうです。
なお所得分配はヨーロッパでも問題になっており、ピケティの母国であるフランスでも、税制などの政治問題とからんで論争になっているのだといいます。(18ページより)
ピケティが提言しているのはどういう政策?
ピケティが提案しているのは、グローバルな資本課税。それも累進的な税が望ましいと主張しているそうです。手はじめに「一律1%の課税でもいい」といっているそうですが、そういう国際協議が実現する可能性はないと著者は指摘しています。
しかし一方、「ピケティの論理はいいところを突いている」とも。世界の対外純資産は対外債務より1割少なく、タックス・ヘイブン(租税回避地)に大企業や富裕層の所得が逃避していくおそれが強い。こうした「租税競争」を止めないと、最上位層の所得が捕捉できず、税制が崩壊すると警告しているわけです。(23ページより)
700ページ以上ある本を77ページにまとめているわけですから、もちろんこれ一冊でピケティのすべてを理解できるというわけではないでしょう。また、著者とピケティの考え方が、少しばかり乖離しているのではと思える箇所もなかったわけではありません。しかし、本書はあくまで「入り口」。日常会話に役立てるために利用するだけでも意味はあるはずですし、さらに興味を持ったなら『21世紀の資本』にトライしてみるのもいいかもしれません。
(印南敦史)
- 日本人のためのピケティ入門―60分でわかる『21世紀の資本』のポイント
- 池田 信夫東洋経済新報社